272話 王者達の協奏曲 56
カチン
『……ん?』
あまり聞き覚えが無い音がどこかから聞こえたことで、沈んでいたであろう意識が戻ってきたのか、目の前が明るく……なってない。視界に映るというのが正しいのかはわからないけど、
真っ暗闇というか何も見えない。
というか、いま目の前の状態は視界というにはおかしい感じの暗い場所で……ここは、どこ?
それに体も何だかわふわというか、いまいちハッキリしないというか、簡単に言えば宙ぶらりんの状態が近い状態であり、ちょっと気持ちが悪くなりそう。もしかして宇宙遊泳ってこんな感じなのかな?
【……て、……ね】
そんな感じでわたしがちょっと混乱しかけていたところに遠くから声が聞こえると、それを切欠にふわふわとしていた感じが次第に収まってきた。
とはいえ、声がしたところに目を向けても何も見えない状態なので、やはり自分自身の位置がハッキリしない状態は続いている。
それにしても……遠いようでもあり、近いようでもある遠い場所から聞こえる誰かの声。この声については“もう一人のわたし”だとは思う。
“思う”という微妙な表現になるのは、その声がいつもと少し違うと言うか、何か違和感があるというか……なんかヘン。
でも、そのうちその声も少しずつだけど明瞭な感じになってきて……
【無茶というか無茶苦茶なやり方ね】
は?
うるさいなぁ、とにかく勝つために何でもするってだけじゃないの。まぁ、【羅刹の息吹】が使えなくなって【修羅の息吹】で足りない分を、ちょっと身を削って補ったっていう楽しくないことはあったけどさ。
【ま、それでも結果という面においては進んだわ】
そうそう、とりあえず勝ったことで当初の目的である人集めっていうか、人材確保の為のアピールは出来たはずだし。
【あとはこの先どうやって進めるかね】
どうやってって、普通に声をかけて募集するとか、もしくは人材募集の掲示板に書き込むとかすれば良いんじゃなかったっけ?
【私としてはこのまま進めば問題ないけど】
問題ないって……うん?
なんだかわたしと“もう一人のわたし”との会話が噛み合っていないような……
【そろそろ時間ね】
その声を最後に暗かった視界が
「ちょ、ちょっと待って!」
【何を待つの?】
「……へ? って、ここは」
さっきまでのあの暗かった空間とは違う、どこかの部屋だということはわかるけど。
『清潔感がある部屋に、わりとしっかりとしたベッドがいくつか並んでいるってことは』
【ええ、ここは闘技場の医務室よ】
『医務室!?』
あっれ、医務室ってことは試合の後に倒れて運ばれたってこと??
【受けたダメージ、その痛みが高かったってことで気絶したんじゃないの】
『えーっと、それって前にPAに乗った時に肉体ダメージが多くて矯正遮断された……あの時と同じってこと?
でも、あの時と違って現実世界には戻っては無いし……』
ゲームの中のこととはいえ、ある一定の痛み……所謂仮想のダメージであっても現実に影響が出そうな時には、セーフティ機能によってPAWの中から矯正遮断がされる機能が付いている。
実際、わたしは過去に一度矯正遮断によってPAWの中から矯正退出させられ、二十四時間PAWへログイン出来なくなったことがある。
【たぶん、そこまでは行かなかっただけで、それそうなりの痛みを受けたことで一時的に切断に近い状態になったんじゃないの。
……もしかして、自分が他の異邦人よりも痛みが強くなる設定になっているのを忘れてる? さすがはMっ気が高いだけはあるわね】
『いえ、さすがにそれは忘れないし。実際いつでも痛い思いはしているし、そう簡単に慣れるものでもないから。
……あとマゾじゃないし!』
ニセ情報は流さないように。
【だったら痛覚設定変えて痛みを軽減すれば良いのに】
『一応設定変えてみたことはあるけど、どうにも感覚にズレが出てね』
感覚のズレだけならまだしも、痛覚の設定を変えたせいか、微妙な違和感みたいなものもあったので、結局のところスタート時のままで過ごしている。
トントン
「はい」
そんな感じで“もう一人のわたし”とおかしな会話をしていると、外から医務室の扉をノックする音が。
「気がついたみたいね」
「すみません、試合後に気絶というか倒れてしまったようで……」
扉を開けて入ってきたのはマギーさんを始め数人のギルド職員の方々。
「ま、私としては何事も無くて良かったってところよ。領主に関係した人に何かあったらコチラの方がヤバいことになるからね」
そういうマギーさんの声に、他のギルド職員達も心底安心したような表情をする。
というか、
「わたしのことを知っているマギーさんはわかりますが、他の職員の方々はどうして医務室に?」
たくさんのギルド職員が来るとしたら……まさか、
「八百長とかしていませんよ!?」
「あ、うん。それはさすがに無いのをわかっているから。
っていうか、さっきの試合で八百長を疑うならリアちゃんよりもクロウくんでしょ。負けた時の大穴でひと儲け考えなくもないもの。
ま、そんなちっちゃいことなんてしているような異邦人じゃ、闘技場でトップランクにはいられないけどね」
「……ですよねぇ」
とすると、職員の人達がここに来たのは?
「彼らは見張りっていうか、念の為についてきてもらっているの。この大所帯の本命は……入ってきて」
そうマギーさんが言うと、開いた扉の向こうから二人の男性が入室してくる。
「失礼するよ」
一人はついさっきまで闘技場で戦っていたクロウさん。そしてもう一人は、
「よぉ」
灰色を基調としながらも、やや紫がかった肌。ソフトモヒカンのように整えられた金髪に赤みを帯びた鋭い瞳をした屈強な亜人の戦士は一度見たら絶対に忘れられない。
「ラ、ラルさん!?」
「相変わらず楽しそうなことしてるじゃねーか」
「た、楽しいかなぁ~……」
痛い思いならしていると思いますが。それよりも、
「ラルさん、迷宮都市にいて大丈夫なんですか?」
少し前までアルブラにいたけど、色々とあってアルブラを追放されていたから、てっきり今の所属となっている臨時国家カラドボルドに戻っていると思ってたんだけど。
「なーに、今臨国に帰っても面白いことが無さそうだしな。それよりも外のことを色々見たかったってことよ」
「はぁ」
面白いことって……ラルさんは戦うことが大好きな戦闘中毒者だから国内にいるより国外にいたほうが楽しめるってこと?
「と本人は言ってるけど、本当は『軍規に反して勝手なことをしたから帰れない』だけよ」
「あ、ベニさん!」
ラルさんと同じ亜人であり、抜群のプロポーションと大人の色香を併せ持つ女戦士のベニさんが横からため息をつきながら愚痴を零す。
「軍規に反してって、何をやったんですか!?」
「あ、まぁそれはどうでも良いってことよ」
どうでも良いって……横でベニさんがこめかみ押さえてるし。
「それよりもだ」
ラルさんはわたしの近寄ると良い笑みでコチラを見る。
「何やら楽しそうな事をやるみたいじゃねーか?」
「楽しそうって……もしかして」
わたしの視線が向いた瞬間、マギーさんが明後日の方向を向く。
「参加させろよ、オレとクロウをよ」
「ハ、ハハ……」
ニヤリと笑うラルさんの問いかけに対し、わたしは即答できずに狼狽えるだけだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
遅々として話が進まない二週間ごとの更新……もっと(書く)時間が欲しい(´・ω・`)
次回は7/26(月)と二週間後にさせていただきますのでよろしくお願いいたします。
……早く毎週に戻せるようにしていきたいものです。
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