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からあげじゃんけん~最後の一個~

あなたはじゃんけん強いほうですか?

 ここは、とある和風中華居酒屋の座敷。

 

 揚げ物や刺身、酒やタバコのにおいが混ざりあった空気に、社長が先に引き上げ緊張が和らいだ同僚たちの、少し話し疲れた声が飛び交い、中にはテーブルに突っ伏して寝ている奴もいる。


 飲み会が既にお開きの雰囲気を漂わせる中、目の前の大皿の上には残された最後の唐揚げが誰かの胃袋に収まるのを待っていた。


 それに気づいた途端に俺はその唐揚げに運命を感じた。


 今まさにビールで無理やり流し込んだ、出来損ないのつくね団子のせいで、これまでの楽しい食事を台無しにされた俺にとって、それはこの飲み会を気持ちよく終わらせるためにどうしても必要なものに思えた。


(さっき食べたからこいつの味は間違いない。幸いレモンをかけられた形跡も無いし、衣はカリッとしたままだ。よし! 最後にこれをビールと一緒に味わって、この飲み会を気持ち良く終わらせる!)


 向かいに座っていた上司も唐揚げに手を伸ばそうとするが、俺が一足早く箸を伸ばすのを見て取ると


「じゃあこれはじゃんけんな!」


 一瞬箸は止めたが譲る気はない俺を無視して、奴はそう言うが早いか立ち上がり、テーブルの脇を周ってこちらに向き直った。

 仕方なく俺も箸を置き、立ち上がって相手を見上げる。

 

腕力じゃなくじゃんけん勝負なのだが、自らの体格のせいか、意味もなく既に勝つ気満々で笑みを浮かべている奴の身長は2m近くで、体重も優に100キロを超えるだろう。

 腕力なら170㎝そこそこの俺が正攻法でいっても勝てる相手じゃないのは(はた)から見ても明白だ。


 俺を見下ろしながら、奴は酒臭い息と共に


「がはは!悪いな!今日の俺はツイてるからな こいつも頂きだ!最初はグーで行くぞ!いいか?」

 

 今日は外回り中にサボってパチンコで勝ったらしい上司に、俺は静かにうなずいてから、両手を組んで(ひね)りながら相手の出方を予想しようとした。

 組んだ指の隙間から、この最後の唐揚げのために残した一口分のビールのジョッキで、小さな気泡が上がるのをじっと見つめながら考えていたその時


「あらっ!ビール頼まなくて大丈夫?」


 隣のテーブルにいたはずの経理のババアが、突然指の隙間に現れた。


「あと1個唐揚げ食べたら終わりにしますから大丈夫ですよ!」


「がはは!まあ自分がその唐揚げは頂くんですがね!」

 

 すかさず上司が口を挟む


「あらそうなのね!」


 そういうとババアは自分の席に戻っていった。


 集中を乱した俺はもう一度指を組み直して、指の隙間を覗き込みながら必勝ための道を探した。


(じゃんけんなんて運だ……本当にそれでいいのか?)





 覚悟は決まった。





「どうした?えらく真剣だな!仕事もそれくらい真剣にやってくれよ!」


 ネクタイを頭に巻き赤ら顔でヘラヘラ笑いながらそう言った上司の顔を見据えながら、俺は組んでいた指をほどくと、軽く腰を落とし右足を引き、半身になって右の拳を腰の横に構える。


「さぁーいしょはー……グゥッ!」


 足の裏から膝へ、膝から腰へ、腰から肩へ、肩から肘へ、肘から拳へと増幅された力を乗せたグーを上司の横っ面に有無を言わさず叩きこんだ。


「パハァ!」


 奴は酒臭い息を吐きだし、突然のことに顔を歪めながらも、タタラを踏んで持ちこたえる。

 もちろん俺もこれぐらいじゃこいつが倒れないことは分かっている。

 俺は今度は左の拳を開き、パーの形にした掌底をみぞおちにめり込ませた。


「おいっ!チョッ!」


 手ごたえはあったものの膝が少し曲がった程度でまだ倒れないのを見た俺は、一旦腕を引き両手をチョキの形にすると両乳首を挟み思いきり捻≪ひね≫った。

 

(おまえの弱点が乳首だってことは職場の全員が知ってるぜ!)

 

 「あぁーん」

  

 悶絶した上司の巨体がテーブルに倒れ込んで俺の楽しみを台無しにする前に、唐揚げとビールジョッキを素早く回収する。


 こんな事して大丈夫かって? 大丈夫! どうせ明日になったら覚えてないし、見てた周りのみんなも黙っててくれるくらいには酒癖の悪い上司だ。


 俺はさっそく戦利品を口に放り込んだ。 


「うーん……マズイッ!」


 最悪だ!せっかく勝ち取った唐揚げには、俺が見ていないうちに、いつの間にかレモンがかけられていた。


「あのババア!!」


 騒ぎを聞きつけてやってきた店員の前で、口直し代わりのビールを飲み干し、ラストオーダーの唐揚げと生ビールを注文すると同時に、俺は隣のテーブルの経理のおせっかいババアにジョッキ片手に飛びかかった。


 

 おわり

なろうどころか、人生初投稿です

これを読んでくれているということは最後まで読んでくれたということですよね

ありがとうございました






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