88話 地底湖にて
「うぅ、結構キツイ……」
最初の方こそ人工的に切り出され階段だったのに、五分ほど降り続けると階段はただの急勾配の下り坂に。道も舗装していないから、時々小石などに躓きそうになる。
あと、どれだけ降りても岩をくり貫いただけのような状態だからか、視界から見える時間の感覚がおかしくなりかけるのと同時に『このままゴールが無かったら……』と不安な気持ちが心を支配し始める。
『それにシステムから出ているはずの時間まで表示されないとか……演出というより嫌がらせ?』
正直なところ、既に何回かは『戻ろうかな』と思ったりもしたけど、ここまで来て何もなく帰ることに抵抗もあったことので、『あと数分だけ』と自分を騙し騙し進み続け……ようやく今までとは異なった景色が視界に広がる。でも、
「冗談でしょ!?」
ここまで降りてきた通路とは異なり、壁面に付着している苔のようなものから発光した光が辺りを明るくしている。
だけど照らし出した先にあるものは、広さが野球場のグラウンドよりも大きなドーム状の空間と、明るければ底まで見ることが出来そうなほど澄んだ水が張った地底湖だった。
『あの村の下に、こんなに広い空間も驚きだけど、ほぼその空間の端から端まで広がっている地底湖があるなんて……』
澄んだ水とはいえ湖底がきちんと見えないから深さがわからないけど、この大きさの湖なら深い所によっては水深も数メートルはあるはず。
溺れたら最後だよね……
とりあえず地底湖の近くまで行くと、降りてきた通路がそのまま湖の中へ続いている。そしてそのまま先を目で追うと、地底湖の中央辺りに何かが見える……岩かな?
ちなみに辺り一帯に建物などもないわけで、勾玉が置いてありそうな場所もなく。ということは……
「ちょっと待って、まさかあの岩みたいな何かまで泳ぐなり歩くなりして行けってこと!?」
あくまで目視レベルだから正確じゃないけど、あの物体までは百メートルぐらいはあるよね……歩くよりかは泳ぐ方が早いだろうけど……
「冷たっ!」
湖の淵から水の中へ手を入れると、地底湖特有の水温の低さに思わず声が出る。それに、水に入るような準備もしてないし……あっ。
『もしかしてこの服はその為の?』
よく見れば、湯浴み着のように見えなくもない。ただし冷たい水を温かく感じるような機能はないし、カイロ魔石だってそこまで高性能ではないだろうから、入水中に使ったら壊れかねない。
「ということは」
……覚悟を決めるか。
シュルッ……パサッ
「はぁ、わたし今日服脱ぐの何回目だっけ……というか『ゲームの中で何してんの』って思ったら負けだよね、たぶん……」
着ていた神官服だけてはなく、下着まで全部脱ぐと出していた湯浴み着を直に羽織る。
『透けたりはしないけど……まわりに誰もいなくてもさすがに凄く恥ずかしい……』
脱いだ衣類は鞄に入れ、濡れないように頭上に載せると一歩だけ水の中へ足を入れる。
「つ、つめたっ!」
手を入れた時よりも格段に水を冷たく感じる。ただこのまま立ち止まっていても仕方がないので、一歩一歩ゆっくりとだが島に向かって歩き始める。
幸いにも水深は腰の辺りまでしかなく、溺れることはないだろうけど、見えている湖底がどうにも距離感が掴めない。
水流も無いから大丈夫だけど、これで魔物でも出たら……うん、かなりマズいかも。
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「な、なんとかはんぶんまで、き、きたかな」
足場に気を付けながら歩くからどうしても速く進めないし、水の抵抗もあるから更に遅くなる。そして歩けば歩くほど体感する冷たさが増し、歯だけじゃなく全身に震えが。
もっとも、冷たさは麻痺してきたような気がしないでもないけど、一緒になんだか頭が……
『……なんでわたしはこんなことしてるんだっけ』
あれっ? なにをしにきたっけ? どうしてこんなつめたいみずのなかにいなくちゃ、いけないの。
冷たさが体だけではなく頭の中まで凍てつかせ、思考能力を徐々に奪っていく。そんな時、
ザブン!
「かはっ!」
不意に足元が深みに変わり、顔まで水に浸かる!
「っあ、げほっ、げほっ……」
『うぅ、頭がぼーっとしていて足元が見れていなかった』
意図せず飲み込んだ地底湖の水が、体の中からもわたしの体を冷やしていく。ただ、顔に水が付いたことで、一時的にではあるものの少しだけ頭をハッキリさせる。
『半分は来たんだ、だからあと半分頑張らないと……』
こんなところで挫けてたらハルに笑われるし、一緒に調べてくれたファナさんや村長さんに申し訳ない。だって、
『今あの村には巫女としての条件を満たしているのはわたししかいない。だからわたしが頑張らないと!』
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「あと二十メートル……」
もう既に足どころか腰から下の感覚が麻痺している。足裏に触れる湖底がどんな状態かすら全くわからない。
『マズい、また頭がぼーっとしてきた』
歩きながら何度も水面に顔をつけ、ここまで歩いてきたけど、もはやそれすら頭を覚醒させる効果がなくなってきた。
腕をつねったりもしてみたけど効果はイマイチ。他に何かこの状態をなんとかする手段が無いか、必死に頭を回転させて回転させて……あった。
『けど……』
鞄を支えていた両手のうち、左手だけを外してじっと見る。
『はぁ、女は度胸! ……ってレベルじゃないし、痛いのなんて大っキライけど……』
左手をそのまま鞄を支える右腕に添える。そして
《炎操》
ジュッ……
「っひぐっ!」
今まで感じていた凍てつく痛みにとは対極の、肌が焼ける痛みに一瞬で目が覚めるけど、さすがに目が覚めたとかいうレベルで収まらない。
『熱い痛い熱い痛い!』
ジクジクとした痛みとヒリヒリとした感覚に対し、我慢するため血が出るほど歯を食いしばる。
「は、はやく前へ」
焼けた箇所にヒールをかける間すら惜しみ、とにかく前へ前へと進み、やっと目的地にたどり着く。
「つ、着いた……」
頭の上から鞄を降ろし、そのまま大の字に横たわる。そして寝ながら鞄を探ると、中からカイロ魔石を取り出しMPを流して発熱させる。
『うぅ、あったかい……だけど』
思わずカイロ魔石を抱え込み暖をとる。だけど濡れた湯浴着がせっかく上がった体温がすぐさま奪っていくのでイマイチ効果が。
「だ、誰もいないし……良いよね」
濡れた湯浴着を脱ぎ捨てると、とりあえず神官服だけ羽織り再びカイロ魔石で暖をとる。
『……あぁ、あったかい』
色々と無茶し過ぎな気がします……
いつも読んでいただき、ありがとうございます!




