219話 王者達の協奏曲 7
「……ふぅ、なんとか間に合った」
「言ってくれれば手伝うのに」
「いえ、大丈夫です! 今のわたしにとっては料理が数少ない楽しみですから」
台所で使った調理器具を洗っていると、マチュアさんがわたしの横に来て話しかけてきた。
「面倒事が起こるのもイヤだから街の中へ迂闊に出かけることも出来ないし、建物の中にいてPAをイジるか戦闘訓練をするしか無いような状態のわたしにとって、本当に料理がストレス発散となる数少ない楽しみなんですよ」
「それもそれでどうかと思うけど……ま、仕方ないか」
ちなみに夕食が時間に間に合ったのは、事前にある程度だけど食材の下ごしらえしてあったから。まぁ、その下ごしらえも日頃色々なことで溜まったストレスの発散の結果であったりしますが。
とくに肉を叩いて平たくするのは良い発散対象でした。豚肉さん、ありがとうございます。
「あんまり自分を追い込んじゃダメよ?」
「追い込んだつもりは無いのですが……」
「あと、ストレスの発散ならこの後の格闘修練でしても良いからね」
「そ、そうですね」
言えない、格闘修練はこれでキツイだなんて。言ったら……いや、やめとこ。
「それより、ロイズさんにPAの戦闘訓練に付き合ってもらって……スミマセン」
「ううん、彼も彼で訓練用デバイスとは言えPAに触れられるのは嬉しいと思っているハズよ?
……たぶん、訓練用デバイスでは無い、本物のPAにはもう乗れないでしょうから」
そういうマチュアさんの顔はホッとしたような、それでいて悲しいような複雑な表情をしている。
ちなみに現在ロイズさんは死亡した旧知の神官長に代わり、暫定ではあるもののアルブラにある神殿の神官長として従事している。
ロイズさんはわたしに『いつでも気軽に声をかけてくれれば良いよ』とは言ってくれているものの、怪我の後遺症のこともあって無理をさせたくないと思い、数日に一回レベルでしか戦闘訓練のお願いはしていない。
それに、そもそも人が減ってしまった神殿の運営に忙しいのは傍目から見てもわかるから、正直なところ、わたしに時間を割いてもらうのも申し訳ないと思っているわけで。
「私がPAでリアの相手をしてあげられれば良いのだけど」
「いえ、マチュアさんには格闘の訓練をしていただけるだけでも助かってますから」
一応マチュアさんも自分のPAを持っているものの『どうもPAの動きと自分の体とで出るズレが気になっちゃってね、たぶんリアより下手よ?』と話しており、訓練用デバイスとはいえ、自ら進んで操作をしようとはしていない。
「ロキシーがいたら彼女にPAの戦闘訓練をつきあってもらうんですけどね」
「そうね、あの娘も色々と忙しそうだし」
ロキシーは現実の方が忙しいのか、ここ数日は自動生活でしか見かけない状態に。
こんな感じで現実で忙しい時にも自動生活によって特定の制限化ではあるものの活動してくれているのは凄いと思うし、この機能自体は『PAWオンライン』の先進的な部分としてゲーム業界やマスコミで紹介されることが多い。
とはいえ、
『現実でも会っていないけど……大丈夫よね?』
まぁ普段から上級生の階層に行くこともないし、用事も無いのに岸先輩がいるかもしれない茶道室に行くのも妙に躊躇してしまう。
……でも、明日ぐらい覗いてみようかな?
「で、とりあえずリアだけでPAに関することは何か出来そうなの?」
「そうですね、まずは訓練用デバイスでハルやロイズさんの動きをトレースしてみようかと思います。同じ動きが出来るかはわかりませんが、操作が上手い人のプレイをなぞり、同じような動きをしてみることで、見えてくるものがあるかもしれませんし」
ハルが使っていた“ジャンプ撃ち”や“偏差撃ち”、ロイズさんがわたしの射撃を寸前で避けながら斬る“躱し斬り”。
PA自体の問題もあって同じことをするのは難しいけど、似たような動きをすることでその時『相手が何を見ていたのか』『相手からわたしはどう見えていたのか』を知ることは出来るし、色々と学ぶことがあると思う。
また、訓練用デバイスという機能の特性上、その訓練用デバイスで動かしたことがあるPAは一定期間という制約はつくものの、データとしてその中に記録されており、そのPAの所有者が許可を出していれば、データにアクセスすることで他の人擬似的に扱うことが出来るモードがある。
『PAを変えることで視野や視界が変わるのは良い訓練になるぞ』
『PAの操作に慣れるということではなく、どういうコンセプトでPAが存在しているのか。そういう切り口から考えてみるのも面白いと思うよ』
ハルもロイズさんも訓練用デバイスに記録されたデータに対して自由に使われないようにアクセスの制限はかけてある。ただ、二人とも自らのPAのデータに触れても良いように、わたしの宝珠へアクセスキーを登録してくれており、これによって彼らの機体を訓練用デバイス上でとはいうものの、自由に使うことが出来る。
『……あくまで“使う”であって、“扱う”というレベルまではいかないけどね』
とはいえ、新しい知見を得られるのは有り難いと素直に感謝。
「とりあえずそういった練習もしながら、その合間にでもロイズさんに習ったり教えてもらったりしようかと思いますが、どうでしょうか?」
「そうね、私からも彼にはそう話しておくわ」
「はい、お願いします」
「……っていうか、話を戻してアレだけど、さっきリアが話していた内容だと、もしかして私との戦闘訓練も『ストレスが溜まる対象』なのかしらん?」
「ち、違いますから!」
言葉は選んで使いましょう。
「あ、そうそう。今日のお昼に教えていた魔法の中でプロテクション系があったじゃない?」
「はい、マインドプロテクションとソウルプロテクションですよね」
「そう、その2つの魔法なんだけど、使える時はいつでも使っておいてね」
「使える時っていうと、前にやっていた闘技の体構発破を継続的に使っていたみたいな感じですか?」
体構発破は冷却時間などである程度の制限はあるものの、慣れることで継続的に使い続けることが出来る能力向上系の魔法。使い続けることでレベルが上がれば継続時間や冷却時間を延長することができ、最大レベルまで上げれば一度の使用で数日効果が継続するとのこと。
マチュアさんから『とにかく体構発破を毎日使い続けること』という指示があり、今ではそれなりにレベルは上がったことから、一度の使用で“ほぼ一日”効果が続くまでにはなっている。
「うーん、半分正解ね」
「というと、もう半分は?」
「……そうね、今日一日の予定が全て終わってリアが部屋に戻った時にでも行くからそこで話すわ。あ、別にリアを緊張させたいっていうような話じゃないから、そこまで怯えなくても良いわよ?」
「あはは」
んー、怯えたつもりは無かったけど、今このタイミングじゃなく『部屋に戻ってから説明する』と言う話から、つい大げさなことを思い浮かべちゃったようで、変に力が体に入っちゃったみたいだけど……夜に話をするってことは
「その分夜の格闘訓練は若干軽めになったり」
「まさか私が手を抜くと?」
「ですよね~」
さすがにそんな考えは甘かったようです……残念。
いつも読んでいただいてありがとうございます!
今回も無事にアップできました!
次回も予定通り2月10日にアップ出来るよう頑張りますので、引き続きよろしくお願いいたしますm(_ _)m




