43 戦う相手 後編
敵は皇太后だけだと思っていたが頭中将からは怪しい者たちがいると聞かされた。
「帝の傍仕えの深雪はまだいます。帝はそのことをご存じないので油断はできません」
以前、綾が藤壺へ出向いたとき、ここ麗景殿と藤壺から戻る途中の綾たちが襲われた。帝に話すことも検討されたらしいが、帝自身どちら側なのか分からないので話すことは止めたらしい。
綾が藤壺に出向いたことはごく一部の者たちしか知らされていない。襲撃の後、東宮は護衛たちを調べ上げて護衛から漏れたものではないことが分かった。その為、綾たちが藤壺に行くことを知っていたのは帝と中務卿の周辺ではないかと推測した。
帝は皇太后の言いなりになりながらも、自分の力を誇示しようとして自ら後宮の問題解決に乗り出そうと思っていたらしい。それで中務卿と共に探っていたら綾と遭遇して利用することを思いつた。
ただ、そこはあくまでも真似事でただ単に楽しそうだったからと言っていたらしい。本気で捜査するつもりもなく、皇太后と東宮の争いに刺激を与えたかったとも言っていた。
流石に自分たちが頼んだことで東宮妃は攫われて、火事場から逃げ出すこととなったことを後で聞いて驚いていたらしい。
「私が後宮から攫われたことを皇太后様はご存じなのですか?」
綾はどこまで知っているのか気になった。
「承香殿で女房をしていたことはご存じですが、後宮から攫われた事は知らないようです。さすがに帝も良心が咎めたのでしょう」
「でも、藤壺に行ったことは知っているのよね」
「知りません。そこは信頼できるものにも確認を取りました」
綾は念のため確認した。
とりあえず、後宮から出たことを知られていなければ特に問題はなさそうだと納得する。
「東宮妃様を承香殿の女房として潜入させる話と藤壺に向かう話は後涼殿で中務卿と話をしていたそうです。そして、東宮妃様が後宮から攫われたことは弘徽殿で話をしていたのです」
「深雪が怪しいわね。今はどうしているの?」
「帝は深雪が皇太后様の密偵だとは気づいていません。それに、皇太后様を疑うこともないと思われます」
帝は皇太后の行状を本当に何一つ知らないのだろうか。先帝は気づいていたと帥宮は言っていた。それなら……。
「先帝が残した遺言について帝はどのようにお考えなのかしら」
「あまり深くは考えておられないでしょう。そもそも先帝は先東宮様がお亡くなりなった後、帥宮様を東宮にとお考えであったと聞いております」
「帥宮様がご病気になられたので代わりに今上帝が東宮になった?」
「皇太后様から帥宮様が狙われているのに気づいた先帝が帥宮様を守るため東宮にするのを諦めたと言うことです」
何となくわかった。
今上帝は兄弟たちが次々に病に倒れていくのを見ながら自分を守ってくれている母に信頼を寄せていったのだろう。その為、先帝の遺言の真意に気づきもしないで母である皇太后の言葉を聞き入れてきたのだ。そうすれば、帝として居続けることが出来るから。
「中務卿はどうされていますか?」
こちらも気になるところだ。綾が承香殿の女房をしていたことも、後宮から攫われたことも、更には直貞親王が誘拐されたことも知っている。
「何かに気づいた様子は見られます。以前ほど帝の傍にいる時間は減りましたから」
頭中将曰く、中務卿も幼いころから皇太后の庇護のもと今上帝と一緒に過ごしてきたらしい。その為、皇太后のことは信頼しているそうだというより、反抗できないのだろう。
「あの帝と中務卿に皇太后様の行状をお伝えしても分かってはもらえそうもないわね」
「そうです。ですから、今は帥宮様から譲り受けた文の証拠固めと新たな証拠を見つけようとしています」
「新たな証拠?」
「直貞親王様の誘拐事件は皇太后様が仕組んだことに間違いありません。皇太后様を追い詰めるための証拠をもっと集める必要があり、左近中将殿がいま奔走されています」
「分かったわ。私はこのまま大人しくしていればいいのかしら?」
「今すぐ、お命を狙われることはないと思われますが別の罠を仕掛けてくることもありますので何事も慎重にお願いします」
罠はきっとあの男が言っていた自分を側室にするための布石だろう。一体何を仕掛けてくるのか。
頭中将が帰った後、情報収集のため綾は女房の衣裳に着替えて例の部屋へと移動する。途中、いつもの護衛がいた。帥宮邸で聞いた話によると……。
護衛と目があった。
「梨をありがとうございます。とても美味しかったです」
護衛は一瞬驚いた顔をしたがすぐにいつもの表情に戻った。
「喜んでいただけて良かった」
その返事を聞いて、護衛が東宮本人であると分かった。こんなに近くで守ってくれていたのかと嬉しくなる。
「そのような表情をしないでいただきたい。でなければ、また忍び込んでしまいたくなる」
嬉しさのあまり頬が緩んでいたのだろう。悩まし気な表情をした東宮が目の前に立っていた。
「貴方様でしたらいつでもお待ちしております」
強引に唇を奪った仕返しとばかりに意地悪を言ってしまう。
「あまり、煽らないでください」
東宮は真っ赤な顔を背けた。
頭中将と香奈が羨ましく思っていたが存外自分も幸せだったと思い直した。
「いつも守ってくださってありがとうございます」
綾は丁寧にお辞儀をして礼を伝える。
振り返った東宮は満面の笑みで綾を見つめ返してくれた




