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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

終末、倫理不成立。

作者: 荒川ハギ

 意外なほどあっさりと、人類は滅亡した。

 地震雷火事親父、親父以外の全てとそれ以外にも碌でもない事態を引き起こしたそれは、なんでも太陽系外から飛んできた巨大彗星らしい。衝突する数日前、局の区別無く始まった緊急放送で、皆様落ち着いてお聞き下さいと前置きして言っていた。

 実際にそれが何なのかなんて、どうだっていい。異星人の無闇に高度な武器だろうが、神様の天罰だろうが。


 その時、俺は何の因果か生き延びてしまい。

 その時、妻と娘は死んだ。

 それだけが、現実だ。


 ▼


 天変地異の全てをごちゃ混ぜにした、天災のお祭り騒ぎは一ヶ月も前に過ぎ去った。

 止むことなど無いように思った地震も、引っ切りなしの雷も、切れ目無く降り続いた拳骨みたいな(ひょう)も、今は無い。

 痕跡と言えば、がちゃがちゃになったアスファルト、穴だらけになった家屋、出鱈目に放置された自動車、そしてそこら中に横たわる、半ば溶けかけた人だったもの。

 夕刻が近付いてもなお、じりじりと肌を焼く真夏の太陽の下、コントラストの強いその景色は酷く現実感に乏しい。


「おーい、オッサン。どう、これ」

「カップ麺、とミネラルウォーターね。残ってるもんだな」

「ね、ビニール破れてなきゃ食えるっしょ?」

「あとは、煙草……ちっ、メンソールは無いか」


 倒壊しかけたコンビニの隙間から這い出つつ、戦利品の数々に安堵する。

 世界崩壊の日、生き残った数少ない人間が繰り広げた略奪の結果、食料品の確保は難しくなっていた。

 実際ここ数日、手付かずのまま放置されていた自販機を破壊して入手したシリアルバーで命を繋いできたものだから、少しはまともな食事に有り付けるのは何より有難い。


「オッサン、煙草吸うの?」

「まあな」

「ふーん。……美味しい?」

「身体に悪いもんは、大抵美味い」

「なるほど。カップ麺が美味しいのと同じリクツか」


 茶色の、軽くウェーブが掛かった髪を揺らしながら、一人納得顔で何度も頷く旅の道連れを放置し、これも戦利品のライターで火を点ける。

 美味いと言いつつ、大して美味いと思ったことはない。食事の後には吸いたくなるし、寝起きも吸いたくなる、が、実際のところ惰性と中毒でそうなっているだけだ。


「……お湯、沸かすか」

「そうしよ。温かいもの食べるの、久しぶり」

「貧しい食事の代表格が、贅沢品扱いってのもなあ」

「飽食の時代の感想だよ、それは」

「難しい言葉知ってるな」

「元受験生なめんなよー」


 背負ったリュックからカセットコンロを取り出しながら、そんな言葉を交わす。


 ▼


 この年若い道連れと会ったのは、殺人的な雹が降り注いでいた最中のことだ。

 やり過ごすために逃げ込んだ鉄骨ビルの一階、その奥で聞こえた女の悲鳴と男の怒声。どうやら愁嘆場(しゅうたんば)に居合わせたらしい、と後悔しつつ様子を見に行き、繰り広げられていたのは見紛うことなき婦女暴行。

 護身用に持っていた五番アイアンを手加減無しに振り回し、気付いた時には返り血を僅かに浴び、震えるこいつが隣に居た。


『……殺した?』

『たぶん』

『じゃ、安心、かな』


 奥歯が噛み合わず、震える声でぎこちなく笑い合い、それからは何となく二人で行動している。

 旅は道連れ世は情け、とはよく言ったものだ。

 幸い、女子高生を連れ歩いても、見咎める善意の市民や警官などいない。


 ▼


 地べたにカセットコンロ、拾ってきた片手鍋、水を入れ、間抜けな音で火が点く。

 退廃の中、あまりにも暢気な景色。

 二本目の煙草を咥え、煙を吐く。


「オッサンはさー」

「あ?」

「手、出したいとか思わないの?」


 安っぽい片手鍋に張った水を、子供のような目で見ながら、実際子供と言ってもいい年齢の女がそんなことを言ってくる。


「馬鹿言うな。子供に興味はねーよ」

「おー、じゃあ、あたしがアラサーだったら手を出してたって事か、このケダモノ」

「あのな。言っただろ、こっちは妻子持ちだ」

「でも、もう居ないんでしょ?」

「……」

「ごめん、無神経なこと言った」


 殊勝な顔。まったく、感情がころころと変わってやりにくい。


「つーか、もう一ヶ月も風呂入ってないんだ。そんなの抱けるか」


 フォローのつもりで、全然フォローになっていないことを口走ったと、そう気付いた時。

 何を思ったのか、そいつは片手鍋を持ち上げ、頭から被った。


「うわっ、意外と熱いっ!」

「当たり前だ馬鹿、何やってんだ!」

「シャワー代わりになるかな、って」

「は?」

「何でも無い、もっかいお湯沸かすよ」

「次は馬鹿なことすんなよ、ったく」


 ガスコンロ、鍋、水、火。

 再び暢気な世界。日差しの下で、うっすらと蒼いガスの火が揺れ、少女の目に写る。


 ▼


 夜も更け、腹も膨れれば、やることは一つだけ。


「寝る」

「ようやくその気になった?」

「比喩じゃねーよ睡眠欲だよ」


 無造作に身体を横にする。

 最初は脳みその奥までこびり付くようだった屍臭も、鼻が馬鹿になったのかもう気にならない。

 見上げれば、月。今も変わらず満ち欠けするそれが、煌々と終末の世界を照らす。


「よっと」

「離れろ、暑苦しい」

「意地悪言わないでよ。独り寝は淋しいのん」

「やめろ、くっつくな」


 背後から覆い被さる体温を振り払い、距離を取って再び寝る体勢。


「真面目。別にいいじゃん、もう。アダムとイブだよ」

「からかうなよ」

「でも、スイッチ入っちゃったんだもん」

「スイッチって何だよ。押したら好きになるのか。機械かお前は」

「うん」


 脱力する。これも若さか。世代間格差というやつか。

 再び体温。今度は、頭を抱きすくめられる。


「でも、スイッチを押せたのは、オッサンだけ」


 衣擦れの音がする。振り返った視界に、影が差す。

 そこにあるだろう双丘は、明るすぎる月の逆光に塗り潰されている。


「淫行条例ってもんがな」

「法の支配なんて最早無くなったのだ」

「なら倫理だ」

「人類絶賛滅亡中なのに?」

「だったら、尚更個人に必要だろうに」

「わたしは要らない」


 頬を手で挟まれ、ゆっくりと吐息が近付く気配。

 人類滅亡から一ヶ月。文明から切り離れたその体温は、体臭は、異様に艶めかしい。


「今は、あなたが欲しい」


 かさついた唇が触れる。

 影が重なる。


 まったく。

 不道徳なアダムとイブだ。



 了

※2018年2月に開催された短編小説企画、『#匿名短編バトル恋愛編』応募作となります。

 掲載ページは以下をご覧ください。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054885140312

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