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迫りくる事実



午前中の補講を終えると、午後はほとんど自主学習の時間だ。今日は午前中で帰る生徒も多い。7組に残る生徒もまばらになって来た。自習なだけあって、教師は教室へは滞在していない。たまに様子を見に来る程度だ。なので残っている生徒は割と自由に過ごしている。イヤホンで音楽を聴きながら勉強する者、席を移動して親しい友人と共に励む者と様々だ。美都に関しては後者に近い。水唯が座る前の席を借りて机を寄せ、彼と対面する形で勉強を進めている。

「水唯、あの……」

数分頭を悩ませた問題について、これは彼に訊く方が良さそうだと見ておずおずと彼の名を呼んだ。すると黙々と問題を解いていた彼が手を止め、美都の方へ顔を向ける。

「あぁ。どこ?」

詰まったのは平方根の問題だった。3年生になっていきなり出て来た『√』という記号に苦しめられている。基礎は辛うじて理解出来ているが応用になるとさっぱりだった。

うーんと唸る美都に対して、水唯はわかりやすく解説していく。教科書を何度読んでも解らない箇所を難なく言葉にしていくのだ。四季もそうだが水唯もよほど頭の回転が早いのだなと感心する。

「おぉ……すごくわかりすい」

思わず小さく拍手をした。一つ一つゆっくりと紐解いてくれるお陰で理解もしやすい。

「君は基礎は解っているようだから、あとはどれだけ頭を柔軟に出来るかだな」

「それが難しいんだよね……」

水唯の言葉に苦い笑みを浮かべる。数字が並ぶとどうしても苦手意識が働いてしまう。彼の言うように基礎さえ理解していればあとは発想の問題ではあるのだが中々上手くはいかないのだ。

「数学はパズルみたいなものだ。法則さえ理解すればあとはそれに沿えば良い」

「パズルかぁ。そうやって考えれば確かに解りやすくなるかも」

シャープペンシルの頭を顎に当てて、ふぅと息を吐いた。彼は数学をパズルのように考えているのだなと目から鱗だった。確かに数字を謎解きだと考えるのであれば少しは解りやすくなるかと強引に納得させる。その様子を見て水唯は目を瞬かせた後ふっと困ったように眉を下げ笑みを作った。

「君はすごいな」

「え? 何が?」

「いや、……ポジティブだなと思って」

ポジティブ、と評されたことに今度は美都がきょとんと目を見開いた。直接こう言われることはほとんどない。自分に関しては不得手の方が多いと理解しているので何かにこじ付けないと進まないというのが実情だ。その姿がポジティブに見えるのかもしれない。

「ポジティブ……かなぁ。自分では言い訳みたいな感じなんだけど」

「そんなことない。実際美都の気は周囲を和らげるみたいだし。だから君の周りにはいつも人がいるんだろうな」

その言葉に既視感を覚え記憶を辿る。そう言えば、と思い出して口元を覆ってクスクスと笑った。その姿に水唯は不思議そうに首を傾げる。

「全く同じことを四季にも言われたことがあって。水唯と四季は似てるのかもね」

まだ付き合う前の話だ。遠慮しながら互いの評価──主に四季から美都に対する所感──を話したことがあった。その時に今目の前に座る水唯と同様のことを言われたなとふと思い出したのだ。彼の方は虚を衝かれたようで一瞬眉間にしわを寄せバツが悪そうに目線を逸らした。

「似てはいないと思う……四季の方が立ち回りは上手いし」

「考え方が似てるんだよ。それでいうと四季は感情が先に出るけど水唯は冷静だもんね。そこは逆かも」

四季はあれでいて割と感情的だ。近くで見ていないと分かりづらい面もあるが情に厚い方であると思う。でなければ守護者など引き受けないはずだ。

「……俺は冷静っていうより淡白なんだ。君が思うような人間じゃない」

目を伏せながら水唯が静かに呟く。その瞳の色は深い。まるで自分を咎めるような、言い聞かせるようなニュアンスにも思えた。美都は彼の表情を見て小さく息を呑む。彼が自身をそう評価するのは恐らく何か理由があるはずだ。しかし。

「──そうかな?」

自分は転校してくる前の水唯のことは知らない。それでも今こうして目の前で過ごしている彼の姿を1ヶ月見てきた。そこから感じることは決して淡白という印象ではない。感情の起伏はあまり大きく無いようにも見えるがそれは個性だ。

「水唯は淡白なんかじゃないよ。だって本当にそうだったらこんなに親身になって勉強教えてくれたりしないでしょ?」

まだたったのひと月だと言われればそれまでだが、彼の優しい部分は知っているつもりだ。優しく繊細だなと思う。そこが水唯の良いところだ。できればもっと彼のことを知って力になりたいと思っている。

一方水唯は、目の前で微笑む少女の言葉を聞いて一拍口を噤んだ。自分でも感じたことのない、初めての感情に戸惑っていた。

なぜ彼女はこうも真っ直ぐなのか。不思議でたまらない。自分はつまらない人間のはずだ。自分も他人に興味が無いし、周りの目もさして気にしていない。なのにこの少女だけは違う。彼女の気に当てられて、ペースを乱されてしまいそうになる。

「……──それは、君が……」

無意識に口が動いた。淡白という自分自身への評価は間違っていない。しかしこの少女の前でだけは意味を成さない。それは目の前で微笑む少女があまりにも無邪気だから。

美都は小首を傾げて水唯の言葉の続きを待った。しかし次の瞬間には不穏な気配が背筋をなぞった。

「──!」

ピクリと身体を震わせ瞳を広げる。間違いない、宿り魔の気配だ。四季がいない以上自分が向かわねばならない。だが急に立ち上がれば水唯を驚かせてしまうだろう。何か正当な理由を付けなければ。

「あ、ごめん水唯! わたし職員室に行かなきゃいけないんだった。ちょっと行ってくるね!」

「え? あ……あぁ」

椅子を引いて事も無げに立ち上がる。話の腰を折ってしまって申し訳ないが宿り魔が出現した以上猶予はない。美都は笑顔で水唯に手を振り教室を後にする。扉を閉めたのを確認してラクロスで培った自慢の足を一気に動かし始めた。

(────家庭科室!)

不穏な気配は別校舎からだった。やはりわざわざ人気のない教室を選ぶのか。宿り魔に夏休みなど関係ないのだなと苦い顔を浮かべる。しかしここで一つ疑問もあった。

対象者がわざわざそんなところに行くだろうか。夏休み中は校舎内に人気も少なく講義自体も基本視聴覚室で行われる。部活動でもない限り特定の教室へ足を踏み入れる事はないはずだ。以前狙われた麻衣子の時もそうだ。あの時彼女はわざわざ陰鬱とした競技場の裏側にいた。当時のことを彼女は「フラッと足が動いた」とまるで彼女の意思に反しているかのような言い方をしていたのだ。それが本当ならば鍵を狙う者は対象者の意思を操る力を持っているのかもしれないと予想できる。

「粛々、紗衣加!」

指輪を取り出しながら美都としての気配を消す。こうして巴の姿を纏うのにも慣れてきた。皮肉なものだな、とは感じるが。

今日は静の援護が期待できない分、いつも以上に気合を入れなければと喉を引き絞る。間も無く到着したスポットを前に、躊躇うことなく巴は一気に切り込んだ。



仄暗い空間だ。スポットはいつもの世界と反転された色を映し出す。現実味のない不気味な場所。

「あら、いらっしゃい」

少女の甲高い声に引き寄せられるように目線を遣る。キツネ面を被ってクスクスと笑む少女──初音だ。既にその手には対象者の心のカケラが握られていた。

「……!」

「大丈夫よ、この子も違ったから。そんな怖い顔しなくても返してあげるわ」

愉悦そうに言う彼女の言葉に顔を歪ませる。また間に合わなかったと巴は手を強く握りしめた。それでも退魔しなければとその手に剣を呼び出す。

「健気ね。使命だからそうしなくちゃいけないのも」

唇を噛み締める。そうだ、これは守護者の使命だ。それでもこの力は自分で望んで得たものだ。だから彼女の感想は間違っている。これは自分の意志なのだから。

倒れた対象者の脇に佇む宿り魔目掛けて駆け出す。そのとき、初音がふっと笑んだ。

「久々なんだし、ちょっと遊びましょうか」

「⁉︎ 何を……っ!」

視界の端で動く彼女の姿を捉え、思わず足を留める。そして向かってくる気砲を寸でのところで躱した。次々と繰り出される彼女の攻撃に後退せざるを得ない。

「初音!」

「なあに? あなたが私に向かってくればいいだけの話よ?」

「──っ!」

そんなこと出来ない。彼女は宿り魔が憑いているだけのただの人間だ。同じ人間である自分が例え退魔するためだけとは言え剣を向けることには抵抗があった。例の不思議な力が使えるようになれば状況は変わるのかもしれないが、そんなことを考えている余裕は今の巴にはなかった。

「容赦はしないと言ったでしょ?」

間髪入れずに襲いかかってくる気砲を避けることに必死で、だんだんと息が上がってきた。今まで直接初音と戦闘した経験がないため正直彼女の力は未知数だった。だが実感する。やはり初音は相当強いのだと。

「は……、っ……!」

一旦距離を取り、再び彼女に向き直る。上がった息を整えなければ形勢は不利だ。遠くに見える蒼白とした顔の対象者の姿を見て奥歯を噛み締めた。

信条は曲げたくない。それでもそうしなければ突破できない事実もあるのだ。巴は剣の柄を強く握りしめる。静がいないから自分がやるしかないのだ。

唾を飲み込んで初音に向かって一気に駆け出した。さすがに予想外だったのか初音の方も驚いた空気を滲ませる。だが動じることなくただ向かってくる巴の姿を直前まで眺めた。

「ふっ!」

握りしめた剣の柄を彼女に向ける。あくまで切っ先は振るわない。巴のその様を見届けると初音はふっと笑みを浮かべ彼女の攻撃をひらりと躱した。

「ふふ、やっぱりあなたは可愛いわね」

結果的に巴の攻撃は当たらなかった。初音は尚も愉しそうにキツネ面から覗く口元に笑みを零した。

「ねぇ。会ったんでしょ──あの子に」

特定の名詞を使わずに初音がとある人物を指す言い方をした。巴はその場で立ち止まり、あの子という単語を耳にして記憶を遡る。すぐに応えられずにいると初音が再び言葉を重ねた。

「あぁ……『会った』というより『見た』って言った方が良いのかしら? 実体がない状態だったんだっけ?」

「──! やっぱりあなたの仲間なの⁉︎」

初音が言い換えたことでようやくピンと来た。初音とは別の、鍵を狙う者。彼女の言うようにその場には宙に浮いたキツネ面しか見えず実体が無かった。あの不気味な影の正体。同じキツネ面という点からそう答えを出していた。

「仲間なんて高尚なものじゃないけどね。まぁ目的は同じよ。私が悠長に構えすぎてたみたいでね、怒られちゃったわ」

一度軽く否定した後、後半で肯定の言葉を用いたのを耳にして眉間にしわを寄せた。どういうことなのだろう。互いに単体で動いているということなのだろうかという疑問が沸く。だが何にせよ同じ目的だと言うのならば敵対する者には変わりない。初音がわざわざ口に出すくらいなのだから彼女には何か言いたいことがあるはずだと警戒する。するとその雰囲気を察知してか彼女はいつも通りクスクスと笑い声を響かせた。

「あなたとこうして遊べるのも、あと少しね」

「どういう、こと──?」

名残惜しそうに初音が口を開く。その不穏な気配に思わず身構えた。そして続く初音の言葉に更に声を詰まらせることになる。

「────鍵の所有者は、もう間も無く判明するわ」

普段より極めて低い声で、初音は確かにそう言った。心音が一つ大きく鳴る。なぜそのようなことが言えるのかと一瞬で混乱してしまった。だがこの動揺を悟られるわけにはいかない。理由を、訊かなければ。

「……どうしてそんなことが言えるの?」

巴の問いかけに、初音が再びその表情に笑みを戻す。まるでその質問が来るのだと解っていたかのように。

「あなたたち守護者も気付いているんでしょう? 私たちが狙う対象者の特徴」

グッと手を握りしめる。対象者の特徴について。これは当初の段階から気付いていた。第一中学三年の女子生徒。なぜそこまで絞り込んでいるのかは不明のままだった。だが今までずっと対象者はその特徴から外れていない。だから何か絶対的な根拠があるのだろう。

「1クラス15人強。それが7クラスだと105人ちょっとね。シラミ潰しに探しても、105日あれば所有者は判明する。まぁそんなに必要ないけどね。問題は誰を対象者にするか」

初音の言葉に耳を傾けざるを得ない。少なくとも彼女は今まで手当たり次第に対象者を決めていたというわけではないということを意味していたからだ。

「世界の命運を担う鍵を、普通の子が持っていると思う?」

「普通の子……?」

「その言葉の通りの意味よ。何の才能も取り柄も無い子。そんな子が持っていたら、所有者だと判った瞬間逃げ出しちゃうでしょうね。そういう子たちは今まで責任と向き合って来なかったでしょうから」

初音の棘のある言い方と評価に奥歯を噛み締めた。どんな人間にだって得手不得手は必ずある。それを一括りにして「何の才能も取り柄もない」という言い方をすることが気に入らなかった。一人の人間を大多数で纏めていいわけないのだ。彼女は巴の想いに気付くことなく続ける。

「だからね、限られてくるのよ。人より抜きん出た何かがある者は。クラスでも5人いれば十分だわ」

「……!」

そうだ。今まで対象者となった少女たちの特徴。クラスの代表、部活動の主将、外見的に目を惹く者、秀才と呼ばれる人間。思えばそんな子たちばかりであった。その事実を突きつけられて、なぜ今まで気付かなかったのかという自分への不甲斐なさを感じる。

「そして彼の介入によって、対象者の探索は加速する。そうなるともう時間の問題よ?」

初音が目を付けた者に加え、あの実体の無い影も同じ動きをするのであれば。彼女の言う通り、対象者が判明するのにそう時間はかからない。ましてやもう、一歩手前というところまで来ているのかもしれない。否、これから1日ごとに日が過ぎれば確実に鍵は現れる。

巴が何も言えず頭で考えを巡らせていると、初音が余裕の表情で発破をかけ始めた。

「皮肉よね。鍵を見つけるためには心のカケラを取り出さなきゃいけないんだもの。だからね──あなた達は絶対に先に鍵を手にすることは出来ないの。わかるかしら?」

目を見開いて身体を硬直させた。事実、守護者は所有者を見つける術がない。そもそも本来ならば見つける必要はないのだ。鍵を狙う者がいなければ、所有者は安寧に暮らすことが出来る。しかし脅威がある限りそうはいかない。心のカケラを取り出すことが出来るのは宿り魔だけだ。つまりは──鍵が出現する際、いち早く確認するのは宿り魔ということだ。

「そのとき、あなたたち守護者は一体どうやって守るっていうのかしらね」

突きつけられた事実に、言葉を返すことが出来ない。どれだけ早く駆け付けたところで心のカケラが手に渡ればおしまいだ。巴たちには狙われる対象となる者も、スポットが出現するまではわからないのだ。この時点で後手に回っている。

「──私はね、これでもあなたのことを気にしているのよ。優しくて弱いあなたは、他人のことを思い過ぎて心を痛めてしまうんじゃないかって」

「……っ、じゃあどうしてこんな──!」

「それに関しては以前説明した通り。あなたの使命が鍵を守ることならば、私はその鍵を奪うこと。どちらかが折れない限り、絶対に相容れないでしょう?」

巴は目を伏せて唇を噛み締めた。自分の言葉では初音を動かすことが出来ないのかと。どうしても彼女は鍵が必要なのかと。自分と初音は絶対に相容れない。彼女の気持ちが変わらない限り。

「可哀想な子。守護者にならなければ、こうして心を痛めることもなかったでしょうに」

────可哀想?

心音が一つ鳴った。

「……違う」

その言葉を否定するようにポツリと呟く。

違う、違う。だってこの力はわたしが望んだものだ。だからこの痛みだって、自分の責任だ。

「わたしは……っ、可哀想なんかじゃない……!」

やめて。そんな風に言わないで。聞きたくない、そんな言葉。

「──……っ!」

ズキンとこめかみに激痛が走った。思わず空いている手で頭を抱える。ダメだ、このままでは呑み込まれてしまう。忘れていたいものを、思い出してしまう。

巴は顔を歪ませた後、大きく息を吐いて首を横に振った。そして考えていたことを振り払うように再び息を吸って初音を睨み付ける。

普段と様子が違うことに驚いたのか初音は巴を無言で見つめていたようだった。何か言いたげに口を開閉した後、再び口を噤んでその顔に笑みを零す。

「……まぁ、所有者が判明するまではこれまで通りよ。それじゃあ後は任せるから。──またね」

「! 待って!」

しかし巴の言葉は初音には届かず、彼女はいつも通りスポットの闇に溶けるようにして姿を眩ませた。空を割いた叫びに呼応して宿り魔が一歩前へ出る。そうだ、まだ退魔は終わっていない。そう思って巴は持ったままの剣の柄を再び強く握りしめ一気に駆け出した。

役目を果たした後の宿り魔を退くのは容易い。彼らの目的はあくまで心のカケラの探索なのだ。剣を振りかざし、巴は退魔の言を結んだ。

断末魔を耳にしながら荒くなった息を整える。宿り魔の割れた胚を確認した後すぐさまグッタリと倒れている対象者の元へ向かった。

(遅くなってごめんね……)

対象者となった少女の肩を抱きながら、拾い上げた心のカケラを胸の前に掲げる。心のカケラは驚く程に軽い。それでも、これを取り出す事はその身体に相当な苦痛を与えるのだ。どれほどの苦しさなのか、巴は知らない。だが顔を歪ませ声を抑えることができない程の苦痛なのだということは、見ていて理解出来る。それをたった14、5歳の少女が見知らぬ世界に隔離されて不気味な怪物に迫られる恐怖は計り知れない。

自分の無力さに辟易とする。心のカケラがあるべき場所へと戻った少女の顔にはようやく血の気が通い始めた。せめて彼女を椅子へ座らせてあげようと思ったとき、手が震えだしたことに気付いた。

(……──情けないな)

この震えは、恐らく初音を攻撃した際のものだ。切先は振るわずあくまで柄だけだった。それに当たってはいない。それなのに。

ただ、手を上げたという事実だけが自分の中に刻まれている。怖かった。自分が彼女を傷付けるのではないかと。

震える手を握り締め、もう一方の手で包み込む。ここに静がいてくれたら、という思いと一人で何とかしなければ、という気持ちがせめぎ合っている。彼に甘え過ぎてもいけないのだ。

「……っ」

不安が波のように押し寄せる。苛むのは己の弱さだ。もっと自分が強ければ、こうして悩むこともないはずなのに。

巴はしばらく深呼吸を繰り返した後、ふっと思考を戻し再び対象者となった少女の介抱を始めた。




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