65話 だからこそ、わたしは
大きなお風呂でゆっくりと暖まりたいなぁ……
「わたしがこの世界の人達と戦うのであれば、可能な限り同じ状況で戦いたいと思いました」
「ああ、それは理解したよ。だが君という本質の部分は自らの世界で生きているのだから、こちらの世界で死んだとしても【結局は死んではいない】ことになると思うが?」
「確かにこの世界で死んでも現実のわたしは死にませんし、影響はありません。
ですが、この世界に触れる機会は永遠に失われます。それはこの世界における永続的な死だと考えています」
「形式的ではあるがな」
そう形式的……だけど、
「今のわたしにとって、この世界には家族とも思えるような親しい人達がいます。死ぬことで二度と会えなくなるのであれば、それが例え形式的なものであったとしても、わたしにとってそれは耐え難い。
はっきりと言ってしまえば、死ぬ事より辛い」
【この世界での一度きりの生】になって死んでしまった場合、わたしは二度とこの世界に入る事はできない。自分の世界で生きていたとしても、二度とあの温もりに触れられないと考えただけで、心の奥底が刃物で刺されたように痛くなる。
それに、入れなくても中の話は聞こえてくるし、聞いてしまう。その際、PAWの中にいる人達がわたしの死から受けてしまった悲しみがあれば否応なく入ってくる。決して耳目を塞ぐことは出来ない。
その悲嘆を一方的に受けること……例え自らの世界で生きているとしても、それは今のわたしにとって魂に傷がつくほど辛く苦しい。その苦しみこそが、PAWの世界で死ぬことに対する断罪だと言える。
「なるほど……この世界にいる者が受ける悲しみ。そして君自身が本来感じる必要がない苦しみを感じ続けることで、天秤としてのバランスをとったか……」
モルフィス様は呟きながら何やら考える素振りを見せると、改めて部屋に置かれた無数の水晶に目を向ける。
「ふむ、確かにそれは今の君にとって、死よりも重い事実と言うのは間違いでは無いようだ……
まぁ良いだろう、それらをもって君の願いを叶える事にしよう。今ワシに話したことを忘れるなよ」
再びモルフィス様はニヤリと笑うと、さっきまで手にしていなかったはずの短剣を構え、躊躇いなくわたしの胸へ突き刺す!
グサッ
「――!」
あまりの痛みに声すら出ず、その場に倒れ込む。
刺された箇所からは血がでていないけど、代わりに何かが抜けていく。これは……
「ああ、それこそが君の魂から守護が無くなる感覚だよ。おめでとう! 君の願い通り、次に死ぬことがあればこの世界から永遠に退場だ」
「あ、あぁ……ぁ」
「そうかそうか、涎を垂らして泣くほど嬉しいとはワシも力を使った甲斐があったよ。さて君はそろそろ退場の時間が来たようだ。
さよなら、もう二度と会う事は無いと思うが、そうだな……自分自身を良く見ることをオススメするよ。代償として得たものにね」
その言葉を最後にわたしは意識を完全に手放した。
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「リア、しっかりして! リア!」
薄っすら目を開くと、霞む視界の向こうに必死な形相でわたしを揺さぶるマチュアさんの姿が。
「……帰ってき、た」
「大丈夫、リア!」
『確かモルフィス様に短剣で胸を……』
まだボンヤリとする意識の中、刺された箇所を触ってみるけどケガをしているような跡はない。
「ごめんなさい、マチュアさん……心配をかけてしまったようで」
「当たり前じゃない! 前にも言ったけどリアの事は家族だと考えるぐらい大事に思っているんだから!」
あぁ、わたしにはこれ以上嬉しい言葉はない。
「そういえばココは……」
「祭壇の間よ、覚えていない?」
そう言えばディメール様にここから送ってもらったんだっけ。
「さっきディメール様から直接連絡があったの『祭壇の間でリアが倒れている』って。
来てみたら真っ青な顔したリアがいたから、本当にビックリしたんだからね!」
「重ね重ねすみません……」
うぅ、心配かけたくなかったし、こうなっている状況も知られたく無かったけど……
「さすがに詳しく話してもらうわよ、いったい何があったのかを」
ですよねー……はぁ。
「わかりました、ですが必ず他言しないで下さい」
「わかったわ、場所を変えましょう」
―――◇―――◇―――
チャポン
あっれ、なんで変えた先の場所がお風呂なんだろ?
「お互い裸なら隠すものもないでしょ?」
「いや、確かにそうですが」
「それにここなら、必然的に私とリアだけになるし」
あー、確かにここなら男性陣はこれないし、怪しい設備もないから外に漏れる事もないか。
でもこうやってマチュアさんを改めて見ると、とても30代には見えない、よくて28とか?
鍛えているからか無駄なお肉は全然無いのに、出るとこ出てるわりにウエストはギュって絞まってるからモデルさんみたいな体型だし。
「ん? なにジロジロ見てるのかな」
「マチュアさんは格好いいし、スタイルも良いから羨ましいなぁ~って」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、私から見たらリアの方が羨ましいわよ? 女性から見ても魅力あるプロポーションだし、料理は美味しいし私が男ならお嫁さんにしたいぐらい!」
「えっ、その……」
そんなこと面と向かって言われたことないから、かなり照れます。
「で、ガールズトークはこれぐらいにして、そろそろ聞かせてもらいましょうか。ちゃんと全部ね」
う~ん、会話のながれで誤魔化せないかな~と甘かったようで。
「実は……」
・
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「あんたって子は……」
そう呟くと、マチュアさんはものすごく悲しそうな顔でわたしを見る。怒られるよりも呆れさせるより、これが一番堪える表現でなにも言えなくなる。
「すみません、自分勝手な判断をして……」
「ううん、別にいいの。だってそれはリアの判断だから。まぁ、ちょっとは相談して欲しかったのは事実だけどね」
うう、本当にすみません。
「でも決めた以上、これからあなたの命は私達と同じにような状態になるわけだから、今後は一層死なない為にも強くならなきゃね」
「はい、そこで相談がありまして……」
わたしはこれからのことも含め、マチュアさんに今後の事を相談。マチュアさん的にも協力してくれる約束をしてくれたし、ロイズさんにも話を進めておいてくれるとのこと。
そして次の日、といってもこちらでは三日後にログインすると、ダレスさんへ自分の身の振り方について報告をした。




