212話 幕間 現実世界にて
■現実世界 某所
ドサッ
「あぁ、疲れた……」
夏の大会に向けたミニキャンプとかいう泊まり込みの合宿から帰ってきた俺は、寮の自室に着くが早いか、背負っていた荷物を玄関に置いてそのまま座り込む。
「クッソ、前の話じゃ一泊二日だって言ってたのに、何で今回は“学校の特別許可で単位が補填される”とかいう特別ルールで、三泊四日の合宿になってるんだよ」
監督もコーチもこれ幸いと張り切りやがって。
『とりあえず洗濯とか片付けて、メシ食べてからPAWへログインするか』
正直、めっちゃ体がダルいからゲームにログインするのは避けたいところ。ただ、ここにきて色々と騒がしくなりそうな雰囲気はあったら、この四日間で何かが起こっていてもおかしくはない。
『四日間だと向こうの世界で十二日だもんな、皆問題なく生きてれば良いが』
NPCであるマチュアさん達もだけど、目下のところ一番心配なのはリアのこと。あの世界での扱いが俺たちとは異なって、NPCに近い存在に変わっちまったからな……
「さすがに合宿場所までVRセットを持っていくわけにはいかないし、一応合宿中は自分の中でもメリハリをつけるために携帯端末も最低限でしか使っていなかったから、PAWの情報とか何もわかってないんだよな」
とりあえず何も起こってなければ良いが。
ガチャ!
「うわ、こんなにヘタっている兄さんなんて珍しい! 一体どれだけハードな合宿だったのよ」
「うぉ! 由佳!?」
「『うぉ!』って何よ」
「いや、まさか居るとは思わなかったからな」
いないと思っている所に人がいたら誰だってビックリするだろ?
「母さんから『絶対バテて帰ってくるから炊事洗濯の援軍よろしく』って言われたのよ。もちろん寮長さんには了承得ているから大丈夫、心配しないで」
……すごいな、聞こうとしたことを先に言われたぞ。
「あ、合宿で使った衣類はそっちのカゴへ入れておいて。どうせ兄さんの洗い方だと汗臭いのがキチンと取れていないから洗い直すわ。っていうか、面倒だからそのままお風呂も済ませておいてよ。そうしたら今着ている服も一緒に洗濯しておけるから効率良いし。
兄さんがお風呂済ませたぐらいには晩ごはん出来ているから、ささっと済ませて」
「お、おぅ」
いろいろと段取りが良いな。ま、正直なところ助かるのは間違いないが。
『ほんと、母さんによく似てこういうのをテキパキとこなすスキルは凄いな』
絶対良い嫁さんになるよな。もれなく尻に敷かれそうだけど……
「そうそう、この前兄さんから聞かれた桜紋高の生徒の情報仕入れておいたわよ」
「マジか!」
名前も知らない生徒を簡単な容姿の説明だけでたどり着けるって、由佳が持っている情報網も侮れないな。
「ま、たぶん合っているとは思うけど……間違っていたらごめん」
「いや、俺が見た容姿とか少ない情報から本人らしき人に近づけたこと自体がすごいから」
「うん、まぁそれなりに有名人みたいだからね」
「有名人?」
なんだ……まさか、
「あー、芸能人とかじゃないし、学園のアイドルとかってことも無いから。でも確かに綺麗な人よね、あとスタイルが羨ま……ううん、抜群」
由佳はそう言いながら自分の携帯端末の画面を俺に向ける。そしてそこに写っていたのは間違いなく、俺に携帯端末のバッテリーをくれたあの娘の写真。
「由佳! ビンゴ!」
「お、良かった~」
由佳は心底ホッとしたような様子を見せる。
「で、有名人って話だったが」
「ああ、うん。本人というよりも、この人の友人さんが桜紋高の超有名人でね、『桜紋高校の小さな女帝』って言われているの。
噂じゃ、桜紋高を裏から牛耳っているって話よ」
「それもそれで凄いな。まぁ俺には関係ないけど」
あくまでもう一度会いたいのはこの娘の方だし。
「……でも、万が一この人を傷つけるようなことをしたら、女帝と呼ばれている友人さんが、桜紋高経由で裏から分からないように兄さんの高校に圧力かけて、兄さんを消しにかかるかもよ?」
「ちょっ、待て! 消されるってどこのマフィアだよ!?」
色々な意味で緊張するだろ!
「まぁ、冗談だけどね」
そう言うと由佳は『ゴメンゴメン』と言いながら、もう一度、携帯端末の画面を俺の方へ向ける。
「名前は“如月 阿里沙”さん、前にも話した通り私と同じ高一ね」
「ありがとう、名前さえわかればあとは何とか……」
「なるの?」
う、うーん……
「ま、とりあえず如月さんも消えていなくなるわけじゃないから、兄さんの時間がある時に桜紋高まで一緒についていってあげるわ」
「すまん、助かる! とはいえ、まだしばらくは部活が忙しいから行けるとすると、たぶん夏休み前とかだな」
さすがに夏休みに入ったら会うことも難しいだろうしな。
『本当はもっと早く会いに行きたいが、こればっかりは仕方がない』
「じゃ、それまでに新しい情報があったら仕入れておくから。
というか、兄さんの場合はそれよりももっと大きな事件があるわよ?」
「……事件?」
事件ねぇ……確かに携帯端末であまりチェックはしていなかったから、世の中の話には少し疎いかもな。
「まぁ、事件と言ってもPAWの中での話しだけど」
「おいおい、それって俺と由佳が現実で話して良い内容か?」
運営ってかなりチェックが厳しいって話だが。
「大丈夫よ、私だって停止されたくないから、そういうレベルでしか話さないし。それに話の内容についても全土レベルで発信されていることだから大丈夫よ。
ちなみに兄さんがいた場所とか、あの辺りにおもいっきり関係あるし。きっとログインしたら大変なことになってると思うわよ」
大変そうだという割に、どちらかと言えば由佳は楽しそうな顔をしている。
『ま、外野から見ればアルブラで起きていることなら傍観者でしかないからな』
俺も同じような立場なら、騒がしくなっている場所に興味と、それに参戦するための情報を求めていた可能性が高いと思う。
だが、そこにいて尚且つこのPAWの人々と過ごす生活、その密度が濃くなると色々と変わってくるものがあるのは事実。
『勝手だよな』
分かっているが故に、そんな自分をもどかしくも感じる訳で……
「全土レベルで発信って……かなりの大事だな、一体何があった」
「ま、詳しくはご飯食べながら話すけど、一番大きな話は公国が滅亡したってことかな」
「何だって!?」
南のほうで騒がしくなってきていたとは記憶しているが、たった十二日ログインしていないだけだぞ!? たったそんな日数で国が滅ぶのか!?
「ただの戦争じゃないな」
「うん、攻めたのは独国だけど、一緒に行動というか攻める際に色々と協力した勢力がいてね」
「協力した勢力……」
『確か独国は公国に何度も攻め込んでいたが、その都度撃退されていた……そんな相性が悪かった国を勝利に導かせるような勢力』
「帝国絡みか?」
「惜しい! 正解は元帝国の第七皇子だった人でした!」
「わかるか!」
我ながら良い線だったとは思うが、元帝国の皇子とか推測でも出ねぇし。
「で、結局その人が独国と公国をまとめて一つの国にして新しい国を建てたっていう話までが今PAWの中で話題になっているうちの一つ」
「一つって……今のでも十分に重い話だぞ。まだ何かあるのかよ?」
既にそれだけで腹いっぱいだぞ。
「うーん、まぁそっち比べて話のレベルは小さいけど、話題性って意味では互角かそれ以上かも」
「レベルが小さいけど話題性があるって……わけわかんねぇな。んで、そっちは何だ?」
「うん、その元皇子が公開プロポーズしたの、私達と同じ異邦人の女性にね」
「なるほどな、確かに話題性としては飛び切りだな」
話じゃ、帝国にいる傾国の騎士もPAWの世界の住民と結ばれたって聞いたが、アレもかなりのレアな話だからな。
「そっちも有名人なのか?」
「どうなんだろ、私は聞いたことがないけど……アルブラにいる兄さんならわかるかも?」
「アルブラにいる異邦人なのか、確かに知っているかもしれないが……アルブラにだって何人異邦人がいるのかわからんぞ?」
「ま、広くて狭いVRMMOの世界だからね、色々と名を挙げている兄さんなら接触したことあってもおかしくないと思うけど?」
由佳はそう言いながらPAWの世界で配られている新聞を写した携帯端末の画面を改めて俺に見せる。そこには元皇子の写真と、“異邦人にプロポーズ!?”という見出しで書かれた記事が。そこには……
「コーデリア・フォレストニアさん、っていう異邦人の女性が元皇子の公開プロポーズ相手みたい」
「はぁっ!?」
由佳に聞かされた名前と画面に写った新聞に記載された名前。家についてから色々と驚かせることがあったが、さすがにこれに勝るような驚きは無かった。というか、
『何やってだリアの奴……』
元皇子の公開プロポーズ相手がまさかのリアだとか……わけわかんねーぞ!?
とりあえずメシを食べてから早急にログインしなければならない理由が出来たのは確定。
由佳に聞いた如月さんのこともかなり気になっているが、まずは目の前というか自分のすぐ近くにいた女性に起こったことを確認することこそが、最優先の案件であることに間違いはなかった。
ということで、前話のあとがきにも書かせていただきました、
次の章?の話にちょっと整理をする時間をいただきます。
たぶん、再来週ぐらいには再開できるつもりですが、いかんせん年末進行という恐怖の大魔王が迫っておりまして……
なるべく早めに再開できるようにがんばりますので、少しだけ時間をいただけますよう、おねがいいたします m(_ _)m




