229話 王者達の協奏曲 17
『簡単に言ってくれるじゃないですか』
正直、あそこまで完璧なタイミングで技を出されたら攻撃なんて出来ないし。
【振砕裂波】がカウンターで入ったらそこでお終い。
……いや、最初から反撃されることを考えて動いておけば凌げた? うーん、【振砕裂波】に対して【鎧通し】の上位となる【嵐月】だったら相殺出来たかもしれない。しれないけど……
「わたしの【振砕破】と比べて威力高すぎですよ」
「それはそうよ、リアにはまだ扱えない闘技だもの」
そう言いながらニヤっと笑うマチュアさんの笑顔は、否応なくこちらの心胆を寒からしめる。
『さて』
普段の模擬戦闘などでは見たことが無い構え。いや、とっているスタンスが違うだけ? うーん……
『とりあえず、わたしから攻めるしかないのはわかっているけど……』
適切な間合いを取ろうとするが、いつもと微妙に違う何かに違和感を感じてしまい、きっかけというか踏ん切りがつかない。
「いつもと構えが違いますね」
「ふふっ、開けるつもりの無かった引き出しをリアは開けたのよ? 喜んで良いから」
「……あはは、それはどうも」
ダメージを負った右腕をダラっと下げ、左足をたった半歩だけど前へ。普段見ないその構えから感じる威圧感は半端なく強い。
《霞当て》
「!」
どう出るか迷った瞬間、マチュアさんはそう言いながら左手を大きく前に突き出す。
その突き出した手のひらからは何も見えないけど、見ているだけで『早く動け』と頭の中でアラートが煩く鳴り響く!
サッ、ササッ!
見えない攻撃? に対しどれぐらい動けば良いかわからない。とりあえず大きめに動いてマチュアさんの正面から逃れる。
……が、
『まさか、見えているの!?』
今のわたしにとって、最も自信のあるものが“速さ”。この速さだけならマチュアさんにだって追いつかれない自信がある。
しかし、マチュアさんはこちらの動きに対して視線だけとはいえ完璧に捉え、構えをとった状態を崩すことなく、的確にわたしの方へ手のひらを向けてくる。
『このままじゃ無駄に時間を過ごすだけ。それではわたしが勝つことが出来ない。
……だったら、もっと速く! マチュアさんの眼が捉えられない速さで動けば良い!』
もっと速く、もっと鋭く動く!
シャッ、シャシャッ!
『くっ……』
自分の認識が限界なのか、視界が歪んで見え始める。だけど、間違いなく速さは今まで以上となっており、その証拠にマチュアさんの視線がわたしの動きに追いつかなくなってきている。
『攻めるなら、ここしかない!』
意を決すると、躊躇うことなくマチュアさんに向かって……
「ハッ!」
《方天月牙》
指先から爪先まで自らを一本の槍と化し、ただ相手を穿つことだけ考えた貫手を放つ!
ザクッ
わたしの貫手がマチュアさんを貫く! が、
「!?」
……感覚がおかしい!?
『貫いた事実と貫いた感覚が一致しない……って、まさか』
《朧》
「えっ」
わたしの目の前でマチュアさんの姿が揺らぐと、空気の中に溶け込むように姿が掠れていく。そして、
《朧炸夜》
「しまっ……」
そうマチュアさんが言葉を放った瞬間、わたしの視界は真っ白に染まって……
・
・
・
―――◇―――◇―――
【マチュアの視点】
《霞当て》
リアの姿は認識出来ないレベルで動いている。でも、こちらの動き……【霞当て】の効果によって焦りと無駄に放出されている殺気により、感覚としては認知が出来ている。
『とはいえ、見えない相手にカウンターを当てるのは至難なんだけど』
感覚のみでカウンター……失敗したら私の負け。かなり分が悪いけど、リアの師匠としては絶対に決めなければならない。
『それがリアの為、そして本気で闘う約束をした私の意地』
あぁ、この背水的な感覚が心地良い。
『あら、もう一段階速くなった?』
【霞当て】……技として名乗ったけど、実際には一切の効果を持たないただのブラフ。強いて言うなら相手にプレッシャーをかけ、思考やリズムの歯車を狂わせる技。
そして、その【霞当て】の効果によって更に加速したのか、私がリアを認知するのに遅れが出始める。
「さて」
今から出す闘技はカウンター。完璧なタイミングで出さなければ意味も効果も無い。故に、己をただただ風に揺られる稲穂のように化して……
『来た』
引き絞られた弓から放たれた矢のような、強烈な殺意と意志が私を穿とうと襲い掛かってくる!
《朧》
ザクッ
『危なっ!?』
私が【朧】を使うのとほぼ同じタイミングで、リアの貫手が私を穿く。
【朧】は攻撃的な効果を持ってはいない、ただ使用者と間違うだけの質量を持った正確な残像をその場に出す闘技。そしてこの闘技で作り出した残像に攻撃がヒットすることで、連動して次の闘技を使用可能になる。
《朧炸夜》
【朧】を使う際に消費するのはHPとMP。これらを消費すればするほど、連動して発動する闘技であるカウンター、【朧炸夜】の威力も上昇する。
『消費させたHPとMPは四割近い値。それだけあれば絶大な威力を発揮する……仮初とはいえ、リアの命を奪うだけの威力に』
バンッ!
視界を白く染めるほど強力な力の奔流が発生すると、抵抗する間もなかったリアを軽く飲み込み、彼女の存在を消し去る。
『タイミングは完璧、威力も問題なかったはずだけど……』
真っ白だった視界が少しづつ元に戻っていく。だけど相手が“負け=死亡”の際に流れる勝者への判定結果が出ない。出ないということは……
ザッ……
「……耐えたの? いえ、耐えれるものなの?」
元に戻った視界の先に立っている一人の少女。右腕は肩口から失い、赤く染まった眼の焦点はこちらを正確に捉えていない。でも、闘気は失われることなくその内にとどまっているのがわかる。
『普通なら耐えられるはずがない。だけどボロボロな状態とはいえリアは間違いなくそこにいる……模擬戦闘の空間だから? それとも、彼女に存在する力……独走する世界の影響?』
わからないものはわからない、それを理解したいとは……だから私がやることは一つだけ。
「……次で終わらせるから」
言うが早いか、私はリアに向かって駆け出していた。でも、
『駆け出した私に反応しない?』
相変わらず構えをとらないだけでなく、私に対する殺気が全く無い……イヤな感じ。
『だったら』
残りのHPがかなり少ないであろうリアが何を狙っているのか、おおよその検討はついている。故にこちらとしては
ガッ
ダッシュからの攻撃を出す直前、かなり強引にキャンセルすると、軋んだ体内、とくに関節から悲鳴が上がり、若干とはいえダメージを受ける。
だけど、その効果は大きく、
ゴッ!
リアがカウンター狙いで出した蹴り。でも、私がギリギリで止まったことで空振ると、彼女の爪先が私の鼻先を掠める。勿論、掠めるだけなので私にダメージは無い。
「良い蹴りだったわ、当たればだけど」
ドン!
蹴りを空振った体勢は隙だらけで、大きな的でしかない。私はその隙に一切躊躇いのない、全力の【衝波】をリアに叩き込むと、彼女は訓練場の端まで吹き飛び、結晶化して消えていった。
「……楽しかったわよ、リア」
これだけ昂ぶることが出来た戦いなんて、もう二度と無いかもしれない。それもリアとの戦いとなれば尚の事。
『良い思い出をありがとう』
【Battle End】




