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鷺ノ宮朱雨という男・上

 ――僕こと、鷺ノ宮さぎのみや朱雨しゅうはその日、英雄というものを間近で目にしたのかもしれない。


 後に《最後の日》と呼ばれることになる大事件が起こったとき、僕は持ち前の絶望的なまでの不運で、命の危機に瀕していた。小学生史上最も大きな行事、修学旅行の出発時刻に遅刻し、先に行ったクラスメイトを追いかけるように、教員と二人で乗るはずのなかったバスに乗車していた。

 僕の不運はそこでは収まらず、バスが道に転がっていた大きめの岩に乗り上げて転倒、勢いをそのままに崖から飛び出しそうになったのだ。そこで死を覚悟した乗客一同だったが、事故はまだまだ終わりを迎えなかった。

 各地で突発的に起こった大地震の震源が、バスが落ちた崖下で。奇跡的に一命をとりとめた乗客たちは、叫ぶ日間もなく土砂にバスごと飲み込まれたのだ。誰もがこの世の終わりを胸に浮かべたその時。希望をかざす一人の人が、立ち上がった。


「下を向くな、少年。生きているなら前を向け。生き続けたいのなら腹の底から叫べ。そうすればきっと、ヒーローってやつが助けに来てくれるはずだから――」


 そういった一人の青年は、僕に向かって笑顔を向けると、グッと力を溜め込んで、握った拳を天へと突き出した。どうしてそうなったのか。当時の僕は、その時のことをこう解釈した。


――天井が、青年に道を開いた、と。


 実際は、拳圧で天井に積もった土砂ごと吹き飛ばしただけなのだが、その時の乗客たちは皆、こぞってこういう。私達は軌跡を見たのだと。

 そんな乗客を置いていくように去っていく青年を追いかけて、僕は唯一つの問いを投げかけた。どうして、僕達を助けたのか、と。すると、青年は振り返って、少し考えてから再び笑顔で僕に返事する。


「そこにお前がいたからさ」


 その言葉を、僕は生涯忘れないだろう。清々しいまでの正義の輝きを身にまとった青年の一言は、本当に僕の人生を変えたのだから……。






 それから五年後――。


「あ、あの……えー……っと」


 高校二年生になった僕は、現在進行系で誘拐されている只中にあった。誘拐犯は二人。一人は黒人男性で、もう一人は日本人にも見える男性である。どうも焦っているような二人に声をかけられて、車に乗せられたのが運の尽き。こうして三人で街をブラブラと誘拐ドライブへとシフトしたわけである。


「ど、どどど、どうするんだよ!」

「落ち着きなサーイ! トリアエズ、このまま真っ直ぐ行く!」


 日本人に見えるほうが、焦りを隠せない。片言の日本語を話す黒人男性は、それを嗜めるように言葉を告げる。どうも行き先がはっきりしていないようだ。僕は、このままどこへ連れて行かれるのだろうとビクビクしていると、黒人が朱雨に向かって話しかけてきた。


「本当に、スミマセーン。ワレワレガ、ここから退散するまで、少し付き合ってクダサイ」

「あ、は、はい。えっと、それって具体的には、どれくらい……」

「ワカリマセーン」


 えー、わかんないの……。


「せ、せめて、命だけは……」

「ソレは、警察の出方シダイです」

「やばい、僕死んだかもしれない……」


 そもそも、警察と交渉しないといけないレベルで、この誘拐犯は何か事件を起こしているのだろうか。顔は……見たことなくもないが、罪状まではいちいち覚えてなんていられない。一体、僕は何に巻き込まれて、こんな不運の真っ只中にいるのだろうか。

 半分自己責任なところがあるせいで、絶賛惨めな気分になっている僕ではあるが、少しだけ嫌な予感を感じていた。いや、このまま誘拐犯とドライブをしていると考えるだけでも最悪なのだが、そうではない別の予感だ。なんというのだろう。例えば、最悪の中で、更に凶悪なものがぶつかってくるといったような感じだ。つまり、僕にとって最大級な不幸が訪れる。


 そして、僕がこう感じたときは、十中八九当たる。はずれる方が稀なほどに。

 だから、僕は誘拐犯に交渉を申し込むことにしたのだが……。


「あ、あの……そろそろ、降ろしてもらえると助かるんですけど……」

「ゴメンナサイ。それはムリです」

「いやえっと、ほんとにそろそろ降りないと危ない気がするんですよね……」

「ワレワレを前にして、ソレを言いますカ?」

「いやー、その……あなた方を巻き込んで、僕ごとひどいことになりそうな予感がするんですよ、はい……」

「ハァ?」


 まったくもって意味がわからないという顔。そりゃそうだ。急に、このままだとお互いにひどいことが起こるなんて言われたって信じようがないし、そもそも信じる必要だってない。子供の戯言だと断じたのだろう。黒人はとうとう、僕との会話をやめて、日本人に見える男性に道を指示することに集中し始めた。

 対して、僕はと言うと、いろいろと苦労が多い人生の中で、自然と身に着けた車の中において、いつでも何が起きてもいいように編み出された対ショック姿勢を取り、事が起こるのを半泣きで待った。


 静かになった僕を怪しんだ黒人が、僕の方を振り向くと、対ショック姿勢に何か変なものでも感じたのか、声はかけずに指示に戻ろうとする。が、全ては日本人に見える男性の悲鳴に似た声で、急展開する。


「お、おい! 道の真中に女が!」

「ヒキなさい!」

「い、いいのかよ!?」

「アクセルを踏め!」


 叫び声と同時に加速する車に、嫌な予感が近寄ってくる気配を感じる僕は、すでに涙すら流していた。

 百キロを越えようかとする車の前方に立っている少女は、じっと向かってくる車を見つめながら、背負っている長い棒を引っ張る。すると、引き抜かれたのは刃渡り一メートル以上ある大太刀だった。少女は、それを構えると、一息で前方にニメートルほど移動すると、刃を下から上へ薙る。


「ひぃぃぃぃぃ!!」


 その斬撃は迫っていた車を真二つに断ち切り、乗車していた誘拐犯たちは同時に目を丸くして、今にも目玉が飛び出しそうになっていた。かく言う僕は、恐怖に次ぐ恐怖により、心の底からの悲鳴が溢れ出ていた。

 しかし、ことはそれだけでは済まなかった。真二つにされた車はバランスを崩し、左と右で分かれるように速度をそのままで進み続けていたのだ。百キロほどの速度を出していたのだから、このままバランスの悪い車体では、何かにぶつかっただけでも大怪我は免れない。

 要するに、依然として僕の身の安全は保証されていないのだ。今度こそ死んだと確信する僕の耳に届いたのは、聞き覚えのある男性の声が。


「大丈夫かよ、若?」

段蔵だんぞう?! どうして……だって車が――」

「あんねぇ……あれくらいの速度なら、キャッチして持ち上げることくらい余裕だぜ?」


 見れば、僕が乗っていた半分になった車は、段蔵の右手が持ち上げていて、危険はなさそうに見えた。気になってもう半分の方を見てみると、あちらには双子の少女たちが、手荒ではあるが同じく車を止めていた。どうやら、かなりの恐怖と多少の怪我で事件は収まったらしい。

 事件の収束を見て、僕の周りに学生服を着た知り合いが集まってくる。


「ったく、きゅーに誘拐されちゃいやがるもんだから、何かのデモンストレーションかと思って、クソ野郎に電話しちまっただろう?」

「ひ、ヒルダ……僕がデモンストレーションで誘拐なんてされるわけ無いだろ……?」

「そりゃそーだ。ま、少しは面白かったし許したげるよ」

「僕は全然楽しくなかったんだけど……」


 僕とヒルダの会話を聞いて、集まってきた知り合いはこぞってゲラゲラと笑い合う。

 その中ので、双子が連れてきた誘拐犯のうち、日本人に見える男性が、ハッとなって叫び始める。


「そ、そこのガキの顔……お、思い出したぞ! お、お前ら、《ナイン・ブリスコラ》だな!?」

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