225話 王者達の協奏曲 13
「んん!?」
マチュアさんは躊躇うことなく、わたしの唇に自分の唇を重ねる。
『!!!』
目の前にあるマチュアさんの閉じた瞳と長いまつ毛。ほのかに香る柑橘系の匂いと、唇を通じて伝わる熱。
現実でも体験したことがない状況に、頭がすべての理解を拒絶して……
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「うん、私とキスが無抵抗に出来たってことは、きっとそういうことよね」
「……あ、はぃ」
深いキスではなかったものの、十秒ほど触れたままのキスは衝撃的だったようで、わたしの頭の回転速度を著しく低下させていた。
『同意の無いキスなんて、間違いなくハラスメント行為になったはず。というか、ハラスメントになるのは異邦人からの行為が対してで、この世界の人からの行為は対象外だっけ?』
今まで気にして調べてこなかったから、この辺りはよくわからない。そんなことより、
『ファーストキスって同性もカウントするんだっけ? そもそもゲームの中と現実とはカウントも変わる?』
わたしの頭の中でグルグルと回っているのはこのことばかり。
「まぁ、私とのキスは挨拶みたいなものでしょ?」
「いえ、あの、その……」
にこやかな表情でこちらを見るマチュアさん。そんな表情でジッと見つめられると、妙にドキドキしちゃうんですけど。
「あら、そんな可愛い反応されると」
再びマチュアさんの顔が近づいて来る。
「だ、大丈夫です! 少しフリーズしかけていただけですから」
ちょっと大袈裟に首を振り、大丈夫なことをアピールする。マチュアさんもそんなわたしが面白かったのか、クスクスと笑いながらわたしの頭をなでてきた。
『危なっ、もし強引に来られたら』
女性同士とか関係なく、そのまま……
「リア?」
「ひゃいっ!?」
マチュアさんの声によって強制的に現在へと戻される。
「大丈夫?」
「すみません、あの、ちょっと色々と頭が大変な状態になっていたものでして……でも、もう大丈夫です!」
まだ顔はちょっと赤いだろうけど、マチュアさんは全然気にしていないみたいで普通に接してくれている。というか、さっきのってマチュアさん的には『大したことない』ってことで処理されているみたいだし。
『なんかひとりでワヤワヤな状態になっているのも恥ずかしいし、ここは悟られないように強引にでも話を進めよう!』
そうと決めたら、さっきの話を続けるわけだから……
「とにかく抵抗値を上げる為、そしてヴェルフさんに見られたり触れられたりしても、わたしが【“蒼陰”の特異型】」だということを知られない為に、【精神障壁】と【心魂障壁】、二つの魔法を覚えたんですよね」
【精神障壁】は、状態異常系の魔法に対する魔法の壁を作ることで、抵抗値を大幅に上げる魔法。
【心魂障壁】は、自らの精神を強く持つことが出来るようにし、状態異常系の魔法やスキルがかけたれたとしても、その効果に抗う力を高める(効果を発揮させない)魔法。
これら二つの魔法にも持続時間に限界があり、ある程度魔法の熟練度が上がった今でも、最長で六時間ぐらいしか持続出来ない。よって準永続的な感じずっとかかった状態にしたい場合には、それを見越してだいたい六時間おきには魔法をかけ直す必要がある。
『まぁ手間はかかるけど安心・安全な状態にはなるし』
四六時中気にしなければならないような状態を避けられるだけでも、(気分的に)効果は高いと思う。
「そうね、でも一番良いのはヴェルフがちょっかいをかけられないような場所に行くこと」
「そうですねぇ……確かに隣国に接しているアルブラじゃない場所に行くことが出来ればベストなのかもしれませんが」
とはいえ、わたしが行けそうな場所なんて初期村かゲーニスぐらいしかないけど。
「だから」
スッ
そう言うとマチュアさんは鞄から一通の手紙を取り出す。
「これは?」
「昨日、リアを訪ねてきた人がいてね。
ちょうどリアが自動生活でトムさんと一緒に工房に籠もっていた時間だったから、私が代わりに預かっておいたの。
もちろん手紙の中は読んではいないけど、その人から渡される際におおよその話は聞いたわ。私自身としては寂しいけど、リアの貞操の危機を考えたら受けるべきかもしれないわね」
受け取った手紙、その裏には久々に聞くフィーネさんの名前が。
「すみません、ちょっと読ませてもらいますね。えーっと……」
手紙に書いてあった内容、それはフィーネさんの警護を兼ねて共和国の首都であるバスクローデンへ行かないかという提案であり、途中で王都クラベルも通ることから、もしバスクローデンへ行くのが難しいのであれば、クラベルまででも構わないということだった。
『フィーネさん……』
色々な人がわたしのことで気を使ってくれている。それは凄く嬉しいし、わたしにとってはこれほどありがたいことはない。ただ、最近あまり顔を見ていなかったフィーネさんにまで気を使わせてしまっているような……それがちょっとだけ心苦しい。
「確かに王都のクラベルや共和国の首都であるバスクローデンまで行けば、ヴェルフさんに接触する機会は激減すると思いますが……」
当たり前の話だけど行くのはわたし一人。
まぁロキシーは一緒に来るかもしれないけど、マチュアさんとロイズさんが来ることは絶対に無い。
『ハルは逆方向の首長国へ戻っている最中だし、ルナさんやニーナは城塞都市にいるから一緒に行くことは出来ないわよね』
この世界を始めて以来、道中も含め知り合いのいない場所へ行ったことはなかった。とはいえ、一人で生活することを全く考えていなかったわけではない。ただ、一人なのは寂しいと思っていただけで……
「本当は私とロイズが一緒に行ければ良いのだけど」
「さすがに……それはダメですよ」
二人をこれ以上、わたしの問題に巻き込みたくはない。
「アルブラから北へ抜け、そこから山を迂回するルートで王都のクラベルへ。そこから二つほど王国の街を通過して共和国へですから……結構長い旅になりそうですね」
「そうね、いまのルートだと順調に行っても一ヶ月ぐらいはかかるかしら」
『一ヶ月か……』
移動する時間も結構かかるけど、気にするのはその先のこと。
『みんながいない場所……でも、逆にそこであればみんなに迷惑をかける可能性が低い場所になる』
わたしがここにいる限り、公開プロポーズをしたヴェルフさんが何らかの手を用いて仕掛けてくる可能性は否めないし、間接的にでもアルブラへ混乱を招きかねない。だったら、
「……決めました、フィーネさんと一緒に共和国へ行ってみようと思います。
一ヶ月の旅、そしてその先でも自分を鍛錬して、ヴェルフさんにも勝てる自信がついたらアルブラへ帰ってきます!」
「そう、わかったわ。昔から『可愛い子には旅をさせよ』って言うものね。
じゃあ、リアがもっともっと強くなれるようにウチ秘伝のトレーニングメニューを準備しておかないと。あと、共和国のバスクローデンなら昔の知り合いもいるから、リアのことを頼めるように手紙も準備しておくわ」
「知り合いですか……優しくは」
「無いわよ、っていうかスパルタでお願いしておくから。一日でも早く強くなって、こっちに戻ってこられるようにね!」
「そ、そうですね」
『うーん、そこはかとなく嫌な予感がするんですけど』
でも、気持ちは決まった。あとは……
「マチュアさん、ヴェルフさんについて知っている限り教えてくれませんか? なんとなくコチラの精神状態に異常を与えるような能力だとは推測できますが。
あと、ヴェルフさん自体がどれだけ強いのかも教えててください」
実際、強くなろうと思っても、相手のことがわかっていなければ正確な目標を持つことが出来ない。目標が出来ることで、それを越えようとする気持ちも生まれてくるし!
「そうよね、やっぱりキチンと教えるべきよね……ヴェルフの力と強さについて」
「はい、お願いします」
聞いてどうにかなるとか思えないけど、聞いておくことで心の準備みたいなものが出来るような気がする……するだけかもしれないけど。
「ヴェルフの眼には特殊な力があるわ。それはリアにもこの前話した通り、“ステータスからスキルまで全ての情報を知る力”だけど、知られたことで対象、この場合ならリアの中に追加の効果が生じるの。
それはヴェルフへの“強く慕う思い”。言葉にするなら【心酔化】っていう状態ね」
「心酔化?」
心酔って、心から慕って感心することって意味よね?
「ええ、その【心酔化】となる状態こそがヴェルフだけが持つ特別スキル、【心縛の魔眼】」
「……【心縛の魔眼】」
えーっと、かなり仰々しい名前なんですけど??
いつも読んでいただいてありがとうございます!
また、評価やブックマークもありがとうございます!
ちょっとこのあたりの説明が多くて自分でも「これは読んでいてもツマラナイ」と思ったことから
説明に関する話をガッツリと削除しました。
もしかしたらそれにより話の流れがおかしくなったようなことを感じるかもしません。
……でも、やっぱり説明ばっかりって、自分が読みてでも読むの辛いです。
ヘンな箇所などあれば、ツッコミなどいただければ幸いです!
さて、次回も予定通り来週の月曜日、3月23日にアップ出来るよう頑張りますので、
引き続きよろしくお願いいたしますm(_ _)m
※今回話をかなり修正したので、もしかしたら遅れるかもしれませんが……




