245話 王者達の協奏曲 30
「もうこれに触るしかないわよね」
“yes”か“no”か、どちらかを触ってこの状態から開放されるしか道はない。
『はぁ……やるしかない、か』
ため息をついてから気持ちを固め、両手をじっと見てから
パン!
「……女は度胸!」
両手で頬を叩いて気合いを入れる!
『何が起こるかなんて悩んでも仕方がない! 選んだのが自分なのだから、何かあってもあとは自分の責任で乗り越えるだけ!』
【そうね、そういう気持ちの入れ方は好きよ】
『……あはは、ありがとう!』
そう答えると、わたしは“yes”の文字に触れる。すると、
ザバッ!
「なっ!?」
足元に溜まっていた水がわたしを石柱ごと取り込むように動く。
『ちょっ!? 息が……』
わたしを包んだ水の冷たさも然ることながら、それが水で出来ている以上、呼吸することが出来ない。なんとかこの中から出ようと必死に藻掻くけど、手足が思うように動かず、無駄に肺の中にある空気を減らしていく。
『ヤ、バい……』
何も出来ない状態から、次第に視界が暗くなって……
ヒュン
「はぃ?」
全身が変な振動を感じた瞬間、わたしの視界に映るものは無数に煌めく星が散りばめられた広大な夜空だった。
―――◇―――◇―――
『君は行かなくて良いのかね?』
『行くわよ、貴方に言われなくとも』
水の塊が虚空に吸い込まれるように消えていく。残ったのは私と石柱にもたれるように立つ男だけ。
『それにしても死んでいたはずの機能をわざわざ動かすなんて、貴方も物好きね』
『君ほどじゃないさ。それに可動出来るだけのエネルギーを持っていたのは彼女だよ、僕は切っ掛けを与えたに過ぎないよ』
『切っ掛けねぇ……アレを渡した時から関係を保ち続けているクセに、何度も切っ掛けを与えるなんて過剰じゃなくて?』
『ふふふ、そこはご想像にお任せするよ』
……食えない奴ね。
『それにしても、君ならアレを読むことが出来るのに教えないなんて、なかなかに良い性格をしているね』
『あら、貴方なら私の性格ぐらいしっているでしょ? あの先がどうなっていようが、それを越えられない以上、先まで進む資格なんて無いもの……ちがうかしら?』
私がそう答えると、彼は呆れたような笑みを浮かべながら『そうだね、多分』と呟いていた。
『……その肯定っぽい返答について問いただしたいのだけど?』
『あはは、遠慮してもらおうかな。君のような“力を持っている側”とは親密にならないことにしているからね』
『そういう貴方だって……いえ、やめておきましょう』
無闇に近づく事が良いとは言えない。それが、例え同じ位にいる者だったとしても……
『さてと、そろそろ行くわ。今ごろ彼女も楽しんでいる、かもしれないけど離れすぎても色々不便なことになるかもしれないから』
とりあえず死ぬような事はないはず……余程のことがない限りは。
『そうかい、じゃあ僕も行くことにするよ。丁度ここに僕の存在を固定できるモノも無くなったからね』
そう言って、彼は水が無くなった場所を指差す。
『君の夢が叶うことを願うよ』
彼はそう話すと、空気に溶けるように徐々に姿を消していく。
『お互いにね』
私もまた彼にそう答えると、同様にその場から姿を消すのだった。
―――◇―――◇―――
「……えぇぇぇぇっ!」
水に包まれ呼吸が出来なかった状態がいきなり解ける。ただ、その替わりに感じたのは体が落下する感覚で、何がどうなったかわからないまま
バッシャン!
「かはっ」
落下自体は数秒レベル。ただ、落下が終わった瞬間にわたしは水面に叩きつけられると、意識も体も沈んでいって……
『って、ヤバいヤバい!』
揺らぎかけていた意識を強引に取り戻すと、慌てて水面に向かって泳ぎ、
「ぶはっ……」
思ったより水位があったようで、無我夢中の状態で水面まで泳いで戻りると慌てて顔を出す。
『あっぶな……』
【なかなか豪快なダイブをするのね】
『したくてやった飛び込みじゃないから!』
落ちた状況が状況だったとはいえ、飛び込みで水の中に潜ったのではなく、ただ水面に落ちただけというあまり格好良いものでもなかったし!?
「というか水面にぶつかった体が痛いし」
きっと服を脱いだら赤くなっているんだろうなぁ。それに濡れた服もどうしたものか……
【さて、そんなあなたに朗報が……もしくは悲報があります】
『な、なによ、そんな、改まった言い方なんかし』
シャキン
「うぇ?」
「死にたいならもう一度沈め。生きたいなら十秒以内で弁明をしろ。ただし、弁明をしたところで生きている保証は無いがな」
上から見下ろすような視線と、聞き返すことを一切許さない威圧感の高い声とともに、水に浸かっているわたしの首元には、銀色に輝く鋭い剣先が当てられる。
『べ、弁明って言われても』
とりあえず視線のみを剣の主へ送る。そこには一糸纏わぬ褐色の肌を持つ女性と、その傍らに困った顔をした男性がいた。
男性の方は一応腰にタオルを巻いているので視線に困ることはなかったけど、女性の方は恥じることなく抜群なプロポーションをさらけ出しており、同性であるわたしから見ても目を奪われるほど。
しかもプロポーションが良いだけでなく、目では感じ取れない魅惑的な何かが、徐々にわたしの意識をボンヤリとさせて……
ガブッ
「痛ぅ」
水面に赤い模様が広がっていく。
「ほぅ」
「弁明しろって言ったわりには、こちらの意識に侵食してくるような力を使うって反則じゃないの?」
自分で自分の意識がきちんと握れないような不思議な感覚に対し、わたしは慌てて自分の左腕に噛みつき、混濁しかけた頭を強制的に取り戻していた。
「とりあえず話だけは聞いてもらうわよ」
相手にコチラの話を聞くつもりがあるのかどうかわからないけど、ちょっとした間が生まれた機会を利用すると、わたしは二人にこれまでの経緯を話し始めた。
・
・
・
「で、遺跡にあった装置に触れたらココに落ちてきたって話よ。
……信じてもらえるかどうかはわからないけどね」
魔物暴走から始まり、ヘルベアと幻影愚者人形と戦い、治療と休憩がてらに入った遺跡が作動してここに来たこと。
普通に考えればなかなか信じてもらえないような連続したイベントに対し、銀色に輝く剣を持つ女性は呆れたような表情でこちらを見ると、
「ふざけた話だな。だが、嘘は言っていないと見たが……キール、おまえの目と耳にはどう映り、どう聞こえた?」
「んー、あたいの耳にもノイズは聞こえなかったから、リシュの感じたので合ってるかな、残念だけど」
『もう一人いた!?』
背後から聞こえた声に慌てて振り向くと、さっきまでは気配を感じなかった場所には一人の少女が立っていた。
「んー、人は見た目で判断するのは危険やからな。これでも君の倍は生きてるからな?」
「あっ、いえ、その……」
「仕方ないだろ、キールを所見で四十過ぎに」
《戦神落鎚》
ギィン!
『くっ、耳が……』
キールと呼ばれた少女は躊躇うことなく魔法を放つと、上空から落ちてきた光の束が褐色全裸さんの後ろにいた男性を貫く……かと思われた瞬間、褐色全裸さんが手にしていた剣で光の束を叩き斬っていた。
「おいおい、リシュがいなかったらヤバかったんだが」
「んー、ボケに対するツッコミは最大限でやらな意味が無いって話していたやろ? リシュもそれがわかっていたから、完璧なタイミングで戦神落鎚を斬ったわけやし……なぁ?」
「……」
『……なんか、変な人達に絡まれてしまったような』
褐色全裸……もとい、リシュと呼ばれた女性はよく見ると人より耳が長く、たぶんダークエルフだと思う。
戦神落鎚を放ったキールさんの見た目は子供だけど、さっきの話を聞く限りは人とは異なる種族のようで。
そして、
「遺跡の誤作動か、それとも神のイタズラか……君もなかなかに面倒な道を敷かれた異邦人のようだねぇ……」
「面倒な道、ですか」
「うん、一応いまのに悪意は無いよ?
ただ、経験上珍しいものを見聞きしてしまうと、どういった経緯でウチに来たのか詳しく知りたくなるものでね」
そう言いながら近くまで来ると、水に浸かったままのわたしに手を差し伸べる。
「いらっしゃい……で良いかはわからないけど、まずは歓迎するよ」
「はぁ……」
笑顔で手を伸ばす男性と二人の女性。まだ状況が掴めていないわたしが困惑しているのを見逃さなかった男性は、わたしの手をしっかりと握ってから引っ張り上げると同時に驚く一言を放った。
「ようこそ、迷宮都市ビ・ディンへ。
数多の冒険者が夢見る、もしくは限界を見せられ散っていくダンジョンが、君に何を見せるのかとても興味深いな。
……あっ、そう言えば自己紹介がまだだったね。僕はこの迷宮都市を形式的にとはいえ預かっている、シュルトス・ランド・ラクルーレだ。気軽にシュルツとでも呼んでくれれば良いよ、落下姫」
いつも読んでいただきありがとうございます。
8月です! なんとかギリギリで掲載間に合いました……あぶなかった。
次回は8/10(月)アップ目指して……頑張ります。今回もけっこう厳しい状態ですが、
なんとか間に合わせられるようにしますので、よろしくお願いいたします。
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