今日のことを聞かせて
ソファーでぐったりと項垂れる四季の顔には思い切り「疲れた」と書いてある。彼にとってはそれ程神経を使うことだったようだ。
「お疲れ」
そんな四季を労うように、美都は声を掛けた。晩御飯の片付けが間も無く終わろうというときだ。結局買い物には行けなかったため、冷蔵庫にある食材で調理することになった。疲弊している彼の代わりに急遽美都が食事当番を買って出たのだ。
美都にとってはその方がありがたくもあった。食材が限られている方が工夫はしやすい。逆に冷蔵庫の中身が潤沢だと献立に迷ってしまうのだ。四季のようにレパートリーが多いわけではないので、タイミングとしてはちょうど良かった。
当初は自分で使用した食器類は自分で洗う決まりだったのだが、最近は同じ時間に食事をしている関係で当番が洗う流れになりつつある。それは今日もそうだった。
「千咲さんからもらったプリン食べる?」
「ん……」
力の無い返事が届く。朝から寝不足だったり両親の来訪だったりと四季にとって大変な日だったに違いない。プリンを冷蔵庫から取り出してトレーに乗せる。飲み物はどうしようかと考えていたところ、四季がむくりと起き上がりこちらへ向かって歩いてきた。ちょうど良いので彼に直接訊こうと顔を向ける。
「飲み物何が……わっ⁉︎」
不意に身体に圧力が加わり驚いて声を上げた。四季が腕を引きそのまま彼の身体に覆われる。
「四季?」
自分の声に返答は無い。代わりに強く抱き締められる。
「……あの、縮むんですけど」
「今さら」
「ちょっと」
肩越しにポツリと呟く彼の言葉に不満の異を唱える。言っていることとやっていることが矛盾しているじゃないかと抗議したくもなるが、温もりに逆らうことが出来ない。
「落ち着く……」
そう言いながら背中に回されていた四季の腕が片方頭に移動した。優しい手つきで頭を撫でられる。
「人を猫みたいに……」
「猫……よりはもっと小動物っぽいけど」
「ちょっと!」
二度目の反論を彼の腕の中ですると、機嫌を宥めるかのように頭に乗せられた手が二度反復した。完全にペットのあやされ方だなと少し悔しくなる。むぅと眉間にしわを寄せるが今日の彼のことを思えば仕方ないかとも納得できる。だいぶ気を揉んだことだろう。とは言え自分の方も色々あったため今のこの状態はやぶさかではない。
「……あの、ちょっとだけ腕緩めてくれる?」
「ん。悪い、苦しかった?」
「ううん、そうじゃなくて」
美都の申し出に四季がハッとして応じる。突然抱き締められたので体勢が良くなかった。彼が素直に腕を緩めてくれたため圧が弱まる。良し、と思ってもぞもぞと身動きを取ると美都は自分の腕を彼の背中に回した。
「! は……⁉︎」
思いがけない行動に、四季が動揺の息を漏らした。先程まで柔らかかった身体が硬直している。
やってみると意外と恥ずかしいのだなと思い知る。自分よりも遥かに大きい彼の身体に対して、確かに自分は小さいのだなと感じてしまう。四季の背中に当てている手を、彼の衣服を巻き込むようにしてぎゅっと握り締めた。
「ちょっ……と待って──……っ」
尚も狼狽したまま呟く四季の声が頭上から響いてきた。彼の胸に耳が当たっているため、心音がだんだんと早くなっていくのがわかる。
「だ──ダメですか……」
「ダメなわけない、けど……──不意打ちすぎて無理」
あまりにも普段より身体が固まっているため、恐る恐る訊ねたところそれを思い切り否定される。四季はようやく彷徨わせていた手を再び美都の身体に回した。包み込まれる温もりにようやくほっと胸を撫で下ろす。
いつもこの温もりをもらってばかりだなと思っていた。今日たったの半日一緒にいなかっただけで、彼に対する想いが募っていた。触れられることがこんなに嬉しいだなんて。触れてもらうことでこんなに落ち着くだなんて。四季と付き合い始めてから、今まで知らなかったことをたくさん教えてもらっている。
彼のことが好きだという果てのない想い。これが愛情なのだろうか。
「……ついでに、一つ我が儘言ってもいい?」
「? なに?」
耳元で聞こえる四季の声に首を傾げる。彼が口籠もりながら言う我が儘とは何なのかと。
「俺、まだ美都から好きって言ってもらったことないんだよね」
「……っ、え──……⁉︎」
思わずパッと手を離し顔を上に向けた。その仕種に応じるように四季も顔をこちらに向ける。
「そう……だっけ?」
「うん。聞いてない」
「えぇ……?」
目を宙に泳がせて記憶を手繰る。あの時──初めて四季から想いを告げられたあの日、確かに自分は明確な言葉にしていなかった。その後もそうだったかと考えるようにして口元に手を当てて考えていると再び彼が強い力で引き寄せた。
「────言って?」
「……──っ!」
まるで懇願するような四季の物言いに一気に顔を紅潮させた。美都は口をパクパクと開閉する。こんなに想っているのに、いざ言葉にしようとすると意外と勇気がいるのだなと今度は唇を噛み締めた。じっと待つ彼の瞳が真っ直ぐにこちらに向けられている。それが更に居た堪れない。時間が経過するにつれてどんどん心臓が煩くなっていく。
「め……目、瞑って」
「キスするわけでもないのに?」
「! だ、って……恥ずかしいんだもん」
四季の瞳に弱いことは、自分が一番良く分かっている。彼が言ったことも理解出来るがこれ以上見つめられれば更に言いづらくなるのは必至だ。その前に原因となる要素はなるべく封じておきたい。ずるいとは思うが。
渋々と彼が目を瞑る。呼吸を整えていざ、とは思ったがやはり恥ずかしいものは恥ずかしい。だが四季もこれ以上は待ってくれないだろう。せめて再び彼が目を開いたときに顔を見られないようにしたい。そう考えて半ば勢いに任せて彼の胸に顔を埋めた。
「!」
「──っ、…………──すき」
突然胸に飛び込んできた美都の頭に驚き四季は思わず目を開けた。長い葛藤をした後、彼女がポツリと呟いた単語が耳にも、そして胸を振動しても届く。顔が見たいのに美都は頑なに自分の胸に顔を当てたまま動かない。だが髪を結っているおかげで見える耳は真っ赤だ。それに先程まで背中を掴んでいた手が、今度は前でぎゅっと握られている。ダメだ。愛しさが溢れる。
(あーっ、もう…………)
口の中で何度可愛いと呟いたか知れない。以前惚れた欲目だと自ら言ったが本当にそうだと思う。正直美都より可愛いかったり綺麗だったりする女子はこの世界に五万といるだろう。なのにやはり自分は彼女が良い。愛らしさに耐えられない。好きすぎて苦しいなんて贅沢な悩みだ。美都を強く抱きしめながら彼女に伺いを立てる。
「──……キスしていいですか」
前に一度不意打ちでしたときに、する前に訊いて欲しいと言われていた。心臓に良くないからと。今の流れならばいらなかったかも知れないなと思いながらもこの状態では許可をもらわないと顔を離してくれなさそうだと感じた。そのための伺いだ。
だが美都はすぐに応じようとはせず少しだけ顔を離すと目を瞬かせ一呼吸置いてからおもむろに口を開いた。
「……ダメです」
「待っ、なんで⁉︎」
よもや拒否されるとは考えていなかったため青ざめながら彼女の肩に手を掛けて思い切り引き剥がした。先程のお願いが強引すぎて気を損ねたのかと不安に思っていると美都がきょとんとしながら冷静に呟いた。
「まだ真面目な話終わってないから」
「真面目な話?」
「うん。今日菫さんのところ行ってきたから共有しておこうと思って」
「──!」
いきなり現実に戻されハッと美都を見る。自分がゆっくり帰ってきて欲しいと依頼したためか彼女は一人で菫の元へ行ったようだ。その上菫と話が出来たらしい。真面目な話という手前、守護者にとって大切な話を彼女から訊いたのだろう。ならば自分が聞かないわけにはいかない。
「……わかった」
とは言えお預け状態を食らい、一旦心を整理するために長い息を吐いた。美都はその反応を見て頷くと「コーヒーで良い?」と中断していた作業を再開した。こういう時の彼女は割としっかりしている。使命感が強いんだろうなと感じるところだ。だからこそ心配になる。力を入れすぎて潰れやしないかと。
ともかくもその話はこれからだと考え直し、四季は用意されていたトレーを持ってリビングへ移動した。
◇
リビングのソファーに腰掛け、互いに千咲からもらったプリンに手を伸ばしながら美都の話を一通り聞いた。初音と対峙したこと、鍵の所有者は間も無く現れるという話、そして──。
「鍵が二つ、か」
初めて耳にする情報に眉間にしわを寄せた。菫曰く光と闇、それぞれに違う力を秘めているということらしい。
「どう思う?」
「菫さんが言うならそうなんだろ。問題は何で今まで説明されなかったのかだな」
否、むしろなぜ今なのかと言うべきか。彼女の説明によれば鍵が二つあったところで守るのは一人の所有者だけだという。ならば特に伝えなくても良かったのではないか。菫がそれを美都に話した理由を考える。
「……闇の鍵だからか?」
ポツリと呟いた言葉に美都が横で目を見開いた。例え一つの鍵でどちらかの力が発動しないのだとしても、必要だとするのならばまずは破壊の力の方だろうと容易に考えが及ぶ。光の鍵を手にしたところで創造しか出来ないのならばまず求めるなら闇の方だ。
「でも菫さんはどちらかって言ってたよ。断定はしてなかった」
「それも不思議なんだ。現状、一番鍵に詳しいのは菫さんのはずなのに彼女が知らないことがあるのかって」
穿った見方をしてしまう。菫のことを疑っているわけではない。だが彼女の正体は弥生たちも詳しくは知らない程謎に包まれている。守護者として戦って欲しいと言われたから戦ってはいるが、宿り魔のような脅威と出くわさなければこの使命についても不思議なことは多かった。彼女は恐らくまだ自分たちに隠していることがある。隠しているというよりは伝えるのを控えている、というべきか。
「……女の子が闇の鍵を持ってるの? 光じゃなくて?」
美都が不思議そうに首を傾げる。やはり彼女は純粋だと感じるところだ。美都は恐らく同性に対して後ろ暗い部分を見たことが無いのだろう。だからそう言った意見が出てくるのだ。裏を返せば男が闇っぽいという意味になるのだが彼女はそこまで考えて口にしてはいないのだろうなと小さく息を吐いた。
「まぁどちらにせよ所有者を守ることには変わりないさ。あとはいつその所有者が判明するか……」
今度は初音が言っていたことに対して考えを巡らせる。毎回思うが、彼女は美都に対する当たりが強いように感じる。敵対する者なので当然と言えば当然なのだが。その真意がまだ探りきれていない。
「初音の狙い、気付いてた?」
「いや。そもそも俺は同学年の女子に詳しくない。それを言われたところでまだピンと来ないんだ」
「そっか……」
隣で美都が肩を落とす。彼女は初音からこれまでの対象者の目星を耳にした際にハッとしたと言う。3年弱同じ学年で過ごせば、一度も同じクラスになることはなくても評判は耳に入るのだろう。目立つ者の特徴は、中学生と言うコミュニティの中では一つのスター要素に近いものがある。そうだとするならば。
「やっぱりアイツは同学年なんだろうな」
初音自身の正体も掴めないままでいたがこれまでの行動から更にその線が濃厚になってきた。美都は渋面を浮かべその事実を反芻し始める。
「友だちを疑いたくない気持ちもわかるけど、もうそうも言ってられない。心当たりはあるか?」
「……ううん。あんな喋り方する子周りにはいないし……でも少なくとも同じ小学校の子じゃないと思う」
「他所の小学校の奴か……なるほどな」
納得はしたものの第一中は生徒数が多い。この少子化の時代に7クラスもあるなんて嘘じゃないのか、と転校した時に思った程だ。美都に心当たりがないのだとすれば、これまで彼女と関わって来なかった人物が怪しい。それこそ目立つような存在ではないのだろう。
「学年名簿どこかにあったっけ?」
「あ、わたし持ってる」
「明日でいいからコピーしてくれるか? 可能性を絞っておきたい」
「うん、わかった」
とは言え絞るためには彼女の力も必要だ。これは再び明日仕切り直すしかないなと四季はテーブルに置いたままのコーヒーに手を伸ばした。その苦味が現実と重なるようだ。美都の方もデザートを食べ進める手が止まっている。
「何か考えてる?」
「ん? うーん、初音に言われたことをね。ちょっと」
困ったように微笑んで美都は四季の問いかけに応じた。彼女はそのまま目を細めて前へ向き直る。
「どうしてもあの子の言葉が胸に刺さっちゃって。わたしは特技や才能があるわけじゃなくてとっても普通だから。特別になりたいわけじゃないんだけど、やっぱり考えちゃうんだ──」
ぼんやりと宙を見つめながら思いを口にしていく様に、ただ耳を傾けた。特技や才能について。美都は言葉を続ける。
「得意なことがあれば、もっと自分に自信が持てたのかなって。そうすれば守護者の力もこんなムラ無く扱えたのかなって思うと情けなくて」
少女はそう言っておもむろに視線を落とした。こうして自身のことを語る彼女は珍しいと思う。普段、美都は考えていることをなかなか口に出さない。無意識なのかもしれないがまるで何かに遠慮しているようにも見えることがある。
美都は自己評価が低い。彼女の魅力については周りにいる人間がちゃんと評価している。特に目立つわけではないが目を惹くのだと。しかしそのことを美都自身が理解していないのだ。
「それは……劣等感、か?」
「──に、似たようなものなのかな。ないものねだりだよね」
ごめんいきなり、と付け足して美都はパッと笑顔に作り変えた。それまでの話をさも気にしていない様子を装い、再び手にしているデザートを食べ進め始める。
こういう時の声の掛け方は殊に難しい。ありきたりな言葉では気休めになってしまうし、かと言って理論立てて説明しても彼女には響かない恐れがある。だとしたら自分が感じたありのままを伝えるべきだろう。そう考えると今度は四季がゆっくりと口を開いた。
「俺は────そのままのお前を好きになったんだ」
ハッと目を見開き、前を向いていた美都がこちらへ顔を向けた。
「素直で真っ直ぐで、何も着飾らない。俺が見てる範囲ではの話だけど、それを美都以外に感じたことは無い。それも才能だとは思えないか?」
「……才能っていうか、それは性格だよね」
「才能だよ。言わなかったか? 誰とでも気兼ねなく話せて、周りには常に人がいること。それは他人がお前を放っておかないからだ」
彼女の自尊心へ訴えかけるように四季は言葉を紡いだ。やはり難しいものだなとは思う。結局は個人の考え方の話になってしまうので、他人がいくら言おうが当人がそう見方を変えなければ暖簾に腕押しだ。
「他人のことを優先できる人間なんて早々いない」
「買い被りすぎだよ。わたし意外と自分のことしか考えて無いよ?」
「だとしたら無意識なんだろうな。──ああ、そうか」
「──?」
そういえば、と話しながら気付いたことがある。美都は自身がモテるという自覚がない。ただ鈍感だからだと思っていたが、彼女にとっては普通のことなのだ。他人の感情をそのまま受け取ることが。だから誰もが美都に心を許すのだろう。かく言う自分もそうだった。
言葉として例えるならば無邪気や天真爛漫というのが正しい。彼女は才能と性格は違うと言いたいようだが案外そうと言い切れないものだ。しかしどうすればそれが伝わるのか。
「性格は短所と長所両方ある。お前は長所の方が前面に出てるんだ。自分を貶すなよ。それが美都の良さなんだから」
それまで大人しく聞いていた美都の紫色の瞳が揺れた。息を呑む音が耳に入る。通じたのだろうかと反応を窺いつつ、次いでだと思ってそのまま彼女に語りかけた。
「あと──自分が好きになった子を貶されて、いい気分になる奴なんかいないからな」
「! ご、……ごめんなさい」
普段は素直なのに自分のこととなると捻くれるのは厄介なところだ。可愛いところであるもあるが。
美都は目を逸らして少し顔を赤くした後、小さく息を吐いた。
「そっか……そうだよね」
ようやく自分の中に落とし込むことが出来たのか美都はそれまでしていた難しい顔から一気に表情を和らげた。
「ありがとう、四季」
「ん」
彼女からの謝辞を受け取り、短く返事をする。コーヒーを飲み干してマグカップをテーブルに置き、そのまま美都の傍まで移動した。互いの肩が触れ合う距離だ。彼女は手に持っていたデザートの容器を今度はカップに持ち替える。
「なんか今日はいろんなことがあったなぁ」
両手で持ったカップに口を付けながら1日のことを思い返すようにして美都が呟いた。
「学校では他に何かあった?」
「うーん、他はいつも通りかな。4組でご飯食べて、高階先生にCD借りて」
4組、というのは凛がいるからだろう。美都は夏休みの間は彼女の近くで昼食を摂ることが多い。弁当持参なのをいいことに凛の方も度々7組に出入りしている。彼女は美都のことを何よりも第一に考えている。小学校からの仲なようでその執着──と言ったら怒られそうだが──は自他共に認める程だ。美都との同居が早々にバレた時もそうだったが、付き合い始めてからは一層敵視されている。それを思えばまだ高階に関しては良い方だ。自分に実害がない上に彼は大人なのだから。美都とのやり取りも当初は気にしていたが、高階とは本当にただ仲が良いだけのようだ。恋愛感情が絡まなければ、教師から気に入られるのは悪いことではない。CDの貸し借りもすっかり馴染んできている。
「勉強は捗ったのか?」
「うん。今日は水唯に色々教えてもらったの。解説がすごくわかりやすくてね」
「ふーん」
四季は平然と相槌を打ったが、その実彼の心はざわついていた。先程自分で言った美都の良さではあるのだがそれにヒヤヒヤすることが儘ある。特に隣の家で暮らす水唯のことに関してはより気に掛けているようだ。彼の方も周囲に心を開いているのは美都だけのように見える。わかりやすく言えば嫉妬なのだが、それは大人気ないと自覚しているので深くは追及しないことにしている。しかし。
「四季と水唯は似てるよね」
「は?」
「顔じゃ無くて考え方がね。さっき四季が言ってくれたことも、今日同じようなことを水唯にも言われて」
ふふっと口元を綻ばせながら嬉しそうに語る美都を見ると、とても複雑だとは口に出来ない。一体どんな状況でそんな話になったのかも解らないのに無闇に否定するのは違うか、と思わず口元に手を当てる。考え方が似ている、というのは単に理系だからじゃないのかとは思うが。
「似てる……か?」
「うん。見てる点とか言葉選びとか。気が合いそうだよね」
実はまだ水唯と深く話し合ったことはない。だから美都からの評価がピンと来ないのだ。彼女の口調からして恐らく彼にも同じようなことを言っているのだと察することが出来るが果たして水唯はどういう反応をしたのか気になるところでもある。だが今日のこの状況を作ったのは他でもない己自身だ。目を瞑って唇を噛み締める。すると自分の反応に気付いていないのか美都が言葉を続けた。
「あ! あのね。水唯がちゃんとご飯食べてないみたいで。だからこれからたまに夕飯差し入れしようかなって思ってるんだけど」
これには堪らず頭を抱えた。お人好し過ぎるだろうと。厚意を好意と受け取られかねない。こういうところが危なっかしいのだと四季は長めの息を吐いた。
「四季? だめ?」
「……わかった」
一応伺いを立てるような訊き方をしているが、美都はもうそのつもりでいるのだろうと渋々承諾した。それが彼女の良いところではある。だがやはり面白くはない。第一、いま隣にいるのは自分なのだ。
四季は眉間にしわを寄せて顔を上げると、おもむろに美都の手からひょいとカップを取り上げた。彼女は「あっ」という表情を浮かべている。
「まだちょっと残ってるよ」
だからどうしたと言わんばかりに、四季は取り上げたカップをテーブルの上に置く。そして有無を言わさず彼女の肩を抱き寄せて頭に手を回した。
「!」
「さっきの続き」
端的に言葉を紡ぎ、そのまま額の髪を掻き分けて口を付ける。突然のことに驚いて肩を竦める美都を頭上から眺めた。すぐに顔が赤くなる様が見えて可愛いなと感じるところだ。
「──水唯が好き?」
「と、友だちとしてね」
「じゃあ俺は?」
意地悪な問いかけだ。肯定文で答えさせることはしない。現に美都はうっ、と声を詰まらせている。今度こそその言葉を言うときの表情を見逃さないように。この体勢は正解だ。
「……さっき言ったでしょ」
「さっきはさっき。今は今」
やはりその言葉を言うのに口籠もっていたようだ。なんとか逃れようとしている足掻きすら愛おしい。徐々に顔を俯かせていくので、覗き込むようにして彼女の言葉を待った。
「──ねぇ、俺は?」
結局わかりやすく嫉妬してしまった。仕方がない。美都がすぐ隣で違う男の話ばかりするんだから。
先程お預けを食らった分まで、追加での報酬を求めても良いだろう。
顔を真っ赤にさせている彼女を真っ直ぐに見つめると、その瞳が不意にこちらに動いた。一瞬視線を交えた後、すぐにそれは逸れる。直後に少し口を開く様を見逃さなかった。
「……好き」
そう呟いた後、まだ上があったのかと思うくらいに美都は頬を紅潮させた。先程もこんな風に言ってくれたのかと思うと愛しさが増す。半ば強制的に言わせたようなものだが満足だ。今日はなんだかんだ彼女にもらってばかりだな、とふっと笑みを零す。そしてまだ一つ欲しいものがある。
「俺も、美都が好きだよ」
今度は額ではなく唇へ。同じ分だけ、否それ以上の想いを返すように優しく口付けた。