第一話 「異世界転移と初戦闘」
目を覚ますとまず視界に入ってきたのは見慣れた天井...ではなく晴天の青空だった。
「まぶしっ」
もう何か月も外に出ていない引きこもりに、急な直射日光は当然キツイ。
「生きてるのか...俺」
太陽の視線を手で隠しながら周りを見渡す。
「どこだよここ、なんで――――」
この状況がいわゆる異世界転移だということに気づくのは早かった。
引きこもりのうちに異世界転移物のアニメもいくつか見ていたし、憧れていたところもあった。
定番の中世ヨーロッパ風の街並み。鎧を纏った大柄の男たちや、いかにも魔法を打ちそうな杖をもった人々。見たことのない食料や品物を売っている露店。謎の大型の生き物が動かしている馬車。
いままでにそれに近いものをいくつも見た。
それに気を失う直前に受け取ったメッセージ。
差出人も内容も全然わからないが、逆にそれが異世界という非日常に飛ばされたことを確信させた。
「これが異世界転移...ってやつか....」
最初に俺がいた場所は大勢の人が通る市場の中。俺の姿はいつものジャージのまま。街のなかで俺は明らかに目立っていた。
とりあえず日光を避け、身を潜めるため薄暗い路地裏に入った。
異世界もので人生をやりなおす主人公を見て、自分も異世界に行ったらすぐ嬉々として喜ぶものだと思っていた。しかし、喜ぶどころか俺は早く元の世界帰りたかった。
人々の言っていることは聞き取れるのでおそらく会話は可能なのだろうが、なんといっても転移前の事前情報がない。しいていうなら俺が闇の力に関係しているくらいか。
神様かなんかがギフトやらチート装備を俺に与えて丁寧に説明してから転移させてほしかった。
今の俺は硬貨すら持たない無職だ。
それにさっきいた戦士らしき人の鎧にはべっとりと血の痕がこびりついていた。もしこの世界が殺伐としたハードな世界観だったとしたら、非力な俺の命の保証はない。
ただでさえ現実世界のサバイバル能力も身に着けていない俺に突然異世界でのサバイバルを強いるのはいくらなんでもキツイ。
飯だって朝から食べていないし、夜になったら寝る場所もない。
「こっちの世界でも詰んでんのか...俺」
途方に暮れながら、俺はさらに路地の奥に進んでいった。なにか考えがあるわけではない。
すると奥に進んでいる最中、何かが走っている足音が聞こえてきた。
どんどんこちら近づいてくる。
目の前の角から飛び出してくる影。
次の瞬間、影の正体は勢いよく俺に飛びついてきた。
いきなり飛びつかれバランスを崩した俺は、上から押さえつけられるような形で地面に倒れた。
「痛........突然な――――」
「助けてください、お願いします!!」
涙声で俺に訴えかけてきたのは一人の少女だった。
肩まで伸びた長い金髪の髪に整った顔立ち、身長は俺よりすこし小さいぐらいだろうか。
こんな美少女に突然抱き着かれ馬乗りにされている状況。飛びつかれたからといって、そうはならんやろと思われるかもしれないが、実際そうなっているので仕方がない。
普段ならラブコメ展開として喜べるのだが、彼女の身なりは異質だ。
上下ボロボロの服に、傷ついた素足。緊迫した表情。
すべてがなにか緊急事態が起きていることを物語っている。
しかしその涙ぐんだ瞳には身なりにふつかわぬ力強さが宿っていた。
「スカラ!!!」
男の怒声が路地に響いた。
現れたのは身長180cmはある大柄の男。白を基調とした服装で靴先からマント、帽子までびっしりと華美な装飾が施されていた。精悍なつらがまえもその高貴さを引き立てている。いかにも貴族らしい外見。そして腰にかかっているのは剣と鞘。
「お屋敷に戻るぞスカラ」
「ヒッ...」
少女は怯えながら立ち上がり、俺の横に立つ。必死に俺の服を掴んでいた。
「あっ....えっと...」
「貴様、何者だ」
いきなりの身分証明。全然準備ができていない。
「俺は......」
「―――その女と関係ないならそこを退け」
俺にはスカラと呼ばれる金髪の少女かこの見るからに強そうな貴族、どちらに付くべきかわからなかった。
ただ安全をとるなら、後ろの少女をだまって差し出せばいいはずだった。
俺は殴られたり蹴られたりしたことはあってもそれはあくまで相手は中学生。
ただ今回の相手は大の大人、それに剣を持ち出されたら俺は一撃で死んでしまう。
しかし俺の体は無意識に少女を庇うように動いた。
「俺とコイツは知り合いで....えっと..」
「いいから退けっっ!!」
強引に俺を退けようと、勢いよく手で肩を突飛ばそうとしてきた。
俺は反射的に腕で防ごうとする。
体格や筋力を考えても防ぎきれないことは自明だった。
だが二人の手と腕が衝突するその刹那。
両者の間に勢いよく紫色の電撃が走る。
手と腕は電撃に弾かれるように反発しあった。
俺の体が吹き飛ばされることはなく、むしろ男が衝撃で後ろに大きく後退した。
「なに...」
男は動揺したが、俺のほうがもっと動揺している。
まだ腕のぶつかった部分に紫色の電流が走りバチバチと音を立てている。
それを見た男の目の色が変わった。
「紫の電撃...貴様まさか闇の――――」
予備動作もなくいきなり腰の剣を抜き、そして俺の腹めがけてふってきた。
あまりに早い抜剣と肉薄、気づいた時にはほとんど腹の近くまで剣は迫っていた。
(もう一度腕で防ごうかと思ったがっ....間に合わねえっ..)
剣が胴に触れ、体が裂けるかと思った次の瞬間、
激しい破裂音とともに剣はボロボロに砕け散った。
「なに...!」
剣の破片は地に落ち、禍々しい紫色のオーラを放っている。
明らかに狼狽する貴族。後ろの少女も驚いていた。
体の方は接触部分に違和感が残っていたが、痛みはない。
これが闇の力の効果なのか?一瞬過ぎてよくわからない。
「まさか貴様悪魔の末裔か....チッ...次会ったら命はないと思え」
男は走って、あっというまに路地の闇に消えた。
「「た、助かった...」」
俺はただ茫然と立っていただけと言われればそれまでなのだが、たしかにこの少女を守った。
初勝利と言ってもいいだろう。ただ俺がさっきの男に目をつけられたのは間違いない。
悪魔がなんたらとか言っていたし。
多分俺が闇の力に関係していることも――――――
「ランク10の攻撃を防ぎきるなんて....あなたはいったい...」
「俺の名は............シリウス」
「シリウスさん...助けてくれてありがとう!とりあえず追っ手が来る前にこの路地から抜けましょう!」
俺の手を引っ張って走る彼女。流されるようについていく俺。
どうして彼女を庇うような真似をしたか。どうして彼女についていくのか。
その理由ははっきりしない。なにか確信があるわけでもない。
ただ、俺には
顔立ちも髪の色も違うけれど、スカラが幼馴染のアイツに似ていて
自分を希望のある方へ引っ張ってくれる。
そんな気がした。
しばらくして俺らは路地を抜けた。