227話 王者達の協奏曲 15
五日後。
「毎日やっていたことなのに、やっぱりいつもと気持ちの入り方が違っちゃうわね」
「そうですね、これで暫くの間とはいえマチュアさんと模擬戦闘が出来なくなりますから……そう考えれば、ココでしっかりと今までの成果を見せないとですね」
今は朝の五時 (現実世界では17時40分)。まだ日は昇っておらず、店舗の中庭に設置された訓練場はまだ薄暗いまま。
「この訓練場を用意してもらった時、店長さんかなり渋っていたわよね」
「ええ、暫くの間ですが、あとからブツブツ言われて……」
そう言いながら二人ともクスクスと笑い出す。
トム店長のお店はアルブラでもかなり大きい敷地を有している方で、店舗・工房・倉庫に中庭兼実験場なども併設されている大規模店舗。その中庭兼実験場はPAの可動や試走を調査することに使っていることもあり、かなりの広さだった。
例の放送の後、自由に街中を移動出来ない(面倒事を避けたい)わたしの訓練をする場所を探していたマチュアさんはこの中庭に目を付け、トム店長と長時間に渡って掛け合って許可を貰うと、中庭の片隅に訓練場を作成。
わたしとマチュアさんの模擬戦闘は、ほぼその訓練場で行っていた。
そして今、わたし達はその訓練場に立っている。
今までの神官服とは異なる、同じ戦闘僧侶の装備をして。
「悪いわね、早い時間に来させちゃって」
「いえ、今日にはアルブラを発ちますから……」
手紙の送り主であるフィーネさんからの提案については、マチュアさんだけでなくトム店長やロキシーとも相談した。結論的にはフィーネさんと一緒に共和国の首都であるバスクローデンへ向かうことに変わりがなく、それぞれが出発の準備などを手伝ってくれた。
ロキシーも当初は一緒に行くという話だったものの、現在の雇用主との契約によって今月いっぱいまではメイドとして働く義務があるようで、契約完了後にバスクローデンへ行くということに。
『結構バタバタしちゃったけど、準備しておきたいことは全部出来たし』
一応、どこかのタイミングでは戻ってくる気はあるものの、持ち込んでいた荷物の整理等をしたかったことから、自動生活のわたしも含め様々なことをしていた。
トム店長は『元々一人でやってたんだ問題ねぇよ』とは言っていたものの、わたしが勝手にしていた倉庫整理の資料を渡すと意外そうな顔をしていた。
その資料を受け取る時には『余計なことをしやがって』と言っていたものの、そのお礼ということでわたしのPA用宝珠を強引に持っていくと、PAのセッティングや武装等のの確認を無料でしてくれた。
まぁ、それはそれで嬉しかったもののPA用宝珠を返してもらう際に『ハッ、コレで楽しんでこいや』とニヤニヤと笑いながら手渡してくれたことに、一抹の不安を感じているのは気の所為なんだろうか……
出発に向けた荷物整理を手伝ってくれたロキシーは、『しばらくリアと会えないのも寂しいから、代わりにコレ貸しておいて』と言うと、何故かわたしが愛用している作業着を半ば強引に持っていってしまった。
『普通に言ってくれれば貸すのに……』
何に使うんだろ? トム店長の整備とか手伝ってみるのかな?
そして、マチュアさんは
「どうかな? その服は」
「ええ、神官服や作業着とは異なり、軽いし動きやすいですね。スリットがちょっと深いような気もしますが、下に短パン履いているので大丈夫です……たぶん」
今来ている服はチャイナドレスに似たツーピース型の戦闘僧侶の装備。
上はスーツのような襟の付いたジャケットとピッタリとしたシャツを重ね着をした感じで、腕だけでなく肩や背中にも無駄な負担がかからず、凄く動きやすい。
ちなみに下はスカートというよりも、やや長めな生地を腰から巻いた感じで、その左右には深いスリットの入っていることもあり、足を動かすことにより捲れるとまでは言わないものの、ヒラヒラっとした動きをするところが、履きなれていないこともあってか微妙に気になってしまう。
なお、スカートの中には短パンを履いていることもあり、脚を上げても全く気にならないのは嬉しい。しかも短パンの下にはタイツのようなものも履いているので、肌の露出という面ではまったく問題は無い。
ただ、かえってスリットから伸びる脚と独特のテカリを持ったタイツという組み合わせが妙なインパクトを出しているような気もしますけど……
「とりあえず問題ありません」
「でも、結構気にしていない?」
マチュアさんはそう言いながら、わたしの裾をピラピラと触る。
「さ、さすがにそうやって触られると気になりますから!」
「これぐらいで気にしてちゃダメよ?」
そう話すマチュアさんも、いつもの神官服ではなく、わたしと同じ戦闘僧侶用の装備を着ており、躊躇うことなく自分の裾をペロッと捲ってアピールしてくる。
……うーん、傍からそうやって裾を捲くるマチュアさんは確かにエッチな感じはしない。しないけど、『同じことをやってみよう』と言われても、躊躇なく出来る自信はありません。
『私と離れるのなら、ちょっと神官服もやめておいた方がいいかも』
アルブラを出てバスクローデンへ行くことを決めた日、マチュアさんはそう言うと、後日トレーニング方法が書かれた本や手紙などと一緒に、今まで見たことが無い装備を一式手渡してれた。
『これは?』
『以前にリアに渡した装備と同じ、私のお下がりにはなっちゃって悪いけどね。ま、神官服でいるより注目されないし、何より新しい場所に向かって強くなってくるっていう気持ちを持つのなら、そういう装備に変えた方が良いかと思うわ』
『やっぱり神官服を着た異邦人っていうのは』
『目についちゃう可能性があるわね。
私が一緒なら問題ないだろうけど、リアがその服を着てソロっていたらヴェルフ以外にも手を出して来るかもしれないし』
前にルナさんとも話していたけど、やはり異邦人の神官職というのは異端というか、イレギュラー扱いをされる可能性があるようで、神官服を着ていることで不要な騒ぎを招く可能性があるなら、まだ珍しくない戦闘僧侶の装備を着ている方が良いとのことだった。とはいえ、
「一応、防具屋に依頼してサイズ調整はしてもらっているから問題は無いはずなんだけどね。自分と比べてリアが着ると、戦闘僧侶の割に妙に色っぽくなるのは見慣れていないからということにしましょう」
「そ、そうですね」
面と向かってそう言われたら、余計に気になってしまうんですけど……
別に胸だってパツパツじゃないし、脚だってムチムチになってないですよ!?
「お下がりとはいえ、機能に問題は無いわよ? 耐熱耐電、基本能力の向上に魔力を通し易い素材で出来ているから、魔法を使うのも全く問題なし。勿論、【闘衣】や【息吹】といった闘技だって普通に使えるから、装備の防御力に闘技の能力が加算することで、十分強力な防具になるわ」
「はい、なんとなくわかります」
確かに神官服の時には感じなかった、不思議な力を感じることが出来る。
「でも、本当にこれを貰っても良いのですか?」
この装備を受け取った際、マチュアさんは『餞別みたいなものだし』と言ってくれたものの、とても気軽にあげて良い装備だとは思えない。
わたしとしてはマチュアさんとのお揃い(色は少し異なるけど)ってことで嬉しいし、これから知らない場所に行くわけだから、少しでも自分を強化できるアイテムがあることに越したことはないとは思う。
『でも、やっぱりタダで貰うっていうのは……』
「はぁ……、しょうがないわね。
だったらバスクローデンからアルブラへ戻って来る時、何かお土産を持ってきてもらうってことで」
「はい! ……って、お土産って一体何を?」
「それはリアに任せるわ」
くっ、それはそれで地味にハードルが高そうな気が。
「さっ、話が長くなっちゃうと色々と面倒だから」
「そうですね、外野が煩くなる前に終わらせましょうか」
少しずつ空が白け、冷たい風が熱くなってきている心と身体を少しだけクールにさせる。
『今から行う模擬戦闘は今までとは違い、HPが全損すれば死ぬ』
……もちろん、死ぬと言っても模擬戦闘での死だから本当の“死”ではない。
とはいえ、過去に体験した“死”の感覚は今でも鮮明に覚えており、進んで体験したいようなものではないのを今でも鮮明に覚えている。
『有限の命を持つからこそ、例え模擬とはいえ死に慣れるのは危険』
そう言ったマチュアさんの考えのもと、今までの模擬戦闘では死に至るようなことはしてない。でも、今からやるこの模擬戦闘はそのルールを取り払って行うある意味真剣勝負。
「さて、死ぬ心構えは出来たかしら? 模擬戦闘とはいえ、痛みは本当のそれに匹敵するはずだから、最悪強制切断されちゃうかもしれないけど」
マチュアさんからの餞別の一つ、それが今から行う本気の模擬戦闘だった。
「一応、大丈夫なはずです。死ぬほどの痛みを味わって強制切断されるって聞いたことは無いですし、実際そういうことが普通にあったら色々と話に上がっているはずですから。
それに、もしそう状態になった場合には自動生活の“もう一人のわたし”にお願いしてありますので。気にせずガンガンとやっちゃいましょう!」
……と言うものの、万が一の際ということでお願いをした時に、“もう一人のわたし”はかなーり嫌そうな顔していたけど。
『ま、とりあえずそれは置いておいて』
……だって、今から行う本気の模擬戦闘のは、正真正銘初めて本気で戦うマチュアさんを見て、感じることが出来るのだから。
「それに、わたしが死ぬと決めつけるのは危険ですよ?」
「あらっ、私の方が危ないって? ……ふふっ、言うじゃないの」
そう言いながら笑うマチュアさん……うん、いらない挑発だったかな。
フーッ……
『気合十分』
差がありすぎて一瞬で終わるかもしれない。
でも、負けて当然なんていう馬鹿な思いで戦うつもりはない、やる限りは全身全霊、例え相手がマチュアさんであったとしても勝つつもりで戦うだけ。
「緋蒼流格闘術戦闘神官、コーデリア・フォレストニア」
「同じく、緋蒼流格闘術戦闘神官、笑う人形マチュア・エルトーゼ」
そうマチュアさんが名乗った瞬間、今までと変わらないニコニコとした表情にも関わらず、そこから感じた殺気の塊がわたしの中にあった何かを締め付ける。
『……ははっ、でもこの感じは嫌いじゃない』
そう思った瞬間、締め付けていた力が霧散する。それはわたしが喜んだからか、それとも……
「行きます」
「ええ、いらっしゃい」
【Fight】
いつも読んでいただいてありがとうございます!
また、評価やブックマークもありがとうございます!
そしてたくさんの誤字脱字のご指摘、本当にありがとうございますm(_ _)m
多すぎて……すみませんm(_ _)m
あと、今回話を切る箇所の調節が出来なかったので、いつもよりもちょっと長めです(とはいえ、他の書き手の方々の文章量く比べれば全然少ないですけど……)
さて、次回も予定通り来週の月曜日、4月6日にアップ出来るよう頑張りますので、
引き続きよろしくお願いいたします(・ω・)




