49 東宮の目的
自分の元に集まった者は五人ほどだったが色々な部署に所属しており、情報収集するのに都合がよかった。中には高官の子息もいたので家が所有する荘園の情報も手に入れることが出来た。
「北の地域での荘園では不作と連絡が入ってきています。家の者が確認のため出かけるというので周辺の土地も調べてくるようにと言ってあります」
「上司の所有する土地で不作が続いており、徴収が困難になっているようです」
次々にもたらされる作物の不作の話は徐々に都に迫ってくる。
密かに調べさせている情報と実際に宮中へ報告のあった内容とでは乖離があった。本来ならこんなことをしたくはなかったが、目的のため冷酷にならざるを得なかった。いくつかの書類を見ながら次の計画を練る。
「予定通り処理を進めるように」
「いいのですか?」
左近少将が真剣な眼差しで確認をする。大納言家の嫡男だ。いつものんびりしていてどこか頼りなく感じさせる雰囲気をまとっているがなかなか出来る人物だ。
本人曰く、大きなことをしようとは思っていなくて自分の大切な人たちが幸せに暮らせればいいと考えている。
家柄がそうさせているのかと思ったがどうやら違っていて家ではかなりしっかりとした教育がされていた。更に詳しく調べていくと文武両道であると分かった。
彼が自分に協力するのは宮中がギスギスしているのが我慢ならなかったからだという理由だ。
「帝からは承諾を得たから問題はない。それに皇太后様への対策は五位蔵人の証拠が役に立つ」
「このことで東宮様の立場が危うくなりませんか?」
予め、帝には虚偽の報告のあった場合の対策も伝えてある。それに関してはこちらのやり方を理解してもらっている。
左近少将が心配しているのは皇太后のことだ。きっと何か言ってくるはずだ。その時の対策も既に五位蔵人の手によって証拠を集めてある。それを盾に文句は言わせない手筈を整えてある。
腐敗は宮中の財源にも影響を及ぼしている。その根源が皇太后の浪費と皇太后への貢物を工面する貴族たちが宮中の財源を私的流用していたのが分かっている。
左近少将の心配はもっともだ。下手をすれば自分が廃位に追い込まれることになるかもしれない。それでもやると決めた。
「分かっている。しかし、ここでやらなければ何も変わらない」
「御心ままに」
左近少将が頭を下げて退出していった。
迷惑をかけるかもしれない。自分の元に集まって手を貸してくれた者たちを巻き込むことになる。そんな不安を抱えながら目的を果たすため寝る間も惜しんで準備を進めてきた。
明日の会議の場が正念場だ。
何度も準備した書類を確認していると、五位蔵人がやってきた。
「明日、すべてが決まりますね」
「あぁ。私が東宮のままいられるか、廃位になるかどちらかだろうか」
自虐的にも取られる言葉が思わず口から出ていた。
「お守りをお貸します」
五位蔵人から渡されたのは恋文だった。
「これがお守りか?」
思わず可笑しくなって笑ってしまう。
「それは私が盗賊を捕まえた時に大納言家の綾姫様からいただいた幸運の文です」
もう一度確かめる。文の最後に綾を書いてある。
宮中の公達の間で一時期噂になった幸運の姫、直筆の文だ。この文を貰ったものは幸せになれると言われている。
「いいのか?」
「東宮様が明日以降も東宮でいられれば、私たちの身も無事だということです。この文を持っていると何かに守られているような感覚になります。少しでもお役に立てれば」
「ありがたく借りるとしよう」
翌日、会議の場ですべての対策を報告すると猛反発をしてきた公達が数人いた。その者たちは不作の状況に応じて宮中の財源で補償をすると伝えておいたのを利用して私服を肥やそうとしていた者たちだ。
こちらが密かに調べた内容と大幅な乖離があり虚偽が判断した。ただ、すぐに虚偽とは糾弾しないでその公達たちには報告書の出し直しを命じて、その間の補償は保留とした。また、正しい報告を挙げてきた公達には補償と飢饉に対する対策として宮中から専門の者を派遣した。
五位蔵人から飢饉の話を聞いてから古い文献を調べて協力者の農地で試していた。結果が出た内容をいくつか絞ってそれを今回の飢饉の対策とした。
帝からは予め許可を得ていたので特に何も言われなかったが、皇太后からはすぐに呼び出しがかかった。
「補償をしないとはどういうことですか!」
「補償をしないとは言っておりません。こちらが調べた内容と大幅に違っておりましたので、報告書の再提出をお願いしたまでです」
「どう、違っていたのですか」
「補償を多く貰えるように被害状況を多く見積もっていました。しかし、その者たちの農地はそこまでの被害に遭っていません」
「少しばかりのミスを咎める必要はないのではありませんか」
「宮中の財源は限りがあります。最近ではその財源にも手を出して私服を肥やす者もいます。それを許していては私たちの生活も出来なくなります。皇太后様は顔が映るくらいの粥を毎日食べたいですか?」
顔が映るくらいとは米がほとんどないような粥だ。以前の飢饉のときには貴族の中にもそのような粥を食べて凌いだと文献に載っていた。気位の高い皇太后がそれを許すはずもないことは分かっていた。そして皇太后は自分の身に起こる不祥事は他人に擦り付ける性格を利用した。
「それはどういうことですか!」
「そのままの意味です。このままでは今までのような贅沢は出来なくなります」
財源が破綻すれば宮中での威厳もないに等しい。皇太后様と皆が持て囃すのはそれなりの財源や信用があって初めて誇示出来るのだ。
皇太后は扇を握りしめてこちらを睨んでいたがこちらも自分の身がかかっている。そんなことで怯むわけにはいかなかった。何とか皇太后を納得させて、虚偽の報告をしてきた公達の出方を待っていた。
二か月を過ぎたころ、対策を施した農地での効果が出始め被害は少なく済んだと報告が宮中に届いた。
それを聞いて慌てたのは虚偽の報告をしてきた公達たちはすり寄りながら訂正した報告書を出してきた。私はそれを待っていた。
虚偽報告をしてきた者たちは今までも同様に宮中を騙し私服を肥やしていたものや皇太后様に媚びを売って地位を得た者たちだ。
その者たちは農地の管理も出来ないと言う理由で所有地の没収をした。それと、虚偽報告と実態の内容の差額を徴収することにした。税を納めることが出来ないものは家屋敷、家財道具の没収も厭わなかった。
それらすべてを収賄容疑と共に認めさせ後で揉めないように証文も作成した。その者たちは下手をすれば死刑や流刑になることを恐れこちらの言い分をすべて認めた。
帝はこれらの業績を高く評価してくれ、対応した者たちの昇格を決めた。
「本当にいいのか?」
「何のことですか?」
左近少将が聞き返してくる。
帝がつい先日、虚偽報告をした者たちの断罪を言い渡した。左近少将が導き出した予測では二、三年後には財政破綻をすることを帝は重くみた。
それと同時にその者たちがいた地位には今回の飢饉、収賄の対応に当たった者達を据えることを決めた。ところが、その左近少将が昇進を辞退した。
虚偽報告をした者で地位を失ったものは四人。それに対して自分の協力者は五人。一つ足りないのだ。
それを左近少将が辞退することで残りの四人は地位が上がった。それでも一番下の者はまだ左近少将には及ばない。
「私は摂関家の流れを組むものです。よほどのことがない限りこのまま出世します。それよりも能力のある者がそれなりの地位に就くことが今後の東宮様のお役に立てるのではないですか」
左近少将もかなりの能力の持ち主だがその能力すらこの宮中では隠し通している。それは母君の教えだと言っていた。
今回の目的は皇太后の取り巻きたちの力を削ぐこと、自分に協力してくれる者たちの地位を上げることだった。それで言うと左近少将の行動はとてもありがたかった。
「感謝する」
「滅相もございません」
久しぶりに心から笑った。




