241話 王者達の協奏曲 28 vs幻影愚者人形 1
『大きさは元より、腕も足もあるから容姿としては殆ど人と同じよね』
身長は二メートルに届くかどうか。そういう面も含めてヘルベアよりも戦いやすいようには見える。ただ、見えるだけで実際に受けるプレッシャーはヘルベアの比ではない。
しかも、ヘルベアとは異なり顔には目鼻口が無いことから、相手の表情や視線を見て戦うという手が使えないのが地味に痛い。
「あなたと戦う気は無いの。出来ればお互いここは相手を見なかった、ということにしないかしら?」
言葉が通じるような相手じゃないのぐらいはわかっているけど、『もしかしたら』という期待を込めて話しかけてみる。
「……」
幻影愚者人形はわたしの問いかけに何も語らず、ただこちらをじっと見ているだけ。
……目が無いからそう思うだけかもしれないけど。
ジリッ……
通じるかどうかはわからないけど、両手を上げた状態で少しずつ下がると、幻影愚者人形に刺激を与えないように気をつけながら、徐々に距離を離していく。
『なんとかこのまま……』
とにかくこちらとしては敵意がないことをアピールして離れられれば……魔物に対して正しいかどうかは別として。
でも、
ヴン
「ん?」
無いはずの目がわたしを見た、再びそんな感覚に囚われた瞬間、幻影愚者人形から変な音がすると、わたしの視界いっぱいにオレンジ色の物体が。
「うっそ!?」
ガンッ
「痛っ!」
幻影愚者人形が放ったのはただのストレートパンチ。当たる直前、間一髪でガードが間に合ったものの、ガードで防ぎきれなかったダメージがわたしのHPを少し削る。
『って、削れている量がヘルベアよりも多い!』
ただのパンチがヘルベアの強烈な振り下ろし攻撃よりも威力があるって……
【まぁ、ヘルベアを黒い鎧ごと貫くことが出来るだけのパワーがあれば想定内でしょ】
『そういう問題!?』
“もう一人のわたし”が言うこともわかるけど、そう簡単に割り切れるほど、気持ちにゆとりなんてある訳がない。
『っていうか、パワーだけでなくスピードまであるなんて、ちょっとヤバいかも』
減ったHPからパワーが高く、尋常じゃないスピードで間合いを詰められ……ヘルベア以上の能力に空いた口が塞がらない。でも、
「近接戦闘が出来るのなら!」
ダッ
ガードの硬直が取れた瞬間に間合いを詰めると、スピードに乗った突き、そして連続した回し蹴りを放つ。
しかし、
サッ、ササッ
『上手く避けるわね!』
幻影愚者人形は大きく移動することなく、身体の向きを少しだけずらすことで、わたしが放った突きと蹴りを避ける。
『この状態……』
どちらの攻撃も当たる間合い。ただ、優位なのはこちらの攻撃を避けた幻影愚者人形な以上、わたしとしては相手の反撃に備えて……
ザザザッ!
「はぁっ?」
しかし、近距離にいたはずの幻影愚者人形は、わたしの思惑を他所に大きく間合いを……それこそ、三十メートルほど離れた位置まで移動する。
そして、右腕からオレンジ色の細長い棒を浮かび上がらせ……
『まさか!?』
今日一番の嫌な予感が頭の中に鳴り響く!
ヒュン! ヒュン!
「ちょ、ちょっと!」
その場から跳ねるように移動して後ろを見ると、さっきまでわたしがいた場所にあった倒木へ、あのオレンジ色の棒が突き刺さっている。
しかも、よく見ればオレンジ色の棒は倒木に刺さるというか、貫通して地面にまで到達していた。
【殺傷力の高そうな攻撃ね】
『あの矢みたいな奴、威力が高すぎでしょ!』
煙を出してあれだけ太い倒木を貫くとか
「……煙?」
ドカン!
「キャッ」
閃光と共に発生した爆風によって吹き飛ばされそうになるのを、近くにあった遺跡の柱に掴ままり耐えきる。
「威力の高い近接攻撃だけじゃなく、貫通力が高くて爆発までする遠距離攻撃とか、ちょっと洒落にならないのだけど!」
相手にそんなことを言っても通じていないのはわかっているけど、文句の一つもぶつけないと、正直やっていられない。
【文句を言うのは構わないけど、このままじゃ反撃する間もなく終わってしまうかもね】
『わかっているわよ!』
ヒュン!
「くっ、少しぐらい休憩させなさいよ」
さっきまで掴まっていた柱の影で息を整えようとしたものの、幻影愚者人形はわたしに矢が当てられる位置まで移動すると、間髪入れずにあの矢で射撃を再開する。
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
「もうっ!」
しかも放たれる矢は一本だけということもなく、こちらがいる場所の状態に合わせてくる本数が変わる嫌がらせよう。
【その割には避けているじゃない】
『当たらないように必死なだけよ!』
もし、あの矢が体に刺さった状態で爆発したら……そう考えるだけで、体が避けようとする動きに必死でついてくる。
が、
ビュン!
「くっ!」
避けきったと思っていた矢の一つがわたしの腕を掠める。ただ、掠めたレベルの割には袖だけでなく、下の皮膚にまで深めの裂傷が。
『……さっきまでと矢が変わっているとはね』
わたしの腕を掠めた矢からは煙が出ておらず、その代わりに矢自体に螺旋がかかるような細工が見て取れた。
「我慢できないことも無いけど……」
『幻影愚者人形との戦いに時間がかかりそうな感じがする以上、治せる傷は治しておきたい』
そう考えて【ヒール】を唱えようとした瞬間、
ヴン
「いぃ!?」
幻影愚者人形は三十メートル近くあった距離を一瞬で詰めると、勢いに乗った強烈な飛び蹴りを放ってきた!
『ヤバっ』
《金剛体》
ドゴッ
「くぅぅ……」
幻影愚者人形の蹴りが当たる瞬間、唱えようとした【ヒール】から【金剛体】に変えることで、ある程度のダメージは軽減できた。だけど、
『【金剛体】でガードしたのに、HPの一割が持ってかれた!?』
【ただの蹴りじゃなかったみたいね、形は違うけどあなたが使った【飛燕脚】と似た感じかしら】
「冗談じゃない!」
あれはマチュアさんとの修練によって身につけられた技。そう簡単に出されて『はい、そうですか』なんて思いたくもない!
【認めないのは自由だけど、気をつけるべき点まで見失ったらダメよ?】
『わかっている!』
わかってはいる。ただ、イマイチ掴みきれない幻影愚者人形の動きに苛立ちが溜まり始めている。
「とりあえず」
シュッ
わたしは辺りを視野に収めると、木々が生い茂った森の中へ移動する。
『ちょっとした柱の陰ぐらいではあの弓から避けきるのは難しいし、直進で近づきやすい地形では一瞬で間合いが詰められる。
だったら障害物が多い森の中ならヒールを使う隙が取れるはず。ここなら幻影愚者人形だってそう簡単には……え?』
パリッ
この場所なら射撃しづらく近づき難い……そう判断して移動したわたしの思いは、幻影愚者人形の上に浮かぶ複数の光る弾を見て霧散する。
パリパリッ!
「もうやだ!」
どう見てもまともじゃない光の弾を見て、今いた場所から再度跳び跳ねる勢いで避難!
すると、間髪入れずに近くにあった木々に向かって光の弾が飛来して
ドガガガッ
「ひっ!?」
幻影愚者人形から放たれた光る弾達は、わたしがいた辺りの木々全てを爆散させていた。ちなみに地面も抉れているので、その威力は言わずもがな……
「本当、洒落にならないわ」
最初に受けた印象とは違うけど、幻影愚者人形の厄介さに頭が痛くなる。
『正確な射撃に高威力の魔法。かと思えば簡単に間合いを詰めれるスピードとガードの上からHPを削れるほどの近接攻撃力。そしてこちらに自由な移動をさせなかったり、ヒールをかける暇を与えない厭らしい戦術も標準装備。
その癖、こちらを凌駕するパワーを持っているのにも拘わらず、そのパワーを利用した強烈な技を持っている素振りも見せないし……』
ぶっちゃけ、最初に幻影愚者人形が放った“ただのストレートパンチ”だって、もしさっきの【飛燕脚モドキ】を出されていたら……ただのガードでは耐えきれず、HPを半分以上減らされていたかもしれない。
「なんなのよ一体全体!」
爆裂系の魔法を連射されたらかなわないので、幻影愚者人形の魔法によって遮蔽物が無くなったのを逆手に取り、ショートダッシュからの突きと蹴りのコンビネーションを出すものの、これらもあっさりと躱されてしまい、幻影愚者人形は再び大きく離れていく。
『こんなの厄介過ぎでしょ。
近づけば離れられ、遠くにいたら矢やら魔法やら撃たれまくるって……ん?』
もしかして、こっちの状況に応じて戦い方を変えている?
正直、わたしから見たら面倒な戦い方だけど、それが幻影愚者人形の戦術だとしたら……相手に主導権を渡さない、もしもそんな戦い方しか出来ない縛りがあるとしたなら、そこに勝機があるかもしれない。
『試す価値はあるわよね』
このままではジリ貧な状態なのは明らか。だったら、やれるべき手を試して試して試しまくる!
「まずはこっちから近づいてやる!」
相手のスピードがかなりのものだなんてわかっているけど、わたしがそのスピードに負けているとは、まだ決まった訳じゃない!
ダダッ!
わたしはダッシュで移動しながら、向かってくる複数の矢を左右にステップし、躱して間合いを詰める。そんなわたしに対して、幻影愚者人形はその場から動かずに射続け……
『ココ!』
最後のステップで大きく左に動くと、軸足に力を入れて踏み切り、
《飛翔脚》
『本物を味わいなさいな!』
距離・スピード・タイミング、全てが完璧な状態で放つ【飛翔脚】が幻影愚者人形を捕らえる……はずだった。
【ダメよ!】
その瞬間、“もう一人のわたし”がわたしに向かって叫んでいた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回も7/13(月)にアップ出来るように頑張りますので、よろしくお願いいたします。
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通常の勤務体制に戻ったので話を考える時間が戻ってきました。
このまま上手くいけばデイリーアップが……




