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Vtuber殺人事件  作者: 狼狽 騒
4/11

4日目

◆――とある音声通話ツール



「ねえ、ちょっとマズいよ、これ」

「これは想定外だ。今すぐ名乗り出よう。君もこれ以上は止めるんだ」

「おいおいちょっと今更何言ってんのさ!」

「いや、でもね、流石に事態が重すぎるのだよ」

「タイミング的に考えても、ヤエギさんだよね、あれ」

「そうに決まってんじゃん! だから僕が有名になるチャンスなんだよ!」

「……あのね、あんまり言いたくはないけど」

「何だよ! お前ら有名になってチャンネル登録者数増えただろ!」

「それはそうだが……」

「だったら僕がやり終わった後で言うなら言ってよ。具体的には今日の昼から放送するから、明日ならいいよ」

「む……だが……」

「ああ、もううるさい! 今バラしても後でバラしても変わんないじゃん! もう僕達はある種――共犯なんだから」

「……」

「……」

「分かってくれたみたいだね。じゃあ、変な考えは起こさないでよね。それじゃあ」



 雨下ふらし が退室しました。




◆探偵――立花レン


 ドゥエムマスク。

 なよ。


 この二人が急遽生放送を行い、そしてデスBANの被害に遭った。

 全く同時刻に。

 それだけでも衝撃的だったのに、それを超える事実が伝えられた。


 数日前に報道された、沖縄県で殺害された男性。

 その男性がVtuberだったということ。


 しかも――デスBANに殺害された人物の中の人だったということだ。


 誰なのかは未発表だったとのことだが、時期的に考えて一人しか該当しない。


 ヤエギ。


 彼が殺害された男性だったのだ。

 そうなると関心は当然他の人にも向く。


 綾胸エリ。

 リード・ザーヴェラー。

 ドゥエムマスク。

 なよ。


 この人達も同様にリアルで殺害されているのではないか――と、誰もが思うことだろう。

 実際に死んでいるかどうかなど、彼らのリアルなど知る由もないので当然分からない。

 だが、僕は1人だけリアルを知っている。


 にち・ブロードスカヤ。


 もし次にデスBANの魔の手が襲ってくるならば、彼女の可能性もある。

 それがリアルでの被害になる可能性も――


 だから僕はブロードスカヤさんにリアルで会うことを決めた。

 事件に首を突っ込むというこの選択を愚かだと罵る人もいるだろう。

 だが、何を言われようとも僕は会って話を聞くと決めた。

 身だしなみを整え、彼女が指定した時間、場所で待つ。

 見知らぬ人と会うことに少しそわそわしていた所、数分後に彼女はやってきた。

 大きな目、薄い唇にさらさらの髪――化粧はそれ程していないのに顔立ちが整っているので、人目を一目で引いた。年齢は高校生くらいだろう。

 その顔に見覚えがあった。

 少女は辺りを見回すとスマートフォンを取り出すと耳元に当てる。

 直後、僕のスマートフォンが鳴り出す。

 間違いない。


「お待たせしました」


 通話ボタンを押した後に片手を挙げると、彼女はこちらに気が付いたようで顔を明るくさせた。

 彼女が、にち・ブロードスカヤさんの中の人だ。


「あ、あなたがレンさんですか」

「おっと、その名は外では止めてくださいね」

「あ、すみません」


 目の前の少女は手で口元を押さえる。


「そ、それでは何とお呼びすれば……」

「立花でいいよ」

「あ、はい。では私の方は――とお呼びください」


 彼女は自身の本名を口にしてくる。


「分かりました。――では、どこでお話しします?」

「あ、私の家でお願いします。今日、両親いないので」

「……はい?」

「だから秘密の話でも出来ますよ」


 なんてことを笑顔で言うんだ。言わずもがなだが僕とブロードスカヤさんは男と女だ。この言葉は意味深すぎる。

 だがそんな意図は含んでいないだろう。そして僕もそんなつもりはない。


「分かりました」


 僕は頷いて、導かれるままに彼女の家まで歩いていった。



    ◆



「あ、お茶を持ってきますね」


 リビングのソファに座る様に促された後、彼女はそう言って台所へと向かって行った。

 彼女に連れられてきたのは、新しめなマンションであった。その一室に案内されたのだが、結構な広さがあり、そこそこ裕福な家庭であることが推察出来た。


「どうぞ」

「あ、どうも」


 彼女が置いたお茶を飲む。

 美味しい。

 ……じゃなくて。


「では、早速ですが、本題に入りましょう」

「あ、はい。そうですね。レンさん……あ、立花さん」

「外じゃないならレンでいいですよ」

「分かりました。じゃあ、レンさん」


 急な振りであったが、彼女はゆっくりと僕の真正面に座ると、真っ直ぐな瞳を向けてくる。


「実はお話ししたいということは、デスBANのことについてなのです」


 来た。


「実は僕もそれを聞きたかったのです」

「さすが探偵さんですね」


 柔らかく笑むブロードスカヤさん。

 彼女はスカートの裾を直すと、改めて表情を引き締める。


「デスBANについて、正直な話、私は知らないです」

「え……? 知らない」

「はい。ですが――私の知り合いが、どうやら何かを知っている様なのです」


 どういうことだ、と聞く前に彼女から答えが出てきた。だが、それもまた、どういうことだ、と聞きたくなることであった。


「知り合いが?」

「ええ。私の知り合いもVtuberをやっているんです。その人が、その……デスBANの被害にあった人と交流があったみたいなんです」


 それはもしかして――


「『雨下ふらし』さんですか?」


「……そこまで掴んでいたんですね」


 そうです、と彼女は首を縦に動かす。


「どうやら犠牲者の方々と何やらやっていたようなのです。何をやっていたのか、その中身は知りませんが……ですが、近々何かをやろうとしているみたいなのです。それが心配で怖くて、他の人みたいにならないかが」

「……ちょっと待ってください」


 一気に入ってきた情報を一度頭の中で整理する。


「まずは教えてください。どうやってあなたはその雨下さんの情報を得たのですか?」

「それは……はい。それこそが、今回レンさんと実際にお会いしてお話ししたい理由だったのです」


 ぐっ、と裾を握りしめ、ブロードスカヤさんは意を決したように言う。



「ふーちゃん――雨下ふらし君は私の幼馴染で、ちょうどこの上の階にいる男の子なんです」


(上の階の幼馴染……、か)


 リアルで会いたい、ということから予測していたことではあった。

 リアルの人が、同じVtuber。

 そして渦中の人。


「ふーちゃんは何か知っているみたいで、それを今日、生放送でバラすみたいなんです……でも、何か変なことが起こっているし、昨日のネットニュースでその中で本当に死んじゃう人もいたらしいので……」


 やはりあのニュースも見ているか。それ以前から僕に打診していたから、嫌な予感はしていたのだろう。


「レンさん、お願いがあるんです」


 彼女は唐突に僕の手を握ってきた。



「どうか一緒にふーちゃんを説得してもらえませんか?」



    ◆


 女性に手を握られてお願い事をされたら言うことを聞いてしまうのは仕方のないことではないだろうか。

 ――などと虚言は吐きつつも、僕は彼女と共に真上の部屋に来ていた。因みに部屋を出るときに彼女は扉に鍵を閉めていなかったので注意したら「ちょっとの間ですし、マンションだから大丈夫ですよ」とのんびりとした笑顔で言われた。色々と危機意識が足りない子だな、と思った。

 さて、それはさておき。

 彼女曰く、「ふーちゃんが放送するのを説得してほしいんです。Vtuber活動をしていて相談できるのはレンさんしかいなくて……」とのことだ。信頼してもらえるのは嬉しいが、彼女のネット依存はちょっと心配になるレベルだ。しかしそんなことは面と向かって言えないでいるまま、彼女がインターホンを押すのをただ見ることしか出来なかった。


 ピンポーン。


「……んだよ。お前か」


 不機嫌そうな声と共に扉が開く。

 顔を出したのは高校生くらいの男だ。だががっしりとしている訳ではなく、どちらかといえば華奢だ。

 そしてその声は聞いたことがあった。

 間違いなくこの人物が『雨下ふらし』だ。

 バーチャルの『雨下ふらし』は、白い髪、紫の目頭に2つの触覚のキャラだが、この高校生は普通の黒髪だ。


「あ? こいつ誰だ?」


 当然の如く怪訝そうな目を僕に向けてくる。


「あ、この人はえっと……」

「雨下ふらしさんですよね、僕は立花レンです」

「レンさん!?」

「立花レン……ああ、こいつとよくSNSで絡んでいる奴か」

「そうです。よろしくお願いいたします」

「あ、ああ、よろしく」


 雨下は戸惑いながらそう返す。

 そして同じようにブロードスカヤさんも戸惑っていた。

 それもそのはず、僕がここで切り出すことなんて打ち合わせしていないからだ。そもそもどのようにやるかなど打ち合わせなんかしてはいなかったが。

 なので行き当たりばったりに、まずは雨下ふらしと関係を作る所から始めた。

 ここでブロードスカヤさんとリアルコラボをする前の下準備だと嘘を付き、そして彼も引き込んで打ち合わせをする。その際に今日配信するのか、などと聞いてそこから説得する――という方法を取ろうと考えていた。というよりも、そうじゃないと説得まで持っていくことすら不可能だ。


「今回はブロードスカヤさんとコラボ――」


 ――などという僕の考えは甘かった。



「……ああ? お前、どういうことだよ!?」


 見るからに雨下はいらついた声で、ドン、とドアに拳を叩きつけた。


「お前、言っていたことと違うじゃねえか! なんで――」

「違うの! ごめんねふーちゃん違うんだよ!」

「何が違うんだふざけんな!」

「あ、ごめんなさい、レンさん、ちょっと私の家に先に戻っていてください」

「え……?」

「ふーちゃんちょっと説明させてお願いだから」


 雨下の背を押しながら、彼女は彼の家に入ってしまった。

 そして扉は閉められ、鍵が掛かる音がした。


「……ええ……」


 僕は途方に暮れた。鍵が閉められた為に中に入ることも出来ず、またこの場に居るのは文字通り居たたまれないので、結局は言われた通りに彼女の家へと戻り、先にいた時に同じリビングのソファに腰を下ろすのだった。

 予想外だった。

 まさか雨下があの時点で激高するとは思っていなかった。

 何が駄目だったのだろう。

 もっとブロードスカヤさんと詳細を詰めておけばよかった。

――そう後悔しながら思考の海に身を委ねてしばらくした所で、ガチャリ、と玄関が開く音がした。


「レンさん……本当にすみませんでした」


 ブロードスカヤさんはどうやら憔悴した様子だった。何があったのか。……聞いていて良いものか困る。


「ふーちゃん、どうやら勘違いしてて、説得どころじゃないくらい怒ってて……ごめんなさい。せっかく来てもらったのに……」

「気にしないでください。仕方ないですよ」


 そうは言いつつも、最初からあの性格だと知っていたらこのような策は取らなかった、と少し彼女を責めたい気持ちが生まれた。だが、あの性格だからこそ説得できずに誰かの手を借りたかったのかもしれない。

 どちらにしろ、もう失敗してしまったのだ。


「すみません。ふーちゃん、15時から配信を絶対やるって聞かなくて……止められませんでした」

「15時から……あと10分か。でもSNS上ではそんなことは言っていなかっ……あ」


 雨下ふらしのSNSを見てみると、既にゲリラ的にやる旨が記載してあった。しかも「デスBANによるVtuber殺人事件で知っていることを話してやる」と明記してある。


「投稿したことでもう引き返せなくしてやったぜ――と……ふーちゃん、自分を追い込んで……」

「ああ、それはすまなかったね」

「あ、レンさんの所為じゃないです。むしろ……私がレンさんに『コラボ』という言葉を使わないように言うべきでした」


 ブロードスカヤさんは目を伏せる。


「ふーちゃんは私と仕切りにコラボをしたがっていたのですが、Vtuberとしては繋がっていないのでちょっと待ってと言っていたのですが……そんな中でレンさんとコラボする、って言って怒っちゃったみたいです」

「……ああ、そういうことか」


 だったら最初にリアルコラボという単語を使うな――と言いたくなったが、全ては今更の話だ。


「でも、まあデスBANは昼夜の12時前後にしか出ていませんし、その放送は様子見しましょう」


 いざとなれば上階だ。速攻で確認しに行けば事が済む。


「なのでパソコンなどありますか? 放送を見ていた方が良いと思うので」

「あ、でしたら私の部屋へどうぞ」


 彼女に案内され入ったその部屋で女の子らしいとか整頓されているだとか、そういう所よりもまず僕の目に入ったのは、パソコンだった。

 しかも二台あった。

 デスクトップパソコンとノートパソコン。


「あ、二台あるのは一台を欲しいモノリスト(※)に入れていたら匿名でもらったのです。せっかくもらったので使わないと、と思ってですね……」


 僕の視線が二台のパソコンに向かっていたことに対して先読みした回答だった。

 しかし改めて実感する。

 欲しいモノリストでパソコンを貰っていることからも分かる通り、彼女は人気Vtuberなのである。……いくらするのだろう。

 そんな邪推は置いておき、彼女は近くのデスクトップパソコンを起動し、ノートパソコンの方を膝に置きながら「あ、レンさんはその椅子を使ってください」と手で指し示す。僕はご厚意に甘えながら、デスクトップの前の椅子に座り、画面をじっと見る。


「そちらのパソコンはレンさんが使ってください。でも最近放送が止まったりと調子悪いので、何かあった時用にこちらのノートパソコンでも放送が見られるように用意しておきますので」

「分かりました」


 今回は見るだけなので自分のアカウントでログインする必要は無い。幸い、雨下ふらしはスケジュール予約をしていたようなので、生放送予定のページに飛び、そのまま待機しておく。

 まだ放送が始まっていないのに、コメントがどんどんと増えていく。

 大抵は、不謹慎、だの、嘘、だの、消される、などだ。やはり注目度は上がっている事項なのだろう。


 そして数分後。

 ついに15時になった。


「あ、そちらのPCで大丈夫そうですね」


 ブロードスカヤさんがノートパソコンを脇に置き、僕の隣に並んでくる。が、僕は画面に集中する。


『こんばんふらしー。雨下ふらしです』


 画面上に、紫の目頭に2つの触覚がある白い髪の、彼とも彼女とも断じられない中性的な人物が登場する。


『あ、何ですか? コメントがもう来ているんですか。……ふむふむ。不謹慎じゃないですよ。失礼ですね。ま、そう思う人は自由ですけれどね』


 流れてくるコメントにニヤニヤとした声音でそう返した後『で、早速だけど本題に入ろうか』と切り出す。


『みんな知りたいでしょう? デスBANでリアルで死んだ奴が誰なのかって。僕、知っているんですよね』


 ひとしきり笑った後、雨下は告げる。


『まあぶっちゃけて言うと――ヤエギなんですけどね』


 ヤエギ。

 デスBANに最初に殺された人物。


『僕、あいつと仲良かったんですけど、裏でもあれから一切連絡が取れなくなってね。ああ、やっぱり殺されたんだ、って思ったんですよ』


 やはりか。

 しかしこれは時期的にある程度想像できる範囲だ。

 まさかこのことだけではないだろうか?

 そう疑念を抱いた時


『――でも、それだけじゃないんですよ』


 雨下は含み笑いを放ってきた。


『誰があいつを殺したのか、それも分かっているんですよ』


「誰が殺したのかが分かっている……?」

「ふーちゃん……どうやってそんなことを……?」


 ブロードスカヤさんも絶句している。

 マジかよ、嘘だろ――とコメントもざわつく中、彼は話を続ける。


『まあヒントはね、デスBANで何人か同じように死んでいるけどさ、実はこれ――全員死んでいないんだよね』


 全員死んでいない?

 その意味を理解する間もなく――


「あっ!」


 ブロードスカヤさんが声を上げて画面を指差す。

 雨下ふらしの背後にいたのは――



「デスBAN……っ」



 いつの間にかピエロがいた。

 ――夜中じゃないのに何故!?

 そんな疑問に回答するわけが無く、デスBANはじりじりと雨下ふらしに這い寄る。


 そして――


『だからこの後さ、実は死んでいませんでした、とか言い出す奴がいるはずだよ。そいつが――』




 ガンッ!!



 大きな音と共に画面が暗転した。


「ふーちゃん!」


 ブロードスカヤさんが口元に手を当てるのとほぼ同時。

 僕は部屋を飛び出し、階段を昇り――雨下ふらしの部屋に辿り着き、ドアノブを廻して扉を引く。

 ――開いた。


「すみません! 入りますよ!」


 断りを入れ、部屋の中に入る。

 そしてその中にいたのは――



 血まみれで倒れている、雨下ふらしの中の人である少年の姿であった。

 ※欲しいモノリスト


  某大手通販サイトを通じて贈り物が出来る。そこで自分が欲しいモノが何かを知らせることが出来るように公開しているリストのこと。

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