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the Dusk~sequel~  作者: N・O
2/8

現実

 眠りが浅い。


 ここ数日、ずっとそうだった。眠る事にこんなに苦痛を感じたのは、産まれて初めてだった。

 連日連夜、人成らざる者達との戦いを強いられ、精神が不安定になるのも仕方ない。

 仲間達の中にも精神を病み、自ら命を絶った者もいた。同期のデレクも先日自分で頭を吹き飛ばした。


 気持ちは分かる。こんなふざけた状況下なら、自殺したくなるのはやむを得ないだろう。だが自分はそうしなかった。自分は生きなければならない。心にそう誓った。


 手に持つ銃器の重さより、重い使命がある。これを使い、自分はできる事をしなければならない。

 トラックの荷台で抱えるライフルを眺めながら、改めて自分の命に刻んだ。


「何を呆けてんだ、シー」


 前に座るフレックに声をかけられ、シー・クライメントは目頭を摘まんで首を振った。


「いや、何でもない」

「少し寝ろよ。とんでもねえツラしてるぜ」

「大丈夫だ。お前こそ寝てくれフレック。今朝も見張りだったろ」

「俺は今ハイになってるからな。睡眠のいらない戦士ってわけだ。お前もやるか?」


 フレックは青い顔のままおどけて、ピルケースを差し出した。


「俺はドラッグはやらない」

「堅いこと言うな。こんな世界じゃ軍法会議にかけられる事もないんだぜ」

「遅れをとるぞ、そんなんじゃ」

「やれやれ、真面目なこった」


 フレックは肩をすくめ、ピルケースを胸ポケットに仕舞った。


「なぁシー。もし僕が死んだら、デレクと同じように───」

「お前は死なない。死なないんだディッセン」


 シーはディッセンの頭を撫で、後頭部を軽く叩いた。


「じゃあそんなディッセンとシーに………こいつをやろう」


 フレックは懐からスキットルを出すと、ディッセンに投げてよこした。ふたを開けると芳醇な香りが流れた。ディッセンはそれを煽り、咽せて咳き込みながらフレックに返した。


「シーはやらないのか?」


 シーはそれを眺めてため息をつくと、フレックからボトルを取る。


「もらうよ」

「ヘイヘイヘイ! 堅物のシーが酒を引っかけるぜ!」

「黙れ」


 シーはスキットルを傾け、中の琥珀の液体を含んだ。甘く苦い香りが喉を降りていく。ふたを閉め、フレックに投げて返した。


「仕事中でも旨いだろ」

「もう『仕事中』じゃないさ、こんな世界じゃ」


 シーの言葉のあと、フレックとディッセンは頭を掻き、ため息を吐いた。同時にトラックの揺れが止まり、荷台の幌が上げられる。


「着いたぞ。『任務』だ」


 シー達よりも上質な軍服を着た男が3人に声をかける。シー達はヘルメットを被り、荷台から降りた。


「『任務』だそうだ」

「黙ってろフレック」


 街の大通りに停車したトラックの周辺だけではなく、街全体が生命の源を排除した雰囲気を表す。僅かな風で転がる空き缶が、ディッセンの足元をかすめて道路を横切った。


「この街も死んでるなぁ。生存者を探すだけ無駄だろ」


 タバコを吹かし始めるフレックの横を過ぎ、シーはライフルの安全装置を解除した。ディッセンもショットガンの弾を確認する。


「シーとディッセン、ライムは左。フレックは私と来い」


 運転席から降りてきたライムと呼ばれた髭面の男はシーに並び、フレックは顔をしかめて上官の男の隣についた。ディッセンが鼻で笑うと、フレックは更にしかめっ面を深めた。


「気を引き締めていけ。ディッセン、ヘルメットが曲がっているぞ。しっかり被れ」


 シーとライムの後をディッセンはヘルメットを直しながらついていく。


「なぁ………フレック大丈夫かな」

「軍曹と行動して揉まれればいいんだ。さぁいくぞ」


 シーは一番手前の店の扉を開けた。




 スーパーの中は未だに電気が通っているのか、電灯だけでなく冷蔵庫までも冷えていた。フレックはコーラの瓶を取り、ライフルのストックで王冠を開けた。冷えたコーラが喉にこの上なく気持ちよい。ゲップをして瓶をカウンターに置いた。


「軍曹、この街ももう誰もいないぜ。コーラがこのままなのが物語ってる。もし生き残りがいるなら、とっくに品物はなくなってるはずだ。国が機能しなくなってから何日経つと思って───」

「シッ!」


 軍曹が手で制してフレックの声を遮る。フレックは瞬時にライフルを構える。


「………何かいる」


 軍曹は指で合図し、物音がするバックルームの扉の傍にフレックは構えた。軍曹は一歩下がりライフルの引き金に指を添える。

 軍曹が握った指を開く。同時にフレックが扉を蹴り開けた。

 バックルームから死臭が漂う。生はない。それは軍曹もフレックも認識した。ライトが消された奥から唸り声が聞こえる。フレックはライフルにつけられたサーチライトを点灯させた。

 ライトの光に血まみれの男が照らされる。男が歯をむき出し走り来る。




 ディッセンは最後の女の頭を吹き飛ばして、肩で息をついた。フロアには10体を超える屍体が横たわる。一面に黒ずむ血液と肉片が飛び散り、棚を押し倒して破壊していた。窓ガラスは割れ、外の風を店内に届ける。傍にあるエナジードリンクの缶を引き寄せ、プルタブを開けて一気に飲み干した。


「こっちはクリアだ。大丈夫かディッセン」

「ああ、大丈夫。僕は大丈夫。ちきしょう、大丈夫だ」


 疲れた様子で唾を吐くと、ディッセンはカウンターに額をつけた。


「奥に2人いたが死んでる。最近自害したみたいだ」


 ライムがバッグをカウンターに置く。


「少し食料が残ってた。他にも入れていこう。ガソリンもあるだろう」


 外のスタンドを差す。


「車を回してくる。あとは頼めるか?」

「ああ、気をつけろ」


 カウンターに突っ伏すディッセンの代わりにバッグを受け取ったシーは、スナック菓子や冷蔵庫の飲料をバッグに詰めていく。


「……なぁ、シー」

「どうした」

「僕らは何をしてるんだろう」


 シーは手を止めると、ディッセンに向き直る。ディッセンはカウンターに額をつけたまま、大きくため息をついた。


「もうこの国は終わってる。それなのに僕らは国の為に働いてる。何の為に? もう誰もいないのに……何の為だ? 僕は何をして、これから何処へ向かえばいいんだ」

「ディッセン」


 バッグをカウンターに置くと、シーはディッセンの肩に手を添える。


「俺達の使命は、今を生きる事だ。俺もディッセンもライムもフレックも軍曹も皆生きてる。俺達はこの世界を生きて、いずれやってくる平和を味わう義務がある。その頃には、お前に酒を奢ってもらわないとならない。そうだろ? ディッセン」


 ディッセンは顔を上げた。涙と鼻水で汚れている。しかし少し口角を上げ、白い歯を見せた。


「ジン・バックでいいか?」

「バカ言え、高級バーボンだ」


 ディッセンは泣き笑いを浮かべた表情で立ち上がり、バッグを担いだ。シーはその背中を叩くと、ライフルのマガジンを換え、ディッセンを外に促す。


「まだ奴らがいるだろう。でもこの街には生きた人間は残っていない。軍曹達と合流しよう。大群が押し寄せる前に」





「軍曹───っ! 何処だ───っ! 生きてるか───っ!」


 フレックは荒い息で軍曹を呼ぶが、応答はない。素早くマガジンを換え、隠れたカウンターから頭を出した。無数の影がたむろしている。


 事は一瞬だった。

 走り来る男を撃ち、その後ろから走る女と老人を更に撃った、までは何でもない事だった。

 バックルームの通路には両サイドにはいくつか扉があり、恐らくロッカールームや倉庫になっているようだった。その扉が全て一斉に開いた。

 蠢く人影がそこから産み出されるかの如く、次々になだれ込んできた。その数は軽く50を越え、フレックと軍曹は後退を余儀なくされた。更に2人は散り散りに隠れる事になった。フレックは銃を唸らせながらカウンターを飛び越え、腰に下げた発煙筒を投げた。発煙筒は煙を吐き出し、フレックの姿を捕食者から上手く遮った。


 フレック達が捕食者との戦闘で学んだのは、彼らが捕食対象を探す時、人間と同様視覚を基準としているという事だった。灰色の目でどれだけの視力を有しているかは疑問だったが、視覚が捕食手段の一貫であるのは分かっていた。

 その有効手段として、フレック達は発煙筒を持っていた。これは基地を脱する際に銃器などと一緒に大量に持ち出したものだった。

 だがそれは両刃の剣。確実に逃走できる経路を確保しての事。今のフレックは発煙筒により、捕食者と同じように身動きができなくなっていた。姿を覚られない代わりに相手の姿も見えない。初歩的なミスは焦りと疲労から生まれ、自分を見失うほど鎖を絡めていた。


「軍曹───っ!」


 軍曹からは返事がない。煙は徐々に薄れ、集団が1人また1人とフレックの姿を認識し始める。

 フレックはライフルを乱射し、煙が晴れた出入り口めがけ走る。

 眼前に2体の化け物が立ちはだかる。1体の頭を撃ち抜き、もう1体に照準を合わせる。しかし弾丸が発射されない。

 フレックは掴みかかる化け物の顔面をライフルでフルスイングし、目の前の出入り口のガラスにライフルを投げつけてぶち割ると、倒れた捕食者の背中をステップに飛び、割れたガラス戸にダイブして道路に転がり出た。





 給油する手が止まる。発砲する音が谺する。

 店の奥からシーとディッセンが走り、ガソリンを入れるライムに合流した。


「軍曹達か?」

「交戦してるようだ。いくぞ」

「ライム、シー、見てみろよ」


 ディッセンの差す方向から、揺れながら歩く集団が迫る。距離はまだあるが、それが灰色の目の化け物達である事は確認できる。


「やはり集まってきたな。急ごう、囲まれたら厄介だ」


 給油器を投げ出し、全員車に飛び乗る。ディッセンは窓から頭を出し、ライムが投げ出した給油器に拳銃の照準を定めた。


「まだ撃つなよディッセン。俺達が巻き込まれる」

「分かってるさ。もう少し集まってから奴らを───」


 そこまで言ったディッセンは、突然の急ブレーキに前のめりになった。手の中の拳銃が窓から外に取り落とされる。


「どうしたんだライ───」

「何処にこんなに隠れてやがったんだ」


 ライムが焦りの声を出す。シーが前を見ると、トラックめがけうねりのような大群が走り来る。大通りを埋め尽くし、先が見えない。


「マズいぞ。銃声が完全に呼び寄せたんだ。回り道だライム!」

「分かってるよ!」


 ライムがハンドルを切り、タイヤを鳴らしてUターンする。しかしガソリンスタンドが見える範囲にも大勢の捕食者が迫っていた。ディッセンがシーのライフルを取り、窓から上半身を乗り出した。


「今が撃つ時だろ?」


 ディッセンが放った弾丸がスタンドを発光させる。それは3人が思うより規模が大きく───


「ヤバい車が───」


───爆風は3人の載るトラックをさらい、車体を巻き上げて回転させる。衝撃が3人の全身を襲い、車の破壊音を耳にしながら天地を交わらせ、やがて逆さまの世界を突きつけた。





 自分の呼吸音がこれほどうるさく感じた時はない。荒い息は心臓を圧迫する。発煙筒の煙にやられ、肺が痛い。

 空のマガジンを後方に投げつけた。間近に迫る先頭の捕食者の頭に当たったが、意にかえさずそのまま自分しか眼中に示さない。

 仲間のトラックはまだ見えない。肩にかけた無線機に何度もがなるが応答がない。むしり取って地面に投げつけたい衝動にかられたが、唯一の通信手段をなくすわけにはいかない。

 後ろを見ずライフルをフルオートで連射し、予備のマガジンも全て撃ち尽くすと、勢いをつけてライフルを後方に投げる。先頭の捕食者だけがその餌食になったが、集団の追跡を止める事はできなかった。


「くそっ! くそっ! 死にたくない! 死にたくない!」


 いつの間にか流れている涙を拭くのも惜しみ、ひたすら走った先に軍用のトラックを見つけた。安堵が足を早らせ、拳銃を抜いて後方に撃ちながらトラックを目指す。


 目指すトラックが自分の乗ってきたものとは違う気がしたが構わない。とにかく生きた人間が近づいてくる。手を振りながら助けを乞い、停車したトラックから最近見慣れないものを持った人影がでてきたのもはばからず、笑顔になるのを止められなかった。

 次の瞬間、左足に熱い衝撃が走り、前のめりに倒れて顔面をアスファルトに強かに打ちつけた。途端に鼻腔と口内に鉄の味が広がる。

 倒れた自分の上を爆音が通過した。そして体が浮くのを感じると、そこから意識が宙を舞った。





 体が引きずられている。薄れた意識の中で首を回すと、ディッセンが道路に投げ出されていた。死んでいるのか生きているのか分からない。

 話し声が聞こえ、生きた人間がいるのが分かった。しかし聞き覚えのない声に、敵か味方かも確認できなかった。少なくとも仲間の誰かではない。

 まだこの地域に生きた者がいたのかと思った矢先、胸倉を掴まれて上半身を起こされた。


「てめえ軍人だな。何処からきた。感染してるのか? 他に仲間は何人いる」


 男の声でまくし立てられたが、頭が割れるように痛み、言葉が入ってこない。


「運転手は死んでるぞ。首の骨が折れてる。てめえの仲間はあと何人いるんだ。コイツだけなのか? 答えろ!」

「誰だ……ライムは死んだのか? 助けてくれ……」

「質問に答えろ。てめえらはあと何人だ。てめえとコイツしかいねえのか?」

「……あと2人……あと2人、いる……探してくれ……」

「オレらの『狩り場』を荒らしやがって。てめえらのせいで、この街は捨てなきゃならねえ。チッ、コイツらも連れてかなきゃならねえのか? ドリー」

「生きてるヤツは連れてこいってお達しだろ。そいつも載せろ」

「さっき拾ったヤツが、コイツの言ってる仲間なんだろ。同じ軍服だ。おいヤン! コイツもだ!」


 体が持ち上げられる。全身が電流に晒されているほど痛むが、痛みがあるなら生きている証拠だと、はっきりしない意識で言い聞かせた。

 車の荷台であろうか。鉄板の上に雑に寝かされた。隣に気を失ったディッセンがいる。奥にはぐったりと座らされたフレックがいた。


「てめえら、見つけたのがオレらでツイてたな」


 ツイてるかどうかは疑問だ。この全身の激しい痛みに比べたら、いっそトラックが横転した時に死んでしまった方がマシだったのではないかと、シーは再び薄れていく意識の中で思った。



 いや、死ねない。


 家族の為にも、大切な約束の為にも、自分はまだ死ねない。





 深い眠りが自身を包む。

 ようやくゆっくり眠れる気がした。










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