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グンマー大戦  作者: WW
第1章
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天空浮遊都市グンマー 1

『グンマーとは、この世界に存在する異世界とも言うべき地である。赴けばおよそ人智を超えた、奇跡にも似た現象を目の当たりにするだろう。そこに住まうグンマーの民は魔法を行使し、魔物を使役する。魔物は地上の生態系とは隔絶した存在であり、凶暴な生きものである。

 グンマーの民は自らが最も崇高な人種であると考えており、自分たち以外の人類を見るや否や武器を構え、攻撃してくる野蛮な種族である。そのため、遭遇した際には先手を打って殺すか、すぐさま逃げることが推奨される』


 ネットに蔓延る都市伝説にすらスケールで劣る記述に目を滑らせ、雑誌に印刷された写真を眺める。

 広々とした草原の上に、一体の巨竜が翼を広げ、威嚇するように口を大きく開いていた。

 それはグンマーで撮影された写真だ。


 今どき、子供の小遣いでも高解像度フルカラーのデジタルカメラが買えるというのに、それは白黒な上に解像度が低く、かなり荒い。

 それでも、この写真はかなり貴重で価値のあるものだった。

 『よくわかる群馬』というタイトルで観光雑誌を装っているが、そこに記述されているのは地上にある『群馬県』の情報ではない。


 天空浮遊都市グンマー。これから向かう敵地の情報だ。


 今まで何度もグンマーへ侵攻しているが、持ち帰られる情報は非常に少なかった。それは生存率が限りなく〇%であることを意味している。グンマーの景色を収めたこの写真は大量の命の犠牲があってようやく撮影に成功したものだった。当時の帰還者は一名、生存者は〇名。死力を尽くしてフィルムとともに帰還した彼は、日本へ辿り着く前に絶命したという。


「レイ、何見てるの?」


 レイが雑誌から横に目を向けると、ショートカットの少女が覗き込んでいた。

 電車の車窓から差し込む光に照らされた色素の薄い茶色の髪。それは彼女の性格の明るさを映し出しているようで、青みがかった黒い瞳の奥には押さえきれない気分の高揚が垣間見えた。あどけなさの残る顔つきがレイの手元に向き、それが何であるか分かると同時、可愛らしい表情が曇った。


「まだ見てるの? これから実際に見るんだから必要なくない?」

「これから実際に行くからこそ、最終確認をしているんだ。頭に叩き込んでおいて損なことはない」

「うわー、レイってば本当に任務のことしか考えてないよね。昔からそう。もうちょっと肩の力抜かないと、いざってときに動けないよ?」

「ユリこそ、緊張感に欠けるぞ。これから行く場所は――」

「あー、分かってる分かってる。死が蔓延する秘境でしょ?」


 いまいち締まりのない声に、レイは眉を顰める。

 ユリの任務直前のだらしなさは群を抜いていた。こればかりは何度言っても治らない。しかしながら、いざ敵を前にすると人が変わったように鋭い目つきになり、完璧に任務を遂行してしまうのだ。その実力は彼女に割り振られた番号が一桁台の『09』であることが何よりの証明だった。


 レイは自分の胸元に手をやり、服越しに伝わるドッグタグの感触を確かめる。そこに書かれた番号は『50』。今回の任務で最も大きい数字だった。

 強者故に許される彼女の態度だが、これから行く場所は暗殺や諜報、戦場などの今までくぐり抜けてきた死地とは段違いに危険な場所である。

 耳にはめたデバイスから呆れた声が聞こえた。


『ゼロナイン、少しはフィフティーを見習え。もうすぐ任務開始だ』

「ちぇ、分かってますよーだ」


 不満そうな声でユリは口を尖らせる。

 ゼロナインとは、ユリに与えられた識別番号だ。日本――いや、この世界において、ユリという名前の彼女は存在しない。


 現在、世界中の『人間』はパーソナルナンバーと呼ばれる番号で管理されている。脳の中に埋め込まれたチップに刻まれたそれによって、『人間』として認識される。

 それはすべての個人情報とリンクしていて、チップなしには本人であることが証明されない。証明されないと、貨幣が完全電子化された現在では支払いができず、医療を受けることもできない。つまり、『人間』として最低限の生活すら送ることができないのだ。


 虚番(ヴォイドナンバー)と呼ばれるレイたちに、パーソナルナンバーは割り当てられていない。生まれたときに採番されるそれを持たないということは、すなわち生を受けていないということと同義。それはつまり、彼らは存在しないはずの人間ということだ。

 法律上、番号のない者は『人間』として定義できないため、彼らを守るものは何もないのだ。政府の後ろ盾なしに生きることは叶わない。

 虚番には便宜上、識別のために番号が割り振られる。『01』から始まるその番号は、性能順に与えられるため、数字が小さければ小さいほどに存在価値が大きくなる。


 ユリという名前は彼女自身がつけた名前だった。レイという名も彼女がつけた。

 レイ自身は識別できれば何でもよく、名前などどうでもよかったのだが、ユリは頑なだった。ユリと呼ばなければ怒るので、仕方なくユリと呼んでいる。

 ただ、レイという名を案外気に入ってもいた。『何もない』という意味の零は自分に相応しいと思った。


 レイが雑誌を差し出すと、ユリはつまらなそうな顔でそれを受け取る。パチンという音を立てて勢いよく閉じると、足下のボストンバッグにねじ込んだ。


「おい、貴重な資料を……」

「だから、これから見るんだからいいじゃん。生の情報は全然違うよ?」


 行ったことないくせによく言う。レイが呟くと、ユリは屈託のない笑みを浮かべた。大輪が咲き誇るようなその笑い方が、レイにはとても眩しかった。


『虚番諸君。もうじき、境界線に差しかかる。そこより先は敵地だ。人智の及ばない領域。気を引き締め、全力で任務に当たって貰いたい。なお、こちらからの通信はこれが最後となる。諸君らの健闘を祈る』


 一方的な通信が切れ、レイたちはデバイスを耳から外してボストンバッグに投げ込んだ。

 高崎線を走る車両が、もうすぐ県境に差しかかる。そこから先は電子機器が使えないため、ただのゴミでしかない。


「総員、チケットを確認しておけ。境界線を通過する際に持っていなければ、上がれないからな」


 一際体格のいいスキンヘッドの男が低い声で言った。レイの二回りは大きな身体は、逞しい筋肉に覆われていることが服の上からでも分かる。彼がこの隊――ステュクスのリーダーだった。


 今回の任務では、冥王星の衛星になぞらえて五つのチームが各一〇名で編成されていた。


「りょーかい。マルスこそ、ちゃんと確認しておくよーに」


 ユリが人指し指を立てて妙に上から目線で言うと、周囲から笑いが漏れた。最年少のユリは仲間から娘や妹のような扱いを受けている。家族のいない彼らにとって、仲間は家族同然の存在なのだ。二年前から行動をともにしていたため、隊の結束は固い。それはムードメーカーとしてのユリの存在があったからだろう。


 ユリと同い年のレイも同様の扱いを受けているものの、レイはそれを快くないと思っていた。任務を遂行するために自分が存在しているのであって、決して馴れ合いをするためではない。それが彼の根幹にあった。


 レイはポケットに手を突っ込むが、そこにチケットはなかった。他のポケットを探すも、どこにもない。瞬く間に汗が噴き出て、焦りが募る。もう数秒で境界に到達する。それまでにチケットが見つからない場合、レイだけが地上にある方の群馬県へ到着してしまう。


 この日のために生まれ、準備をしてきた。凡ミスで任務失敗とは笑い話にもならない。最悪、処分されてしまう。


 背に腹は替えられないと、ボストンバッグに手を伸ばす。中には警察に見つかれば即逮捕される代物が山ほど入っているため、できることなら開けたくなかった。


 そこへ、視界の外から手が伸びた。

 滑らかで光を宿したような白い肌。綺麗な細い指先には探していたチケットがあった。


「これ、落としましたよ」


 鈴のような綺麗な声に、レイはチケットを受け取りながら、無意識に彼女へ顔を向けた。

 絹糸のような白銀色の長髪。深紅の宝石がはめ込まれたような瞳は、息を漏らすほどの美しさ。凜とした佇まいと優雅な所作。一目で分かる育ちの良さが、尋常でない存在感を示している。まるでおとぎ話の中に入り込んだかのようで、彼女の美しさに目を奪われそうになる。


 そこで、レイは違和感を覚えた。


 車内がやけに静かだ。周囲を見回すと、誰もいない。ステュクスの面々はおろか、一般市民も姿を消していた。車内にはレイと謎の美少女の二人だけ。

 そして、微かな記憶を辿る。先ほどまで隣に座っていたのは、スーツを着た中年男性だった。


 レイは座席から跳び退くと同時、ジャケットの内側から拳銃を取り出した。その照準を少女の額に合わせ、距離を取りながら声を上げる。


「お前は誰だ!」


 険しい表情で発した怒鳴り声に対し、少女はうっすらと微笑む。しかし、すぐに眉尻を下げ、切実な表情を浮かべた。


「来ては駄目」

「は? 何を言っている」

「駄目なの」

「お前はグンマーの民か」


 白銀色の髪に、赤い瞳。それはグンマーの民の特徴に合致している。


「お願い。でないと――」

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