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グンマー大戦  作者: WW
第2章
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紫電迸る災いのダルマ 3

 その声の先にいたのは大リザードマン。レイの足下に転がる死骸を見て、両の目から涙を流していた。まるで彼女の死を悼み、悲しむように。空に向かって慟哭する。


 そうして、彼の瞳は悲嘆から憎悪に映り変わる。


 武器を拾い上げることなく地を駆け出した大リザードマンは、狂気の入り交じる咆哮を放った。その異様な圧力にレイたちの動きが一瞬止まる。しかし、すぐにマルスが応じた。


「レイ、下がってろ!」


 マルスは雄叫びを上げながら刀を袈裟に振る。その一撃を腕で受け止めた大リザードマン。皮膚を裂かれ、肉を切られているにも構わず、力任せに腕を振るった。巨漢のマルスが容易く叩き飛ばされるが、それに驚いている暇はない。

 大リザードマンは脇目も振らず、レイに突進してきた。


「殺したのは俺じゃないだろ!」


 舌打ち混じりにハンドガンで牽制するが、奴は避けようとせず、その身体に穴を開け、血を流しても足を止めない。

 自らを顧みない捨て身の攻撃ほど厄介なものはない。


 レイは身軽に攻撃を避けつつ後退する。大リザードマンの攻撃手段は左腕と尾だけだ。鋭い爪は当たると厄介だが、リーチが短いため避けるのは難しくない。尾も相手の動きを見ていれば問題ない。

 問題なのは相打ち覚悟で攻撃を受け止められた場合に、確実にレイが殺されるということだ。マルスすら容易く飛ばす膂力を持ってすれば、レイの頭など軽く握っただけで潰される。相手にこちらを捉えられるということは死を意味している。


 大リザードマンがレイに集中している間に、他の虚番が周りを囲む。多方向からの一斉攻撃。五本の刀がその身体に突き刺さるが、リザードマンは身体を捻り、尾を振り回して仲間たちを吹き飛ばす。そして、刀が刺さったまま踏み出した。

 その濁った瞳に背筋が凍る。手が震えているのが分かった。足が石になったように重い。まるで自分のものではないようだ。


「レイ!」


 大リザードマンとレイの間に飛び込んだユリは、ククリナイフを奴の胸に突き立てる。それとほぼ同時に、ユリの身体から白い靄が消えた。ククリナイフは半分ほど刺し入ったが、そこで止まった。


「ユ――」


 彼女の腕を取ろうとした瞬間、その身体が砲弾のように飛び込んできた。飛びそうになる意識を繋ぎ止め、ユリの身体を放すまいと無我夢中で抱き締める。何とか谷底に落ちる前に止まり、喉を上ってきた熱いものを吐き出した。赤黒い血が地面を濡らす。

 身体中の痛みを無視してユリを抱き起こす。彼女は顔を顰め、腹部を押さえて悶え苦しんでいた。咳き込むように吐血し、レイに寄りかかりながら上体を起こす。


「ユリ、大丈夫か!?」

「ごめ、……ちょっと、しくった」


 ユリの傷はなかなか回復しない。

 アクセルは能力を上昇させる劇薬だ。しかし、その恩恵には副作用がある。アクセルの効果が切れると、今度は反対に能力が著しく低下するのだ。治癒能力も例外ではない。そのため、効果が切れる直前に後退するのが定石だ。

 効果が切れる際には目眩がする。それが前兆だ。


「悪い、俺のせいだ」


 その前兆を見逃すほど、ユリは未熟ではない。過去、レイは何度も彼女がアクセルを使う場面を見てきた。薬の効果が切れるまで戦い続けたことは数える程度しかない。


 そして、そのときは決まってレイが劣勢に立たされているときだった。


 だから、彼女が傷を負ったのは自分の責任だ。レイは唇を噛みしめた。

 仲間の声に顔を上げると、大リザードマンがすぐそこまで迫っていた。その手には自らの身体から引き抜いた刀を握っている。


 迷う時間などなかった。

 迷う余地などなかった。


 レイは足のホルダーからダガーを引き抜き、逆手に構えた。アクセルを飲む時間はない。

 できるだけユリとの距離を開けるために、レイは自ら相手へ飛び込んだ。迫り来る刃を弾くようにして受け流す。逸らしきれなかった刃先がわずかに足を掠めるが、構わず奴の喉元へ刃を突き立てる。大リザードマンは首を沈ませ、それを額で受け止めた。鋼鉄を突いたような衝撃が手に伝わり、危うくダガーを取り落としそうになる。


 レイの身体を噛み千切ろうと大きな顎が開き、幾本もの鋭い牙が顔を出した。上体を反らして何とか間合いの外へ逃れ、相手の身体を蹴り押す。わずかによろめく程度だったが、上出来だ。本命は奴の身体から引き抜いた刀だ。


 右にダガー、左に刀を握り、息つく間もなく攻撃に転じる。本来は右利きなので刀を右で持つが、どちらの手でも自在に使えるように仕込まれていた。相手に合わせて臨機応変に戦うのが基本だ。

 相手の刀をダガーで受け、がら空きの胴へ刀を切りつける。鮮血が飛び散り、レイのスーツを濡らす。

 二の太刀を入れようとした刀は、力強い尾の一振りで弾かれる。腕が上に押しやられ、脇腹が空いてしまう。それは致命的な隙だった。迫る刀をダガーで受け止めると同時、反対の肩に鋭い痛みが走った。大リザードマンが長い首を伸ばし、噛みついたのだ。


 ミシミシと骨が軋む音が鳴る。左腕の感覚が途切れ、刀を地面に落とした。

 レイはダガーを何度もその首に突き刺すが、顎の力は衰えることなく、むしろ次第に強まってすらいた。


 大リザードマンが首を振り上げ、レイの身体が浮く。そのまま地面に叩きつけられ、骨の砕ける音が響いた。

 叫び声を上げる暇なく起き上がったレイは、振り下ろされた足から逃れ、後退する。


「レイ、逃げて」


 すぐ後ろにいるユリがどんな顔をしているか、振り返らずとも分かった。長い付き合いだ。だからこそ、逃げる訳にはいかなかった。


 だらりと垂れ下がる左腕はもう使いものにならない。獲物は不得手とするダガー。最も合理的な選択は、ユリを置いて逃げること。

 いつもならそうするし、今まで何度もそうしてきた。何よりも優先されるのは任務遂行。そこに個人の生き死にが介在する余地はない。自分たちがこの任務のために作られたことは知っている。任務を遂行できなければ、この命に価値はない。


 だから、自分が今しようとしていることが間違いだということなど、言われるまでもなく知っていた。理解していてなお、その瞳には闘志が燃えたぎっている。


 大リザードマンが刀を振り上げる。誘っていることが見え見えだ。本命は尾の攻撃だ。今のレイにそれを防ぐ手立てはない。ボロボロの身体で上手く避ける自信もない。


 それでも、レイは足を踏み出した。

 ユリの悲鳴が、唐突に遠のいた。


 ――きた。


 大リザードマンの動きが、酷く緩やかに見える。

 いや、ほとんど静止している。まるでスーパースローモーションの動画でも見ているようだ。


 この感覚を、何度か味わったことがあった。

 体内の血管が沸騰したかのように全身が熱い。酷く頭が痛く、呼吸が苦しい。

 だが、身体はいつものように、動く。


 その瞬間、レイの黒い瞳はうっすらと赤みを帯びていた。


 懐へ踏み込み、ダガーをその心臓へ突き立てる。刃はするりと奥へ飲み込まれた。

 世界に音が戻り、ユリの悲鳴が届く。しかし、その声はすぐにやんだ。


「あれ、レイ……なんで」


 戸惑うユリ。大リザードマンも彼女と似たような反応を示し、静かにレイを見下ろしていた。

 刀を取りこぼし、大リザードマンはゆっくりと崩れ落ちる。その瞳は最後までレイを捉えて離さなかった。


 周囲がざわついた。この中の誰一人として、レイが勝つとは思っていなかった。それはユリとて例外ではない。誰もが息を呑み、目の前で起きた出来事を信じられずにいた。


「あいつ、やりやがった……」


 誰かがそう呟くと、ようやくそれが事実だと受け入れられたように、みなが歓喜の声を上げた。


「レイ、何、今の? 向かっていったと思ったら、そのときにはもうトドメを刺してて、まるで瞬間移動してるみたいだった」

「ああ、まあ、なんて言えばいいのか分からない」


 レイはこの能力のことを瞬劫(しゅんこう)と呼んでいる。

 瞬劫のことを誰かに話したことは一度もなかった。最初はただの錯覚だと思っていたし、能力というほどのものではないと思っていた。何度か経験して、特別な能力なのではないかと思い始めてはいた。だが、任意のタイミングで使えないため、あてにすることもできず、使えないものを明かしてぬか喜びに終わっては面目が立たない。


「それより大丈夫か? 治癒能力はまだ戻らないか?」

「うん。前はこのくらい時間が空けば戻ってたんだけどね。ちょっと酷使しすぎたかも」


 自分のせいだ。レイが自責の念に駆られていると、ユリが足を蹴ってきた。


「何だよ」

「ん? 別にー。ただ、生意気に落ち込んでるからムカついただけ」

「だって、俺のせいで」

「私が無理したくてしたんだから、いいの」

「よくないだろ。そのせいで――」


 続きの言葉は出てこなかった。

 こんな状況で、傷だらけにもかかわらず。


 ユリが微笑んでいたから。

 嬉しそうに。喜びを噛みしめるように、彼女は唇を一文字に結んだ。


「ありがとう、レイ」

「…………脳天気な奴だな」


 レイはぶっきらぼうに言って視線を逸らした。瞬劫を使ったせいか、胸の奥が締め付けられるように痛む。

 この時間がずっと続けばいいのに。そんな馬鹿みたいなことをふと考えてしまう。

 グンマーに訪れて初めての戦闘は、虚番の勝利で終わった。


 誰もがそう思った矢先だった。

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