53、仲睦まじい姿
一週間後に迫った審議に必要な情報を集めていると知って、綾たちは更に詳しく調べていくことにした。更に以前、綾がこもっていた秘密の部屋には他の女房達が待機してくれて宮中での人の動きを調べてくれている。
これは兄の左近中将に確認を取ったところその情報を共有したいと言ってきた。それというのも今まで麗景殿の護衛をしていた数人を調査に当てているため宮中の状況まで手が回っていなかった。
「姫様をあのような不名誉な言葉で蔑んだことは許される訳がありません。なんとしても謝罪をさせなければ私たちの気持ちがおさまりません!」
女房達も皇太后のやったことに憤りを隠すことなく自ら協力を申し出てくれた。私のところの女房でなければ許可は出なかったであろうことも母様の教育をしっかり受けている女房たちと言うことですんなり任せてもらえることになった。
香奈は例の皇太后の時に父様や東宮、私の許可があるということで既に宮中では婚約状態に見られていた。
すぐにでも正式に婚約してもいいと言ったのだが、この問題が片付くまでは気が気ではないと言う香奈の言葉に頭中将も納得して落ち着いてから正式に発表することになった。
その香奈は現在、庭先で頭中将と話し込んでいる。御簾の隙間からその様子を眺めている自分も少し情けないがつい気になってしまう。
東宮と公に会うことが許されたとはいえ、皇太后のことで忙しい東宮は訪れてくれるがあまり長居をすることなくすぐに退出してしまう。
楽しそうだ。
ため息とともに部屋に戻ろうとしたとき気配を感じて恐る恐る顔を上げた。
「なにを見ているのですか?」
笑顔の東宮が立っていた。どうしてこんなところばかり見つかるのかと顔が引きつる。
慌てて部屋に戻ろうとしたが東宮に腕を捕まえられて動くことが出来ない。その東宮は綾の腕を捕まえたまま御簾の外側、渡殿に直に座って頭中将と香奈の方を見る。
「頭中将がよかったですか?」
「へっ?」
「いや。う~ん。頭中将の文に返事を書いたそうですが。会いたかったのではないですか?」
東宮の質問の意図が分からなくて迷ったが、今更取り繕っても意味がないと本当のことを言った。
「あの時は何となく会ってもいいかなと思いましたが、昔の話です。今は……二人が楽しそうに話しているのが羨ましくて」
恥ずかしくて顔を伏せてしまう。東宮がどんな顔をしているのか見るのが怖い。腕は掴まれたままなので部屋に逃げることも出来ずにいた。
どれだけの時間が流れたのか、ほんの一瞬の出来事なのか分からないくらいだったが、衣擦れが聞こえてそっと顔を上げると東宮に抱きしめられた。
「よかった」
呟くような小さい声が聞こえた。そっと見上げると東宮の手が頬に触れてきた。何がよかったのか分からず、東宮の触れる手にドキドキしながら東宮の腕になかにおさまっていた。
「前も、こうして見ていましたよね。その時は、頭中将のことを想っているのだと勘違いしていました」
「あっ。あの時も同じです。羨ましかったのです。私も東宮様とあのように出来たらと思っていました」
先程の質問の意味が分かって慌てて訂正する。
「今回の件、必ず決着をつけたいと思っています。確実に出来るかはわかりませんが、今よりも安心して後宮で暮らしていけるようにします。もう少しだけ待っていてください」
東宮に抱きしめられながら二人で頭中将と香奈を見ていた。
頭中将と香奈が二人で話をしているところへ他の護衛たちが話に加わり楽しそうに話し込んでいる。周囲からは二人の仲の良さが噂になっている。それを利用して情報交換の場にしているのだ。二人の話している内容は例の部屋と女房達が他の殿舎の女房たちとの噂話から仕入れた内容だ。
護衛たちが加わっているのは今後の対策を話し合っているのだ。皆、楽しそうな表情をしているが話の内容は決して穏やかではないのは綾も東宮も知っている。
東宮が綾の元を訪ねるのも昼間の人目の多い時間を狙ってくる。それは、帝から許可を貰い嬉しくて通っていると言った様子を周囲に見せつけるためでもあった。
皇太后が仕向けた東宮妃の密通の容疑は失敗に終わったが噂だけが独り歩きしている。それを打ち消すためでもあった。
東宮と部屋に入ってからしばらく二人で話をすることが出来た。それというのも周囲が気を使ってくれたのだ。
綾は審議の場ではどのようにしたらいいのか、何を話したらいいのかをしっかりと確認した。その結果、特に何もしなくていいと言われた。すべては東宮たちがすべて仕切ってくれるらしい。
私はいつもの通りと言われて少なからず不安になる。どうすればいいのか言ってもらえたら準備も出来ただろうに。
綾が調べた報告内容と女房達が調べた宮中での人の動きを合わせて、兄たちが確認作業を進めている。頭中将は麗景殿の周辺で捕まえた怪しい人物の取り調べをして更に共犯者を捕まえたと聞いた。
少しずつ皇太后の行動が明らかになっている。
その皇太后様はあの日から謹慎をしていて部屋から出ることが出来ない。更に人と会うことも禁止されているのでこちらの情報は限られたものだけしか伝えられていないと聞いている。
あの日、麗景殿に侵入した者たちはすぐに兄の手から頭中将へ引き渡され別のところへ隔離し取り調べをしている。
本来なら綾の部屋から偽の文を持ち出して証拠隠滅を図るはずだった。綾があの場に持ち出し更に東宮様の手に渡ったことは皇太后も知っている。
帝が謹慎を言い渡さなければ、麗景殿の女房たちがあの侵入者を捕まえていなければ、今頃侵入者たちは消され、皇太后との関係も消されていただろう。
「そなたの母君は良縁を取り持つ香を作り出すと噂だが、侍女たちの教育もまた素晴らしいのだな」
東宮がふと漏らした言葉を疑問に思っていると、思わぬ言葉が出てきた。 護衛たちの中には麗景殿の女房に心を寄せる者が何人もいるらしい。その一人が護衛の責任者で、私に相談までしてきた。
母様は侍女といえども一通りのことを教え込んでいる。それは何かの縁で嫁ぐことになったときに困らないためだと言っていた。それがこの麗景殿では大いに役に立っているのだ。
侵入者を捕まえ、更には財政の面でも調査出来る者、宮中での人の動きからさりげなく噂の出どころまで探り、東宮からの指示で別の噂まで流している。
下手に兄たちが動くよりも早く立ち回れるため護衛たちからも信頼されている。中には崇拝に近い者もいるようでその相談が東宮に届くと言っていた。
流石にすべての人の希望を叶えるわけにはいかないので一旦は保留にしていると言っていた。どおりで最近、護衛と女房達がよく話しているのを見かけると思った。
東宮からどうすると聞かれても返事に困ってしまう。そんな綾の様子に東宮は笑いながらゆっくり二人で考えようと言ってくれた。




