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the Dusk~sequel~  作者: N・O
8/8

足枷

 ナタリーの遺体からの流血を看取る。鮮やかさがまだ残っている。すぐに酸化し、ドス黒くなっていくだろう。シーはそんな事を考えながらそれを眺めていた。呆然とするのは、今の現状を理解したくない防衛策からなるものだろう。

 傍ではドリーが子供に銃を向けていた。ナタリーに噛まれた子供の噛み痕は深く、骨が露出していた。最初に噛まれた子供はショックから絶命していた。


「シー、その子が起き上がった。頭を撃て」


 最初に噛まれた子供が痙攣しながら起き上がり、手を伸ばしながらシーに歩く。シーは座ったまま、それを黙って見ている。


「何やってんだ。早く撃つんだ」


 子供は徐々に間を詰める。シーはそれを黙って見ている。


「シー!」


 子供がシーの肩に手をかけた時、シーは子供の額を撃ち抜いた。ドリーはため息をついて、構えた拳銃を降ろした。


「何やってんだ。死ぬ気か」

「分からない」


 ドリーがシーを起こし、胸倉を掴んで額をつき合わせる。


「今の状況見ろよ。呆けてる場合じゃねえだろ。ガキ抱えて逃げ出せるかどうかの瀬戸際で、ショック受けてる暇ねえんだよ。ドア一枚隔てて化け物がウロウロしてんだ。何とかしねえとならねえんだよ。しっかりしろよ」


 シーは胸倉のドリーの手を外し、目を閉じて大きく鼻から息を吸う。


「すまない。分かった」


 目頭を摘まむシーに呆れ、ドリーは扉の向こう側の気配を窺う。相変わらず扉は叩かれ、アルミの扉は破られるのも時間の問題だった。

 弾数はあと6発。自分の持ち合わせだけでは足りない。シーに問うと、合わせて11発。扉の外にいる化け物は何とかなる。廊下にはヤンに預けたライフルもあるはず。それを取ればこの建物から脱出できる。生き残った子供達も救える。


「行けるか、シー」


 振り返ったドリーは、シーが後退りするのを見た。その視線を追うと、噛まれた子供が更に他の子供を襲い、犠牲を増やしている光景だった。


「ドリー、潮時だ。もう出るしかない」


 子供の捕食者がこちらに興味を向ける前に部屋から出なければならない。

 扉を開けようとするドリーをシーが制した。


「走れドリー」


 シーは徐に扉に向かい連射する。弾はすぐに尽き、拳銃を捨てると扉に体当たりした。拳銃の音に、捕食者と化した子供達が一斉に2人に反応する。

 扉を破り廊下に出ると、フレックとディッセンが床を這いつくばりのたうち回っていた。灰色の目がシーとドリーに向けられる。ドリーはそれを鉛玉で制した。

 廊下の奥からヤンが走ってくる。シーはナイフを抜き、ヤンの足めがけ投げつけた。回転するナイフはヤンの太股に突き刺さり、ヤンは勢いあまって前宙して廊下に叩きつけられた。

 反対側の倉庫から捕食者が出てくる。それをドリーの銃がなぎ払い、廊下に投げ出されていたライフルを拾うと、ドリーはシーに投げ渡した。起き上がったヤンの頭を、シーはそれで吹き飛ばした。

 突如ドリーの背中に女が覆い被さる。それは感染源と思われるメガネをかけた女だった。ドリーは引き剥がそうと体を揺さぶり背中に手を回すが、なかなか女を振り落とせない。そして女が顔を上げ口を開けた瞬間、ドリーの首筋に勢いをつけかぶりついた。


「シー! 剥がしてくれ! こいつを剥がしてくれ!」


 シーは女を剥がそうとするがドリーの出血は増していき、女は更に肩を噛みついた。シーはドリーごと床に倒し、女の顔面にストックを叩き込む。

 ドリーの足を掴み、廊下を滑らせながら走る。女が起き上がり、2人を追ってくる。

 シーはライフルを構え、これ以上発砲音を響かせるのを躊躇する事をやめ、女をフルオートで狙撃した。女は血の霧を降らせ床に倒れた。


「ドリー! ドリー! しっかりしろ!」


 ドリーは赤い泡を噴きながら、焦点の合わない目でシーを追う。


「殺してくれ、シー。やってくれ」

「ドリー」

「感覚が、感覚が薄れる。気分が、気分が、悪い。これが化け物になる感覚な、なのか。早く撃て。撃ってくれ」


 ドリーはシーに拳銃を渡す。震えた手から受け取った拳銃は、すでに撃ち尽くされた跡を示していた。

 シーは仕方なくライフルの銃口をドリーのこめかみに当て、一度だけ引き金を引いた。乾いた音のあと、ドリーは動かなくなった。


 シーは辺りを見回し廊下を走る。外に停めてあるトラックまで行き、すぐにここから離れなければならない。恐らく銃声はマーケットの中の捕食者達に聞かれている。音の出所を探られれば、シーの存在が彼らに明らかになるのも早い。


 廊下を走り、バリケードをなぎ倒しながら角を曲がった時、後ろから追走する音が近づいていた。その足音は数を増やし、更に早くなる。恐怖に駆られ逸る気持ちを抑えながら、警備室の横をすり抜けて外に躍り出た。


 外にはすでに何体かの捕食者が姿を見せ、シーの存在を確認した者から次々と追ってきた。トラックは裏手の何処かに停めたはず。そこまで体力も弾ももてばいい。

 シーはライフルを唸らせながら、車が停めてあるであろう場所まで走る。振り返ると自分が出てきた扉から、かなりの人数が転がり出てきた。その中には子供の捕食者も混ざっていた。


 トラックが見えてきた。センターの端の小さな出入り口付近に停車してあった。そこまで全力で走り、追っ手との距離がまだあるうちに、トラックのドアに手をかけた。

 だがドアは開かなかった。丁寧にも鍵がかけられていた。


「クソッ! ディッセン! それともヤンか! 何でわざわざ鍵をかけたんだ! 何で!」


 窓ガラスを割って車内に入ってもエンジンがかけられない。車は動かせない。

 弾の切れたライフルを捨て、後ろの幌を剥いでショットガンとライフルを取り、弾丸と拳銃、新しいナイフを身につけ、辺りに動かせそうな車がないか探す。しかし乗り捨てられた車があっても、どれも動かせそうにない。焦りが汗を生む。


 捕食者達が迫っていた。決断しなければならなかった。ここで戦い、弾が切れた頃やつらの仲間になるか、いっそ自害するか、もう一つは望みも薄いが───


「建物の中に入って助けを待つか。建物内のやつらなら、もしかしたら上手く撒けるかも知れない」


 目の前の小さな出入り口まで走り、ガラス窓から中を窺う。発電機の音が何処かでまだ鳴っているから、中の捕食者はある程度それに引きつけられていると思う。

 シーはガラスを破り中に入り、入口にあった防火用の斧を取ってライフルとショットガンを肩にかけた。なるべく弾を節約する。

 少し廊下を進んだ先には扉が待ち構える。その先は恐らくマーケットにつながっているだろう。シーがそこに足を向けた瞬間だった。


 閃光と爆音の衝撃が空気の層を押し出し、扉が爆発したのを認識できないほどの速さで、自分の体が浮くまでの爆風が出入り口を吹き飛ばした。そのままシーは飛ばされ、出入り口があったところから外に弾かれた。

 視界は真っ白。耳はずっと鳴りが止まらず、何が起きたのか、何処に自分が転がったのかさえ分からない。煙と塵が鼻にダイレクトに入り、涙と鼻水が止めどなく流れ出て、しかし体は動かす事ができずに横たわるしかない。


 数分、感覚で数時間に感じる数分後、横たわる視界の中にブーツの先が現れた。それが捕食者のものなら自分の命が危うい。痛む体を動かさなければ。

 シーが体を起こそうとする動作に合わせ、ブーツの持ち主はシーの腕を取った。


「大丈夫か。まさかこの街に生きた人間がいるとは思わなかった。それも軍人だなんて」


 言葉を発した事で、相手が人間であるのが分かった。シーはまだ歪む視界で相手を見た。


「誰だ……た、助け……か」

「ああ、助けてやる。その為にきた。私は軍人だ。君と同じように」

「軍……人……?」


 焦点が定まってきた目に、自分と同じ軍服が飛び込む。


「私はエレメックスの者だ。君は何処の基地の隊だ」

「エレメッ……クス」


 そこでシーの意識は途絶えた。







 目覚めて最初に見るものが知らない天井なのは何度目か。まだ歪む景色はいずれ正常になるだろう。

 スラムの診療所よりも整った天井を見つめ、力を加えて起き上がる。案の定全身を覆う激痛に顔をしかめ、声にならない呻きを吐きながらベッドから這い出た。

 窓の外は闇が広がり、所々照らされているライトに、人のシルエットがいくつも映っている。それらがライフルを持っているのも見て取れた。

 最後に聞いたのが『エレメックス』という言葉。それは自分が探し目指していたもの。今、自分はそこにいる。

 エレメックス基地の人間は何故人さらいなんて事をしているのか。それによりリヴァのスラムだけでなく、周辺の街や村、他のスラムにまで被害が拡大している。この基地で何が行われているのか。シーはそれを探る為に、この基地を目指していた。そこにさらわれたのなら願ったりだ。


 シーは自分の装備を探したが、寝かされていた部屋にはシーのジャケット以外何もなかった。武器が没収されるのは当たり前だろう。自分は同じ軍人ではあるが、何者かは分かっていないのだから。

 どうしようか迷っている内に、突然扉が開いた。軍服に身を包んだ3人の男が、立ち上がり戸惑っているシーに向かい、意外にも笑顔を見せた。


「起きていたのか。大丈夫か? 君は丸1日寝ていたんだ」

「ああ、どうやら助けられたようだ。ありがとう」


 シーが素直に礼を言うと、男は手を差し出した。


「ジョナサン・キャンドラー中尉だ」


 シーは差し出された手を握りかけ、すぐさま額にかざした。


「大変失礼致しました。シー・クライメント準曹長であります。中尉」

「やめてくれ。シー、君も知っているだろうが、もう軍は機能を停止している。私のはあくまで肩書きだけだ。かしこまるのはよそう」

「分かりました」

「敬語もなしだ。ジョナサンと呼んでくれ」

「……分かった。ありがとう、ジョナサン」


 シーは再び出された手を握った。




 ジョナサンの話では、軍が撤退したのは2ヶ月前だという。世界に異変が起きて各地に兵が派遣されたが、ことごとく各基地は崩壊していったそうだ。何故なら軍の最上層部は、この異変をただの大規模な暴動としてしか見ていなかったようで、気づいた時には全てが後手後手に回っていた。ジョナサンは上層部に掛け合い、何とか事態を収集しようとしたらしいが、いち中尉の話は上層部には届かず、他の基地よりも大きな基地だったエレメックスでさえ、捕食者の大群に殲滅されたという。明らかな軍の失態だと、ジョナサンは強調した。


「今ここでは何を」

「ここは避難民を保護している。そしてある計画を実行しているんだ」


 シーは目を細めた。核心に近い言葉に、シーはジョナサンと会ってから一度も崩していない警戒心を、より高めた。


「この基地周辺では、時折人さらいが発生していると聞いた。それも軍人の仕業だと」


 シーの言葉はジョナサンはおろか、周りで話を聞いていた兵士達の表情を固くした。シーはそれを見逃さなかった。


「実は俺は仲間と共にこのエレメックスを目指していた。俺達を助けてくれたスラムの人間が、エレメックス基地の人間に拉致された、と。その理由を知る為と、もしさらわれた住民がいるなら救い出す為に、俺はここにきた。場合によってはあなた方と争う事になるだろうが」


 丸腰でありながら、シーは彼らに鋭い視線を送った。実際武器もなく多勢に無勢、自分が消されるのは目に見えている。それでもシーは彼らの真意を聞く為に、警戒と威嚇をやめなかった。

 ジョナサンはため息をつき、後ろにいる部下達を一回り見たあと、シーに向き直った。


「実は私達もそれを追っている」

「どういう事だ」

「エレメックスは今、襲撃したあの異形の化け物達をようやく殲滅したあと、避難民を受け入れる避難所と、ライラック博士の研究所として作り替えた」

「ライラック博士とは」

「博士は生物学の権威で、エレメックス基地の生物工学施設の責任者をやっていただいていた。博士はここが落ちてからも残って研究を続けていたんだ。そして1つの仮説を導き出した。あの変異体の感染を止める方法だ。それには任意の協力者が必要だった。だから兵士と近隣の住民から協力者を募った」

「のちに……任意でなくとも連れ去るようになったのか」


 ジョナサンは首を振った。


「いや、我々が募ったのは任意の人間しかいない。それらの人々は研究所エリアの住居スペースに全員いる。総勢120名だ。しかし私達が協力者を募った頃から、近くでは人さらいの噂が流れ始めた。当初は我々の事が事実と反する形で流れたのかと思っていた。しかし違っていた。本当にいたんだ。我々と同じ、軍の出で立ちの者が」


 ジョナサンは一呼吸置き、真剣な眼差しで口を開く。


「私の見立てでは、あれは軍人ではない。服装こそ軍服を着ていたが、戦闘方法が軍の戦法ではなかった。軍の名を語る、異なる組織が存在している。私の部下も何人も命を落とした」

「ではその組織は、何故軍を装う」

「分からない。その方が人に警戒されず近づける為か、もしくは軍に汚名を着せ潰そうとする意志があるのか」

「軍を潰そうとするにしても、心当たりはあるのか」


 ジョナサンはため息混じりに首を振る。シーは絵空事に聞こえる話に頭を抱えた。


「信じられないのは分かる。私だってこんな話、信じたくない。だが事実だ」


 シーがおもむろに立ち上がる。


「ラボに案内してくれ。それと居住スペースも。自分の目で確かめたい」

「当然だな。分かった、案内しよう」






 研究所エリアは連絡通路を渡った先の離れにあった。基地本体よりも小規模だが、それでも見映えする立派な建物だった。その中に研究所と保護された住民の住居のスペースがある。

 巨大な鉄の扉を開けると、そのには厚手のパーテーションで区切られた居住スペースがあった。人々は一斉にシー達を見て、通路を通る彼らに近況を聞き出そうと集まる。皆、疲れこそあるものの生気は失われておらず、幼子は何人かで居住スペースを笑いながら走り回っていた。決して居心地のよい環境ではないが、人々が垣間見せる笑みに、シーは意外なものを感じた。多種多様な人種、老若男女も関係なく、老人は肩を寄せ合い笑いながら井戸端会議をし、若い男性は隅でギターを弾いている。恋人同士であろう若者が、壁際に設置されたベンチで並んで座り、年配の夫婦は軍から支給された飲み物を飲んでいた。

 日常の風景がそこにあるかのように、保護された人々はこの環境を受け入れている。だが一つだけ通常の生活と違うのは、一切の外出を禁じられているところだ。基地の外はおろか、この居住スペースからも出てはならないという。状況を早く改善しなければ、今は甘んじて受け入れているとしても、いずれは閉鎖空間からくるストレスで体調を崩したり、果ては暴動も起きかねない。ジョナサンはそこを懸念していた。


「なるべく住民には不便な思いをさせないように配慮はしている。幸いこの基地には食料保管庫や飲み水の設備がしっかり整っていた。目算ではあるが、あと2年は保つ。その他、不測の事態に備えて、近隣の街などから食料や必要な物資を補給させてもらっていた。今は何処もゴーストタウンになっていたが、それでも持ち出すのは気が引けるものだな。しかし生きる為には仕方ないと割り切るしかない。あの街で物資を探索している時に、君を発見したんだ」

「そうか……それには感謝している」


 シーは曖昧な返事をした。この居住スペースを見て、このままでいいはずがないという思いがそうさせた。ジョナサンの行動や配慮は感銘を受ける。しかし彼も言った通り、物資は無限ではなく限りがある。2年という年月は決して長くはない。早急な改善策を立てなければ、やがてはこのスペースにいる住民にも死が訪れる。このままでいいはずがない。


「博士の研究の成果が出れば、あの異形者の征服から脱却できる。それも近いうちに分かるはずだ。我々はできる限り博士に協力し、異形者達を……いや、異形者の元に成りうるものを根絶やしにしなければならないんだ」


 曇るシーの心を読んでか、ジョナサンは力を込めて言った。


「その博士は今何処に」

「この奥にある研究スペースにいる。案内し───」


 けたたましくサイレンが鳴る。天井備え付けのランプが激しく回り、赤く点灯する。全員天井を見上げ、焦りの声を出す。ジョナサンの元に何人もの兵が走り、状況報告と指示を仰いだ。


「北東より敵襲。その数、約50。門にて前線の抗戦は始まっております」

「分かった。周囲の防戦強化、北東の根源が何処にあるか探索班も派遣しろ。ジョーンズ、ビールマン、それぞれ指揮を取れ」


 兵達はジョナサンの指示に、散り散りに走って対応する。


「やつらがきたのか」

「ああ、度々集団で襲撃してくる。人間がこの中にいる事を察知したのだろう。だがまだ武器もある。警備も怠ってはいないから、何かあればすぐに対処できる。ここが基地なのも利点だ。強固な建物と周囲には厚さ1メートルの鉄筋コンクリートの壁が囲んでいる。北と南にある門を守れば、異形者が入る隙はない。だが最近は襲撃の頻度が多くなってきた。まだ傷も癒えてないところを悪いが、シー、君も手伝ってはくれないか」

「もちろんだ」


 2人は基地の本所に走る。サイレンはまだ鳴っている。






 北東からきた大群はジョナサンの考えより遥かに多く、その勢いも今までの比ではなかった。更には南西にある門にまで押し寄せた。ジョナサンの目算が崩れた。

 ジョナサンは包囲網にならぬよう、探索班に行かせた兵を呼び戻し、内と外からの挟み撃ちで北東の門の制圧を試みた。しかし探索班からの連絡は途絶えていた。


「何が起きた。一体何が起きてるというんだ」

「これほどまでに大群が押し寄せた事はあったのか」

「今までない。初めてだ。基地が落とされた時でさえ、これほどまでではなかった」

「中尉! 更に南西の門に倍の大群がやってきます!」

「どういう事だ! 何故今になってこの基地に異形者がくるんだ!」


 ジョナサンは南西の門に走る。シーも後につき、ジョナサンの部下達も武器を携えついてくる。

 南西の門には100を超える数が群がっていた。強固な門でさえひしゃげて、横付けした車両で押さえてはいるが、それも揺らされ横転する寸前でいる。兵達がそれを押さえながら門扉の隙間から手を伸ばす捕食者達を撃つ。


「兵をこっちに回せ! 人数が足りない!」

「北東の門も人数が不足し、人手が回せません!」


 目の前で兵の1人が腕を噛まれた。叫び声と血飛沫が破裂する。


「退け! A線まで退くんだ! 退けーっ!」


 ジョナサンの怒号に、銃を放ちながら兵が退いていく。A線と呼ばれる二重の鉄柵バリケードの位置まで下がると、スイッチが押されたと同時に地面から柵がせり上がる。2メートルの鉄柵は捕食者を食い止めたが、それでも集団の追突に鉄が軋み、今にも破られそうな音を発した。


「全員退避だ。このまま基地を捨てる。保護した人達を誘導し、必要物資を持て。5分後に基地を爆破する。急げ!」


 部下達に指示を出したジョナサンにシーが問う。


「基地を捨てるとはどういう事だ。あの人数も全員連れて行けるのか。ここで殲滅するしかないだろ」

「ダメだ。これ以上は保たない。今、この数を退けても、更なる襲撃には必ず耐えられない。基地を手放すのは今しかない。逃走経路も手段も確保してある」

「何処に逃げるというんだ。四方はやつらがいるんだぞ」

「3キロに亘る地下通路がある。森に通ずる道だ。そこに物資と車両を隠してある。そこまで行けば何とかなる。こっちだ、研究所の裏手にある」


 北東の門も破られ、A線のバリケードに車両と土嚢の足留めを施して、兵達は研究所に集結して、保護した人間を誘導にかかる。全員突然の事にパニックになりかけたが、ジョナサンの声と指示に研究所の裏手に集まった。

 地下に続く扉は地下シェルターのそれに似た、さも殺風景を装う佇まいで、普段は厳重に鍵が施され、立ち入りを禁じてある。だが、一同が集合した時、その鍵は破られて解錠されていた。どよめきが起こる中、ジョナサンが辺りを見渡していた。兵達が先に通路を確認するが、すぐに引き返してきた。その表情は焦りと曇りにまみれ、落胆は隠せずにいた。


「この先のシャッターが降ろされています」


 ジョナサンは怒りに歯を食いしばり、温厚さが消え失せる。ジョナサンでさえ冷静さを欠いていた。


「どういう事だ。これが唯一の脱出手段ではないのか」

「クソッ! 誰が解錠した! 一度降りたシャッターはもう開けられないんだぞ! 誰だ!」


 シーの声も届かず、ジョナサンはいつもの穏やかな口調に代わり、荒々しく声を上げた。保護された人々はおろか、兵達までが言葉を呑む。


「落ち着けジョナサン。彼らがパニックになる」

「落ち着いていられるか! もう逃走経路はないんだぞ! この基地に閉じ込められたんだ! 我々はもう───」


 シーの拳がジョナサンを黙らせた。その先の言葉を吐いてしまったら後戻りはできないと感じたシーの判断は、ジョナサンの言葉を留まらせる事はできたが、寸でのところで遅かった。人々はその先にあるジョナサンの声を完全に察知してしまっていた。誰ともなく、苛立ちをまとった発言をし、それが引き金となって怒声が次々と挙がる。兵達が何とか治めようとするが、それをはねのけて更に拡大する。ジョナサンの顔が見る見るうちに変わっていった。








 



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