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the Dusk~sequel~  作者: N・O
1/8

プロローグ

 冷たい軋みが肌を刺す。逆立つ髪が、心を叩く畏怖への度合いを物語る。

 

 背にした壁から外で何が起きているのかを知る。外からの衝撃が体を通り、脳に指令の如く突き動かす。


『ここから逃げろ』と。


 体力は限界だったが、割れたガラスの隙間から薄汚れた手が伸びるよりも、体内に微かに残った力をひねり出す痛みに晒される方がマシだと、エブリンが持ってきた板を壊れた窓に打ちつけた。


「補修はできたのか?」


 窓を打ちつけた若者の肩に、赤毛の男が手をかける。


「補修はできたのかマシュ!」


 マシュと呼ばれた若者は、男の手をゆっくり除けると、疲労混じりに呟いた。


「できた。補修は、できた」

「お前今の状況分かってるのか? このままじゃ、全員死ぬんだぞ!」

「分かってるさ。分かってるよジム」


 ジムは赤毛を掻きむしると、振り返った先のイスを蹴飛ばした。


「イライラしないで。不安なのは皆一緒なのよ」


 マシュに新しい板を渡しながら、エブリンはジムをたしなめる。それをジムは舌打ちで返した。



 深夜とは思えない喧騒が谺する外界は、呻き声の合唱が鳴り止まず、部屋の片隅ではタツヒロが未だ耳を塞いでうずくまっている。ジムにはそれも苛立ちの種だった。


「お前も手伝えよ! 震えてるのがお前の仕事か!」

「裏口の補強は済んだ。そっちはどうだ?」


 ジムが怒鳴るのと同時に、長髪の男と黒人の男が部屋に歩み寄る。その後ろから、小柄な女性が何度も裏口を気にしながら付いてきた。


「こっちは大丈夫だよ。補修も補強も終わった」


 マシュは金鎚を置き、脱力感に包まれる体を床に預けながら、彼らに声をかける。それに頷くと、長髪の男はジムの肩を掴み、座るように促しながら周囲を見渡した。


「裏口は俺とカーレンが直した。ここは完了したようだから、あとは2階だけだな。ジム、今はタツヒロに何かやらせるのは無理だ。ショックが大きすぎる。残った者であとはやるしかない」


 膝を抱え震えるタツヒロの傍に、黒人のカーレンの影が落ちる。


「この状況じゃ皆一緒なんじゃないスかねぇ」


 ジムはエブリンに当てつける顔で言う。エブリンの表情に僅かに怒りが映る。


「体力があるなしもある。精神状態も左右するだろう。今動ける者はカバーできる所をカバーしなければならない。これから疲労の度合いで動けなくなる者もでてくるはずだ。動けるうちに動かなければ」

「動ける人間は負担かかってもいいって事かよ、クレイヴン」


 苛立ちがジムの言葉を強める。長髪を掻き上げるクレイヴンに鋭い目を向けた。


「負担と捉えるか助け合いと捉えるか、人間性がでるわね」

「何だとガキ」

「ガキはどっちよ」

「やめろ2人共」


 睨みを効かせるジムと小柄な女性をクレイヴンが引き離すと、ジムは自分で蹴飛ばしたイスを荒々しく起て、足を組んで座った。


「フェイス」


 フェイスと呼ばれた小柄な女性は、幾重にも腕に付けた輪状のアクセサリーを手で弄びながら鼻でジムを嘲り、腕を組んで壁にもたれかかった。


「ケンカをしてる場合じゃないでしょ。2階を片付けなきゃ。行こうマシュ」


 エブリンに伴いマシュが2階に上がる階段を進む頃、上階からは外から聞こえる声と同質の音が流れ始めていた。


「また唸ってやがる。『アレ』何とかしろよ」


 ジムがより苛立ちを募らせる。2階からの唸り声は外のそれと重なり合う。


「友達でしょ。そんな言い方ないんじゃない」

「友達『だった』奴だ。今は死人だろ」

「……クズ」


 ジムに聞こえないくらい小さな声でフェイスは囁き、エブリンとマシュが消えた2階の部屋に大股で歩いていった。その間もジムは頭を掻きむしり、まとまらない考えの中に身を浸すしかなかった。



 月の灯りは届かない。

 窓には目張りと補強の為の板が打ちつけてある。粗く取り付けられたその隙間からは、蠢く人影があちらこちらに窺えた。

 ベッドと本棚しかない粗末な部屋の中心には、床に脚を打ちつけたイスに縛り付けられた女性がいた。

 ただ、彼女は人が人である当たり前の動きとは程遠くかけ離れた動作を繰り返し、言語が消失した唇からは、血液と混ざり合った涎をとめどなく流していた。


 着衣は乱れ、髪は埃と汗の脂に汚れ、人間のそれではない黒褐色の肌には青い血管が浮き出ている。そして一番異なる箇所は、まばたきを忘れたかの様に見開かれた眼にあった。

 灰色に濁った瞳は部屋の宙を掻き、何を捉えるわけでもなく認識するでもなく、ただただこの空間を見渡しているだけで、視力が残されているのかさえ分からない。小さく大きく吠える声も相まって、さながら彼女を獣と見間違えてしまう。


「シェーン」


 扉が開き、エブリンとマシュ、フェイスが入ってきた。一番後方から部屋に入ったフェイスは、部屋に溜まった臭いとイスに拘束された女性を見て、顔をしかめた。


「シェーン」


 エブリンは獣と化した女性を呼ぶ。シェーンは灰色の目をエブリンに向けた。敵意を含む威嚇の表情が、エブリンに投げかけられる。


「シェーン、分かる? エブリンよ。シェーン、私よ、エブリンよ」


 マシュの手がエブリンの肩に乗せられた。振り向く彼女に、マシュは小さく首を振った。


「ここまで進んだらもう分からないわよ。ジムの彼女なんでしょ、この人」

「……まあね」


 フェイスとマシュの話を余所に、エブリンはシェーンに近づいた。


「エブリン」


 彼女の行動に気づいたマシュは、エブリンを引き止める。


「シェーンは戻らないよ。もう戻らない」


 マシュの言葉を飲み込み、エブリンはシェーンを見つめた。愛すべき友人が、今では歯を鳴らし牙を見せ血飛沫を吐き出しながら、イスに縛られていなければすぐにでも飛びかからんばかりに体を揺する異形の生き物に変わり果てている。彼女の腕には、そう変化させた大きな噛み痕が痛々しく残っていた。

 滲んだ血液はすでに固まっていたが、食い千切られたクレバスは乳白色の骨を僅かに露わにしていた。


「いつから?」

「今朝だよ。大群に囲まれたんだ」


 フェイスはマシュの言葉に顔をしかめた。


「傷の深さに比例するのね」

「えっ、何が」

「感染の速さ。傷の深さとか大きさに比例して、速いの。感染するのが」


 マシュはエブリンの肩越しにシェーンを見た。今朝まで自分達と変わらぬ『人間』だった彼女は、昼には容姿を変え、深夜である今では人の見る影もない。



 人を変異させるこれが何なのか、現時点で誰も答えを出せずにいた。ただ黙って嵐が過ぎ去るのを待つかのように、感染した者を隔離、もしくは始末し、生き残った人間は、次にその対象になるのが自分になるやも知れないのを、震えて堪えていた。


「何だ、まだやっとらんかったのか」


 嗄れ声が3人を叩く。

 初老の男が猟銃を杖代わりに、マシュ達の後ろから部屋に入った。


「臭いが酷い。窓を開けられんというのは、こうも何と」

「僅かに空いてる隙間を埋めにきたんだ」

「また臭いの逃げ場が減るのか。ならいっそ、楽にしてやれ。なぁ、嬢ちゃん」


 胸ポケットからタバコを取りながら、初老の男はシェーンの顔を覗く。


「ほぉら、嬢ちゃんも望んどる」

「シェーンは殺させないわよ、ヒンチさん」


 エブリンの言葉に肩をすくめ、ヒンチはタバコに火をつけ、ゆっくりとくゆらせる。煙は逃げ場のほとんどない部屋にしばらく留まり、やがて宙で割れた。


「次から次へとワシの山小屋にきたと思ったら、こんな事になっとるもんまで部屋に入れて、全く迷惑な話だわい」

「それには感謝してます。僕らを助けてくれたんですから」

「助けも何も、お前さんらが勝手に入ってきたんじゃろが」

「でもシェーンは殺させない」


 強い意志がこもったエブリンの声に、ヒンチは煙を吐きながら手を挙げた。


「やれやれ、ワシはお人好しだ。全く最近の若いもんときたら」


 文句を言いながら部屋を出るヒンチの背中に、フェイスは『最近の年寄りときたら』と小声をぶつけ、ヒンチの真似と言わんばかりに肩をすくめた。



 金槌や釘などを回収し、部屋から出る。扉を閉めてもシェーンの唸り声は戸板を通して聞こえていた。


「ねえ、ホントにあの子、そのままにする気?」


 フェイスの言葉にマシュとエブリンは顔を見合わせた。


「もちろんよ。医者に診せなきゃ」

「医者? もうこの世界に何人医者が残ってるだろね」

「この町以外に、あの化け物達がいるって事かい?」


 フェイスはため息をついた。この2人は、今あるパニックが町単位程度の規模だと思っているのだろうか。この小屋に来る途中で聴いたカーラジオのニュースでは、この『国』だけでは収まらないほどの被害があるように言っていた。自分の見立てでは、もうすでに世界中がこれの脅威に晒されているとふんでいる。


「どうする? 生きているのが私達だけだったら」

「そんな!」

「例えばよ、例えば。でも、ない話じゃない」

「やめてフェイス」

「つまり、気を抜いちゃダメって事」


 フェイスは踵を返し、廊下を進む。隣の部屋の前に立つと、2人の方を向いた。


「ほら、とっとと全部終わらそう。コーヒーが飲みたいの」

「えっ?」

「補修よ補修。ほら早く」


 慌てる2人を余所に、フェイスは扉を開けた。





 2階の補修作業を終えた3人は、1階へと降りた。暖炉を囲むリビングであった場所は、窓の補修に使う為に解体されたテーブルの残骸と、脚のがたつく何脚かのイスがあるぐらいで、ジムとカーレンはそれぞれ壁に寄りかかり、ヒンチは暖炉の前で揺りイスに座り、猟銃の手入れをしていた。クレイヴンは自分で持ち込んだバッグの中を漁っていた。


「ねえ、あの日本人は?」


 フェイスの問いに、カーレンはトイレの方を顎で指した。と、同時に水の流れる音がした。


「やられてるわね」

「誰だってやられるよ、こんな状況じゃ。僕だって───


 マシュは壁に寄りかかり、ゆっくりと腰を下ろした。


───もう限界だ」


 疲労が体だけではなく、この空間をも包み侵食していく。マシュとエブリンにジムとシェーン、タツヒロがこの山小屋に逃げ込み、5時間が経過していた。あとから着たクレイヴンとカーレン、フェイスでも3時間は経つ。

 今は深夜12時。壁掛け時計の針は重なっている。自然と欠伸が出た。


「やめてよ、うつるじゃない」


 そう言ってフェイスは大きな欠伸をした。


「皆、休むといい。少しでも体力を回復させておくんだ」

「クレイヴンも休んだらどうですか?」

「ありがとうエブリン。俺は構わない。大丈夫だ。それにかしこまって話す事はない。気軽に話してくれ」


 クレイヴンは笑むエブリンに固形菓子を渡した。


「皆も1つずつ取ってくれ。何か腹に入れないと」


 エブリンが回し渡すと、マシュは自分の分を取りにクレイヴンに近づく。クレイヴンはバッグのジッパーを締めながら、マシュに固形菓子を渡した。


「何故こんなものを?」

「俺とカーレンはちょうどこの山でキャンプをしていたんだ。アウトドア志向なのさ、俺達は」

「そのバッグはキャンプ道具?」

「ああ、さすがにテントまでは持ってこれなかったが、奴らに遭遇したのが荷物を広げる前でよかった」

「フェイスも一緒だったんですか?」

「え? なになに?」


 自分の名が聞こえたフェイスは、2人の所にきて屈む。何の話をしていたのだろうと、2人の顔を交互に見比べた。


「フェイスはここにくる途中で拾ったんだ」

「人を迷い猫みたいに言わないでくれる? そう、私は山道ウロウロしてたらクレイヴン達が通りがかったのよ。ラッキーだったわ。あのクソ!」


 フェイスの吐き捨てる言葉に、マシュはビクッと肩をすくめた。クレイヴンは苦笑いを浮かべる。


「何が……あったの?」


 マシュの言葉は癇に触ったらしく、フェイスは鋭い目つきで立ち上がり、キッチンの方に歩いていった。

 クレイヴンが苦笑いのまま、マシュの顔を見る。


「彼氏と車で逃げている途中でケンカして置き去りにされたらしい」

「は、はぁ」


 フェイスがクレイヴン達に会った理由が痴話喧嘩の末に山に置き去りにされた時に発見されたとは、彼の苦笑いの深さも納得できる。マシュも苦笑いを倣い、徐に立ち上がって暖炉の前に行き、固形菓子の包み紙を暖炉に放った。


「おいマシュ、火ぃ点けろよ。何だか寒くなってきた」


 ジムが腕組みをしたまま立ち上がり、二の腕をさすってアピールする。マシュは暖炉の上のマッチを取り、1本擦った。


「やめるんだ」


 カーレンがマシュの手首を掴む。あまりのその締めつけの強さに、マシュは驚いて擦ったマッチを落とした。火のついたマッチは暖炉に落とされ、中に僅かに残っていた着火材から小さな煙を立たせた。

 すぐさまヒンチが炭掻き棒で煙の元を叩き消した。


「何をしとるんだ。最近の若いもんは何も考えられんのか」

「何だジジイ。てめえケンカ売ってんのか!」


 ジムとヒンチの間に、カーレンが割って入る。ヒンチに一度振り返ったあと、ジムの目を見て静かなトーンで言葉を発した。


「煙が上がれば、より奴らをこの小屋の周りに集めてしまう。火を熾す事はできない」

「じゃあ凍えていろっていうのか」

「君は薄着でいるからだろう」

「仕方ねえだろ、シェーンに貸しちまったんだから」


 ジムは長袖のTシャツの袖を伸ばし、しかめっ面で横を向いて二の腕をさすった。


「倉庫にワシのコートがある。貸してやろう」

「いらねえよ。誰がジジイのコートなんか」

「意地を張っている状況ではないだろう。今夜は冷え込むだろうが、火は焚けない。君はずっとそのままでいるのか?」


 カーレンの正論にジムが舌打ちをするのを確認すると、ヒンチは裏口近くの倉庫に入り、古ぼけた革のコートを引っ張り出してきた。お世辞にも綺麗とはいえないそれは、ブラウンの表面にうっすらと白いドット模様が浮かんでいた。

 ヒンチは軽くコートを払い、ジムに手渡した。ジムはあからさまに顔をしかめる。


「カビだらけじゃねえか! ふざけんな! こんなの着ろっていうのか!」

「嫌なら薄着のままでいたらいいさ」


 コートを仕舞おうとしたヒンチの横から、ジムはイライラした動作でコートを奪い取り、ブツブツ口の中で文句を繰り返しながらコートを何度も払って、ようやく諦めて羽織った。


「似合うじゃないか。それはやる。猟の時に着ていたやつだが、新しいのを新調したから構わんよ。熊と猪の革をなめしたワシ特製のものだから、丈夫だぞ。犬歯程度なら通らん」

「ヒンチさんが作ったんですか?」


 マシュの言葉にヒンチは満面の笑みで頷いた。


「若い頃からものを作るのは得意でな。猟に使う道具や服は朝飯前だ」

「ねえ、これ使えそうじゃない?」


 いつの間にかフェイスが倉庫から何やら抱えて出てきた。ヒンチが『危険なものもあるから勝手に入ってはいかん』とたしなめるが、フェイスは意にかえさず、抱えていたものを床に広げた。

 それは細い鉄パイプの束、古い弓と矢、絡まったワイヤーやバラバラの部品だけになった猟銃の残骸、鉄くずの山などが出てきた。それらをフェイスは次々と倉庫から引っ張り出してくる。

 ヒンチは呆れて諦め顔で揺りイスに腰かけた。


「そんなもん、何になるってんだ」

「何とかここを抜け出さなきゃならないでしょ。だったら武器よ、武器」


 ジムは細い鉄パイプを一本拾うと、簡単に折り曲げた。


「何すんのよ!」

「こんな柔なもんで武器なんか作れるわけねえだろ。バカかてめえ」

「だったらあんたはここにずっといる気?」

「これだけ補強したならここにいるのが得策だろ。そのうち軍の連中が助けにくる」

「は? バッカじゃない」


 呆れた様子でフェイスは床に広げたガラクタをいじりながらヒンチを見る。ヒンチはため息をつく。何か作れというフェイスの無言の圧力が、ヒンチをロッキンチェアから動かした。


「何がバカだ! ここにいた方が───」

「ここにはいられないよジム。もっと強固な建物じゃないと、何日も篭城してられない」

「強固じゃなくて悪かったのう」

「あ、別にそういうつもりじゃ」

「だったらてめえには何か考えがあるのかマシュ」

「いや、僕は……」


 マシュの表情に舌打ちをし、ジムは折れた鉄パイプを手で弄びながらイスに腰かけた。

 おもむろにクレイヴンが鉄パイプを拾い上げる。


「案外イケるかも知れない」

「何が?」

「カーレン」


 クレイヴンはフェイスを制し、カーレンを呼ぶ。カーレンは火掻き棒を脇に抱え、床に広がる鉄くず達の前に座った。


「ヒンチさん、火薬はありますか?」

「まぁない事はないが、何に使うんだ?」


 カーレンは鉄くずの中から円柱のパイプを何個か取り、細い鉄パイプの先に合わせる。


「火薬をこのパイプに入れ、鉄パイプの先につければ───」

「なるほどなぁ、そういう事か」


 ヒンチは倉庫に向かう。マシュやエブリンは顔を見合わせ首を傾げる。ジムは険しい顔でそれを見ている。フェイスはカーレンの隣に座り、古い弓の弦を引いている。

 ヒンチがいくつか缶を提げてきた、ガラクタの前に置き、『さぁ作業だ』と謳う。エブリンは更に首を傾げた。


「何を作るの?」

「爆弾だ」


 マシュは気づいたように言った。


「そう、発火装置を鉄パイプの先につけるんだ」

「狩猟の手法でありますね。棒の先に小さな爆弾をつけて、それを押し当てて爆発させるタイプのやつですね」

「よく知っているね」

「本で見た事があるんです。僕は本の虫なので」

「火薬は混ぜなきゃないんだ、悪いな。その缶の中身は全部使って構わん」


 カーレン、ヒンチが組み立てをし、マシュま手伝う。その間、フェイスとエブリンは弓矢の手入れを始めた。


「ここから逃げて、何処へ行こうっていうんだ……ここまで逃げてきたんじゃないか。僕達は死ぬところだったんだぞ。ようやくこの小屋に着いて、窓や壁も補強して、ここでやり過ごせばいいじゃないか。食料だって、クレイヴンさんが持ってる」


 トイレから出てきたタツヒロがよろけながら足取りも重く歩く。口を拭い、青ざめた顔で皆を見る。


「外には小屋を囲むほど奴らがいる。もし出たら、僕らは死ぬ」

「誰も死にたくないわよ。死なない為に武器を作るんでしょ。あんたも手伝いなさいよ、くだらない事言ってないで」


 フェイスはタツヒロも見ずに、ヒンチからもらった新しい弦を弓につける。エブリンは矢じりを細い鉄パイプにつけていた。

 マシュがタツヒロの肩に手を置き、ゆっくりと座らせた。


「皆、怖いよ。でも僕達は生き残った以上、この命をつながなきゃならない。ここにいる方が、多分僕達は死ぬ。いずれ扉も窓も破られ、あいつらはなだれ込んでくるよ。その前に何とかしなきゃ」

「……ごめん」

「いいんだよ。気分は?」

「思う存分『吐いたら』楽になった」


 マシュはタツヒロの背中を軽く叩き、自分はカーレンとヒンチに習い、爆薬つきの棒を作る。ジムはそれを黙って眺めている。




 ランプの灯りが揺れる中、各自作業が進められる。その間も外界は獣の唸り声と絡み、小屋を叩き引っ掻く音の連音に包まれる。クレイヴンは僅かな隙間から外を窺っている。

 と、突然、2階から扉を叩く音が鳴り響いた。全員が顔を見合わせる。


「2階が破られたのか?」

「2階も目隠しの為に窓は塞いできました。そもそも2階から侵入できないはず。外の奴らは屋根になんか上がれない」

「じゃあ……」

「シェーン!」


 エブリンが叫び、2階に上がっていく。マシュとクレイヴン、フェイスも後を追う。


「1人じゃダメだエブリン!」


 階段を上がるエブリンの肩を引き、マシュは試作にできた爆薬つきの鉄パイプを持って前に進む。シェーンがいる部屋から、扉を破らんばかりのノックが聞こえる。扉は震え、木枠が軋む。


「何故始末をしなかったんだ」


 後ろからきたクレイヴンがマシュと扉を挟むように並んだ。


「そんな事できません!」

「始末しなければ危険が伴う事ぐらい分かるだろ」

「シェーンは私の友達なんですよ! 始末するなんて」

「口論してる場合じゃないでしょ。もう扉は破られるわ。何とかしないと」


 フェイスは怒るエブリンをさがらせる。クレイヴンが金槌をマシュに渡し、マシュの鉄パイプを引ったくる。


「俺がやる。君は扉に穴を開けるんだ」


 マシュは緊張した面持ちで扉の中心を金槌で叩く。するとシェーンが内側から叩くのも相まって、手が入る程度の穴が空いた。そこからシェーンの赤黒い手が伸びる。マシュはその手を思い切り金槌で殴りつけた。つんざく叫び声が響く。

 クレイヴンがそれを見計らって扉に体当たりし、シェーンは部屋の端に弾かれた。しかし素早く起き上がり、クレイヴンに掴みかかる。

 クレイヴンはそれをかわし、前蹴りでシェーンを遠ざけると、頭めがけ鉄パイプを突き出した。シェーンがそれを避けるが肩口に先端が当たる。

 当たった瞬間閃光が走り、爆発が部屋に轟いた。勢いあまり、壁まで貫いた鉄パイプの爆弾は、窓と壁も破壊する。シェーンがその穴から外に転げ落ちた。


「シェーン!」


 煙が舞う部屋に入り、砕けた壁から転落したシェーンを追うエブリン。それをフェイスとマシュが止める。


「連中が騒ぎを聞きつけて更に集まる。混乱の今なら外に出られるかも知れない。いくぞ」


 泣くエブリンを引きずってマシュとフェイスはクレイヴンの後から階段を降りる。


「今のは何だ? 何をしたんだ?」


 問うヒンチに3人を押しつけ、クレイヴンはバッグを担いだ。


「2階で爆弾を試した。上出来だ。今なら外に出られる。いくぞ皆」


 カーレンが裏口の板を外し、扉をこじ開けた。手前にいる『訪問者』を鉄くずを粘着テープで固めた棒で殴り飛ばし、皆を先導する。


 爆発によりシェーンが落下した場所に捕食者が集まり、裏口は手薄になっていた。しかしすぐに追っ手が道を遮る。クレイヴンが爆弾付き鉄パイプを突き出し、追っ手を3人まとめてなぎ倒した。しかし更に人影が周囲を取り囲む。


「皆離れて!」


 フェイスが弓を引く。矢の先につけられた小さな袋にエブリンが火をつける。それをフェイスは小屋に放った。

 矢はかろうじて飛び、裏口の開け放たれた先に消える。するとすぐに火の手が上がった。


「火薬を撒いておいたの。すぐに爆発す───」


 フェイスの言葉が終わる前に、小屋が爆発を起こした。窓や扉が割れ、爆風が周囲を弾く。捕食者はおろか、一同も地面に倒された。


 木っ端や煤を払いながら頭を振り起き上がる。耳鳴りが音を拒み、力が入らない手足を何とか支えて、マシュは辺りを見渡す。

 捕食者はなぎ倒されてはいたが、マシュと同じように起き上がり始めていた。マシュは全員を起こし体を立たせる。


「エブリン、大丈夫?」

「ええ、大丈夫………皆は?」

「皆は無事だよ………クレイヴン! クレイヴンとカーレンがいない!」


 マシュがエブリンを立たせながら辺りを見渡した時、山全体に谺する銃声が鳴った。




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