233話 王者達の協奏曲 21
ガタン
「……ってことがあってね。少しは善戦したと思いたいけど、結果としては完敗でかな」
アルブラから出て四日目の朝、馬車の上で揺られながら、わたしは隣に座るフィーネと話している。
内容は出発した日のことで、今はマチュアさんとの模擬戦の話をしていた。勿論、わたしの今の状態だけでなく、スキルや格闘術については深くを話してはいない。
『どれだけ親しくとも、あなた自身の詳細をべらべらと話しちゃだめよ?
今のリアは秘密事項の塊みたいなもの。ヴェルフとの絡みもあるけど、良くも悪くも異邦人としての枠に収まりきらない特殊な事態になっているっていう自覚を持ってね。
リアのことを利用したいっていう奴だけでなく、言い方は悪いけど“リアの価値”に気がついた人がいたら、間違いなく厄介な状態に引き込まれるからね』
わたし自身がわたしにどれだけの価値があるかをわかっていないけど、ヴェルフさんの放送一つとっても“面倒な存在”だというぐらいの認識は出来ている。
故に出発する際にはドタバタとしながらも、知った所へ挨拶を兼ねた根回しは大変なものだった。
『あれは慌ただしかったな〜』
マチュアさんとの対戦を終わらせた後、領主のティグさんを始め、アルブラで知り合った方々にお別れの挨拶をして回った。
ティグさんの娘であるファナはかなり残念がってくれたものの、『王都を経由して行くなら』と色々な情報を教えてくれたし、困ったら王都内にある分家を頼ってくれて良いと、ティグさんの署名が入った手紙をしたためてくれた。
マチュアさんからは共和国の知り合い宛の紹介状と、ソロで出来るトレーニングメニューを受け取った。
その際『色々な人と戦ってみなさい。アレについての、使用条件は変えていないから利用は慎重にね』と、ニコニコながらめちゃくちゃプレッシャーを与えるあの笑顔は、今思い出しても背筋が弱化寒くなったりするし。
その後、トム店長のお店で送別会のようなものを行い(まぁ、料理はわたしがやったけど)、昼過ぎにはフィーネ達と合流し、アルブラを発っていた。
なお、今回の共和国へ移動に際しフィーネから『敬称略&敬語禁止で』と言われている。
まだ弱化違和感が抜けないものの、出発した当初と比べてだいぶ慣れたとはいえ、偶に付けそうになって慌てることもあったり。
……なかなか難しいものです。
「ま、何にしても自分の思う強さには到達していないってところよ?」
とりあえず話している内容がボヤけはじめてきたので、そんな感じでまとめてみる。
「ふふっ、そんな化け物みたいな人と良い勝負が出来たなら、次に野盗が現れたら一瞬に戦ってもらおうかしら?」
「別にわたしは良いけど……皆さんの邪魔にならないかな?」
フィーネ達は五台の二頭立て荷馬車と八頭の馬からなる、合計二十人の商団。ちなみに使っている馬も普通の馬ではないという話の通り、見た目からしてかなり厳つい馬で。
『魔物の中にも馬型のものがいてね、そいつが繁殖相手として普通の馬を選ぶことがあるの。
この馬達はそういった魔物と掛け合わさった半魔の馬を親にした子達でね。普通の馬に比べれば馬力や体力も比較にならないほどよ』
と、フィーネからはかなり凄い馬だと聞かされている。
確かに、わたしが今までこの世界で見た他の馬達と比べても、大きさもだけど迫力 が違っており(正直かなりゴツい)、『慣れたら可愛いものよ?』と言われても、なかなか触れてみたいと思えないし、素直に言えばちょっと怖いと思っているのは否めない。
「確かにこの馬も凄いと思うけど、量産型PAが運搬に使えたらもっと便利なのにね」
PAをもっと手軽に、もっと自由にという理由で作られたPAP。実際、アルブラの中でも荷物の運搬などに使用されていた。
「そうねぇ……確かにパワーとか高いけど、舗装しきれていない道には不向きだって言うしね。あとコストについても何とも言えないかな」
「そっか、そう簡単にはいかないか」
とはいえ、独立国家が公国へ侵攻した際には使っていたという話も聞こえているから、遠くない未来には変わっている可能性は拭えない。
それはそれで、場合によっては怖い話なのかも。
『ま、わたしがPAPの話をしたのも、この馬達を怖がったからなのかな? というか、私の場合はこの馬達よりももっと怖いであろう山神様に触れていたわよね……』
前に訪れたゲーニスの街、その近くにいた山神様はキズを癒やす為に眠っていたとはいえ、完全に魔物の姿をしていたわけだし。
『覚悟っていうか……うーん、気持ちの問題って事なのかな?』
あの時は怖いとか以前に“何とかしたい”という事しか考えていなかったから、他に気が回らなかったというか……ま、よく分からないことで悩んでも仕方がないか。
『というか、わたしとしては馬よりもこの商団の人達の方が興味っていうか、気になったり』
メンバーのうち半数はフィーネのような商才と戦闘能力を持った人達で、もう半数は多くの戦闘スキルを持った護衛に特化した戦士達。
勿論、全員がフィーネの家に縁のある人達で、今回も共和国から一緒に来ているとのこと。
その中でも、戦士の方の二人はかなり強そうな雰囲気が。特に槍を持った戦士の方は、マチュアさんまでとはいかないと思うけど、かなりの達人だろうと推測出来る。
そんな戦士な人達が守る五台の荷馬車には、アルブラなどで仕入れた商材を王都や共和国へ運ぶとのことで、荷馬車に積まれた鍵のかかったアイテム箱の中には、何万ゴールドもするアイテムもゴロゴロと詰まっているらしい。
「色々な商材が積んであるのよ。
旧独立国家の上質な魔鉱石もあるし、ダンジョン都市でしか採れない貴重な魔薬の元に王国にしかいない鬼孔雀の巣とか……ま、求められている各地の特別な商材だと思ってくれれば良いわ」
「本当に色々と扱ってるのね」
聞いたことがあるモノもあれば、初めて聞く商品も。一体何にどう使うかすらわからないけど、気になるのは……
「この人数で大丈夫なの?」
商材全てを計算すれば軽く数百万ゴールドになると聞き、二十人でも心配じゃないかと聞いたところ、
「これ以上いてもあまり変わりが無いし、それぞれが役目を持って行動しているから、これぐらいが丁度よいの」
とのこと。
実際、二日目には野盗に襲撃されたものの(わたしは自動生活だったので、基本見ていただけ)、こちらより人数の多い野盗を問題なく撃退していた。
……それも、あのタウラスさんがいない状態で!
『うーん、タウラスがいないっていうのも珍しいというか、不思議というか……変なの』
フィーネと言えばタウラスさん、というのが出来上がっていたわたしとしては、アルブラから出発した商団の中にタウラスさんがいなかったのは不思議だった。
ちなみに、タウラスさんとは以前に模擬戦で戦ったことがあり、試合結果としては勝ったとはいえ、こちらが人数のハンデを貰っていたということもあって、わたしの中では正直アレを勝ちとはカウントをしていない。
『タウラスさんだけで何人分の強さがあるかはわからない。まぁ、そんなタウラスさんを抜いた状態でもこの商団が強いのは確かだけど、やっぱりいないという事に、何か妙に気になるというか違和感を覚えるというか……』
わたしから見ても、タウラスさんとフィーネとの仲はそれなりのものだと思っていたから、そういった面からも、この商団の中にタウラスさんの姿が無かったのはかなりの驚きだった。
つい気になって、フィーネにタウラスさんのことを質問したところ、
『彼には別の仕事をしてもらっているから』
と、非常にあっけらかんとし返答。
うーん、ドライというか、信頼しきった返答ていうか……どうにも上手く言葉に言い表せない。
『もし、自分がその立場だったなら……』
……どうなのかな、よくわからないというよりも、誰とも“そういう関係が無かった”という事を再認識してたり。
【あらっ、例の皇子様は?】
『……折角忘れようとしていたのに』
“もう一人のわたし”からの冷静なツッコミにより、蒸し返されてしまったアノ件が頭の中を占領していくのに、時間はそれほどかからなかった。




