221話 王者達の協奏曲 9
「まぁ、オメーにしては良い想像だったな。
コイツは愚者人形の腕じゃねぇ、それの上位種となる幻影愚者人形、そいつの腕だ」
「幻影愚者人形、ですか……」
名前を聞いても見たことがないから何とも言えないけど、何故かその名前からは嫌な感じがしてしょうがない。
「幻影愚者人形は愚者人形とは比べ物にならないほど強い魔物だ。とはいえ幻影愚者人形はかなりのレアな魔物で有名よ。
聞いた話じゃ、愚者人形の群れの中に稀にいるっていうことらしいんだが、『愚者人形を数百体倒しても幻影愚者人形がいなかった』なんていうのもザラだって話だ。
それこそ『最低千体は倒すぐらいの気合いが無いと出会えねぇ』って話を狩りしてきた奴らから聞かされるもんだからな〜」
「それは……とんでもないレアな魔物なんですね」
軽く見ても千体は倒さないと出会えないって、どれだけ時間がかかるのか考えたくもないぐらいだし。
「ああ。しかもコイツは倒せたとしても、傷が少ない上質な状態で獲得しなけりゃ意味がねぇって代物だ。傷モノじゃ加工する時、耐えきれずに壊れちまう可能性が高い。
ま、扱いがシビアなものだからこそ、上がるブツもよいものになるってことよ」
「そっ、それは厳しいですね……」
トム店長の話だとかなり強いってことだから、全力で戦わないと勝てないような魔物だろうし、全力で戦えば、素材として上質な状態で獲得するのが難しくなるって話だし。
『ま、まぁわたしとしては出会わないようにというか、愚者人形がいるような所へ行かなければ……良いかな』
存在がレアな魔物だっていうことだからそうそう会うこともないだろし。
『運悪く出会ったら……幻影愚者人形の狙いの冒険者へタゲをお渡ししよう!』
きっとそれだけレアで貴重な魔物であれば、それを狙っている冒険者やハンターがいるはず。
そもそもそんなレアな魔物がいる場所なんかに行くことはないと思っているけど、万が一そんな場所に行ってしまったとしても、きっと辺りには幻影愚者人形狙いの人がいるはずだし。
もちろんタゲの擦り付けとかじゃなく、きちんとバトンタッチでお任せしますから大丈夫!
もし、わたししかいない状態であってしまうようなことがあれば……即逃げの方向で!
「……ハァ、倒す気がねぇっていうのもツマラン奴だな。とはいえ、そういう奴の方が会うかもしれねぇから、コイツはオメーに渡しておく。
万が一幻影愚者人形と出会い、運良く倒し、しかも状態の良い状態で獲得出来たら速攻でコイツを貼っておけ」
「コレって」
そう言いながらトム店長がわたしに手渡してくれたのは、元々手元にある半透明な腕に貼ってあった紙。
「ソイツは“制御札”っていうアイテムだ。制御札を貼れば獲得した素材の劣化が止まるからな、忘れるなよ。
ま、オメーが幻影愚者人形と会うかどうかは知らねぇし期待もしねぇが、丁度半透明な腕から外した制御札があるからな。
ま、出会ったら頑張れよ」
「あ……はい。ありがとうございます」
でも、たぶん使わないですよ? そんな危ないところにも行きたいとは思わないし。
「ちなみに幻影愚者人形の素材さえあれば何でも作れちゃうんですか? さすがに頭とかは無理でしょうけど」
「ははっ、頭も作れねぇことは無いぞ」
「え?」
いやいやいや、流石にそれは……
「あくまで作るまでだ、全ての機能を復元しても、頭と胴体をくっつけるのは無理っつーか、誰もやらねぇからな」
「ですよね〜」
「なんならオメーが体験してみるか?」
「……いえ、謹んで辞退させていただきます」
さすがに自分から実験台になりたいとは思いませんので。
「さて、じゃあ今から俺は半透明な腕の加工をするからオメーは部屋に戻ってな」
「ちょ、ちょっとだけ見てみたいかな~とか」
「ふん、まぁ見るのは構わんが……吐くなよ」
そう答えたトム店長の顔は、歪んだとても良い笑顔。
『……吐く? はぃ??』
「えぇぇ……?」
何で吐くようなことになるんですか!? っていうか、そんなこと言われたら
「はい、それでは帰りま」
ガシッ
「あ、あの……」
話しながら回れ右したわたしの腕をトム店長はガッチリと掴む。顔を見てみると、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべていて……
『……あ、ダメだこりゃ』
「おぅ、一度口に出した以上、キッチリ見てけや」
「いえ、その」
「見・て・け・や」
「ひぃーん……」
結局、帰ることを許されなかったわたしは、義手作成を最後まで見ることを強要され、義手完成するまで解放されることは無かった。
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コンコン
「……は、ぃ」
「失礼するわね……って、ちょっと! どうしたのその顔!?」
「え、ぇぇ……色々と、ありまし……うぷっ」
『PAやPAPみたいに機械的なものを想像していたけど、まさかあそこまでとは……』
アレはあまりにグロすぎて他人に説明するのも躊躇われる。マチュアさんは心配してくれているけど……どうしよう?
「言いたくないようなことなら無理に言わなくても良いわよ?」
「あ、はい。アレは言いたくないというより、説明がしづらいと言いますか……」
観念したわたしはマチュアさんにさっき体験してきたことを話した。
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「なるほど、それは貴重な体験だったわね」
「……ええ」
札を外したとで生き返ったように動き出す幻影愚者人形の腕。それに対し、トム店長はメスのようなもので躊躇なく開いていくものだから、メスを入れたところからビシュッとかバシュッとか激しい効果音を出しながら血のようなものが吹き出していく様は、まさしくミニ地獄絵図。
しかし、トム店長はトム店長でそんなことをまったく気にせず、手にしていたパーツを開いた幻影愚者人形の腕の内部へ突っ込んで縫い合わせていく。
「鬼気迫るというか、貼り付いたような笑顔で義手を作っていた情景は忘れられそうにないです」
「なるほどね……でも、そういった特殊な義手を作るのって普通は見られないわよ?
職人がどんな道具や部品を使って作るかって、普通は門外不出にしているものよ」
「そうなんですね……それは知りませんでした」
『そういえば幻影愚者人形に突っ込んでいたパーツって何だろ?』
よくわからないけど、それを知る勇気というかそれをトム店長に聞くことによって、再びあの地獄に連行されるかもしれない。それはは避けたいし!
「でもリアって神殿で治療していた時とか色々な場所で、それなりに血や傷口を見ていたわよね?」
「確かにそうですが……なんでしょう、とにかく何かがダメでした。きっと複合的なものも含めてダメだったんだと思います」
とりあえず今後わたしに出来ることは、とにかく今後同じような機会があっても“見ない・立ち会わない”方向でいくことぐらいなわけで。
「さて、色々と大変だったのは置いておいて」
「あ、はい」
いけないいけない。ついあの惨状を誰かに話したかったから、部屋に来たマチュアさんに話し続けてしまった。
「じゃあ、ここに来た目的について話しても良いかしら?」
「も、もちろん大丈夫です!」
わたしはそう言いながらお茶の準備をすると、マチュアさんと一緒にソファーへ移動するのだった。
いつも読んでいただいてありがとうございます!
今回も無事にアップできました!
次回も予定通り2月24日にアップ出来るよう頑張りますので、引き続きよろしくお願いいたしますm(_ _)m




