267話 王者達の協奏曲 51 vsクロウ 3
《羅刹の息吹》
久々に味わう真っ赤に染まる視界。その視界の中に写る人達の動きが緩やかなものへと変わる。
『もっと速く、もっと強く』
相手の認識を超える、相手の想像を超える。そんな自分になれるよう、無理矢理に自分の中の“何か”を引っ張り上げる。
「動け!」
相手を視界に捕えるよりも速く動いた先、わたしの体はクロウさんの背後へ移動する。もちろん、クロウさんにはこちらを振り返るような動きは無い。
『これで決める!』
背後からの【鎧通し】、いや【羅刹の息吹】を使ったこの場合には【嵐月】へと変わる攻撃をカウンターで入れられれば大きなダメージとなるし、そこから【孤月】へ繋げれば一気に勝負を決められるだけのダメージとなる!
《嵐月》
止まることなく繰り出した突きがクロウさんに当たる……はずだった。
クン
「えっ」
一瞬にして変わった目の前の景色に思わず声が漏れる。
「天、井……?」
えっ、なぜわたしは天井を見ているの? いや、それよりも体が宙にあるような変な感覚は……
『視界に写る天井、そして体に感じる浮遊感。そこから導き出されたのは』
次の瞬間、自分の状態に唖然となる。
「飛んで……違う、浮かされた!?」
視界は真っ赤なままだから【羅刹の息吹】は切れていない。ということはクロウさんはあの状態のわたしを認識し、どうやったのかはわからないけど完全に対処して上へ投げたということ。
『マズイ』
そして落下中のわたしを待ち受けるのは……
《桜花乱気流》
ゴゥン!
「かはっ……」
真下から聞こえるクロウさんの声、技名。
それと共に劈くような音が、そして同じタイミングで体の中を見えない何かが通り過ぎる。それは痛みというよりも体内の何かを根こそぎすり潰していくように重い何かで、一瞬とはいえ頭から爪先まで響き渡るような、痺れる圧の連鎖に意識が掠れる。
ドッ
『やばっ、い』
クロウさんの技を食らい、床に叩きつけられた状態のはずに全身へ痛みを感じない。それは痛みを感じるレベルに自分がいないということであり、わたしの状態が紛れもなく瀕死に近いということ。
実際、受けた技の威力と床に叩きつけられたダメージによって体のいたるところから出血しているようで、痺れとともに体の端々から冷えていくイヤな感じが、わたしの体が危険なことを教えている。
『このままじゃ、負ける。それは……ダメ』
闘技場での対戦なのでこのまま死んでしまうことになったとしても“本当の死”にはならないと思う。
ただ試合の結果として、この三本目が最も内容が無いという、かなり情けない敗戦結果に自分の中の何かが折れそうになる。
『動け』
幸いというか、クロウさんが放った大技の衝撃によって、わたしとクロウさんの位置は離れている。とはいえ、瀕死に近い状態である以上、追い打ちで攻撃を一発でも当てられたらこの試合は終わる、終わってしまう。
「動け……」
さっきまでとは異なる呟くような、吐き出すような声とともに手足に“動け”と無理矢理信号を送る。
「……動けってば!」
ググッ
無理矢理立ち上がったせいか、チカチカと変な光が視界に映る。
「ハァ、ハァ……」
まだ負けられない、終わっていない!
ポタッ
視界が真っ赤に染まるのは【羅刹の息吹】によるものだけでなく、どうやら切れた頭部からの出血も視界を妨げているらしい。ただ、その状態からでも一つだけわかることがある。
『【羅刹の息吹】が続いている……だったら』
【羅刹の息吹】の効果が切れるまで無駄でも無理でも暴れるだけ。だからその前に少しでも体が動かせるように、
《ヒール》
ギュン!
聞いたことが無い効果音というか、不思議な音がわたしの中から聞こえると、そのタイミングで体を白いモヤのようなエフェクトがわたしを包む。
「……は?」
自分が使える中で一番使用している魔法。それこそ何百回と唱えてきたからこそ、自分の身に起きた音やエフェクト、そして自分自身の状態に驚きを隠せない
「止血どころか、痛みも消えたし傷も塞がってる」
……えーっと、さっきの攻撃で受けた傷の大半が消えてるって普通の【ヒール】じゃないんですけど。
【ヒール】の魔法、その回復量はちょっとした怪我の状態であれば完全回復できるけど、今のわたしのような瀕死レベルで使った場合、良くて止血と半分に満たないぐらいのHPを回復させるぐらいのはず。
『回復力だけで言うなら普通の【ヒール】っていうより、【ハイ・ヒール】レベルすら超えている!?』
【羅刹の息吹】を使った状態で【ヒール】を使用したことは無かった。故にわたし自身としてもこの回復結果には正直驚いている。ただ、
『とはいえ手足の冷えた感じはそのまま残っているだから、止血は出来ても失血を戻すまでは出来ないか』
さすがに【ヒール】で【リペアボディ】の効果まで期待するのは無理があるわよね。ま、それはさておき
「おいおい」
「何か?」
目の前に立つクロウさんが驚いた表情でこちらを見ている。まぁ、驚いているのはわたしも同じだから仕方がないけど。
「このPAWではチートを見たことも無いし、出来ないと聞いていたんだけねぇど……さすがに今の一連のコトを見て疑いたい気持ちでいっぱいなんだけど?
目で追えない動き。そして瀕死レベルまで追いやったのに全回復とかありえないよね」
「疑いたくなる気持ちはわかりますが、残念ながらチートじゃないので。
それにそんな目で追えないような動きをもってしても攻撃が当たらないどころか、反撃っていうか完全に捕らえられ、しかも大ダメージの大技を食らっている現状でわたしの方が混乱していますよ? まぁ回復については初めての経験なのでわかりませんが」
【さっきのは反射技から繋げた大技よ】
『反射技?』
反射って、跳ね返ってくるやつじゃないの??
【まぁ、正確には反射技として技を受けた際に攻撃を上空へと逸し、その勢いであなたも一緒に上へと放り投げた。そして逸らさずに残っていた力を上乗せして【桜花乱気流】っていう技を出して大ダメージになったっていうこと。
ああ、反射技って基本的には相手の攻撃力や勢いを最大限に活かして攻撃する戦法よ。相手の攻撃力が強ければ強いほど、その反射技の威力も高くなるの。
さっきあなたが放とうとした嵐月の威力が高かった分、反射技としての威力も上がったってことよ】
『わたしの攻撃が強かったから受けたダメージも大きくなったってこと!?』
うーん、納得がいかないというか何というか……複雑。
【ま、あれだけ完璧なタイミングで反射技を出せられる冒険者や異邦人なんてそうそういないでしょ。正直、目で追えていなかった攻撃に反応して出すとかって“”達人レベルの格闘者になるから、それだけでも貴重な体験をしたってことよ?
そういえば“桜花”って言っていたわね、流派は確か……“桜嵐流格闘術”だったかしら。公国で流行っていた格闘術で、人間以外にもあの地に住んでいたエルフとかが非力さをカバーするって感じで覚えたり使っていたりしたけど、彼もそこで学んだのかしらね】
『今は亡き公国、その地にいた人達が使っていた格闘術……』
知らない土地の知らない格闘技、そして厄介な技。予定外で予想外となった相手の攻撃に対し、わたし自身がどう対応すべきか……そんな悩みが頭の中でグルグルと回っているのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回も校正がほとんどできていないので、誤字脱字を大量に出していると思われます……本当にごめんなさい。
次回は5/3(月)と二週間後の祝日にさせていただきますのでよろしくお願いいたします。
また、ちょっと面白いと思っていただけたら、ページ下部の☆マークをクリックして、ポイントをいただけたら幸いですm(_ _)m




