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the Dusk~sequel~  作者: N・O
4/8

眼差しは灰色に燃えて

 シー達の体調はスラムの医者により、日に日に良くなっていた。幸いな事に骨折などの重傷はなく、一番深手のフレックでさえ、足の銃痕以外回復していた。

 フレックはトラックで現れた者に撃たれたという。その話をすると、シー達の見張りの男が『錯乱状態の者を黙らせるには動けなくするのが一番良い。だから撃った』と言っていた。フレックはそれを聞き激怒したが、ビンセントと名乗ったその男はフレックの額に銃を突きつけ黙らせた。


「ふざけやがってあの野郎。武器を取り上げられてなけりゃあ、頭を吹き飛ばしてやったのに」


 シー達の荷物は衣服や武器だけではなく、横転したトラックの中のものさえ没収されていた。リヴァが言っていた通り、軍人には並々ならぬ警戒心を抱いているようだ。軍服はすぐに返されたが、ペン一本手元にない。ディッセンはポケットに入れていた父親の形見の十徳ナイフまで取り上げられて落ち込んでいたし、フレックに至ってはスキットルとピルケースを残念がっていた。それに関してシーは、フレックに内緒でビンセントにそれを捨ててくれと頼んでいた。


 保護されて3日が過ぎ、シー達はビンセントや部下の監視の元ではあるが、スラムの中を自由に行き来する事を許可されていた。その頃にはビンセントとは多少会話をするようになっていたし、フレックはワッカという老人が営むカフェにビールをあおりに行っていた。ディッセンは気持ちも安定してきたようで、シー達のあてがわれている小屋にたまに来るメイという世話係の女性と、親しげに話をするようになった。


「お前らが例の件に関与してねえのは分かった。だが軍人を快く思ってねえ奴らもいる。こんな世界になる前からだ。スラムで暮らしてりゃあ、軍や警察を恨んでる連中も少なからずいる事を忘れるな」


 ビンセントはそう言っていた。


 シーはリヴァとの面会を了承してもらい、例の人さらいの件に関して、自分達が何かできないかと協力を申し出た。リヴァは気にするなと言っていたが、シーは同じ軍の人間が何かをしでかしている事をよく思っていない節を説明し、もし可能であるなら、物資調達班に加えてもらえないかと話した。


「あんた、怖くないのかい」

「何がだ?」

「わざわざ『最前線』に志願するなんてさ。死ぬ確率は明らかだ。今調達班にいる連中も、アタシが頼み込んでやってくれてる。それを志願するなんて、変わりもんもいいとこだ」

「『最前線』は何度も経験した。それに死ぬつもりで志願しているんじゃない。俺達なら軍の事に関して調べられる情報が多いと思う」

「まあ、考えておくよ。確かに軍の事を調べるなら軍人が適任だけどね。他の2人はどうなんだい」

「あいつらには言っていない。俺1人だ」

「変わってるね、シー」


 リヴァはケラケラ笑った。




 その夜、共同浴場があると案内され、シー達は数日ぶりの汗を流した。そこにはシー達と同じ日に保護された若者達が居合わせて、外界の話をする事ができた。

 若者達は自分達の街が避難区域になってから逃げたが、そこで大勢の追跡者に囲まれ、探索班に助けられたという。若者は、事の経緯を詳しく話してくれた。

 小屋に戻ると、ビンセントと数人の男が現れ、物資調達班に加わる事をリヴァが了解してくれたと言った。初耳のフレックとディッセンは、シーが翌日から探索班に加わると知ると、自分達も志願すると言い出した。


「危険な事だ。俺1人でいい」

「何言ってんだ、俺達も行く。お前1人で行かせるかよ。なぁディッセン」

「もちろん。僕も志願する」

「そんなこったろうと思って、姐さんはお前ら2人も班に加えてやれと言っていた。想定済みだ」


 ビンセントはそう言うと、翌朝『武器小屋』で待っている旨を伝えて出ていった。


「なぁ……エレメックス基地の人間は、何の目的で人さらいなんかやってると思う? そもそも機能してるかも怪しい。軍を装った別の集団なんじゃないのか?」

「それは俺も考えた。ロックサムでさえ崩壊したのに、いくら大きな基地とはいえ、未だにエレメックスが動いているとは考えにくい。別の何かが暗躍していると考えるのが妥当だ」

「じゃあ探索はエレメックス周辺を重点的にするのかい?」

「ああ、そのつもりだ。明日かけあってみよう」






 マシュが眠い目を擦りながら、朝日が入る窓を睨む。眩しい日射しが頭を締めつける。昨晩飲んだ酒が、自分には強かったようだ。

 マシュ達はミッシェルとベンジーが持ってきてくれた酒を、風呂上がりの熱く渇いた体に流し込んだ。気がつくと太陽はとうに顔を覗かせていた。

 部屋には誰もいない。自分は置いてけぼりを食ったらしい。昨晩は1人、また1人と人数が減っていき、最後は自分とヒンチとフェイスだけになっていたような気がする。ヒンチは最初、未成年の自分達が酒を飲むのを反対していたが、最終的にはヒンチが皆に勧めていた。こんな世界になってしまったなら、酒でも飲まないとやっていられないという言い分だった。

 恐らく皆は外に出かけているのだろう。自分もカフェに行き、酔いを覚ましたい。酔った勢いで脱いでしまったであろう服を掴み、起き上がった瞬間、違和感に気づいた。

 誰かが隣に寝ている。

 驚いて飛び起き、素早くシャツを着た。寝ているのはフェイスだった。

 飛び起きた物音でフェイスも起き上がると、毛布をはだけ目を擦った。彼女は下着姿だった。


「え? え? フェイス? 何で……え? どうして一緒に……」


 フェイスは呆けた表情で頭を掻いたが、マシュを見ても動じず『おはよう』と言った。


「何でフェイスが僕と一緒に寝てるんだ? 僕、え? まさか……」

「何も覚えてないの? あんた逞しかったのに」

「え───っ! ちょ、ちょっと───」

「冗談よ」


 フェイスは気だるそうに服を着る。


「何にもなかったわよ。部屋に帰るの面倒くさかったから、あんたが爆睡してる横にアタシが入っただけ。あんたアタシの好みじゃないし。あ~、あったま痛い」


 固まるマシュの横を、服を整えたフェイスが抜ける。扉を開け、思い立ったかのように振り返った。


「あんたとどうにかなったら、エブリンに悪いしね。じゃ、酔いを覚ましてくる」


 フェイスは欠伸をしながら出ていった。マシュは何故かしばらく正座していた。






「顔が真っ青じゃない。飲み過ぎよマシュ」


 カフェに行くと、エブリンとフェイス、ヒンチが話をしていた。ヒンチの隣に座ったマシュの顔を、エブリンが覗き込む。


「だ、大丈夫。大丈夫だよ」


 焦ってフェイスの顔を見ると、ニヤリと笑って小さく舌を出した。マシュは速くなる鼓動を抑える為に視線を反らせた。


「皆はどうしたの?」

「クレイヴンとカーレンは商店に行ったわ。ジムとタツヒロは昨日から何処かフラフラしてるみたい。何か飲む? 私達もまだ頼んでないの」

「僕は水でいい」


 エブリンが注文すると、ほどなくしてテーブルの上に紅茶やコーヒーが並べられた。マシュはいち早く水を手にし、半分ほど空けた。


「おい待てマシュ。それを飲むな」


 ヒンチがマシュのグラスを制す。グラスの中の水は濁っていた。


「うわっ! 半分飲んじゃったよ」

「何なの一体。フェイス、紅茶飲むのやめましょう」


 ヒンチがワッカを呼び、水が濁っている事を伝える。ワッカ曰わく、川から汲み上げているポンプの調子が悪く、たまに泥まで汲み上げてしまうらしい。体には害がないから飲んでも平気だと言うが、皆は頼んだものに口をつけなかった。


「商店にペットボトルの水が売っていたから、そこで買いましょう」


 商店に行く道すがら、慌ただしく走る男達とすれ違った。その瞬間、スラムに警報が鳴った。






 武器小屋からライフルや弾丸を出し、車に載せる。トラックは軍が置き去りにしたものを直して使っているという。

 シー達と同行する男達はドリーとヤンと名乗った。彼らが自分達をスラムに連れてきてくれたのを知ると、シー達は礼を言った、2人は口調こそ荒かったが気さくに話してくれた。


「エレメックスの方面に行きたいんだが、構わないだろうか?」

「ああ、どっちにしろブクレンタにはしばらく行けねえからな。他の場所を探さないとならねえんだ。エレメックス基地の手前にはいくつか大きな街があるから、そこいらを今日は探索しよう」


 荷物を積んでいる最中、メイがディッセンの元に駆け寄ってきた。


「ディッセン、これ……」


 メイの手には、ディッセンの父の形見のナイフがあった。


「これは僕のだ。どうしてこれを?」

「あなた、話していたでしょ。姐さんに言って、返すのを許してもらったの」

「メイ……ありがとう」

「気をつけてねディッセン」


 ディッセンは照れくさそうに受け取ると、車の荷台に乗り込んだ。フレックがニヤニヤしながらディッセンの頭を叩いた。

 手を振るメイが遠ざかるのをディッセンは手を振り返し、手の中のナイフを見つめると、ポケットに大事に閉まった。シーはそれを眺め、自分達は生きて帰らなければならない理由がある事を改めて感じた。危険は承知だが、使命を全うしたら、無事に帰らなければならない、と。


 まだ僅かに朝靄が漂う中、トラックは門をくぐり、街へ向かう。この探索で何が発見できるか分からないが、物資の他に、何かの『鍵』を手に入れたい。シーはそう考えて、マガジンをライフルに装填した。これが使わなくて済む世界を熱望したい、そう考えていた。遥か遠くで微かに聞こえるサイレンも気づかずに。






 開口一番、リヴァは『こんな事は初めてだ』と嘆いた。怒りが体から立ち昇る。

 サイレンの真意は、スラムの端に設置された独房が開放されていたからであった。何部屋かあるうち一部屋だけ使用されていたが、そこには他のスラムからの刺客が幽閉されていたという。もちろんそれはリヴァを暗殺する為であり、スラムの仲間10人を犠牲にしてようやく捕らえた者だそうだ。その刺客のスラムはすでに崩壊していて、任務だけを忠実に守っているその人物は、自分のスラムがとうにない事を知らない。

 処刑する話も出ていたが、リヴァの計らいから更正目的で閉じ込めていたらしい。今から1ヶ月前の話だという。リヴァは自分の責任だといい、捜索隊をスラムの中に派遣した。

 そしてもう1つ、その刺客がいた独房には、ある人物の遺体が無惨な姿で残されていた。


「お前達の仲間の1人だ」


 マシュ達の仲間だけに、遺体との面会を許された。

 独房の近くの空き地に寝かされたそれは、リヴァの側近達に遮られて、スラムの住人に見えないようにされていた。人だかりは数メートル後方に下げられている。

 マシュ達が向かうと、ジムがすでに遺体の傍に立っていた。黙って遺体にかけられた幌を見下ろしている。


「ジム」


 ジムはマシュの声に反応しない。


「あんた、今まで何処にいたの?」


 フェイスが目を細めてジムを見る。ジムは反応しない。

 ヒンチが幌を少し捲った。黒髪の横顔が現れた。目を見開いて動かないそれは、紛れもなくタツヒロだった。


「こいつの事嫌ってたもんね、あんた」


 フェイスの言葉にようやくジムは反応した。ゆっくりとフェイスを睨む。


「あんた何処にいたの? 答えなさいよ」

「やめてフェイス」


 エブリンがたしなめるが、フェイスはジムに問う。


「殺す理由はたくさんあったわよね、あんたには」

「フェイス!」


 エブリンとマシュがフェイスを下がらせる。


「……オレがやったっていうのか」

「他に誰がいるのよ。スラムの人なんか、会ったばっかりの彼を殺す理由なんてないもの。あんただけよね、この彼を目の敵にしてたのは」

「殺されたとは限らねえだろ」

「これの何処が殺されてないっていうのよ! 自殺に見える? 首が反対向いてる自殺なんてチャンチャラおかしいわ!」


 フェイスは幌を全部剥いだ。顔を背中側に向けたタツヒロの遺体が露わになる。エブリンが卒倒して、それをマシュが受け止めた。


「死者を冒涜するなバカモンが!」


 ヒンチが慌てて幌をかける。


「コイツは気に入らなかったが、気に入らない度に人を殺すバカが何処にいるんだよ」

「目の前にいるでしょうよ!」

「……いい加減にしろ。てめえ殺すぞ」

「ほらみなさい! やっぱりあんたじゃない!」

「やめないか。もうよせ」


 クレイヴンがフェイスを更に下がらせ、カーレンに預ける。カーレンが肩を抱くと、フェイスは下を向いた。


「あんた達の痴話喧嘩は構わないけどね、スラムでこんな事が起こった以上、悪いけどあんた達には出て行ってもらうよ。誰が殺したかは知らないが、ここのボスとして見過ごすわけにはいかないんでね」


 リヴァは皆を見る。怒りの中に哀しげな色を映す。


「分かった、仕方ないな。皆、荷物をまとめろ。ワシらはここにいてはいかん」


 ヒンチが皆を促す。頷くクレイヴンがマシュの反対側でエブリンを支える。カーレンがフェイスに寄り添い、小さな背をさすってやった。


「リヴァ、すまなかったな。せっかく世話になったんだが。申し訳ないが、その子の遺体は丁重に弔ってやってくれないか」

「ああ、承知した」

「ありがとう。さぁ行こう、マ───」


 そこまで言ったヒンチは、振り返った先のマシュを見て固まる。一同は足を止め、ヒンチが何故動きを止めたかを訝しみ、マシュを見た。


 マシュの口の端から、赤い筋が垂れる。全員が自分を見る事に不思議に思い、マシュは口を拭った。手の甲は真っ赤に染まっていた。

 クレイヴンがエブリンを引き寄せる。マシュは1人立ちすくみ皆を見渡した後、喉を鳴らして血飛沫を吐いた。


「マシュ!」


 駆け寄ろうとするジムをリヴァが制す。側近達が拳銃を一斉に取り出す。

 マシュは顔を上げ、ジムにすがりたいかのように手を伸ばす。皮膚が音を立て、みるみるうちに眼球は灰色に変化していく。


「何だこりゃ……どうなってんだ……どうしたんだマシュ!」


 ジムの叫びに呼応して、マシュは雄叫びを挙げた。絶叫はスラム中に谺する。

 だが叫び声はマシュからだけではなかった。それに同調するように、裏路地や家々から獣の声が発せられた。奥に見える家屋から突然火の手が上がる。


「撃て……撃て───っ!」


 リヴァの合図で側近達が銃を構える。ジムが側近の1人の腕にしがみつく。同時に脇から血を滴らせた男が側近の輪に飛び込んだ。その隙にマシュが路地の奥へと走り去る。ジムがそれを追う。男が側近の1人の首筋に食らいついた。


「姐さん大変だ! こ、これを見てくれ!」


 息を切らして走ってきた住人の1人が、網の袋をリヴァに渡す。それには切り刻まれた肉片と青白い手首が入っていた。


「まさか……そんな……」


 クレイヴンがリヴァから網袋を引ったくった。


「ポンプの調子が悪いってワッカじいさん達が言っていたから、様子を見に行ったんだ! そしたらこれが……」

「水に……誰か水を飲んだ者はいるか?」

「水なら皆飲んでるよ! 姐さんどうしたらいい!」

「水なら……」


 意識を戻したエブリンが震える。


「水ならマシュも飲んだ……マシュ……飲んじゃったの水を!」


 一瞬で世界が変わる。側近の手で葬られた男は捕食者のその姿だった。その男に食らいつかれた側近が、ゆっくりと立ち上がる。目は灰色だった。


 雄叫びがスラムに谺した。終わりの始まりを告げる合図のように。


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