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the Dusk~sequel~  作者: N・O
6/8

深淵の扉

 街はすぐそこにある。路肩に停めた車の目の前には、『フォートレイト 1キロメートル』という標識が立っている。

 シー達はエレメックス基地へ向かう道中、各街に寄れるだけ寄って、物資の調達や各地の状況、できるなら武器の補充なども考えていた。

 街の手前で停車したのは、ドリーらの言葉によるものだった。

 スラムの車両には、全てに無線機が常備されている。ドリーはスラムを離れてから無線機をいじっていたが、一向にスラムと連絡が取れないらしかった。路肩に停め、改めて無線を試すが、雑音以外スピーカーから聞こえてこない。ドリーとヤンから僅かに焦りが伝わった。


「2人はスラムに戻ってくれ。何かあったのかも知れない。2人の力も必要かも分からないぞ」


 シーの言葉にドリーは考えた末、共に同行する事と言った。


「いや、このまま行こう。スラムならきっと大丈夫だ。それに姐さんがいて、何を心配するんだって話さ。オレらが戻ったところで、できる事なんてないだろうしな。それより大量に物資を見つけて持って帰る方がいい。フォートレイトはもうすぐだ。あの街は半分ぐらいしか探索してねえから、まだまだ何か残ってるはずだ」

「分かった。何か収穫をして帰ろう」




 フォートレイトの街は山間部を抜けた最初の街だ。昔は流通の要となっていたようで、今でもその名残として、流通物を一カ所にまとめて山岳地や他の街、村に送るセンター会社の建物が建っていた。それは街のシンボルとして、機能していない今でもそびえている。建物内は下部以外使用してなく、その下部は飲食店やマーケットと様変わりしていた。物資を調達するなら、その箇所は外せない。


「見えてきた。あれだ」


 運転するヤンが先を示す。想像よりも巨大な建物が、街の中心部に構えていた。繁華街のその先のゴールに見える。アーケードもあったが、火災があり崩れたのか、道を塞ぐように瓦礫の山となっていた。迂回しないと直進はできない。


「この繁華街は探索した事があるんだが、まだ流通センターは手つかずなんだ。弾はまだあるから、多少深い場所まで行けると思う」

「アジア人は怖いもの知らずだな」


 ドリーがからかうように言った。


「オレは中国系アメリカ人だ。じいさんはアメリカの官僚だった」

「この前はパイロットって言ってなかったか?」

「黙れ」


 ドリーがタバコを吹かしながら笑った。


「あんた達は何処の生まれだ?」

「俺達はマリーズだ。生まれも育ちも」

「オレ達もそうだ。オレは軍の試験も受けたんだぜ」

「お前が軍に入ったら終わりだ。風紀が乱れる。軍は正しい事をした」

「黙れヤン。お前だって受けてたのを知ってんだぜ」

「誰が言った?」

「姐さんだ」

「何てこった!」


 ヤンがハンドルを切り、車は滑るように止まった。


「おいヤン、リアクションがでかすぎるぞ。お前車を横転させる気か」

「違う。あれを見ろ」


 流通センターの入口が目の前に見える。しかし扉を開ける事はできそうにない。

 周囲の建物は崩れ道路は陥没し、センターの入口はそれらに阻まれ扉すら見えない状態だった。メインの進入経路が絶たれている。


「マズいな。裏手に搬入口があるが、逃走経路を考えると、あんまりそっちから入りたくねえんだ」

「他に入る場所はないのか?」

「細かい入口はあるんだが……もし一番リスクが少ないとすれば……警備室の出入り口だな。通路は狭いが、他と比べたら安全だと思う。人の出入りが極端に少ないところだから、奴らがたむろしてる確率も少ないはずだ」

「運がよけりゃあ警備室で拳銃ぐらいは手に入るかも知れねえ」


 警備室の入口は搬入口から更に回った、建物の東側に位置していた。周囲に捕食者の姿はない。ドリーがライフルのスコープで確認すると、3匹だけ警備室に姿が見えた。


「やれそうか?」

「銃はあんまり使いたくねえな。呼び寄せちまうからなぁ」

「ならばこれで行こう」


 シーは腰からナイフを抜いた。『武器小屋』にあったものを腰に下げておいたのだ。スラムに来る前に持っていた軍用のサバイバルナイフよりも劣るが、よく研いで手入れが行き届いているものだった。

 それをシーとフレックが持ってきていた。


「白兵戦ならあんたらが上だろう。いけるか?」

「任せてくれ」


 シーとフレックが車から降り、体勢を低くしながら出入り口に向かう。もし何があってもいいように、ディッセンとドリーが車の中からライフルで周囲に目を光らせている。

 出入り口の横の窓ガラスの下に素早く走り、中にいた捕食者に気づかれないように中を窺う。

 狭い警備室の中には2人。うち1人は警備服を着ていた。内扉から出ていった者が1人。恐らく廊下に出たのだろう。徘徊しているので、隙をつくのは難しいかも知れない。

 フレックが出入り口のノブをゆっくりと回す。幸い鍵はかかっていなかった。数センチだけ開ける。片目だけで中を覗く。シーは警備室から廊下に視線が行かない瞬間を図っている。

 中を覗いていたフレックがシーに合図する。シーから見て、警備室の捕食者は廊下に気を取られていない。シーからもフレックに合図を送った。

 フレックが中に滑り込む。シーもすぐ後を追う。

 廊下に出ていた捕食者は背を向けていた。フレックは屈んで警備室の前を抜け、廊下の捕食者の背中を取る。そして首に腕を回し、脳天にナイフを突き立てた。捕食者は膝から崩れ、フレックは物音がしないように、それを静かに廊下の床に寝かせた。

 シーが警備室の扉の裏に隠れ、中を窺う。狭い部屋ではデスクやロッカーが邪魔で、捕食者を片づけられない可能性がある。

 シーは指を鳴らした。中の1人が反応し振り返る。もう1体は無反応でデスクの周りを回っている。

 反応した捕食者はゆっくりと扉に向かう。廊下の捕食者を片づけたフレックも、シーの隣に屈む。捕食者の足が廊下に出る。

 シーのナイフが足を斬りつけ、前屈みに崩れた下から顎に向けナイフを突き刺した。切っ先が眉間から突き出る。その捕食者を引っ張り、廊下に横たわらせた。

 フレックがその横から警備室に入る。残る捕食者がフレックに気がついたが、唸り声を挙げる前にフレックは走り寄り、捕食者の腕をかい潜って膝裏を蹴って跪かせ、後頭部にナイフの刃を滑り込ませた。捕食者は床に突っ伏した。





「クリアみたいだ」


 ライフルのスコープを覗いていたディッセンが、警備室から合図を送るシー達を発見した。装備を整え、周囲を確認しながら建物に入る。右手にある警備室から、シーとフレックが顔を出した。


「トランシーバーとスタンガン、それに拳銃と弾が少し。ないよりはマシだな」


 通路は電灯が未だ点いている。この建物は電気系統がまだ生きているようだ。


「さすがに軍人はスゲェな。3匹を瞬く間に」

「やっぱりお前じゃなれなかったな、ドリー」

「うるせえ。さあ行くぞ」


 ヤンの言葉を鼻でやり過ごし、ドリーはライフルを構えて先頭に立つ。シーとフレックはヤンから渡されたショットガンとマシンガンの安全装置を解除し、目線に構えた。


 通路は奥に続いている。奥まで灯りは点いているが、通路の両側には扉が並び、どれも開いていた。だが1つ1つを調べている暇がない。それだけリスクを伴う。必要な物資だけを確保し、無駄な体力と弾をできるだけ省きたい。

 右側をシーとフレック、左側をドリーとヤンが素早く廊下から部屋の中を調べ、ディッセンはそれらを閉めていった。少しでも捕食者の流出を防ぐ為だ。もし部屋の中に捕食者がいたとして、鍵をかけなくても足止めには充分になる。

 最後の扉を閉めた時、ディッセンの後方でドアが破られる音がした。振り返ると、腕をあらぬ方向に変形させた男の捕食者が廊下に躍り出ていた。一同を見つけ、体液の飛沫を爆ぜながら咆哮する。


「ヤバい! 奴らを呼び寄せちまう!」


 ドリーがライフルを構える。シーがそれを止め、ナイフを捕食者めがけ投げつけた。飛来するナイフは捕食者の額に吸い込まれる。


「おう! ストライクだ!」


 ディッセンがナイフを回収しにいく。


「奴らに聞かれたか?」

「恐らく大丈夫だと思うが……銃を使わなくてよかった」

「すまねえ。ありがとな。それにしてもスゴい腕だな」

「初めてだよ。ダーツは得意だったんだけどな」


 シーはドリーにおどけてみせると、ディッセンからナイフを受け取る。


「慎重に行こう。このまま進んで突き当たりの扉の先が事務所になってるはずだ。その先がマーケットの売場のはず」


 ヤンが先導する。事務所の中には捕食者はいなかった。その先の売場への扉を、ヤンは僅かに開けた。そしてゆっくり閉める。


「どうしたヤン」

「ダメだ。とんでもない数がいる。マーケットは無理だ」

「マジかよ」


 ドリーも確認する。驚愕し、ゆっくりと扉を閉めて首を振った。


「諦めるしかねえよ。百はくだらねえ。何で寄りによって……くそっ」

「食料はあるのか?」

「ナマモノはダメだろうが、他のもんはたんまりある。ちきしょう、もったいねえ」

「何とかならないか?」


 フレックの言葉にシーが腕組みをする。するとディッセンが声を挙げた。


「なぁ、何とか陽動作戦みたいに何かできないか? 例えば誰か囮になって奴らを引きつけている間に、マーケットの内鍵を全部閉めちゃうとかさ」

「数が多すぎるからなぁ。それをやるには1人食われなきゃならねえぞ」

「じゃあドリー頼む」

「ふざけんなバカ。お前がやれ。アジア人の方が美味いだろきっと」

「ダメだ。帰還兵だったじいさんが、囮だけにはなるなって遺言残してるから」

「お前のじいさん官僚だろ」

「シッ! 静かに。何か聞こえる」


 シーが口に指を立てると、静寂の中に何かが聞こえる。建物の外のようだ。


「車か? 誰かきたのか?」

「例の人さらいじゃないか」

「人さらいなら、こんな誰もいない場所にこないだろう。俺達と同じ、物資目当ての人間かも知れない」

「大変だ。僕達の車が見つかっちゃうぞ」

「ディッセン、ヤンと一緒に車を隠せる場所を探せ。ヤン、頼めるか」

「ああ、ディッセン行こう」

「オレ達はどうする」

「音の正体を見つけよう。生存者の可能性もある。危険な存在なら、後々の為に何とかしといた方がいい。略奪者はのちに敵になる」


 ディッセンとヤンが元きた道を戻る頃、シーとフレックはドリーの案内で音の発生源に一番近い出入り口を探す。ドリーによれば、恐らく搬入口付近だろうという。とりあえず建物内から搬入口に行く為、事務所から出て売場の裏手を通るスタッフ用通路を進む。一本道で扉はないが、前後から捕食者がくれば逃げる事はできない。

 巨大な室外ファンやダンボールの束が行く手を遮る。それを避け更に進むと、自転車や台車、古びたデスクや朽ち果てたコンプレッサーなどが積み重なっている。それを避けて道を作り、その先の大量のパーテーションも片づけた。


「何か変じゃないか」


 フレックがタバコに火をつけながら言った。煙が流れていく。


「何がだよ」

「これ、バリケードじゃないか?」

「……そう見えなくもないな」

「バリケード? ただここの社員が片づけの才能がないだけだろ」

「見ろよ。煙が流れてくぜ」


 フレックが掲げたタバコの煙が、更に奥先に流れていく。空気の流れがこの先にある。


「空間があるんだ。先に広い部屋なんかあるか?」

「分からん。さすがにそこまでは知らねえ。でも部屋は無数にあるから、ない事はないと思う。何だよ、生存者がいるってのか」

「確かめよう」


 先に行くにつれ、やはりあえて積んだであろう瓦礫やガラクタの山が道を塞いでいた。明らかにバリケードとして置いたものだった。しかし完璧なバリケードではなく、簡易的なのかそれとも崩されたあとなのか、隙間が空いているものばかりだった。


「意図的に置いたものだ。バリケードに違いない」

「じゃあやっぱり生存者がいるのか。もしくはいたのか」


 更に進むと、通路は突き当たりになり、正面と左右に扉があった。正面の扉は外への出入り口、左右は倉庫だった。左の扉から微かに物音がする。

 扉の左右に別れ、ドアに聞き耳を立てる。中で何かが動く音がした。

 シー達は銃を構え、ドアを勢いよく開けた。すぐさま銃を向ける。


「やめて下さい!」


 部屋の中央で若い女性が拳銃を構えていた。恐怖の為か銃を扱った事がないのか、照準を合わせられず体も震えている。

 シー達は部屋に入り、女性に向けて銃を合わせたまま様子を窺う。目だけを走らせると、隅に数人の子供が固まってこちらに恐怖の視線を投げかける。

 シーが片手を女性に向け、刺激しないように話しかけた。


「我々は生存者を探していた。安心してくれ、危害は加えない。俺は軍人だ」


 なるべく軍服が見えるように体を傾けたが、何故か女性は動揺しながら拳銃を前に突き出した。


「こ、子供達は渡しません! 帰って下さい! 帰って下さい!」

「我々は保護しにきただけだ。信じてくれ。危害を加えるつもりはない。本当だ」

「そう言って何人の人をさらっていったのですか! 絶対に騙されません! 子供達に近寄らないで!」

「もしかして、人さらいの軍人と間違えてるのか? シー、俺達はバツが悪かったみたいだな」


 フレックは手を挙げて、床にライフルを置いた。シーとドリーもそれにならい、得物を床に置く。


「オレ達は敵じゃねえ。軍人が人さらいをやってるのは知ってる。こいつらはその人さらいの軍人じゃねえ。本当だ。オレはグラムセイスからきた。スラムの人間だ。オレのスラムでも何人かさらわれたが、こいつらじゃねえ。信じてくれ」

「スラム街の人なのですか?」


 ドリーの話に女性の表情が僅かに和らいだ。


「ああ、本当だ。信じてくれ。ここには物資を探しにきたんだ。もちろん、生存者も探しに」


 ドリーはシーを見て、生存者のくだりも付け加えた。


「ここにはあなた方だけなのか? 他に生存者は?」


 シーの目をじっと見た女性は、緊張した面もちで拳銃を下ろした。


「嘘は言っていないみたいですね」

「嘘じゃない。あなたはこのマーケットの社員か?」

「いえ、私は教師です。この子達は教え子です」

「何で先生がこんなところに?」


 シー達を信用してくれたのか、女性は銃を仕舞い、子供達の元に走った。恐怖と緊張に駆られた子供達の頭を撫でる。


「先生、怖い人達じゃないの?」

「僕達をさらいにきたんじゃないの?」

「大丈夫よ。そうじゃないみたい。安心して」


 女性はナタリー・ボーグルと名乗った。この街にある小学校の教師だという。子供達はその学校の生徒のようだ。

 シー達はトランシーバーでディッセンとヤンを呼び、入口近くのバリケードを多少強固なものに造り変えた。作業を終えた頃ディッセンとヤンが部屋に到着したが、生存者に目を丸くした。

 子供は全部で7人。ナタリーの他に大人はあと3人いるという。音の正体はその3人によるものだと語った。


「あの音は何の音だ。車のエンジン音に似ているが」

「あれは発電機です。いつも決まった時間に発電機を動かして、あの徘徊する人達をおびき寄せているんです」

「発電機だったのか。でも何故発電機でおびき寄せられるんだ。決まった時間ってのは何だ」



 フレックがナタリーに問いかけた時、部屋の扉が開いた。


「誰だ貴様らは」


 スキンヘッドの男がマチェットを片手に大股で入ってきた。その後から小柄な男とメガネをかけた神経質そうな細身の男が続く。3人はシー達を警戒し、眼孔鋭く睨んでいる。ナタリーが慌てて進み出て、3人に説明する。


「この方々は軍の方とスラム街の方です。生存者を探して保護しておられるとかで、私達を保護して下さるそうです」

「ああ? 保護だぁ? いらぬお世話だ。出ていけ」


 スキンヘッドの男はマチェットで入口を指す。あからさまな敵対視にフレックとドリーが警戒の目を送る。シーは刺激しないように話す。


「我々は安全な場所も提供できる。今は彼らと物資を探しているんだ。ここにいるより安全な場所だから、そこに避難してくれ」

「聞こえなかったのか? 出ていけと言ったんだ。失せろ」

「まぁ待てよ。穏やかに話そうぜ。何もあんた達を騙したり危害を加えたりしようってんじゃねえんだ。こんなところにいるより、オレ達のスラムにきてくれ。住むところも飯も提供できる」

「うるせえ。誰が何処にいようが勝ってだろ。貴様らの世話にはならねえ。殺されたくなかったらすぐに失せろ。二度は言わねえぞ」

「そんな! 私達を保護して下さるんですよ! 子供達も安全に───」

「誰がてめえに喋っていいと言った!」


 すがるナタリーをスキンヘッドの男が平手打ちした。その瞬間シーが男の腕を掴んで床にねじ伏せる。

 それを見た小柄な男がシーに飛びかかろうとした。刹那、男にヤンが銃を突きつける。一瞬動きの止まった男をフレックが羽交い締めにし、床に押さえつけた。メガネの男にはディッセンとドリーがライフルを向けた。メガネの男は喉から声を出し、両手を挙げた。


「何なんだこいつらは。どう考えても良好な環境じゃなかったみたいだな」

「戦地ではよくある事だ。暴力で支配下に置く」


 シーとドリーはベルトでスキンヘッドの男と小柄な男を後ろ手で縛る。スキンヘッドの男は終始全員を殺すと喚いた。

 ナタリーの怪我は大したものではなかったが、彼女と子供達は怯えきっていた。特にナタリーは今の怪我の他に、腕や足にも青あざができていた。男達を遠ざけると、子供達は日常的にナタリーが暴力を受けていた事を話した。自分達を守る為だという。


「一体何があったんですか。話して下さい」


 男達を廊下に出し、ナタリー達がいた部屋とは反対側の倉庫の中に閉じ込めた。改めてナタリーに話を聞く。


 ナタリーは2週間前に、捕食者に襲撃された避難所から子供達を連れここへ逃げてきたという。ここにはすでにスキンヘッドの男達がいて、ここにいさせる代わりにナタリーの体を要求してきたらしい。彼女は子供達を守る為、その条件を泣く泣く了承し、辱めを受けつつも男達の管理下の元、安全を確保されていたという。彼女の体のあざは腕や足だけではなく全身に至り、肩や手にはタバコを押しつけた痕もあった。

 それを聞いたドリーが男達を閉じ込めた部屋に入り、しばらく戻ってこなかった。


「とんだクソヤロウだ。『アレ』を切り落としてやれ」


 フレックは苦々しく言葉を吐いた。


「もう大丈夫だ。保証する。全員スラムに届けよう。調達の途中だが戻ろう。ヤン、構わないか?」

「もちろんだ。彼女らをスラムに送ってから、また物資を探しに出ればいい。姐さんも快く迎えてくれるはずだ」

「よし決まりだ。ドリーを呼んでこよう」

「オレはいるよ」


 ドリーは拳を血で濡らしながら部屋に入ってきた。


「半殺しにしてきた。手足を縛っておいたから、この子達を送ったらまた戻ってこよう。改めて尋問してやる。あのゴミ共め」

「じゃあスラムに戻るぞ。ディッセン、車をまわしてくれ」

「待って下さい」


 ナタリーが皆を止める。


「もう1人、もう1人いるんです。彼女は最近捕まった人なの。この上の階が彼らの寝床なのですが、そこに連れて行かれたんです。彼女も一緒に」

「上は確か飲食店だ。食料もあるだろう。下の食料には手つかずだったんだな」


 ヤンの説明にナタリーは首を振った。


「違います。彼らは商品の搬入用の小型エレベーターを使っているんです」


 2階の飲食店は下のマーケットと提携しており、材料を運ぶ小型エレベーターに食材を載せ、飲食店はそれらで料理を作り提供していた。


「彼らの拠点の2階に食料がなくなった時、下のマーケットから食料を補充していたのですが」

「マーケットには化け物だらけでエレベーターだろうが何だろうが取りに行けないだろ」

「それなので発電機を動かして、それに集まって手薄になったところをエレベーターで運び込むんです。幸いエレベーターはマーケットの一番奥にあるので、発電機に誘われればエレベーター前は比較的安全になるんです」

「なるほど。考えやがったな」

「お願いします。上にいるはずなんです。彼女も助けてあげて下さい」

「分かった。皆、いいか」

「当たり前だ。行こう」


 ナタリーの話では、上階の一番手前の店にその女性は監禁されているはずだという。男達はそこを寝床にしていて、奥には行っていないらしい。エレベーターは寝床にしている店の近くにあり、エレベーターの先はバリケードを施して捕食者をやり過ごしていた。

 上階に上がる階段は、スタッフ用通路のバリケードの山の中に隠されていて、自分達の安全だけを考えたやり口に、ドリーは改めて彼らのぶちのめすと唾を吐いた。


 階段を上がった先のすぐ右手に拠点のパスタ店、左手にはステーキハウスとエレベーターがあり、その先はイスやテーブルを高く積み上げたバリケードがそびえていた。


 右手のパスタ店に入る。

 賑わっていた当時は華やかな店だったのだろう。猫のキャラクターが巻いたパスタを持ち上げてアピールする看板のアーチを抜け入った店内は、全てのテーブルやイスが運び出され広い空間になっていた。壁際にはドリンクバーのサーバーが並び、ポスターやメニューのポップが鮮やかな色で貼られている。サーバーにはまだドリンクが残されていた。


「一度でいいからこんなとこで飯を食いたかったぜ」

「いつか来れるさ」

「期待できねえなぁ」


 店の奥は厨房とスタッフルームがある。生き物の気配があるようには思えない。


「すでに殺されてるのか」

「見ろよ、スタッフルームが開いてる」


 スタッフルームの扉が少し開いている。フレックは扉を開けた。むせかえる臭いが部屋から逃げていく。それは死臭の類ではなく、人間の体液の臭いだった。

 部屋の隅には裸の女性が放置されていた。全身模様のようにあざがあり、乾いた体液と汗の汚れが無数に付着していた。髪は汚れで固まり、しなやかさが失われている。生々しい恥辱の痕に、シー達は一瞬足を止めてしまった。


「ひでえ……何てこった」


 フレックとシーが女性の元に行く。女性は人の気配に体を一瞬震わせ、目を開けた。


「よかった、息がある。大丈夫か? 助けにきた」


 女性を抱き起こす。女性から凄まじい臭いがする。右肩を負傷しているのか、黒く変色した大きなあざがあり、左腕には傷を保護するパットが貼ってある。


「怪我をしている。ディッセン、そこの毛布を取ってくれ。担架か何かないか」

「下の倉庫ならあるかも知れない。ちょっと見てくる」


 シーに毛布を渡したあと、ディッセンは下の階の倉庫に急ぐ。フレックは厨房で濡らしたタオルと水を持ってきた。


「まだライフラインが生きていてよかった。ほら、水だ。ゆっくり飲むんだ」


 フレックが水を飲ませようとするが、衰弱している女性は飲む力がない。


「あんたの敵はオレ達がぶちのめしておいたから安心しろ。安全なところに連れて行くからな。心配するな」


 ドリーやフレックが励ますが、薄く開いた女性の目は宙をさまよい、手は何かを探していた。


「どうした。何がほしい」

「誰……め……め……」

「俺達は軍人だ。あなたを保護しにきた。何か言いたいのか?」

「め……め……が……め……がね……」

「これか」


 傍に落ちていた壊れたメガネをかけてやる。すると細めていた目を開いた。朦朧としているのか、視線が定まらない。


「ディッセンは何やってんだ。担架はないのか? ちょっと見てくる」


 フレックが下階に走る。


「仕方ない、毛布で運ぼう。もう一枚取ってくれ」


 毛布でくるんだ女性を違う毛布に乗せ、頭と足元の端を縛って持ち上げる。ヤンが女性の顔を拭いてやり、シーとドリーの武器を預かった。


「ゆっくり行くぞ。あまり動かすな」


 慎重に毛布の担架を運び、階段にさしかかるとヤンも手を貸して、一歩ずつ降りていく。階段の中腹に降りた時、フロア全体に響き渡る銃声が谺した。3人は顔を見合わせる。


「何があった。フレックとディッセンか」

「ヤン、見てこい」


 ヤンが階段を駆け下りていく。すると下の階から破壊音が聞こえた。2人は女性の担架を踊り場に置き階段を駆け下りた。その僅かな時間にも銃声が響いた。


 唇が渇きを訴える。言葉が出ない。

 目の前の惨劇が受け入れられない。


 ディッセンがヤンの喉元に食らいつき、皮膚を引きちぎって絶叫した。ヤンが鮮血を噴射して床に崩れ落ちた。体が痙攣している。


「何をしてるんだディッセン!」


 シーがディッセンを取り押さえようとする。ディッセンは両腕を振り回し、シーを弾き飛ばした。


「逃げろシー! ディッセンのやつ感染しやがった!」


 倉庫の入口から血まみれのフレックが這い出て叫んだ。しかし扉の陰からどす黒い手が伸び、中に引き込まれた。フレックの叫び声が何度も発せられる。

 ディッセンがドリーめがけ襲いかかる。ドリーは腕を取り背負うように投げ飛ばした。ディッセンは床の上を滑るが素早く起き上がり、唸り声をあげて両手を振り上げる。


「何なんだよ。ディッセンは噛まれてたのかシー!」

「そんなわけない。ディッセンは傷一つ負ってはいない」

「じゃあ何なんだこれは!」


 ディッセンは捕食者による怪我などなかった。ディッセンが感染源ではない。その証拠にディッセンの肩や腕には新しい噛み痕があった。


「誰に噛まれた……誰が感染源だ」


 とっさに倉庫を見る。倉庫から灰色の目になったフレックと、スキンヘッドの男達が揺れながら出てくる。


「こいつらか……こいつらの誰かがマーケットの化け物に噛まれてたんだ」

「それはねえ。奴ら噛み傷なんてなかった。あいつらぶん殴った時、何も見なかったぞ」


 シーとドリーが後退する。子供達がいる部屋のドアが背中に当たる。後ろ手で開けようとするが鍵がかかっていた。


「開けてくれナタリー! 扉を開けてくれ!」


 鍵は開かない。ナタリーは応答してくれない。

 階段から裸足の音がする。裸体が降りてくる。明らかに足取りがおかしい。


「まさか……」


 背中で金属音がし、扉が開いた。真っ青な顔のナタリーがドアを引く。2人は素早く中に入り鍵を閉めた。扉にフレック達がぶち当たる。


「どうなってんだ! 何がどうなってんだよ! ヤンがやられちまった! 何なんだちきしょう!」


 ドリーが目の前のダンボールを蹴り上げる。


「あの女だ。彼女が感染源だ」

「あの腕の傷か。じゃああの連中は女に噛まれてたのか」

「違う……噛まれてじゃない」


 シーがそこまで言うと、ドリーは顔をあげ驚愕の表情を浮かべた。


「そう、体液だ。セックスで感染したんだ」

「マジかよ。じゃあ……」


 2人はナタリーを見た。ナタリーは座り込み、呆けた口から涎を垂らしていた。瞳の焦点は合っていない。2人は瞬時に腰から拳銃を抜き、ナタリーに向けた。


「ナタリーも感染している。二次感染だ」

 

 子供達がナタリーを揺り起こす。状況は認識していないが、何か怖い事が起きている事は感じている。子供達はナタリーを囲み、泣きながら先生の名を呼ぶ。助けを乞う。自分達を守ってくれる人にすがる。

 ナタリーは首を傾けたまま、生徒の頭に手を置く。頭を撫でてくれると思った子供は満面の笑みを浮かべた。ナタリーはその子を引き寄せ、灰色に変化してしまった目で見つめると、ゆっくりと首筋に噛みついた。












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