天空浮遊都市グンマー 2
――レイ? レイってば――。
遠くから声が聞こえた。それは頭の中から聞こえてくる。少女の声ではない。聞き慣れた声だ。
「レイ? ねえ、起きて」
「――ユリ、か」
「もう、何寝ぼけてんの? もう行くよ?」
周囲を見回すと、ステュクスの隊員が呆れ顔でこちらを見ていた。電車はまだ動いている。一般市民の姿は見当たらなかった。
夢を見ていたのだろうか。
レイは足下のボストンバッグを肩にかける。すでに他の隊員たちは扉の前に集まっていた。マルスが扉の間に手を差し込み、力任せにこじ開けた。車内に荒々しい風が入り込む。
マルスを先頭にして、隊員たちは次々とそこから飛び降りていく。
あとはユリとレイだけだ。
「まったく、偉そうに言っといて、自分は寝ちゃうんだもん」
「悪かった……」
早くも犯してしまった失態に、何の申し訳もたたない。
電車の外を見るユリは、飛び降りる足を止めていた。躊躇っているのか、レイの方を見る。
「ねえ、もし、生きて帰れたらさ」
彼女は目を伏せると、わずかに赤らんだ頬を隠すように顔を外に戻した。
「ううん。何でもない。行こっか」
飛び降りたユリにレイも続く。
着地と同時に横に向いた力が襲ってきて、草の上を転がった。何回転もして慣性の力を殺し、ようやく立ち上がることができた。ユリがすぐに飛び降りなかったせいで、仲間との距離が開いてしまっている。
この任務は、表向きには民間組織が密入国する体を装っている。そのため、日本政府が持つ正規ルートで入るわけにはいかず、途中下車するためには飛び降りざるを得なかった。
急ごうと声をかけようとしたレイだが、感嘆の声を漏らしたユリに釣られて背後を振り返る。
そこには青空が広がっていた。大地はすぐそこで途切れ、眼下には白い雲が漂っている。落ちないように覗き込むと、遙か下に日本が見えた。衛星写真で見たのとまったく同じ形をしていて、自分が確かにグンマーへと足を踏み入れたことを実感する。
「観光で来てるんじゃない。ここからは常に危険と隣り合わせ、気を引き締めろ。――総員、武装しろ」
合流してすぐ、マルスにどやされた。レイはユリに抗議の目を向けるも、彼女は悪戯っ子のように笑顔を見せるだけで、反省の色はなかった。
レイはボストンバッグを地面に落として、服を脱ぐ。カジュアルな格好の下から現れたのは深い緑色のボディースーツ。機能性に優れた素材でできた一級品だ。動き易く、破れにくい。通常衣服に使われる糸と異なり、隊員たちの身体能力に耐え得る繊維だ。
別の隊員が背負っていたチェロのケースから日本刀を受け取り、腰に差した。他の武装も整えながら、白銀髪の少女の言葉を思い出す。すでに顔が曖昧になっていたが、言葉だけはまだ耳に残っている。
『来ては駄目。駄目なの。お願い。でないと――』
――あなたは死んでしまう。
予言めいた不吉な夢に背筋がぞくりとした。
準備を終えたレイは日本刀の鯉口を切り、波打つ刀身を軽く振り回す。この日のために作られた代物のはずだが、妙に手に馴染んだ。鞘に収め、マルスに頷きを返す。
「現在日時をもって、ダルマ奪取作戦を開始する」
レイは頭を振って耳に残る少女の声を追い出すと、鋭い双眸で眼前に広がる大地を睨みつけた。