237話 王者達の協奏曲 25
タッタッタッ……
「意外に走れてる」
草木が生い茂る獣道をかなりの速度で走り続ける。山道だから急な斜面があったりしても慌てることもなく、的確な足場を見つけてはスピードを落とすことなく進めることが出来るのは、マチュアさんから受けた日々の訓練、その賜物。
【あの“マス目ステップ”の特訓がねぇ……】
『結構大変だったのよ……』
マチュアさんが用意した十センチ四方のマス目には数字が一から四百まで書いてあり、『偶数マスだけを踏んで一往復』や『私の攻撃を三の倍数のマス目だけを踏んで避けなさい』など、瞬時の判断から指示にあったマス目を“見て・移動”するという特訓をしていた。
『間違えたり、遅れたら容赦なくボールをぶつけられて……』
【最終的にはそのボールを避ける訓練になっていたわね】
『……うぅ、思い出すだけで体が痛くなってきた』
ボールは軟式のテニスボールぐらい柔らかいのに、マチュアさんはスピードを上げるために、ボールへ気を込めて投げていたことから、当たった際の感覚的には鉄球とまでは言わないけど、木の棒が当たるぐらいには痛かった。
とにかく早く、正確に次の一歩が踏み込めるよう、移動の正確性と見極める力を向上させる特訓は、過去に行ってきた組手とは違った修練であり、マチュアさんが求める最低ラインに到達するまでには、思った以上に時間がかかったものでした。
【ま、あれのおかげで次に踏み込むべき場所を、瞬時に見分けることが出来る力が得られたのだから】
『そうね、確かにそう思えばあの時の痛みも少しは良かったと思えるかも』
【あら、てっきり痛いのは好きだから問題ないと思っていたのに?】
『……好き好んで痛い目にあいたいとは、これっぽっちも思っていないからね!』
気がついたら変な性癖とかがあるように思われたら心外なんですけど。
【……で、気づいている?】
『さすがに、これはね』
“もう一人のわたし”からの問いかけ。それはわたしが進む道の先に存在する巨大な殺気。
『避けられるのは避けてきたけど、これは無理っぽいわ』
【そうね、一応僅かに進路を変えているのに、全く殺気が反れないどころか、チクチクと肌に痛みを覚え始めたぐらいだし】
フィーネと別れて西に向かってひたすら走る中、時折魔物の気配を感じては、相手に気づかれる前に進行方向をずらして進むことで戦うことを避けてきた。
しかし、今わたしの進行方向にいる相手にはその手が通じなかったようで、こちらをしっかりとマークしており、離れる気配を感じないどころか近づいて来ている。
『やっぱり縄張りみたいなものがあるのかな?』
【ま、そうなんでしょうね。縄張りに無断で入られて怒っている、そんな感じじゃないの?
他の魔物がいる気配もしないから、ボスだけが意固地になって残っていたんでしょ】
縄張りを持つような強い魔物なら、配下や眷属と言った取り巻きがいてもおかしくないのに、殺気を出している魔物以外にいる気配は感じない。
『これで他にいたら詰みそうね』
【あら、雑魚でも適当にいたほうが、こちらが全力で逃げる際の障害物として使えて便利よ?】
『……使えたらね』
こちらに殺気や気配を感じさせないような、強力な力を持った配下なんて手、かなりヤバいと思うけどね。
【接敵するわよ】
『ええ!』
《プロテクション》
《修羅の息吹》
《闘衣》
戦闘時に使う魔法三つを唱える。
【攻撃力と防御力を上げる 《プロテクション》や 《闘衣》は分かるけど、能力値を上げるのは 《修羅の息吹》なのね】
『 《羅刹の息吹》は最終手段よ。極力アレに頼らない戦いをしたいもの。
それに使わなきゃいけない相手だと判断したら、すぐに 《羅刹の息吹》に切り替えるわ』
《羅刹の息吹》については、マチュアさんに使用の縛りを設定された以上、いつでもポンポンと使うことは出来ない。
『来る!』
進行方向に存在する大木の向こうから、最初に感じた時とは比にならない殺気が押し寄せる!
バキッ!
「マジ!?」
大木の向こうにいる相手と『どうやってファーストコンタクトを取ろうか』と考えていたわたしの思惑をあざ笑うかのように、根本の近くから刈り取られた大木がこちらに向かって飛んでくる!
バッ!
「あっぶな!」
サイドに避けるのが難しかったことから、即その場に伏せることで何とか回避に成功する。
するけど……
「ここまで見下ろされると、さすがに竦みそうね」
さっきの大木があった位置、その向こうからこちらを見下ろすように一匹の熊がいた。
ただ、普通の熊とは異なり、全身の毛を血よりも濃い赤に染めたその姿は大きく、下手をすればちょっとしたPAに迫るほどのサイズに見える。
「ブラッディベア、だっけ……」
特徴となる赤毛と不快に感じるほどの黒いオーラ。一応、アルブラの近くで見たことはあったけど、確か大きさって二メートルぐらいだったはず。
【元ブラッディベアってところね。どれだけの獲物を狩ったかは知らないけど、クラスチェンジして“ヘルベア”に変異しているわ】
『ヘルベアねぇ……』
血染めが地獄になったことで、ここまでプレッシャーが上がるものなの?
【相手が大きいからでしょ?】
『大きすぎよ、立っているとはいえ余裕で三メートルを超える熊って……まぁ、普通の獣じゃなく魔物だから仕方ないのかもしれないけど』
ただでさえ大きいのに、加えてどす黒いオーラみたいなものを纏った赤い熊なんて、いきなり道で出会ったりしたら、あまりの驚きに気絶したっておかしくないのでは?
『開けていない森の中なら、木を盾代わりに使って戦えるかと思ったけど』
【木ごと刈り取られそうね】
それなりに樹齢を重ねた大木をあっさりと切り倒した爪と、苦もなくそれを張り飛ばすパワー。
『木を陰に隠れて戦っても、一緒に刈られておしまいなのは間違いないかな』
【で、どう戦うの?】
素で大きいからリーチも長いし、こっちの攻撃も届きにくい。しかも、あんなパワーに勝てるはずもなくて……あれっ、勝てそうなモノってスピードぐらいしかなくない!?
ともすれば、振り下ろしたり掬い上げるような動きのスピードだけなら、負ける可能性も否めなかったり。
『はぁ……』
【覚悟決めた?】
『決めるしかないじゃないの』
とりあえず逃げ切れないことだけはわかっているのだから……
「やるしかないでしょ!」
パン
両頬を叩いて気合いを入れ直す。
「自分よりパワーがある相手とも戦ったことはあるし、自分よりもリーチのある相手とも戦ったこともあるわ」
ラルさんのパワーはすごかったし、ハルの大剣の間合いはヘルベアよりも広かった。
いま目の前にいる相手は、たまたまその両方を持っているだけ。
【強引な解釈ね……でも嫌いじゃないわよ】
『ありがと。じゃあ、暫く戦いに集中するから』
そう言って“もう一人のわたし”との会話を閉じる。
「さぁ、始めましょうか」
『相手が強いのはわかる、でも 《羅刹の息吹》はまだ使えない』
今日戦う相手がこのヘルベアだけなら良いけれど、この後でヘルベア並に厄介な相手と出会う可能性が否めない以上、出来れば 《羅刹の息吹》の使用は残しておきたい。
……ま、使わないと勝てないと感じたら、すぐに使うけどね。
「さて」
『先手も後手もないけど、まずは相手の正確な間合いと反応を見る!』
「疾ッ」
左右に軽くフェイントを入れながら加速して間合いを詰める。ヘルベアはその動きを目だけで追うのみ。そして、
「ガァァッ」
ブンッ!
「チッ」
あと一歩、間合いを詰めようとしたタイミングで、ヘルベアが牽制的な振り下ろしを出してきた。
『想像よりリーチがある』
振り下ろしのスピードは予測の範囲内だったのが救いかもしれないけど、まだ全力じゃない可能性が高いから油断は出来ない。
『それに、わたしがヘルベアに攻撃するにはこの地形がかえってハンデになっている』
木が盾に出来ないだけじゃなく、移動の際に邪魔なが障害物にしかならないのはキツイ……
「だったら!」
パッ、パパパッ
近くにあった大木の枝までジャンプすると、そのまま枝を伝って上へと登っていき、大木の頂上あたりで周囲を俯瞰する。
『……あった!』
わたしが望む地形、それを見つけると今いる場所から他の木の枝へと跳びながら移動して行った。
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