234話 王者達の協奏曲 22
「それにしても羨ましいわね」
「え?」
何だろう、フィーネに羨ましがられるような事なんかあったっけ?
「リアとマチュアさんとの戦いのことよ」
「うーん、羨ましがられる要素あった?」
戦いは負けるし、痛い思いはしたし……マチュアさんみたいな、ある種有名な人との戦いが羨ましいってことかな?
「はぁ……リアはもう忘れているみたいね。タウラスとの戦いの後、次は私があなたと戦いたいって言ってたこと」
「……あー、確かに言われてた」
フィーネは【紅蓮蔦双鞭】という特殊な武器を使い、タウラスさん曰く『俺でも勝つのは至難』というぐらいの、高レベルな冒険者。
『タウラスさんとの戦いの際に横目でチラッと見てはいたけど、間合いが半端ないのよね。
それに近距離でも左手に持ったトンファーみたいな武器を使って、攻防とも苦にせず戦っていたし』
わたしとしては近距離で戦うしかないから、まずはあの鞭状の武器を避けながら懐に入るまでが一苦労で、近づいても攻守一体になったもう一つの武器を凌ぐ必要が……
『厳しそうだなぁ……でも、』
マチュアさんから別れの際に言われていたことを思い出し、気持ちを切り替える。
『色々な人戦ってみなさい』
……うん、そうですよね。
「無事に共和国に着いたら……でも良ければ」
「ええ、良いわよ!」
……即答じゃん!
「じゃ、それまで対戦は我慢するけど、ちょっとした運動には付き合ってよ」
「あ、はい」
運動って何だろう。思わず返事しちゃったけど、タフな内容じゃなかったら良いな……っていうか、
『これで良かったのかな?』
この選択肢が正解かどうかはわからないけど、折角そんな機会があるのなら、後悔しないようにしないとね。
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「それにしても、なーんか嫌な感じの雲ね」
「そうね、前方にあるあの山の辺りだけ変な雲があるというか……」
荷馬車と併走するというトレーニングの一環をしてから商団の皆と昼食をとる際、ふと進行方向にある山を見てみると、そこだけ晴天の空とは異なるように、変な色に染ったような雲が存在していた。
それは雲でありながら、まるで晴天に混ざることを避けたシミのようになっていて……かなり不思議な感じ。
『正直、あのシミみたいな雲を見ているだけで心がざわつくと言うか、妙に不安な気持ちになると言うか』
いまいち形容しがたいこの気持ちが、漠然とだけど心だけでなく、頭の中にも靄がかかったような気持ちにさせる。
「今朝からここまで妙に静かすぎたのもアレの影響とか?」
「否定はできないけど、全くないというのも無さそうね」
一応、次の村や町に着くまでの食料は準備してあるものの、道中などで鹿をはじめとした野性の動物や、食用となる魔物がいればそれらを狩って足しにしてきた。
ただ、今朝キャンプ地を出発してから、そういった動物はおろか虫一匹すら見ていない、ちょっと異常とも呼べる状態。
「ジェイ、悪いけど支配下においた鳥を使ってくれる? 目標は私達の進行方向、そしてあの山になるべく近づいた情報が欲しいのだけど」
「この道沿いから真っ直ぐだと……距離にして約百キロぐらい先までしか視れませんがよろしいですか?」
「ええ、あの山の辺りまで見れたら最高だったけど、仕方がないわね」
フィーネの商団の一人、ジェイさんは動物使いであり、動物を使った戦闘はもとより、その動物と同化することで視覚などの五感を共有することが出来るとのこと。
『放った鳥との共有化も使用者との距離に限界があるの。ジェイだと二十キロ先ぐらいまで共有化できるって。百キロ先まで見えたら凄いのにね』
使用者の能力によっては、さらに倍以上離れた場所にいても共有化出来るらしいけど、わたしから見たらジェイさんの能力でも十分凄いと思いますけどね。
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「フィーネさん!」
鳥を飛ばしてから一時間も経たないうちに、真っ青な顔をしたジェイさんがフィーネの元へ駆けつける。
「マズい、早急にアルブラに戻ったほうが良い! 半日もしない距離まで魔物暴走が来ている、しかも桁違いの数だ!」
「こんな所で魔物暴走が!?」
「奴らは道沿いにこっちに向かっています! 数は少なく見ても軽く数百は超えている……アレは俺達だけでなんとかなる数じゃない!!」
『ダンジョンでもないのに魔物暴走だって?』
『数百って……ヤバいぞ!』
『荷物を捨てろ、身軽になれ!』
魔物暴走という言葉が聞こえた瞬間、商団の全員から色々な声が伝わる。
『魔物暴走?』
【その名の通り、魔物達が集団を組んで冒険者達を襲う行為ね。大体はダンジョンでしか起こらないとは言われているけど、条件が重なればフィールドでも起こるみたいね。
しかも、今の話だと数百匹ってまとまった数のようだから、早く逃げないとアッサリと蹂躙されるわよ】
“もう一人のわたし”にしては珍しく注意を促す。それは魔物暴走がそれだけ危険な存在だということ。
「全ての荷馬車から荷台を離して茂みの奥へ!
離した荷台には私が“晦ましの札”を貼っておくわ。皆は準備が出来次第アルブラへ戻って、領主に情報の伝達と保護を求めなさい!」
フィーネら若干顔色を変えたものの、商団の人達に指示を出していく。
「フィーネさんとそちらのお嬢さんは」
その内容を一番近い位置で聞いたジェイさんが驚いた顔でこちらを見る。
「私もリアも、やることをやったらすぐにこの場を離れます。だからあなた達はアルブラへ伝えることを優先にしなさい!」
「で、ですが」
「伝達が遅れれば……アルブラが崩壊する可能性だって否めないわ。
これだけの内容なら恩になり、それは金になります。状況によってはアルブラに拘らず逃げなさい。入り用ならそこで得られた報酬を使って国まで戻っても構いません……急ぎなさい!」
「……わかりました、決して生命を無駄にしないでください。何かあれば先代に顔向け出来ません」
「大丈夫よ、やりたい事があるうちに死ねないわ」
フィーネの言葉を聞いた人達は、手早く荷台と馬を切り離すと、こちらに一礼してからもと来た道を猛スピードで引き返していった。
……あれ、何故かわたしも残ることになってますが?
いつも読んでいただきありがとうございます。
前回と異なり、今回はちょっと短めになってしまい……
とはいえ、以前はこれぐらいの文字数だったんですけど、長い文章に慣れると短い文章に違和感を感じてしまうものです。
さて、次回は5/25(月)の予定です。それまでに草稿をキッチリ仕上げないと。
また次回もよろしくお願いいたしますm(_ _)m




