243話 王者達の協奏曲 28 vs幻影愚者人形 3
「一発勝負!」
体の中から『ミシミシッ』とか『ブチブチッ』ってイヤな音が聞こえてくるけど完全無視の状態で体を無理やり動かし続け、両足に目一杯力をかけると、ただ一点を狙って
《孤月》
ガゴッ!
「入った!」
幻影愚者人形が出した【通天崩】に対し、わたしは【孤月】をカウンターで入れる!
「?」
一方、カウンターで食らった幻影愚者人形は【通天崩】を出したモーションから無抵抗のまま、上空へと打ち上げられていた。
『これ以上ないタイミングだったわね』
本来なら【嵐月】からの連続技として使うべき闘技ではあるものの、単発でも出すことは可能。
そしてこの闘技自体も勁力系の技であることから、溜めた力を勁力に変換して使うことが出来るのが最大のポイントになる。それは単純な威力の向上ということだけにとどまらず、勁力の効果……即ち、相手の気脈にも影響を与えることが出来る闘技となる。その効果は、
「ヲヲ?」
「体が動かないでしょ?」
魔物とはいえ生物である以上、必ず体に気脈は存在する。そしてそれが乱れてしまえば、麻痺化して体の自由が奪われることに変わりはない。
『だから、このまま繋ぐ!』
《重ね孤月》
低い態勢から、上に向かって円を描くようにもう一度蹴りを放つと、幻影愚者人形は更に数メートル上へと打ち上げられる。あとは、
『これで決める!』
上空で固まっている幻影愚者人形に向かって両手を突き出し【招月】を出す構えに移行する。
ドッ!
両手から放たれた気の塊が幻影愚者人形を光の球に閉じ込める!
そして、幻影愚者人形に向けていた両手を合わせるように向けてから、両手の指を組んで対象を握り潰すように力を入れると
バンッ!
光の球は激しく眩しいほど点滅をしてから、幻影愚者人形を中に閉じ込めたままの状態で弾け飛ぶ!
それこそ、光の球が破裂した音は真横に雷が落ちたかと錯覚するほどの轟音であり、鳴ってからしばらくの間はわたしの耳も使い物にならない状態に。
そして、
ドシャ……
「……終わったかな?」
光の球が消え去り、空中から落下した幻影愚者人形が地面に力なく倒れている。
本来なら【嵐月】からの【弧月】で浮かした相手に【招月】を決める連続技だから、その途中である【孤月】を始動としてどれだけ威力が出せるかは賭けに近かった。とはいえ、
『【招月】の威力が想像以上だったのが勝因って話よね』
以前ラルさんに出した際には、ちょっとした事情というか予定外のことが起きて決めることが出来なかった。
もし、あの場で最後まで出せていたら……【嵐月】からフルコンボということを考えれば、いくら屈強なラルさんだったとしても、逝っていた可能性は十分あったと考えられる。
『さすがの幻影愚者人形でも今のは効いたわよね?』
【効くどころか、生命活動を停止しているわ】
『そう、良かった……』
“もう一人のわたし”にそう言われて緊張の糸が切れたのか、両足の力が抜けてその場にしゃがみ込む。
【HPの残は二割、あれだけあったMPも半分以上消費するなんてね】
『さすがに少しだけとはいえ、この世界からお別れしないとダメかもって思ったぐらいよ。
正直、生き残れただけ、良かったと思うべきだって』
幻影愚者人形に【通天崩】を打たれた時には死を覚悟していたのは本当の話。
「それにしても、HPの減り以上にキツい連戦だったわ……」
まぁ、クロススキルが発動しなかったら死んでいただろうから、HPの残量とか関係なしに危ない戦いだったことに間違いはない。
それにしても……
『改めて【クロススキル】って訳がわからないわね』
このスキルの発動はシリュウとの戦いと合わせて二回目。どちらもわたしが危機的な状況にいて、“強い望み”を求めた際にも発動している。
『まぁ、どっちもまわりというか空間自体がスローになったというか不思議な』
……ん?
「あれっ? わたし以外がスローになったのはクロススキルの力だとしたら、ラルさんとの戦いの際に【羅刹の息吹】で視界がスローっぽくなったのって」
【ねぇ、今はそれよりもの前にあるアレを確保することに気を向けたら?】
『アレ?』
何か頭の中で引っかかるものがあったので整理しようとしたところで、“もう一人のわたし”がそれを指差す。
『幻影愚者人形の死体がどうかしたの?』
完全に沈黙した幻影愚者人形の死体。もう少しすれば結晶化して消えていくけど……
【トム店長がアレはかなりレアだって言っていたから、きっと高級素材としてかなり高価で売れるんじゃないの?】
『……確かに!』
見たところ幻影愚者人形の全身にさほど傷はなく、程度としてもそれほど悪くないように思う。
「もしかしたら、これで一万ゴールドぐらいになったりして」
PAの強化費はいくらあっても多過ぎることがないのはトム店長から耳にタコができるほど聞かされている。
『じゃ、じゃあトム店長から貰った【制御札】を貼って』
もう一つのカバンから札を取り出すと、幻影愚者人形に貼り付ける。
キィン
「おぉっ」
札を貼られた幻影愚者人形の死体は、その透明度が落ちることなく体の表面から徐々に光が失われていくと、トム店長の工房で見たような状態に変わっていった。
「問題はこれをどう運ぶかだけど……おっ、入った」
フィーネから借りた魔法鞄、一応わたしレベルで二人分入るという話だったから大丈夫だとは思っていたけど、容量ギリギリで収まったようで一先ず安堵する。
『重さはどうかな』
幻影愚者人形が入った魔法鞄を肩に下げ立ち上がろうとして
フラっ
「あ、あれっ」
一瞬とはいえ両脚に上手く力が入れられず、近くにあった木にしがみつく。
【重かった?】
『ううん、目眩っていうか……足元に力が入らなかったというか』
魔法鞄の重量には変わりがないようなので、単純に立ち眩んだだけかな?
【ま、ヘルベアに幻影愚者人形とソロでやらないような連戦が思ったほど疲労として出た可能性もあるから少し休んだ方が良いわね】
『そうね、まだ先は長いし……そういえばヘルベアの方はどうなったのかな?』
幻影愚者人形の素材という、特別ドロップを得られたことで調子に乗った訳ではないけど、ヘルベアの皮も素材としては結構良い物になるはず。
お肉は……あんな目にあった以上、さすがに食指が動かないかな。
【さすがに消えたみたいね】
『素材として得られる時間は過ぎちゃったか〜残念!』
ま、欲張りすぎてもしょうがないかな……ん?
「……って、あれは?」
“もう一人のわたし”と話しながらあたりを見ていると、割れた石畳によって出来た空洞と黒い珠が視界に入る。
空洞は石畳が割れたことによって下に繋がるようになっており、正直、よく見なければ気が付かないレベル。そのままでは入れないけど、割れて重なった部分の瓦礫をどかしさえすれば、その中へと入ることが出来そう。
あとその石畳の前に転がっている黒い珠は不思議な感じを受けるけど……なんだろ? ま、いっか。
『この中だったら、少しは安心して休めるかな?』
自然に出来た穴では無さそうだけど、その分安地っぽいというか、魔物とかに見つかりにくい場所に見えた。
丁度、一息つける場所が欲しかったことだし、この穴の中ならゆっくり休めそうな気がする。
【中に進んで魔物の巣窟だったら?】
『ははは……こんな狭そうな穴に魔物なんていないでしょ? ま、もしそんな状態になったらなったで、何とかしてみせるから大丈夫よ。
……それより、こっちの黒い珠ってなんだろ?』
大きさとしてはソフトボールぐらいかな。その見た目ほどは重くないけど、なんだかそのアンバランスさが妙に気になるというか……
【これ、さっきのヘルベアと一体化していた黒い鎧の核ね】
「ふぇっ!?」
“もう一人のわたし”の発言に驚くと、つい手が滑って黒い珠を地面へ落とす。
【大丈夫よ。寄生していたヘルベアが消滅したことで核が活動するだけのエネルギーを確保出来ず、ちょっとした活動停止状態になっているから触ったところで何も起きないわ。
黒い珠もトム店長が知ったら、泣いて喜んで無理矢理にでも奪いにくるでしょうね、ほぼ間違いなく】
『無理矢理にでも奪うって、わたしにとって得な話かな??』
素材という面では凄そうだけど、『凄い素材=トム店長に強奪される』っていう図式は面白くないなぁ……
【まぁ、トム店長の前で黙っていられたら良いんじゃないの? ……出来たらだけど】
『あぁ、うん……多分無理だと思う』
こういうことに鼻が利くからなぁ……隠してもきっと気がついて追求されそうな気がする。
「じゃあ、トム店長に会ったらこれも渡すわ」
うん、幻影愚者人形の素材と合わせて、わたしのPAの強化費用にしてもらおっと!
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回も7/27(月)にアップ出来るように頑張りますので、よろしくお願いいたします。
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時間が、時間が……




