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1本の電話から



意識の端で着信音が聞こえた。その音が煩わしい。

昨日は夜遅くまで勉強していたせいでこっちは寝不足なんだ。それも自分の時間を管理できない責任ではあるのだが。

尚もピリリリッと響く甲高い音に顔を顰めた。全くしつこいなと息を吐いて重たい瞼を開く。ぼんやりとしたまま音の出所を探った。顔を横に向けるとテーブルの上に放置されているスマートフォンがぼんやりと目に入る。そう言えば今朝方、美都を送り出した後ソファーで寝落ちたんだったなとまだはっきりとしない意識の中思い出した。そうであるならば電話の主は美都かもしれない。そろそろ起きる時間かと思いながらスマートフォンに手を伸ばしおもむろに耳に当てた。

「…………っ、もしもし?」

まだ寝ていたいという葛藤と美都の声が聞きたいというわがままな思いから差出人も確認せず応答する。起きたてなので声が上手く出ず少し上擦ってしまった。

『あ、やっと出たー!』

仕方ないだろう、今まで寝ていたんだから。すぐに応じられないくらい意識が深いところにあったのだ。

「なに……?」

学校で何かあったのだろうかと思わず呟く。そう言えば起きたら学校へ行くと言った気がしなくもないなと思い出しながら意識を整えていく。

『なに? じゃないわよー。今日忘れてないでしょうね?』

「今日……?」

ふと電話口の喋り方に違和感を覚える。今日、という単語を復唱し記憶を手繰り寄せた。夏休みに入ってからというもの、すっかり曜日感覚が狂っている。毎日のように学校へは行っているがそのためあまり日付も気にしていなかった。一向に思い出すことが出来ないでいると電話をかけてきた主が呆れた口調で言葉を続けた。

『もー、やっぱり覚えてない。今日行くって言ったでしょ?』

────今日、行く?

どこに、と思った瞬間だんだんはっきりとしてきた意識に釣られるように四季は青ざめながら飛び起きた。今日は何日だった? いやその前に、と慌てて電話口の主を確認するため耳に当てていたスマートフォンをバッと正面に向ける。そして彼はその事実に目を見張ることとなった。

────美都じゃない。

どころか。表示されている名前を見て更に血の気が引いた。いや最初の時点で気付くべきだったのだ。自分の違和感は間違っていなかった。それよりも。

「待て待て待て待て!」

『なによぉ。前から言ってあったじゃない』

「俺は了承してないだろ!」

慌てて電話口の声を引き留めに入った。確かに以前そういった旨の電話を受けている。しかしあの時は説き伏せたはずだ。同居人がいるから、と尤もな理由をつけて。しかし自分の意に反して相手はそう思っていなかったようだ。

『だって「訊いておく」って言われてから一向に返事くれなかったじゃない。OKなんだと思ってたわよ』

確かに一向に食い下がらなかった記憶がある。あの時はなるべく早く電話を終わらせようと適当な返事をしていた。だからと言ってそれを承諾だと取るにはやや強引が過ぎるだろう。

「無理。支度してない」

『大丈夫よぉ。こっちはしてあるから』

あくまでそちら主導で話を進めようとしているなと顔を引き攣らせる。どうやったらこの状況を回避できるかと考えていたところ相手が言葉を続けた。

『何か見られちゃまずいものでもあるのかしら?』

「それはっ、……ない、けど」

『じゃあ大丈夫ね』

「いやダメだって! 同居人に話し通してないから」

完全に自分の落ち度であることは否めないが来客があるかもしれないことを美都に報告していなかった。そもそもこの来訪を阻止しようとして動こうとしていたのにすっかり忘れていたのだ。祭りの日の夜、雰囲気を崩したくなくて。

『構わないわよぉ。挨拶もしたいし』

「俺が構うんだよ!」

『あら、どうして?』

電話口の疑問符にはたと目を瞬かせた。どうしてかと訊かれればただ単純に。

(…………会わせたくない)

とはさすがに言えない。上手い表現が見当たらず苦い表情を浮かべ唸る。

『ま。とにかく準備しちゃったし行くから』

「はぁ⁉︎」

『お昼過ぎから夕方くらいに向かうわね。よろしく♡』

「ちょっと待っ……! おい!」

有無を言わさず話を進める電話口の相手に、抗議の声も虚しく一方的に電話を切られる。よろしく、ではない。一体なにを考えているんだ。いや考えていることがわからないからこそこの状況なのか。だいたいお昼過ぎから夕方という範囲のなんと広いことか。

四季は寝起きの頭を抱える。すっかり目が覚めた。最悪の目覚めだ。一方的にも程があるだろうと顔を顰めるが、怒りの矛先がなく奥歯を噛みしめる。「来る」と宣言されたからには確実に来るのだろう。止める間もなく、そしてこちらの都合など考えず。だから嫌だったのだ。

(やばい……)

冷静になると如何にまずい状況かがはっきりとしてきた。まず優先すべきは美都に連絡を取ることか。絶対に彼女と鉢合わせさせてなるものか。美都には悪いが今日はゆっくり帰ってきてもらうしかない。そう考えて四季は手にしたままのスマートフォンを再び操作し始めた。





「ん?」

少し早めの昼食を4組の教室で取っていると、机の上に置いたままのスマートフォンが揺れた。表示された画面から相手は四季だとわかった。行儀が悪いということは理解しているが緊急だったらまずいと思いそのまま画面を覗き込んだ。

【悪い。今日学校行けない】

やはり寝不足が祟ったのだろうと頷いて見ていると立て続けに新着メッセージが届く。

【それと今日なるべくゆっくり帰ってきて】

そのメッセージには首を傾げた。更に続けて彼から送られてくることには。

【帰ってくる前に一度連絡して。絶対】

意図が全く読めず思わず眉間にしわを寄せる。今日何かあっただろうかと記憶を辿ってみても情報を共有するホワイトボードには特に記されていなかったように思う。いやあれは今朝四季があんな状態だったからアテにならないかと目線を上にやってうーんと唸った。

「どうかしたの?」

「あ、ううん。四季が──……」

と固有名詞を出した時点でハッと気付く。しまった。自分の前に座る凛の目が据わる。綺麗な碧い瞳が見えなくなるのは自分のせいだなと苦笑いを浮かべた。凛はとことん四季のことを敵視しているようだ。自分と彼が付き合い出してからは殊更に。

「……それで、なんて?」

訊いてしまった手前無視も出来ないのだろう。ジトッとした瞳で美都を見つめたまま、凛が言葉を続けた。

「あー、えっと……今日は学校来られないって」

「あら、そうなの?」

天敵が来ないと分かった瞬間、凛の表情が明るくなった。彼女の感情は読み取りやすい。引き攣った笑みを浮かべているとその隣ではクスクスと笑う声が聞こえた。

「本当に仲良いんだね。毎日連絡してるの?」

そう問いかけてきたのは衣奈だった。せっかく凛と4組で弁当を食べるので衣奈もどうかと誘ったのだ。だが彼女はまだ勉強を進めたいとのことで昼食は共にはせず、代わりに近くの席で時間を過ごすことにした。今の会話を聞いていた彼女は四季との仲のことを気にしているらしい。

「毎日……してるね」

連絡というよりは。毎日朝晩は必ず顔を合わせているため逆に会話をしない日がない。もちろん衣奈は自分が四季と同じ家で暮らしていることを知らないのでそう訊ねるのは至極真っ当だ。

「いいなぁ。あ、凛ちゃん的には良くないか」

衣奈の言葉に凛は力強く頷いた。そもそも凛は付き合う以前に同居のこともよく思っていなかった。これに関しては守護者のことがあるため仕方ないのだと説明はしたものの彼女としては到底受け入れられないことだったようだ。

「そう言えば衣奈ちゃん、お祭りの日聞きたかったことって何だったの?」

「ん? 今の話みたいなこと。向陽くんとどういう話してるのかなーって」

祭りの日の夜、退魔に向かう途中での出来事だ。衣奈に呼び止められたことを思い出した。あの時は一刻も早くスポットに向かわなければという意識が働いていたため彼女への応対が杜撰になってしまったのだ。

「普通だよ。勉強の仕方とか……あとはまぁ色々」

「えー、その色々が気になるのにー」

こうして話しているとやはり衣奈も年頃の女の子なのだなと感じる。彼女は頭が良い。学年でもトップクラスだ。加えて親しい友人を作らないという噂からかどこか同級生から敬遠されがちだ。自分がこうして衣奈と話しをするようになったのは意外にも彼女が声をかけてくれたことがきっかけだった。親しいという線引きがどこまでかはわからないが自分はそれなりに彼女と仲の良い方だと考えている。もっと彼女の素敵な部分が周りに知られれば良いのにとお節介に思ってしまう。

ニコニコと笑む衣奈に対して目の前に座る凛の表情は険しくなる一方だった。これは何かで埋め合わせをしなければ。

「そうだ凛、今日一緒に帰ろっか」

「え? 本当?」

「うん。ちょっと寄りたいところもあるしね」

美都の提案に、凛は嬉しそうに口角を上げた。なるべくゆっくり帰ってこいとのお達しだ。ならば何処かに寄った方が時間は潰せる。果たして彼の言う「なるべくゆっくり」がどの時間までを示しているのか定かではないが。菫のところに寄ってからでも十分だろう。常磐家にも顔を出そうかともふと考えた。

「嬉しい。去年に比べると一緒にいられる時間が少ないなと思ってたから」

「そう……だっけ?」

きょとんと目を瞬かせる。クラスは違えど今年は補講という名のもと、美都は割と4組に入り浸っていた。確かに同じクラスで過ごしていた昨年に比べれば明らかに共有時間は少なくはなった。だが恐らく凛が言いたいのはそれだけではないようだ。

「だって去年は良くウチにも来てたじゃない。なのに今年は全然……。ママも言ってたもの」

「逆に去年が凛の家にお世話になり過ぎてたんだよ。それにまた今月末行くじゃん」

「それはそれ、これはこれよ。ウチはいつ来てくれても良いんだから!」

凛の力強い言葉に若干仰け反りながら美都は頷く。祭りの日に久々に彼女の母親とも話をしたが母娘揃って押しが強い。こういうところは国際的だなと感じるところだ。凛の思いは留まるところを知らず、更に美都を見つめて要求が追加された。

「それとお弁当!」

「お弁当? どうかした?」

「どうかした、じゃなくって! 毎日自分で作ってるんでしょう?」

「まぁ作ってるっていうか……余り物を詰め込んでるだけだよ」

目の前に広げる弁当を指差しながら凛が疑問を口にした。その意図が読めず美都は思わず首を傾げる。基本的に弁当に関しては必然的に自分と四季の分の二人分になる。例え中身が同じものであっても近くの席で食べなければそうそうバレることも無い。なので互いに食事当番の夜は多めに作って翌日の弁当に使う、というのが最近の日課となっていた。

「……ずるい」

「え、なにが?」

「負けたくないの!」

「何に……?」

と一応口に出して訊いてみるが答えは分かりきっている。この場にいない少年のことだ。それ以外あり得ない。彼女の敵意も凄まじいなと感心してしまう程だ。愛理が滞在している間は気にしていなかったが、凛も相当四季とは性が合わないのだなと感じる。

「だから私にも作らせて!」

「えぇ? いいよ、だって負担になるでしょ?」

凛の申し出に手のひらを向けた。さすがに友人にそこまでしてもらうわけにはいかないという遠慮の意味合いも込めて、さり気なく正当な理由を付けて返答をする。しかし彼女が続けて言うことに、美都はふと喉を詰まらせることになったのだった。

「一人分も二人分も変わらないわ! ね、お願い」

うっ、と肩を竦める。この言葉は今朝自分が水唯に対して言ったことと同じだ。なるほど彼もこんな気持ちだったのかと身を以て知ることになるとは。確かに言い方によっては恐縮させてしまうな、と己への反省にもなった。

「じゃ、じゃあ……今度お願いしようかな……?」

「! えぇ! 食べたい物考えておいてね!」

彼女を見ながらおずおずと依頼する。すぐに嬉しそうな表情を浮かべたのでこの出方で正解なのだ。ウキウキとしながらおざなりになっていた己の弁当に再び箸を付け始めた。

そう考えると水唯も自分の扱いを良く心得ているものだと感じる。彼は洞察力に優れているのだろう。否、そもそも自分が単純なのかと疑問にも思うところだ。

水唯は他の同級生に比べると口数が多い方ではない。転校生ゆえ控えめなのかも知れないが、美都は彼の纏う雰囲気が好きだった。彼を包む空気は高階と似ているなと感じるのだ。

「あ、4組は合唱練習明後日だったよね?」

「そうよ。それがどうかした?」

今月下旬に行われる合唱コンクール。夏休みではあるがその名目上、週に2回は担当の音楽教師が指導をすることになっている。教師にとっても生徒にとっても負担なのではないかという意見が無きにしも非ずだがここで学校側に文句を言っても仕方のないことだ。

凛の返答を聞いて美都は再び衣奈の方へ身体を傾けた。

「衣奈ちゃん、もし明後日時間あるならまた理科教えてくれないかな……?」

以前共に勉強したとき、衣奈の解説がとても為になった。特に理科は補講ではほとんど扱われない。教科書を読んでいても不明な部分を解消するには、確実に理解している人間に訊ねるのが一番だ。

「うん、もちろん大丈夫だよ」

「ありがとう……!」

美都の依頼に快諾した衣奈はクスクスと笑った。彼女自身、塾もあるので相当忙しいはずだ。それなのにこうして自分に時間を割いてくれることが心から有り難かった。

「今度何かでお礼するね」

「大袈裟だなぁ。私も割と美都ちゃんに助けられてるからおあいこだよ」

「? わたし何かしたっけ?」

思い当たる節が無く首を傾げる。彼女に勉強で助けられることはあれどその逆は今まで何も無い。それどころか彼女には度々相談に乗ってもらっているため、貸し借りで言えば借りの方が大いにあるのだ。

「ふふ、内緒。あ、でも……せっかくならその言葉に甘えてもいい?」

「もちろん! わたしが出来る範囲なら!」

微笑んだあと、衣奈は何かを考えるように目線を宙へ泳がせた。自分が出来ることは限られている気がするがその分彼女の意向には添いたいと思う。そう言うと彼女はまた美都に顔を向けた。

「じゃあ考えておくね」

「うん。いつでも大丈夫だから」

頷いて笑みを返した。自分に役立てることがあればそれだけで嬉しい。何せ自分には特技と呼べるものが無い。全てが平均的なのだ。以前得手不得手について考えたことがあるが結局自分の得手となるものは出てこなかったなと苦い顔を浮かべる。

「えっと、凛には英語を教えてもらいたくて」

ふと目の前から視線を感じて彼女への依頼を口にする。恐らく凛の視線の理由はこのことについてだ。するとわかりやすくまた彼女の表情が緩んだ。

「えぇもちろん!」

「本当ありがたいなぁ。家庭教師がいっぱいだ」

英語は凛、理科は衣奈。数学は四季と水唯が教えてくれる。国語と社会については現状ままなっているので苦手教科を見てくれる人がいるだけでもありがたい。この後も水唯に教えてもらう予定だ。

弁当を食べ終え、机の上に置いたままにしていたスマートフォンを手に取る。四季からのメッセージに返信しなくては。しかし一体何があったのだろうという疑問は拭えない。なんだか字面から焦りを感じるのは気のせいだろうか。ともかくも彼の言う通りに動くしかなさそうだ。菫のところへ行った後、夕飯の買い物でもすればちょうど良い時間になるだろう。

そう考えて四季に了解の旨を伝えるメッセージを返信した。





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