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グンマー大戦  作者: WW
第2章
3/31

紫電迸る災いのダルマ 1

 グンマーへの侵入は五つの部隊が時間と場所をずらして行っている。ステュクス部隊が最後で、二日後にアカギ山で落ち合う手はずになっている。


 空に浮かぶグンマーは地上にある群馬県と同じく鶴の形をしている。しかし、地形はまったく異なっていて、先達が残した地図がなければ間違いなく辿り着くことができない。レイたちは地上でいう新町駅の手前で降り立ったが、一時間ほど草原を行ったところは渓谷になっていた。


 地図によればかなり深い崖で、落ちれば死ぬ確率が高い。ただ、ここは穏やかな魔物しか住んでおらず、戦闘はないため簡単に通り抜けられると書かれていた。

 だが、そこには手厚い歓迎が待ち構えていた。


「総員、戦闘準備! ダルマ戦士だ!」


 声に応じて、レイは鯉口を切った。柄を軽く握り、いつでも抜刀できる構えを取る。


 目をこらすと、前方の橋を渡って青色の群れが向かってくるのが見えた。大きくて丸い青頭。首から下は一糸まとわぬ人間の姿をしていたが、性別を判断するシンボルはない。通称ダルマ戦士と呼ばれるそれは、グンマーの民が魔法で擬似的な命を吹き込んだダルマらしい。野に放たれた彼らは独自の生態系を作り上げ、今ではグンマーの民の命令なしで行動する。野良のダルマ戦士だ。手には剣や槍、弓など少々原始的な武器を持っている。姿形は滑稽だが、甘く見ると痛い目に遭う。普通の人間では到底勝てない相手だ。


 ――普通の人間、なら。


 進行してくるダルマ戦士に対し、こちらの先鋒はユリが務めた。ステュクス部隊で二番手の彼女はぐんぐんと加速し、放たれた矢のごとく二〇〇メートルほどの距離を数秒で詰めた。すぐにダルマ戦士と切り結んだと思えば、あっという間にその首をはねる。青い塊が音を立てて地面を転がった。血は一滴も流れず、それが生きものでないことを言外に告げる。ユリは鋭い太刀筋で、立て続けに三体の首をはねた。


 虚番はグンマー攻略のために、生まれる前から身体を調整されている。ずば抜けた身体能力や瞬間治癒など、およそ常人ではあり得ない能力を備えていた。

 得意げな顔を見せるユリに、マルスの怒声が響いた。


「馬鹿野郎! そいつの核は頭だ! それ以外の場所をやったところで再生するぞ!」


 ぎょっとして振り返るユリは、眼前に迫る再生したダルマ戦士から距離を取ろうと地を蹴る。だが、先ほど切り伏せたダルマ戦士に足を掴まれ、ユリは背中を地面に打ちつけた。すぐさまその手を切り払うも、すでに相手の間合い。三本の穂先がユリに迫る。


「だから、緊張感を持てと言っただろ」


 マルスの声とともに動き出していたレイは、ダルマ戦士の胴体を一薙ぎで両断し、すかさずその頭を真っ二つに切り裂いた。ダルマ戦士の黒い目が消え、同時に身体が溶けていく。残ったのは二つに分かたれた木製のダルマだけだった。


「あんがと!」


 足下のダルマ戦士を殺して、ユリは白い歯を見せて笑う。反省の色がない。


「真面目にやれ。こんなところで死にたくないだろ」

「素直に『お前に死んで欲しくない』って言えばいいのに」

「別に思ってない」

「え、じゃあ私が死んじゃってもいいの?」

「っ――それは…………ずるいぞ」


 レイとユリは言葉を交わしながらも手を休めない。襲い来るダルマ戦士を屠り、着実に数を減らしていく。仲間もすぐに追いつき、一〇〇はくだらなかったダルマ戦士相手に形勢が覆り始めた――そのとき。


 ダルマ戦士の青い頭が、黄色に変化した。


 レイは舌を打ち、無駄口をやめて戦闘に集中する。先ほどよりも明らかに動きのよくなったダルマ戦士に、動揺が広がり始める。


 ダルマ戦士は最初こそ青いが、仲間を殺されると黄色に変化する。同時に能力も一段階上がり、簡単に倒せる相手ではなくなる。そのことは全員が講義で受けているはずだが、やはりテキストで理解するのと、それを肌で感じるのとでは格段に違う。


 レイはダルマ戦士と鍔迫り合いを演じる。早くも苦戦するが、相手の重心がわずかに後ろへ傾いたところへ足を踏み込み押し返す。腕が上がり、脇が空いたところへ一閃。動きを止めたところで頭を貫く。


 レイが一体を屠る間に、ユリは四体をただのダルマに変えていた。その軽やかな身のこなしと、習った型にまったく引きずられない自由な太刀筋。まるで踊っているかのような刀さばきは、これが稽古であれば見とれてしまうほどの美しさ。

 彼女の戦いを見て、隊員たちの動揺が薄らいでいく。圧倒的な強さを持つ者が味方にいることほど心強いことはない。


 レイは近くのダルマ戦士をすべて片付け、見回す。ほとんどの隊員が刀を休めており、残すは最後の一体。二〇代前半の男性隊員が間合いを詰め、鞘に収まっている刀を一息で走らせる。目にも止まらぬ居合い切り。

 しかし、甲高い金属音が響いた。


 誰もが絶句した。彼は居合いの実技ではユリをも凌ぐ強者。その一刀をダルマ戦士は自らの剣で受け止めたのだ。その頭は黄色ではなく、血のような赤色に染まっていた。


 ダルマ戦士は青、黄と変化し、最後に赤色になる。ダルマ戦士は仲間意識が非常に強く、味方が倒されれば倒された分だけ、残った個体が強くなる。まるで味方の返り血を浴びて染まったような鮮烈な赤は、レイたち虚番に肉薄するほどの身体能力を見せた。


「一旦下がれ!」


 一方的に剣戟を受けていた男性が後退しようとするも、赤ダルマはそれを許さない。ますます激しさを増す斬撃に、彼の日本刀が刃こぼれしていく。日本刀は打ち合いをするために作られていないため、刃を交える度にその鋭さが失われる。

 すかさずユリとマルスが同時に踏み込み、左右から刀を振り抜く。受けきれぬと判断したのか、赤ダルマは大きく後方に跳躍して避けた。

 ようやく手を休めることのできた男性は、絶え絶えの息で刀を杖代わりに後ろへ下がる。


「マルス、私がやる」

「……分かった。危なくなったらすぐに下がれ」

「りょーかい!」


 それはよく見る光景だった。こういう危機的な状況では、決まってユリが一人で行く。それは味方を鼓舞するという意味もあるだろうが、それよりも彼女自身の欲望が大きいだろうとレイは思っている。ユリの活き活きとした表情を見れば分かる。


 普段は天真爛漫な少女だが、強敵を前にすると人が変わるのだ。一部では狂戦士(バーサーカー)と言われている。

 戦うことに喜びを感じる彼女を見る度に、レイは何故か胸が苦しくなった。


 一息で間合いを詰めたユリは半身になり、脇を通して刀を背中に隠す。赤ダルマはそれに構わず、風を切るように剣が振り下ろす。その筋はユリの脳天を目掛けており、直撃すれば真っ二つだ。


 だが、ユリは躊躇うことなくさらに一歩踏み込み、相手の握り手を自らの左手で受けた。流れるような動きで踏み込みの力を活かし、柄頭を相手の鳩尾へ打ち込む。赤ダルマの身体はくの字に吹き飛び、地面を荒々しく削る。だが、その勢いを利用して立ち上がると、すぐに体勢を立て直した。


 ユリは再び距離を詰める。一太刀、二太刀、三太刀と立て続けに斬撃を浴びせる。そのすべてを凌ぎ切った赤ダルマだが、すでに背後は谷。そのまま下がれば谷底の川へ真っ逆さまだ。後がなくなった赤ダルマ。

 一気にケリをつけようと構えたユリだが、地響きのような音に動きを止めた。


「――リザードマンか」


 レイはこちらへ走り来るリザードマンの軍勢を睨んだ。

 情報と明らかに異なる敵軍の出現。ただ敵の読みが当たっただけなのか、それとも、どこかから情報が漏れたのか。各隊の進行ルートはリーダーしか事前に知らされていないはずだ。


 レイはマルスの方を盗み見る。険しい表情をする彼の様子に不自然なところはなく、むしろ困惑しているように見えた。


 いずれにせよ、今やることに変わりはない。


 マルスの号令で、ユリ以外はリザードマンを迎え撃つ。一〇体と数は少ないが、リザードマンは好戦的な種族だけあって強者揃い。わずかでも隙を見せれば、殺されるのはこちらの方だ。

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