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グンマー大戦  作者: WW
第2章
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紫電迸る災いのダルマ 2

 二人が狙撃用のライフルを取り出し、地面に伏した。銃弾はグンマーで調達できないため、非常に貴重だ。許されたのは各五発のみ。打ち漏らしは刀で迎撃する。

 リズミカルに響く銃声。四体の頭部を撃ち抜き、三体を手負いにした。それでもリザードマンの進行は止まらない。


 各々分担してリザードマンを相手取る。レイは小型のリザードマンを請け負い、牽制しつつ切り込むタイミングを見計らう。


 リザードマンは二足歩行のトカゲの様相で、黄緑の表皮に覆われている。その獲物は湾曲した幅広い刀身の片刃。戦闘センスはさることながら、その膂力は人間など比ではない。まともに打ち合うは愚策。


 垂直に振り下ろされた湾刀を、刀の切っ先を下げていなす。鎬が削れ、火花が散る。受け流しているにも関わらず、その一撃は重い。手の痺れに顔を顰め、後方に跳んで追撃を避ける。さらに踏み込んでくる相手に、レイは腰からハンドガンを抜くと額目掛けてトリガーを引いた。ハンドガンは護身用でもあるため、各自の判断で使用可能だ。


 火薬が爆ぜて手に衝撃が伝わる。打ち慣れたそれを外すことはない。狙い通りリザードマンの額を打ち抜いた――はずだったが、硬い鱗に弾かれた。レイは舌打ちして迫り来る湾刀の側面を叩いて軌道を逸らす。すぐ横を流れる刃はその向きを変え、逆袈裟の軌道を辿る。

 重心を下ろし、レイは相手の湾刀を掬うようにして上に弾いた。胴が、がら空きになる。


 ――殺れる。


 直感に任せ、懐に踏み込む。切っ先で胸部を狙う。背側や頭部とは異なり、腹側は鱗がない。刺突はリザードマンの表皮を容易く貫き、滑らかに入り込む。


 そのまま体重を乗せようとした刹那――横から強烈な衝撃が襲い、視界が忙しく回転した。気づいたときには地面を転がっていて、状況理解が遅れる。


「レイ! 避けろ!」


 仲間の声に、分からないまま構わず横に跳んだ。直後、後ろで爆発に似た音が轟き、飛び散った瓦礫に背を打たれる。距離を取りつつ振り返ると、一回り大きなリザードマンがその背丈と同じくらいある鉄塊を地面から引き抜くところだった。それは剣のような形をしているものの、刃がない。切るのではなく、叩き潰すための武器だ。あれを食らっていれば、どれだけ治癒能力が高かろうと即死だろう。


 背筋に悪寒を覚え、レイはさらに距離を取る。先ほどはあれに体当たりされたのだ。当然、無事なはずもなく、感覚のない左腕を庇いながら周囲を探る。飛ばされた拍子に刀を手放してしまった。足に片鋸刃のダガーを備えているが、超近接戦闘は苦手中の苦手だ。ある程度間合いは確保できる刀の方が立ち回り易い。


 不運にも、刀は大リザードマンの向こうに転がっていた。

 相手は鉄塊を一振りして、こちらを牽制する。それだけで目を覆いたくなるほどの烈風が駆け抜ける。あんなもの受けきることなど到底できない。


 動く気配を見せたところへ、レイはハンドガンを連射する。奴は即座に鉄塊を前にかざし、銃弾を防いだ。

 悔しげに唇を噛むレイだが、端からそれが通るなど思っていない。大きな音が鳴る遠距離武器は、注意を引くにはもってこいの代物。本命は今まさに背後から飛びかかる仲間の一撃。三〇代前半の男が、始末した別のリザードマンから奪い取った湾刀を大きく振りかぶる。隊でも随一の膂力を誇る彼であれば、鱗など構わず粉砕を期待できる。

 だが、その攻撃に気づいたリザードマンは、まるでうるさいハエを叩き落とすかのような気軽さで、振り向きざまに腕を振るった。


 たった、それだけ。


 たったそれだけで彼の身体は地面を砕き、埋まった状態で沈黙した。ピクリと痙攣する彼を鉄塊が押し潰す。鮮血が飛び散り、鉄塊の先から粘着質な赤い滴が垂れる。


 戦死者一名。到着からまだ二時間も経っていない。

 彼の番号は『14』。この隊では三番目の序列だった。


 血振りし、顔を上げたリザードマンと目が合う。次はお前だとでも言うような殺意の宿る瞳。あまりの気迫に止まりそうになった息を強引に吐き出す。喉に痛みが走るが、すぐに消えた。左腕をわずかに動かし、完治したことを確認する。


 治癒能力の低いレイは他の隊員と違ってすぐには治らない。大多数が治癒能力『C』以上という中で、レイは『E-』。そのせいで序列が最下位なのだ。

 治りが遅ければ、それだけ戦闘を継続できないことが増える。逃げ場のない戦いであればなおさらだ。


 左腕が使えるようになったと言っても、それで格段に強くなったわけではない。二、三手分の延命が精々。

 どうしたものかと相手の出方を窺っていると、視界の端を何かが動いた。


「レイ!」


 声に振り向いたリザードマンはすかさず鉄塊を身体の前に構える。しかし、ユリの放った日本刀はその真横を通り抜ける。


「助かる」


 それを難なく受け取ったレイは右足を引き、切っ先を後方に反らす。八相――攻防備えたその構えはレイの十八番だ。

 ちらりと見れば、崖際に日本刀の突き刺さった赤ダルマが転がっていた。ユリのボディースーツは腿の辺りに一筋の切れ目があり、深緑色が赤黒く滲んでいた。しかし、健康的な肌には傷一つない。


 ユリの治癒能力は『A++』。浅い傷であれば、刃が離れた先から塞がる。その驚異的な能力こそ、彼女の猛撃を可能にする所以だ。幼い頃から痛みに慣らされており、瞬間治癒のおかげで怪我による影響は皆無。そのため、ユリは傷つくことを恐れない。


 ――恐れないように、作られた。


 ユリが目配せすると、マルスが渋々といった様子で頷いた。


「レイ! デカいのはユリに任せて他のリザードマンを殺れ」


 マルスの声にレイは歯噛みした。いくらユリでも、一人では荷が勝ちすぎている。命令を無視してユリに加勢しようと刀を握り直す。だが、その考えはすぐに改めざるを得なかった。

 ユリはケースを取り出すと、タブレット口へ放り込んだ。ガリッ、と錠剤を砕く音がここまで届いた。


 アクセルと呼ばれるそれは、もちろん違法な薬物だ。そうは言っても、市場に出回っているような一時的な快楽をもたらすものではない。


 ユリの身体を淡く白い光が覆い、その青みがかった瞳に赤が混じる。

 全能力の急激な上昇。常人であれば身体が耐えきれない代物だが、これが虚番の切り札だ。


 効き目は数分程度だが、その間のユリはまさに狂戦士。

 ユリは腰からククリナイフを抜く。内側に曲がった鉈のようなそれを二振り、だらりと構える。


 先に動いたのはリザードマンだった。


 威嚇するような低い唸り声を上げ、鉄塊を振り回しながら突進する。応えるようにユリも地を蹴った。それだけで地面が砕け、風が荒れ狂う。

 すぐに両者の打ち合いが始まった。


 リザードマンの力任せの一撃に対し、あえてユリはそれを受け止めた。交差したククリナイフに鉄塊が叩きつけられる。甲高い金属音が弾け、ユリの踝まで地面に沈む。だが、そこで止まった。

 完全に受けきったユリは、鉄塊をわずかに右へ逸らし、すり抜けるようにしてリザードマンの懐に潜り込む。そのまま流れるように切り上げた。


 血飛沫が舞う。だが、傷は浅い。相手はすんでのところで武器を捨て、後ろに跳んだのだ。それを好機と受け取ったユリは手を休めることなく、連撃を繰り出す。どれも致命傷には至らないものの、着実に相手へダメージを与えていた。


 リザードマンはたまらず大きく退いて距離を取る。近場に転がっていた仲間の死骸から湾刀を拾い上げた。相手は仕切り直しとでも言うように構えるが、怪我のためか動きが鈍い。

 それを見て、レイはすぐに手近なリザードマンへ足を向けた。化け物じみた強さを誇っていたリザードマンをも圧倒するユリ。下手な加勢は返って彼女の動きを鈍らせるだろう。


 レイたちがリザードマンを減らしている間、激しい剣戟の音は絶えず響いた。

 リザードマンの手が衰えればユリが猛攻し、ユリの手が遅れればリザードマンがその豪腕を振るう。剣を交える度に火花を散らす二人の戦いには、否が応でも視線が引き寄せられる。


 互角に見えた両者の攻防は、徐々に傾いた。大きく動かしたのはユリだ。


 湾刀を左で受け止めたユリは、がら空きになった相手の左側をチラリと見た。リザードマンはその視線の動きを見逃さず、左腕を覆う硬い鱗の面を盾に出す。その瞬間、半身になったユリは右手のククリナイフを背中側から投擲した。手首のスナップだけにもかかわらず、その剣先はリザードマンの右肩を貫いた。


 痛みで怯んだ拍子にユリは身体を回転させ、全体重と遠心力で速度を高めた一撃を振り下ろした。リザードマンの腕が宙を舞い、肩口から噴水のように鮮血が飛び散る。


 とどめを刺そうとさらに踏み込むユリだが、そこへ尾の横薙ぎが襲う。攻撃に転じた一瞬のためを突かれ、その一撃をまともに食らった。派手に地面を削り、崖の一歩手前でようやく止まる。


 咄嗟に防御したのか、ユリの右腕の関節が逆側に曲がっていた。それを一瞥した彼女は、何でもないかのように折れた腕を振る。それで向きが戻った腕を、次の瞬間には何事もなかったかのように動かしていた。

 アクセルを使った彼女の治癒能力は『SSS』。その値は計測不能を意味している。今の彼女は、一瞬で脳を消し飛ばさない限り殺せない。


 勝負は決まった。


 マルスとの戦いに気を取られ、隙だらけになっているリザードマンをレイが死角から襲う。喉を掻き切り、怯んだところをマルスが刺突。全身の力が抜けたリザードマンは静かに地面へ崩れ落ちた。これで残るは大リザードマンのみ。

 死骸を見下ろすと、それはレイが仕留め損なったリザードマンだった。


「こいつ、メスか」


 マルスの呟きにレイも観察してみるが、さっぱり分からない。レイがそれを尋ねようとしたそのとき、耳をつんざく咆哮が轟いた。

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