250話 王者達の協奏曲 35
「三人とも信じてくれるんですね」
マチュアさんのようにそれなりに長い付き合いがある人ならまだしも、今わたしの目の前にいる三人は会ってから一時間ほどしか経っていない。
それこそ、『馬鹿な話』と一笑に付してもおかしくないような事なのに、三人は疑うことなく聞いてくれている。
「でも、やっぱりアホかと思うで?」
「バカでもあります」
……っく、やっぱり正面から言われると傷に染みる!
「こないなアホな話を真面目に言ってるのを嘘やなんて言えへんやろ、それに」
「信じるも何も、そんな話をしてリアにも俺達にも有益な事なんて何も無いだろ?」
「それはそうですが……」
とはいえ、いきなり全て信じてくれているというのもかえって気になってしまう。
「というか、キールが聞いている以上、リアさんの話が偽りかどうかわかっているから」
「あー……」
そう言えば最初にあった際にリシュさんがキールさんに話の真偽を確認していたっけ。ということは、キールさんにはそういう能力があるってこと?
「とすると、リアがカラドボルドのトップから求婚されているのもそれが原因かな?」
「そう……なんでしょうか、求婚については本当にわからないもので」
特殊な存在と化したわたしには何か利用価値があったりするのだろうか……
「さて、話を聞いた限りでは打開策が見つからないな」
「根本的に何が原因かがわからへんからなぁ」
「そうなると……」
「アレに見てもらうのが良いやろうけど……後がメンドイしなぁ」
『メンドイって……面倒くさいってことよね? というか、アレって?』
そんなことを考えていた時、
ガチャ!
「ギャーギャーうるせぇぞガキ共が」
勢いよく扉が開くと、開口一番文句を言いながら一人の男性が入って来る。
『大柄な体格に立派な髭を蓄えていて、見た目は無骨な初老の戦士っぽいけど』
着ている服装は魔法使いが装備するようなローブってことは……
「うは、呼んでもいないのに来るとか、さすがジジイ」
「ガキっていうけどあなたの方が若造」
キールさんとリシュさんが嫌そうな顔で男性に返答をする。
……っていうか、リシュさんっていくつなんですかね!? とりあえずキールさんが男性を年寄り扱いして、リシュさんが子供扱いしているってことは……うーん。
「あーん? なんだこのメイド」
「ちょうど良かったよ、この娘のことでリスドに知恵を借りたくね……大魔導師、リスド・ガッバーランドの力をね」
「面倒くせぇのとは関わりたくねぇぞ」
「『知の探求者』って二つ名は飾りじゃないだろ? 実際にこの娘、コーデリア・フォレストニア嬢はリスドにとって中々に探求心がくすぐられる存在だと思うけど」
「どこをどう見ても、ただの異邦人のガキだろうが? それとも、こんな身なりで実は……って、いまコイツの名前“コーデリア・フォレストニア”って言ったか」
そういうが早いか、リスドと呼ばれた男性は睨むようにわたしを見る。
「はい、わたしがコーデリア・フォレストニアですが何か」
「……面白ぇじゃねーか」
睨むと同時に感じたリスドさんからの圧に負けないよう、わたしもまた睨み返す。
「ケンカするなら外でやって」
「そもそも、最初に威圧してリアちゃんにプレッシャーかけようとするジジイがエロい。
……じゃなかった、ウザい」
「ピーチクパーチクうるせぇなぁ……」
リスドさんはゆっくりと振り返りながら、キールさんとリシュさんに対し、わたしにかけた何倍もの圧をかけるも、女性陣二人はどこ吹く風な感じでシレッとしている。
『今のなんて、圧っていより殺気じゃないの』
近くにいるだけで心臓が軋むような、そんな空気に反応しているのはわたしぐらい。
【レベル差みたいなものよ】
『差って……』
そんな簡単に片付けられるようなモノじゃないと思いますが?
「で、巷で話題になっている異邦人がどうしたんだ? ワシの探求心がってシュルツが言ってたが」
「えーっと、話すと長いのですが……」
わたしの正面にドカッと座ったリスドさんに、離れた場所にあった遺跡からビ・ディンに飛ばされ、しかもここから出れなくなったことを話した。
「……なるほどな、確かに興味深い話じゃねぇか」
「わたしとしては一刻も早くアルブラに戻りたいのですが」
「出れない原因がわからんから出れねぇってか」
「はい……」
とはいえ、わたしとこの都市とが関連する何かがカギになっていることまではわかる。
「ま、今の話を聞いただけで断定は出来ねぇが」
リスドさんはそう言いながら懐から年季の入った一本の筒を取り出すと、そのまま筒を二つに開き中から細長い棒を取り出した。そして棒の一方に何かを入れてから火を付けると、もう一方の先を口に加える。
「あ、煙管ですか」
「ああ、ちょっと仕込みがある特別製だがな」
そう言いながら吸い込んだ煙をためらうことなく吐き出す……わたしに向って!
「プハー」
「ちょっ、イキナリ煙を……って、あれっ!?」
『いきなり煙を吐きかけるなんて!』ってクレームを出そうしたものの、煙は目の前に存在しているもののわたしには触れていない。触れようとすると煙の方が逃げるというか、触ることが出来ない。とはいえ、煙は消えることなくわたしのまわりに漂い続けている。
「ありゃ、これはまた厄介やねぇ」
それを見ていたキールさんが驚いた表情で呟く。
「厄介?」
「詳しくはジジイが話してくれると思うけど、簡単に言えばリアちゃんの状態がねぇ……」
「な、なんですかその気になる言い方」
悲しそうでありながら、半ば面白そうな表情でわたしを見るキールさん。
「お前さん、煙に触れられないだろう?」
「……はい」
相変わらず煙に触れようとしても、煙の方が器用に逃げていく。
「この煙、紫煙は特殊な成分をした薬に魔力を通すことで、ダンジョンなどで罠や魔法で加工されたものを探知するのに使えるアイテムだ。
ま、あくまで探知するだけで罠を解除したりまでは出来ねぇ。そりゃあそうだろ、折角見つけた罠とかに煙が触れて発動したら意味がねぇからな。
だが、使い勝手が良いからワシらとしちゃあ重宝してる訳だ」
「そうなんですね……でも、それとわたしとの関係性まではよくわからないのですが」
色々と探すときには役立ちそうなアイテムだけど、その能力がいまのわたしに対して何を意味するのかがわらない。
「頭が硬ぇというか、考えることが薄いっちゅーか」
「薄い?」
ハテ?
「さっきも言ったが紫雲は罠や魔法で加工されたものをあくまで見つけるだけで触れることは無い。
そしてお前さんが紫雲に触れられねぇってことは」
えっ、ちょっと待って。
「わたしが何かの魔法にかかった状態、というか魔法アイテムみたいな存在になっているってこてこと!?」
「そういうことだな。ま、聞いた話から考えると、お前さんにはビ・ディンに対する【所在固定】の魔法が常にかかった状態であり、この都市に縛られた存在になっているってことだろうよ。
ただ、通常【所在固定】の魔法はアイテムの流出を防ぐ為にかけられるモノであり、人を始めとした生物にはかけられないはずなんだが……何をやらかしたんだかな」
「人にはかけられないはずの魔法がわたしに……」
確かにこれは厄介な話だと思う……気持ち的には厄介とかそう言ったレベルじゃないけど。
「今日の所はビ・ディンから出られなそうだから、この屋敷に泊まっていくと良いよ。
実際問題としては、リアがこの世界に再ログイン出来るまでは進展しなさそうだし、ログインした後も、この問題を解決して出られるようになるまでは居てもらっても構わないさ。
ま、その代わりと言ってはなんだけど、この屋敷にいる間はメイドとして働いてもらおうと思うけど……どうかな?」
「すみません、お言葉に甘えさせていただきます」
冒険者が多数いる都市だから宿泊施設も十二分にあるとは思うけど、わたしの今の状態がよくわからない以上、下手に移動することで予想外な問題が発生するかもしれない。
『って、話を進めちゃったけど良いわよね?』
【そうね、ここに居れば困り事は無さそうだし。それに居る手間賃がメイドの仕事なら、私でも大体は出来るだろうから良いかな】
“もう一人のわたし”も満更では無さそうだから、一先ずは安心かな。




