鷺ノ宮朱雨という男・下
《最後の日》と呼ばれる大事件があった。それは、世界各地の同時天災による、大自然が行った自然淘汰だ。それにより、全世界の総人口は千分の一にまで減少したとされる。そうして、減少した人類は世界平和を望むのではなく、自分勝手な平和を望むようになり、自分本位にならなければ、どこであろうとも戦争を良しとした。
そうした世界の中で、アメリカでは《グルム・リーパー》、ロシアでは《プリーズラク》、中国では《救世主》という巨大軍隊が、世界三大武力組織として存在する。しかし、その三大武力組織を有する大国が、この世で最も危惧するのは小国《日本》が所有すると考えられている組織《ナイン・ブリスコラ》だった……。
「ナイン・ブリスコラ? なんだいあんちゃん、そりゃ?」
「し、知らないなんて言わせないぞ! お、俺は知ってるんだ! そ、そこのガキの顔! 間違いなく、日本政府が秘匿にしてる武力組織の――」
「武力組織? ワシたちゃただの学生ですぜ、あんちゃん」
怯える男性の相手をしているのは、僕を救出してくれた筋肉の塊みたいな男、葛西段蔵。段蔵は僕の知っている中で、もっとも紳士的と言える部類だ。なにせ僕は、二言目には剣やら銃やらで襲い出すような友人にしか恵まれなかった。
段蔵が極力丁寧に対応しているのだが、刃渡り一メートル以上ある刀を背負った無表情の少女、速浪万久里の合流で、怯えた男性は更に恐怖する。というのも、男性の今の状況が目に見えて悪い。双子の美少女、五十峰真美と五十峰奈美に捉えられた黒人の男性は先程悲鳴を上げたあと、一向に目を覚まさない。
その横で、M500カスタム《スカーレット・チャカ》を持った金に近い茶髪をした少女、神崎ヒルダが、怯えている男性の頬に押し当てているという、なんとも殺伐とした光景だ。そりゃあ、怯えた男性が今にも逃げ出したいという顔にだってなるだろう。
しかし、いまいち男性のいった言葉が理解できないので、今度は僕の方から質問をすることにした。
「僕達は、あなた方が考えているような者ではないと思いますよ?」
「嘘を言うな……! お、おお、俺の胸ポケットに手配書がある……。おお、それだ!」
言われるやいなや、ヒルダが怯える男性の胸ポケットから一枚の紙を取り出した。そして、中身を見せるように僕達の方へ向けて紙を開くと、そこには僕の顔が写っていた。さらに、手配書には賞金額が書かれており……。
「ほへぇ……若の賞金額が、えーっと……十億ドル!? こりゃ若、モテモテじゃねーですかい」
「いや、むしろ嫌われ者ってことなんじゃ……?」
「そうなんですかい? ワシにはよーわからんですわ。ちなみに、十億ドルってどれくらいなんですかい?」
「えーっと、円に直すと……千五百億円、かな?」
僕の解答とほぼ同時に、大きな銃声音と僕の耳を高速で何かが掠めたような風切り音がした。見れば、ヒルダの銃口から煙が出ている。まず間違いなく先程の銃声はヒルダのせいだろう。その様子を見て、周りの空気が一気に冷めたような感じがする。
非常に嫌な予感を抱えつつも、僕はヒルダに聞いてみる。
「ど、どうしたの、ヒルダ?」
「いやいや、ちょいと引き金に掛けた指が滑っちまっただけさ。他意はない。他意はないよ、チェリーボーイ?」
「でも、銃弾が掠めたんだけど……」
「そりゃあ悪いことをしたね。大丈夫だった?」
何をヌケヌケと。
ヒルダの銃弾は、間違いなく僕を狙って放たれたものだった。その銃弾が、僕を掠める程度で済んだのは、ヒルダがトリガーを引いた直前、怯えた男性が震え、わずかに銃口がズレたのと、笑いかけるように僕を抱き寄せた段蔵がいたからである。
では、それらの幸運がなければ、僕は死んでいたのだろうか、と問われれば、是としか言いようがない。なぜならば、《魔弾の射手》と呼ばれているヒルダが放った銃弾は基本的には狙いを外すことはないのだから。
それほどの幸運があって、どこが不運体質なのだと聞かれたなら、今の僕の状況を見てからものを言ってほしい。必ず当たると言われた銃弾を避けた先で、僕は筋肉だるまの腕が首に巻き付き、酸欠で死にかけている。
「だ、段蔵? ちょ、苦し、んだけど……?」
「大丈夫だぜ、若。苦しいのは一瞬だって」
「いや、これ……堕ち……」
今度こそ、死を覚悟した僕であったが、段蔵に絞め殺されそうになっていたかと思えば、今度は双子の真美と奈美がスッと、ダーツを投げた。真美と奈美の攻撃に気がついた段蔵は、僕を投げ捨て、自分は大きくジャンプして難を逃れる。
投げ捨てられた僕の両頬に掠めそうになるダーツには、だらりと液体が塗られており、ダーツのポイントに触れた地面がシュワッと音を上げながら溶けているのが見えた。
そう。彼らは僕の友人ではあるが、決して僕を助けに来たわけではない。なぜなら――。
「ちっ。きょーもダメだったか。おい、筋肉だるま。邪魔すんじゃねーよ」
「ヒルダの姉貴もよく言いますぜ。まったく油断もスキもあったもんじゃない」
「それはこっちのセリフなんだけど、ダンゾー?」
「なんだかんだ言って、殺り損ねてたし、ダンゾー」
「るっせぇやい。五十峰の嬢ちゃんたちが危ねぇもん投げてこなけりゃ、うまくいってたんじゃ」
彼らは皆、僕を殺すのが目的なのだから。
「な、なんだ……これは……」
僕達のやり取りを見たあと、大抵の人がこういう言葉を発する。僕はこういう体質が故に、週に十回以上は誘拐や拉致されるので、その度に訪れる、知り合い同士の僕の殺害行為を見て、犯罪者はみんな、お前たちは狂っていると心で叫ぶのだ。
僕は友人に命を狙われている。不幸体質のため、死ぬ既の所で命からがら生き残ってしまうのだが、それがさらなる不幸を呼び起こす。そしてそれは、周りへと伝播する。僕の不運ゲージがマックスに達したとき、《最後の日》と呼ばれた事件を凌駕する、世界滅亡レベルの災害が起こる可能性があるという。
これが、僕に懸賞金が掛けられている理由である。しかして、様々な国の特殊部隊が僕を殺害しにやってきたが、そのことごとくを、無自覚なまま僕の不運に飲まれていき、最後には甚大な被害を被った各国は、僕に付きまとわなくなった。そして、今では金に目がくらんだ人たちが、たまに襲いに来る程度になったのだが……。
「えっと、おじさん。まだ誘拐します?」
「い、いやいい! 御免こうむる! ゆ、許してくれ! 《第七のラッパ》なんて知ってたら、誘拐だってしなかったんだ!!」
どうやら、本当に知らないまま僕を誘拐していたらしい。このおじさんには本当に迷惑をかけてしまったのかもしれない。でもまあ、お互い様ということで手打ちにしよう。怯えている男性の答えを聞いて、すぐさまここから移動したい僕は、みんなに声を掛ける。
「と、言うわけだから。みんな、今日は帰ろうか」
「若がそう言うなら」
「へいへい」
「「はーい」」
その場に男性を置いて、僕達六人は退散した。残された男性はただ一言、「ありえない」と言って、張り詰めていた意識を静かに眠らせたのだった。