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12 赤子

 酔っぱらって眠ってしまった常茂を確認する。


 素手で触るのも嫌だったので、部屋の隅に飾ってあった飾り房の付いた刀で顔を突いてみる。


 反応がない。よし!


 それを確かめてから綾は籠の中の赤子を覗く。

 この赤子はきっと藤壺女御様の御子、直貞親王様だ。それなら連れて逃げるしかない。綾は赤子をそっと抱き上げた。よく眠っている。


「何をしている」


 急に後ろから酒臭い息がして振り返ると常茂が起き上がっていた。


「少しぐずっていたようですのであやしておりました」


 綾は籠に戻そうとすると常茂が赤子を取り上げた。


「可愛いのう。私と華子様の御子だ。きっと素晴らしい公達になるだろう」


 隠れて生活する身でどこをどうしたらその赤子が公達になれるのかと突っ込みたくなるのを我慢する。

 常茂は突然何かを思い出したように下男を呼び寄せた。


「宮中からの知らせはまだか!」

「常茂様、ただいま、調べさせています。もう少しお待ちください」


 平身低頭にひれ伏す男を見る。下男と思っていたがどうやら従者のようだ。


「宮中からどんな知らせが来るのですか」


 常茂がずっと気にしている宮中から知らせというものが気になった。


「華子様が後宮を出られる手筈になっています。その連絡があったら華子様と落ち合うためここを出ます」


常茂の代わりに従者から告げられた言葉に綾は逃げるならここにいるうちだと悟った。

常茂がよろけた。酒が回っているのだろう。従者が支えている。

綾は素早く赤子に手を伸ばした。


「御子に怪我をさせては華子様に申し訳がたちません。お預かりします」


 常茂は華子という言葉が功を奏したのかすんなり赤子を手放した。


 従者は常茂に気をとられている。逃げるのなら今だと部屋の外に目をやる。

 バタバタと足音がして、部屋の前まで来たのは下男のようだ。


「今、兵がこちらに向かっていると連絡が入りました」

「なんだと!」


 常茂の目が血走り報告に来た者に掴みかかる。周囲に緊張が走る。

 綾は赤子を抱いたまま常茂から距離をとった。


「どうして、兵がここに来るのだ」

「理由は分かりませんが、藤壺に潜入させている者からの急ぎの文が届きまして、兵がこちらに向かっているとの報告がありました」


 下男が侍従に文を見せながら説明している。


「華子様は後宮を出られたのか?」


 常茂が侍従を突き飛ばし、下男に問いかける。

 下男は常茂の迫力に押されて後ずさりするが常茂はそれに覆いかぶさりさらに問い詰める。


「華子様は後宮を出られたのかと聞いているのだ。答えよ」

「そ、それが、藤壺女御様は後宮に留まっておいでとか」

「どういうことだ!」

「帝の勅命の兵たちがこちらに向かっているようです」

「なんだと!」


 常茂は振り返り、赤子を見ると綾腕から赤子を取り上げ、更に綾の腕を引いて部屋の奥へと進む。

 一瞬の出来事に綾は油断していた。引きずられるように常茂と共に部屋に一番奥の部屋に入った。


「この御子は、私と華子様との子だ。誰にも渡さない」


 常茂はそういうと部屋の奥に入り、戸口を閉める。


「常茂様、ここを開けてください」


 侍従が戸を叩き呼んでいる。


「私と華子様の子だ。お前もこの子を奪いに来たのか」

「華子様と恋人だと仰いましたが、その証はありますか?」


 綾は疑惑を正さなければという思いから出てしまった。いつも母様や香奈からはっきりいいすぎだと叱られているが、止められなかった。


「私が以前の宮家にお仕えしていた時にお見掛けして、懸想していたのだ。その宮家も御取り潰しになっていく先のなくなった私に声をかけてくださったのが兵衛督様だった。私に華子様の護衛にと言ってくださり、華子様も私を信頼されて常にお傍においてくださった」


 常茂は昔を懐かしむように話す。どこにも怪しいところはない。それよりも先ほどの華子と書かれていた手紙には吾子と一緒に暮らす云々と書かれていたが、藤壺女御様と相思相愛だという話は出てこない。


 綾は常茂をじっと見た。隙を探すため、それでいて周囲を見て武器になりそうなものを探す。

 部屋の隅に薙刀や刀などが並べられているのを見つけた。

 赤子を見ている常茂に気づかれないようにそっと移動して薙刀を手に取る。更に話を続ける常茂には綾の動きは見とがめられなかった。


「華子様に求婚して兵衛督様にお許しをいただくことをお約束させていただいたのだ。兵衛督様は私に華子様に釣り合う官位を授けてくださると言って安芸介の地位を与えてくださった。安芸介の次に更に上の地位を与えてくださると約束してくださった。華子様も喜んでくださっていたはずだ。それなのに、安芸に行ってすぐに華子様の入内の噂を聞いた」


 常茂は怒りの感情が支配しているのか、鬼のような形相になった。


「どうしてなんだ。私を待つと言ってくれたのではないのか!」


 常茂の怒声の瞬間を綾は見逃さなかった。

 傍の柱に薙刀を叩きつけ、先の刃を落とし、そのまま常茂の頭めがけて打ち付けた。

 刃がついたままでは赤子を傷つけてしまう。そう考えたからだ。

 二度ほど打ち付けると常茂はその場で崩れ落ちた。その隙に、手にしていた薙刀を放り投げて、赤子奪還を試みる。

 きつく抱きしめている常茂に綾は拳で頬を殴る。鈍い音と共に手に激痛が走るがそんなこと気に留める余裕すらない。常茂の気が緩んだ隙に赤子を奪い、部屋の反対側へと走る。

 先程、声がしたのでこちら側にも出口があるはずだ。ひたすら走っていくと、先ほどの下男が立っていた。


「ご無事でしたか?」


 心配そうに聞いてくる。


「兵士はあと、どれくらいでここに来ますか?」

「半刻ほどだと思います」

「貴方は急いでここから出て兵を呼んできてください。急いで」


 後ろから常茂がふらふらと鬼気迫った様子で歩いてくるのが見えた。

 万事休すか。

 少しずつ常茂との距離が詰まっていく。綾もゆっくり距離を取りながら隙を探す。


「安芸から戻ってからは何度か藤壺に行った。その子は私と華子様との子だ。返してもらおう」


 手を伸ばしながら一歩ずつ綾に近づいてくる。綾も後ずさりながら、距離をとった。


 やはり、安芸から戻ってきてからしか藤壺女御様に会っていない。それなら赤子は正真正銘帝の子になる。こんなところで死なせるわけにはいかない。

 綾は大きく息を吸い、振り返り走り出そうとしたとき、後ろから常茂が掴みかかってきた。

 腕を首に回され、締め上げられるように持ち上げられたが、綾は常茂の脛あたりめがけて足をバタつかせた。


 うっ。という声と共に蹲る常茂から逃れて態勢を立て直し、再度走り始める。

 先程の部屋の前まで戻ると地響きのような音がして建物が揺れた。

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