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グンマー大戦  作者: WW
第4章
10/31

最強と最弱 1

 デザートとして出された焼きまんじゅうをたいらげたレイは、椅子に背を預けて膨れた腹部に手を当てる。


 虚番はどんなときにでも行動できるよう空腹に耐える訓練をしている。普段から最小限の食事しか取らないようにしているため、汁物のおっきりこみだけでも満腹に近かった。

 そもそも、おっきりこみの麺は小麦だ。にもかかわらず、出された焼きまんじゅうも小麦でできていた。


 焼きまんじゅうは素まんじゅうに水飴で甘くした味噌ダレを塗って焼いたもので、香ばしい味噌の苦みと甘みが絶妙だ。しつこい味だが、まんじゅうの中に何も入っていないおかげで緩和され、一個は余裕で食べることができた。


 しかし、それは竹串に四個のまんじゅうが突き刺さっている代物。不運なことに初めての来客のためか、ハルナはおもてなし精神を遺憾なく発揮していた。レイの分の串は計三本。

 全力の好意を無下にすることもできず、先ほどの一件もあるせいで空気が浮ついていた。お互いに相手の様子を窺うような状況で、会話がおぼつかなく、その隙間を埋めるように焼きまんじゅうへ手を伸ばす。


 結果として完食したものの、しばらく動けそうになかった。


 向かいに座る彼女は最後まで美味しそうにたいらげると、平然と食器を片付け始めた。同じ量を食べているはずだ。それなのに彼女の目は焼く前の素まんじゅうに向いていて、自分のお腹とそれを何度も見比べて、泣く泣くといった感じで諦めたようだった。あれだけの炭水化物を摂取しておいてまだ食べ足りないというのだから、彼女の胃袋には驚かされる。あの細い身体のどこに収まるのだろう。


「ねえレイ。いいお天気だし、お散歩に行かない?」


 できればベッドに横になっていたいくらい苦しい。だが、腹ごなしに外を歩くのもいいかもしれない。周囲の様子を見ることもできる。


 レイは徐に立ち上がり、ハルナの後に続いて扉を出る。振り返るとレイたちがいたのは一軒家だった。豊かな自然に囲まれたゼロワンルームの家。そこに少女が一人暮らし。地上の尺度で測れば異様だが、グンマーでは割と普通なのだろうか。

 その辺りは追い追い聞いていくとして、レイは気持ちよさそうに大きな伸びをするハルナの横に並んだ。


 太陽の光を受けた白銀髪が透き通った輝きを放ち、それに共鳴するように彼女の肌も光を発している。日だまりにいる彼女は神々しくさえ見えた。

 ニヤニヤと顔を覗き込まれ、レイは彼女に見入っていたことに気づく。慌てて視線を逸らして、ぶっきらぼうに言った。


「どこへ行くんだ」

「ふふふ、着いてからのお楽しみよ」


 森の中へ足を踏み入れる。一見すると地上と何ら変わりない風景だが、時折目を疑う光景に出会った。

 白馬かと思いきや、その額に鋭く長い角が生えていたり、筋骨隆々の巨漢がいたかと思えば、その目が一つしかなかったりといった具合だ。神話の世界にしか登場しない幻獣の類いが当たり前のように森をうろついているこの地。先ほどハルナが言っていたグンマー誕生秘話がだんだん真実に思えてくる。

 武器を持っていない今、彼らに襲われては一溜まりもない。ハルナが纏う穏やかな雰囲気に当てられて、武器を持ってくることを失念していた。


 レイは周囲を警戒しながら進む。すると、前の草むらが音を立てた。咄嗟にハルナを背に庇い、構えを取った。慎重に様子を窺いながら、ゆっくりと後退する。

 そこから顔を出したのは鷲だった。鷲が四足歩行している。


「――グリフォン」


 獅子の胴体に鷹の頭部と大きな翼。成体は獅子の何倍もある巨躯だと聞くが、目の前のそれはハルナと同じくらいの背丈だった。まだ幼体なのだろう。しかし、嘴と爪は容易く肉を裂きそうなほどに鋭い。


 尖った双眸と目が合って、レイはごくりと唾を飲んだ。

 レイには治癒能力があるため、運が良ければ生き残ることができるかもしれない。だが、ハルナは違う。一振りで彼女の身体はバラバラになるだろう。


 グリフォンの前足が一歩前に踏み出され、羽ばたきで強風が吹き抜けた。浮きそうになる身体を地面に縫い止めてやり過ごす。鳴き声を上げながら距離を縮めてくるグリフォンを睨み、レイは覚悟を決めた。


「ハルナ、俺が囮になった隙に逃げ――」


 グリフォンから目を逸らさないレイの視界に、純白の法衣がよぎった。視線だけを向けると、何の武装もなしにハルナがグリフォンの方へ歩み寄っていく。それは自殺行為だ。

 駆け寄ろうとすると、グリフォンが嘴を大きく開いてレイを威嚇する。本能的に足が止まった。これ以上足を進めれば奴の餌になる。それだけの圧力があった。


「こんにちは。いい天気ね」


 ハルナは人間相手に挨拶を交わすように言うと、グリフォンの首に触れた。よしよしと言いながら撫で始めたので、レイは気が気でない。

 いつ、その鋭利な爪が彼女の柔く白い肉体に突き立つのか。少しでもグリフォンの気に障ることのないように、レイは息を殺してその場に佇んだ。


 だが、そのときは一向に訪れない。それどころか、グリフォンはまるで飼い慣らされた犬のように頭をハルナに擦りつけ、甘えたような鳴き声を漏らした。


「……飼ってる、のか?」

「いいえ、今初めて会ったわ」


 ぽかんと口を開けて呆けるレイを見て、ハルナは心底不思議そうに首を傾げた。


「初めて会うものに不用意に近づくな! 死ぬかも知れなかったんだぞ?」

「動物はみんな良い子だから大丈夫よ」


 一通り撫で終わったのか、ハルナがレイの下へ駆け寄った。


「ほら、レイも触ってみて。毛がフサフサしてて気持ちいいわ」

「や、やめろ」


 抵抗するレイだが、ハルナにずいずいと引っ張られていく。その細腕のどこからそんな力が出るのか不思議でならない。

 背中を押されてグリフォンの前に出たレイ。グリフォンの鋭い双眸は綺麗な淡い緑色をしていて、その奥に真っ直ぐな光を感じた。毅然とした姿勢で対面するグリフォンに、レイは恐る恐る手を伸ばす。もう少しで触れようとしたそのとき、グリフォンが威嚇してきた。

 慌てて飛び退くレイ。それを見て、ハルナはお腹を抱えて笑った。


「笑うな」

「ごめんなさい。けれど、びくびくしてる姿がおかしくて」


 指で目尻を拭い、ハルナはまだ笑みを残した面持ちでレイの隣に並んだ。


「怖がらないで、レイ。あなたが怖がると、この子は嫌われてるのかと勘違いしてしまうわ」


 そう言われても、初対面で威嚇されればそう簡単に警戒心を解くことはできない。


 深呼吸をして気持ちを整える。それから呼吸を一定の法則に従って行い、思考を切り替える。一種の自己暗示だ。これである程度なら自分の感情をコントロールできる。

 グリフォンを犬と同等の愛玩具合に引き上げて、親しみが湧くように誘導する。こんな用途に使ったことが教官に知れたら、懲罰房行きは確定だろう。


 レイは再びグリフォンを見る。もう危機感はなかった。

 先ほどまでの躊躇いが嘘のように、レイはグリフォンに手を伸ばして撫でる。目を見開いて動きを止めたグリフォンだが、すぐにレイへすり寄った。


「やればできるじゃない」


 グリフォンと別れて――立ち去ろうとすると服の裾を咥えられ、なかなか行かせてくれなかった――森を進む。初めのうちは林道を進めばよかったが、徐々に獣道に変わり、挙げ句の果てには道が途絶えた。生い茂った木々を避け、かき分けながら進むこと数十分。突如目の前が拓けた。


「これは……」


 その光景に息を呑む。大地に穿たれた巨大なクレーター。その表面には鮮やかな緑が生い茂り、その中心に湖があった。その水面はまるで水色の絵の具を垂らしたかのような色合いで、さらにその真ん中に大樹が佇んでいる。水中から生えるそれは天に向かってその枝葉を伸ばし、湖に大きな日陰を作っていた。


「どうかしら?」

「神秘的だな」

「この湖はね、ソウシ様が神々と戦い、壮絶な最期を迎えたと言われている場所なの。ソウシ様が天に大地を浮かせ、人類を存続させようとしたことを神が怒った。ソウシ様はその命が尽きる瞬間まで信念を曲げず、人類の可能性を説き続けた。そんな姿に心を打たれた神々が人類に許しを与え、彼の遺体に種を植えた。神樹となって世界の行く末を見届けられるように。それがあの樹なの」

「じゃああれは、グンマソウシの死体からできてるのか……」

「そうなるわ。あくまで言い伝えだけれどね。ソウシ様がここで死んだという証拠はないもの。…………私の役目は、この湖を守ることなのよ」


 大層な伝承まである土地なのだから、グンマーの民からすればこの地を守る役目というのはとても名誉なことのはずだ。だが、ハルナはどこか浮かない表情で、その細い指が衣服の裾をぎゅっと掴んでいた。


「嫌なのか?」

「え?」


 瞳を大きく開いて、彼女はレイを振り返る。


「そう、見えたかしら?」

「いや、何となく、な」

「そう……」


 ハルナは後ろ手に前屈みになって、レイを覗き込むように上目遣いを送る。


「嫌じゃないわ。レイ、あなたとこうして出会えたもの」

「なあ、どうしてハルナは――」


 レイの言葉を遮るように、森がざわつき始めた。鳥が一斉に飛び立ち、様々な生きものの鳴き声がけたたましく響く。

 リズムよく何かを叩く音がする。徐々に大きくなり、それが足音だと気づくころにはその全容が明らかになる。


 森の中から姿を現したのは裸の男性だった。綺麗な金色の髪は乱れ、汗と血でぐちゃぐちゃになっている。全身に出来た傷は切り傷と銃創。その痛ましい姿を見て、ハルナが息を呑む。


 彼はその四本の足でこちらに向かってくる。下半身が馬であるため、その速度は人間の比ではない。

 ケンタウロスは握り締めた銀槍の血濡れた穂先をレイに向ける。その表情は恐怖と怒りに彩られ、狂乱と殺意の宿る瞳が大きく見開かれた。


「待ちなさい! この人は敵ではないわ」


 レイを庇うように前に出たハルナが声を張り上げる。しかし、ケンタウロスは止まらない。ハルナの声など聞こえていないように、その槍を振り回す。


「馬鹿、避けろ」


 ハルナを押し倒し、横薙ぎに振るわれた一撃を辛うじて避けた。ケンタウロスは大きく旋回して、レイたち目掛けて再び加速する。


「おかしいわ。ケンタウロスはとても大人しい種族なのに。それにあの傷……」

「俺の仲間――虚番の仕業だ」


 グンマーに銃は存在しない。そのため、彼の傷は虚番によるものに間違いなかった。


 今回の任務はダルマを持ち帰ることが最優先事項となっており、それを阻む存在は問答無用で殲滅するように命じられている。


 レイが自分を傷つけた人間の仲間であることをケンタウロスは分かっているのだろう。グンマーの民は白銀色の髪と赤い瞳を持つ種族であるから、服装を変えたところで髪の黒いレイがよそ者だということは一目瞭然だ。


 レイはすぐにハルナから離れ、駆け出した。案の定、ケンタウロスはハルナの方へは見向きもせず、レイを追いかける。


 強化された肉体を持ってしても、ケンタウロスの走力には敵わない。あっという間に距離を詰められ、突きが放たれた。

 霞むほどの鋭さを持った槍を、レイは首を傾けるだけでかわす。目測を誤ったせいで頬を浅く削られるが、すぐに治るので気にしない。槍の勢いを殺し、引き戻そうとした際に生じる刹那の静止。その隙にレイは槍の口金を掴み、相手の攻撃を封じる。体重を乗せながら後ろへ強く引き、体勢を崩した相手の懐へ飛び込み首を折る――はずだった。

 だが、ケンタウロスは四足を踏みしめ、その場に踏みとどまった。


 グンマーに関するデータ量は恐ろしく乏しい。当然、生息する生物の性能は想定した数値でしか訓練していない。生身の人間と戦った経験が圧倒的に多いせいで、敵が四足であることを考慮し切れていなかった。


 まずいと思ったときには身体が浮いていた。恐るべきケンタウロスの膂力。抵抗する暇もなくレイは宙に投げ上げられていた。

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