26 女房
翌日、綾と香奈は昨夜のことを思い出していた。
「姫様、やはりこの間の襲撃は姫様を狙ったものではないと思います」
「そうよね。東宮様もそのことに気づかれているわよね」
「東宮様は何をお考えなのでしょうか」
この間の襲撃で香奈は綾の恰好をしていた。しかし、襲撃してきた者たちはまっすぐ香奈を狙ったようには見えなかったと言っていた。それなら、襲撃の理由はただ一つ。直貞親王を狙ったとしか考えられない。そして、昨夜は直貞親王が藤壺に戻ることになっていた。そこを狙わないわけがない。
更に先日藤壺を襲撃した者たちが、突如として消えたと言っていた。そのことが不思議でならなかった。
弘徽殿は清涼殿に近いこともあり、警備は強固だ。そして承香殿では夜通し祈祷が行われていたはずなのに消えるのは誰かが手引きしないと出来ない。
綾の考えは見事に的中した。柾良親王が寝ていた場所に賊は逃げ込んでいたのだ。
今回も同じように逃げ込んだつもりが、綾たちが待ち伏せていたため捕まえることが出来た。そういえば、捕まえた賊の尋問に立ち会うと言っていた兄は何の連絡も寄こしてこない。待ちきれなくて、使いを出そうと思った矢先、兄と頭中将がやってきた。
「綾が気にしていると思うからって東宮様から説明するように言われてきたよ」
良智と頭中将はかなり疲れた顔をしている。
「待っていたの。で、どうなの、何かわかった?」
「今回も金で雇われた者たちだった。それに……」
良智が頭中将を見る。何かあったのか。
「投獄されている者たちの食事に毒が盛られた」
「毒?」
思わず、前のめりになる。
また、消されたのかと思ったが違っていたようだ。
「一人はなくなりましたが、残りは命を取り留めました」
頭中将からの説明は香奈に切り付けられた賊以外は同じところに投獄されていた。怪我をしたものだけは別の場所に居て、その者が亡くなったらしい。
「誰が、やったの?」
「今朝がた、東宮様の命だという女房が来て囚人たちの食事を持ってきたそうです」
「例の女房?」
綾は先日、良智に人相書きを書いてもらった女房ではないかと思った。
「あの女房ではありませんでした」
頭中将は今朝がた囚人たちがいるところへ向かう途中にすれ違った女房を見かけた。それがあの人相書きの女房ではなかったと言った。
「そういえば、昨夜、承香殿に私たちがいることをどうして内密にしたの?」
いくら、綾の頼みだと言ってもあの場に綾たちがいるのは兄を含めた三人の護衛だけだと聞かされた。
「中務卿の傍に内通者がいます。正確には帝の傍仕えですが」
頭中将から聞かされた内容は綾の頭を混乱に招いた。
「帝が関わっているの?」
「それは分かりません。ですが、東宮様は用心したほうがいいと仰っていました」
「傍仕えって女房よね。会ったことがあるの?」
「僕たちは見かけたと言った方が早い」
例の女房は深雪と言って帝の内向きの世話をするものだと言った。主に着替えや食事の世話をしているらしい。
良智と頭中将は東宮と一緒に清涼殿に出向いたときに見かけたと言っていた。
「帝と中務卿はよく清涼殿で今後のことを話し合っています。そこから例の女房に情報が漏れたのでしょう」
「結月さんから中務卿に人相書きを渡しているはずよ」
中務卿がわざと情報を漏らしているのだろうか。それとも知っていて深雪という女房の行動を見ているのか。どちらかだ。
「綾、今はあまり動かないでくれるかな」
「どうして?」
「皇太后様が大臣たちを扇動して藤壺が襲われたのは東宮様の責任にしようとしているからね」
「柾良親王様の病のことを突き止めてもダメなのね」
柾良親王の体調は少しずつだがよくなっていると聞く。それに藤壺の物の怪騒動も今後は起こらない。それでもだめなのかと考えを巡らす。
「藤壺が襲撃されたから、そのことを問題視しようとしている」
問題ね。あくまでも東宮様の責任にしたいのだろ。
「ところで尋問はどうなったの?」
「あっ、忘れていた」
良智は思い出したように綾に説明してくれた。
敵を欺くため、囚人たちはすべて死んだことにされ、別の場所に隔離されている。囚人たちは自分たちの食事に毒を盛られたことで良智たちに協力的になった。
町で声をかけられて金になるからと誘われたと言っていた賊は御所に入り込むのはある役人の手引きによることや入ってきた場所から安喜門を使ったことが分かり、門番を問い詰めたところ昨夜の宿直が金銭を貰って入れたことを白状した。
「ここからが問題だ、その役人が言うには帥宮様から頼まれたと言っていたそうだ」
「たしか帥宮様って、帝の兄弟よね」
どこの馬鹿が人を襲うのに自分の名前を使うのか。きっと誰か別の人物が帥宮を名乗ってことを起こそうとしているのだと思った。
「そう。式部卿宮様の弟に当たられる方だよ。ただ、今は体調を崩されて臥せっている」
「まさか、兄さま。その帥宮様が襲撃犯の首謀者だなんて言わないわよね」
「そんなわけないよ。それに今朝、東宮様に言われて僕がお会いしてきたけど、衰弱していてあまり長くはないという話だったよ。多分、誰かに名前を使われた可能性がある」
「それ、証明できなかったらどうなるの」
手に汗がかいてきた。
「証明できるよ」
綾の気持ちとは反対に良智は断言した。
「どうやって?」
「式部卿宮様が最近、帥宮様のお宅に通っておられる。昨夜も体調が悪かったようで一晩中看病していたと言っていた」
ほっと、息を吐いた。
誰かを陥れようとするだけでも腹立たしいのに病気の者を使ってまで人を襲うのは許せない。
なにか証拠となるものを探し出さなければと考えを巡らせた。




