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グンマー大戦  作者: WW
第6章
17/31

救済と再会 2

 座結所を出てすぐ目に入ってきたのは、両翼を持つ四足の獣――グリフォンだった。グリフォンは目を細め、自らの首を撫でるハルナに頭をすり寄せている。


「そいつ、森にいたやつか?」


 その問いかけに、ハルナは答えなかった。振り向きさえしない。


「お願いした通り来てくれてありがとう。あなたは礼節を弁えているから好きよ。誰かさんとは違って」


 声色に棘があった。レイは難しい顔になって咳払いを一つ。


「その、さっきは悪かった」

「よしよし、いいこね」

「ハルナ、頼むから機嫌を直してくれ」

「別に怒っていないのにね。ただ、人前でできるのに二人きりになるとできないって、どういうことなのかしら。ねえ、あなた分かる?」


 彼女の言葉から、怒りの炎が静かに燃えていることが伝わる。手を伸ばせば火傷することはわかりきっていた。だが、それでもレイは彼女の横に並んだ。


「……今日の夜、空いてるか?」

「さあ、どうかしらね。あなたは――」


 未だグリフォンに話しかけるハルナの肩を掴み、強引に自分へ向けた。


「朝まで一緒にいよう」

「…………そんな下心丸見えな誘い文句に女がときめくと思っているの?」

「悪い……」

「はあ。レイってば乙女心が分かっていないのね。でもいいわ。意気地を立てたことは褒めてあげる」


 機嫌を直した様子で微笑むハルナは、その頬をほんのりと赤く色づけていた。


「それじゃあ、行くわよ」


 グリフォンを伏せさせ、ハルナはその背に跨がった。伸ばされた手を取って、レイも彼女の後ろに乗る。


「神社まで飛んでいくのか?」


 ダルマはグンマー城ではなく、赤城山頂にある元宮赤城神社に保管されている。


 元宮赤城神社は、群馬県では観光スポットとなっていて、大沼湖の澄み渡る水面に映える朱塗りの啄木鳥橋は見物だ。神社には赤城姫という姫を祀っており、女性の願いを必ず叶えると言われている。また、姫に願えば美人の娘を授かることができるそうだ。

 だが、グンマーでは人が寄りつくことを許されない神聖な場所となっている。


「ええ、けれど、行けるのは麓までよ。あそこは大地からでないと辿り着けないようになっているの。そして、大地を行けば血に飢えた魔物が待ち受ける。彼らはアカギから出ることはできないけれど、その分、あそこは彼らの庭よ。グンマ民ですら襲われるようなところだから、誰も寄りつかない。私の声も彼らには届かない」


 ハルナが手を触れると、グリフォンは駆け出した。人目が集う中、大きな翼をはためかせて宙へ飛び立つ。

 すぐに街並みが眼下に広がった。街はグンマー民の髪色である白銀色を基調とした四角い建物が、碁盤の目のような道に沿って均一に並んでいた。空から見るそれは息を呑む美しさがあった。そこから少し離れた場所に捻れた円錐の巨大な建物が見える。あれがグンマー城だ。城とは想像も付かない奇抜なデザインだが、それは異世界とでも表現すべきグンマーには相応しいと思えた。

 ふと、眼下に気になるものが見えた。人が飛んでいる。


「あれも魔法か?」

「ええ。あれは空を飛ぶ魔法具ね。座結所のロッカーもそうよ」


 魔法具。よくファンタジーで出てくる凄いパワーを持つ武具。


「魔法具によって誰でも魔法の研究成果を使うことができるの。移動は空を飛ぶか、座結所を利用するかのどちらかね。地上のように車や飛行機を使う必要性がまったくないもの」

「なら、わざわざグリフォンで行かなくてもいいんじゃないか」


 ハルナは一瞬唖然とするが、すぐに首を振った。


「魔法具は万が一グンマの外に持ち出されても研究や悪用をされないように、グンマ民にしか発動できなくしているの。地上人が手にしても何も起きないわ」


 街の景色はどんどん遠ざかっていき、天に向かってそびえる山々が近づく。最高峰のクロビ山を主峰としたアカギ山だ。

 本来であればなだらかに裾野を広げる美しい山なのだが、目の前にある山は肌を刺すような緊張感を放っていた。底知れない空気が渦巻き、圧倒的な存在感に心が飲まれそうになる。


 麓までは三〇分ほどで着いた。そこからは徒歩で登らなければならない。山頂までは約四時間。ただし、それは邪魔なく登ることができればの話だ。


 山はうっすらと霧に包まれており、視界が悪い。レイは自分から離れないようにハルナに言って、抜刀した状態で進む。グリフォンは麓に待機させた。危険だからということもあるが、それ以前にグリフォン自身が山へ入ることを拒んだのだ。

 視界不良な分、耳の感覚を研ぎ澄ます。だが、頻繁に吹き抜ける乾いた風が木々を揺らし、あちこちで大きな葉音を立てていた。


 赤城おろし――からっ風とも呼ばれる群馬名物だ。向かい風は自転車がまったく進まなくなるほどで、反対に追い風ならば漕がなくても進む。北から吹く乾燥した冷たい強風は冬季に見られるものだが、日本は立夏を過ぎたあたり。本来であれば吹く季節ではない。おそらくアカギ山特有の風なのだろう。

 それがまるで山へ入る者への警告に思えて、背筋に悪寒が走った。先ほどから視線や殺気のようなものを感じているが、相手は一向に動く気配がない。否、気配が感じられない。そういう能力なのか、霧によるものなのか、はたまたただの思い込みなのか。


 常に気を張っているレイの精神は瞬く間に磨り減っていく。額から冷や汗が流れ落ち、背中に服が張りついて気持ちが悪い。

 レイは苦虫を噛み潰したような顔で周囲に視線を走らせる。


「レイ、すこ――」

「っ――!?」


 衣服を翻し、レイはもの凄い勢いでハルナの方を振り返る。だが、そこに敵の姿は見当たらない。


「どうした? 何かいたのか?」

「い、いえ、そうではなくて」


 ハルナはレイの右腕を取って、包む込むように手を握る。


「力が入り過ぎているわ。顔色も悪い。それでは頂上まで保たないでしょう?」


 言われてようやく、柄をきつく握り締めていたことに気づいた。緩めると真っ白に変色した指に血が巡り、赤みを取り戻す。


「悪い……だが」


 警戒を怠れば死ぬかも知れない。レイの直感がそう告げていた。

 明らかにこの場所は異質だ。悪いことが起きる気がしてならない。少しでも不安要素を抱えれば、それはたちまち膨れ上がり、心を飲まれそうになる。


「少し待って」


 ハルナが徐に瞼を閉じると、その身体から白い粒子が放射状に広がった。それは霧よりも白く、汚れのない色をしていた。


「……大丈夫よ。周りには何もいないわ」

「何をしたんだ?」

「魔法よ。周囲の属性を収集したの」

「周囲ってどれくらいだ?」

「半径一〇〇メートルくらいかしら」


 つまり、その範囲内にいるものは検知できるということだ。それだけの距離があれば、こちらから先手を打つことも可能だ。加えて、不明瞭な視界や音に神経を尖らせる必要もなくなり、レイの負担がかなり軽くなる。


「常時発動は?」

「その都度発動させないと駄目なの」


 常に検知できればなおよかったが、都度でもかなり助かる。


「じゃあ、俺が合図したら発動して、敵がいるか知らせてくれ」

「分かったわ」


 それからレイは自身での警戒とハルナの魔法を織り交ぜながら進んだ。魔法に完全に頼ってしまうと進みが遅くなる。そのため、気を休めるときや怪しい場面での使用にとどめた。

 そのかいあってか、一時間ほど歩いても遭遇した敵は一種類だけだった。


 ブラッグドッグ――ヘルハウンドとも呼ばれる、その名の通り黒い犬だ。死の先触れや不吉な象徴とされているその魔物は四頭の群れでやってきた。

 ハルナの魔法で検知し、逸れて進んだにもかかわらずだ。山へ入り込んだ異物の匂いを嗅ぎ取ったのかもしれない。奴らは鼻がいい。


 ブラッグドッグは黒毛を逆立て、血のように赤い瞳に禍々しい気を宿していた。唸り声の発せられる口に並ぶ歯はナイフのように尖っており、噛まれれば容易く肉を貫くだろう。

 遠吠えで仲間を呼ばれる前に決着をつけねばならない。レイは先手を仕掛けた。


 迎え撃つは二頭。残りは左右に展開し、レイの隙を狙う。

 飛びかかってきた二頭のうち一頭の首を刎ね、瞬劫を発動させてもう一頭を避けつつ一閃。ものの数秒で数を半分に減らされたブラッグドッグは、レイへ向けていた視線を別のものに変えた。駆け出した二頭が向かう先にいるのはハルナだ。

 彼女は引き攣った声を漏らし、逃げようと身を翻した。しかし、その拍子に足がもつれ地面に倒れた。


「うっ……」


 痛みに顔を顰める彼女の背後に迫るブラッグドッグ。その獰猛な牙のついた顎が大きく開かれる。

 レイは瞬劫を連続で使用し、ギリギリのところで間に合った。まとめて切り払い、その不吉を振り払う。少し目眩がしたが、すぐに収まった。


「悪かった。大丈夫か?」


 レイは手を差し出しながら彼女の様子を窺う。真っ青な顔は恐怖で強ばっていた。ハルナの手はひどく震えている。無理もない。今まで彼女のいた森はすべて彼女の味方だった。声が届く相手だけがいて、自分に牙を剥く魔物などいなかったのだ。


「大丈夫、よ」


 かすれた声に力はない。

 レイは自分に苛立った。敵を殲滅することに頭がいっぱいで、ハルナのことまで気が回っていなかった。いつもならこんなへまはしない。思っていた以上に精神の消耗が激しいせいだ。だが、そんなことは言い訳にならない。環境に順応できていない自分が悪いのだ。それができないことで死ぬのは自分だけではない。そのことをレイは肝に銘じた。


「歩けそうか?」

「大丈夫……少し、怖かっただけ」


 無理矢理に浮かべる笑顔が痛ましい。レイは彼女を抱き寄せ、耳元で囁く。できるだけ自分の温度を感じて貰えるように、強く抱き締めた。


「俺が守る。だから心配するな」

「心配なんてしてないわ。レイが守ってくれると信じているもの。それでも、怖いものは怖いわ。けれど、あなたの心臓の音を聞いていたら落ち着いてきた。とても綺麗な音をしているのね」

「そう、か……?」


 自分の胸に耳を当てて聞いたことなどないので反応に困った。そもそも、音など人によって変わるものなのだろうか。


「ありがとう。もう平気よ」


 浮かべる笑みは先ほどよりも柔らかい。


「行こう」


 さらに一時間ほど歩いた。霧のせいで景色に代わり映えがなく、進んでいる実感があまりない。太陽の方角から見て、進むべき方向は正しい。もう半分以上は登ってきたはずだった。


 ハルナの検知魔法を使おうと、レイが合図をしかけたそのとき、どこかから音が響いた。それは葉音ではない。硬質なものがぶつかり合ったような、弾ける高音。人らしき声もうっすら聞こえる。

 検知魔法を使用しながら慎重に、けれど迅速に進む。かなり近づいてきた。人間が何かと戦っているようだ。おそらくは虚番が魔物と戦闘中なのだろう。

 レイはハルナに検知魔法の使用合図を送るが、結果を知らせる声はなかった。


「ハルナ?」


 振り返った先で、ハルナは樹木に身体をもたれていた。額や首が汗でぐっしょりと濡れている。


「どうした!?」

「少し、疲れただけよ」


 登山で疲れただけには見えない。肉体的というよりは精神的な疲労に見えた。


「まさか、魔法か?」


 レイは魔法について詳しくない。魔法は科学と同じだと聞いていたから、使う度に消耗するとは考えなかった。


「属性の収集って言ってたよな」


 範囲内のすべての属性を集め、選り分けていく。それは、敵かどうかの判定処理をハルナの脳が引き受けているということではないか。


 万物は尽く属性を持つ。土の粒一つ一つも、樹木の葉の一枚一枚も。あるいは、さらに細かく。それは途方もなく膨大な量に思えた。それをハルナ一人で何度も行っていれば、彼女の身体が悲鳴を上げるのは必定。

 またしても犯してしまった自らの過ちに、レイは唇を噛んだ。


「悪い。俺はまた……」

「謝るのは私の方。自分の限界を考えていなかった。少しでもあなたの力になりたかったの。私には戦う力がないから、せめて索敵くらいはと思って。けれど、駄目ね。レイの足を引っ張ってばかり……」


 以前、ハルナがグンマー民は戦いを好まないと言っていた。だから彼らは戦う術を学んでこなかったのだろう。いや、学ぶ必要がなかったのだ。彼らはこの地に守られている。地上の争いに晒されることはなく、天上では魔物やダルマ戦士たちで事足りる。


 むしろ、彼らは争いを捨てたのかもしれない。すべてのものが手を取り合って生きる世界に、武力は不要だろう。

 それがグンマソウシの思い描いた人類の希望であるなら、現在の人類もまた、滅ぼされるべきなのかも知れない。人間は未だに同胞を殺すための技術革新を続けているのだから。


「駄目じゃない。ハルナのおかげで、ほとんど敵に遭遇せずに来られた。それに――」


 ――ハルナがいるから、俺は戦えるんだ。


 その声は茂みから生じた音によって遮られた。

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