210話 幕間 国の形 5
■ ビ・ディン 正門近くの酒場
「あ? 何だって」
「……うーん、まさか彼が出てくるとはね」
一応、アルブラで事を起こす前にシリュウからヴェルフのことは聞いていた。今回、独国が公国を攻める際に影で動いているという話だったから、あまり彼については気に留めていなかったけど……まさかこんな形で出てくるとはね。
「は? そんなもんはどっちでもいい。問題は話していた内容だ」
「っていうと、あの娘のこと?」
「あったりめぇだ! 後から出てきてオレの獲物を掻っ攫うってあのガキも良い根性してるじゃねぇか!」
……いや、別にアンタの嫁ってことも無いでしょうに。
アルブラから出た私とラルは、旧公国の都市であり、独立都市なった【ビ・ディン】へ来ていた。
本来なら今頃独都で作戦終了後の休暇を楽しんでいるか、それとも作戦継続として公都にいたはずだったけど、ラルがアルブラでの作戦に嫌気が差したことから離脱。
そして道楽というかちょっとした目的からアルブラの街で対戦三昧をした後にあの娘と対戦。すったもんだあったとはいえ、結果的にはからアルブラを出ることとなり、こうやってビ・ディンに来ているわけで。
「おいおい、お前にも話しただろ? アルブラで見た夢の中で、オレの主神たる炎神アテニス様が“理想に合った嫁候補がいる”って話をよ」
「そうだっけ?」
ま、それがコイツの目的みたいなものだったのよね……
「で、それがあの娘だと」
「戦場じゃないとはいえ、オレを倒せるような女がそうそういるか?」
「まぁ、いるかと言われれてもなかなか浮かびやしないけど」
パっと浮かぶなは独国のお姫様か、帝国の傾国の騎士か……あー、人妻は入れるなと言っていたっけ。
「そりゃ、外見とかもアンタの好みだったとは思うけど、あの娘って異邦人よね?」
「異邦人を嫁にした奴ならいるじゃねーか、それこそ傾国の騎士だってそうじゃねーか」
「ま、そうよね」
帝国の第一皇子の妃となって子供まで産んでいるのよねぇ……同じ女として皇子になんて嫁ぐなんて想像出来ないし、したくないけど。
「夢で主神にお告げを貰った日に、スタイルなども全部含めて超オレ好みの女がいた。しかもそいつがオレを倒せるだけの力を持った女だった。これだけ色々なことが重なったんだぞ? もうリアがオレの求めている嫁に間違いねぇだろ」
気持ちはわからないでもないけど、相手の気持ちも尊重しないとダメだと思うのだけど……はぁ、言ってもコイツが聞くわけないか。
「で、どうするの? 彼がちょっかいかける前にことを起こすならアルブラに行くしか無いけど、そうすると間違いなくあの領主が出てくるわよ?」
「だろうな、だからオレはアルブラには行かない」
「まさか……アルブラの門の外で待つとか言わないでよ!?」
「んなわけねーだろ!」
本当かしら?
「さっきあのガキがあっちこっちでリアに会うって言ってただろ」
「あーそういえば言ってたわね。
……ってまさかリアを手篭めにするんじゃなく、対抗馬の彼を闇討ちするとか言わないわよね!?
さすがにそれは不味いって!」
「それも考えたけどな、さすがにやめた」
「考えたの!?」
考えたのをバカだと言うか、やめたのを褒めてあげるべきか。
「あのガキ殺ったらザヴォルに殴られかねないからな」
……いや、殴られるとかいうレベルで済まないから。
「ま、あのガキが言ってたことから考えると、あのガキは自分が動くようにリアも動くっていうことを予測したような話だっただろ?」
「確かに『戦場だけでなく色々な場所で出会う』とは言ってたけど」
「拳をぶつけ合った感想でしかないが、リアの性分としてあのままアルブラに籠もっていることは無いと思う。そして話していた経緯から考えると、あのガキも間違いなくそう見ているだろうよ」
「へぇ……」
コイツが頭使っているのは結構レアじゃないの。
「んで、それを先回りするってことだとして、どこへ行くの?」
彼の動向とかを考えて出会いにくい場所を想定すると……王都か東のブランシア共和国とかかしら?
「いや、動く必要は無い」
「どういうこと? まさか彼女の方からアンタに会いに来るとか言わないわよね」
「それだったら嬉しいが、さすがにオレもそこまでじゃねーさ」
「だったらどういうことよ?」
「オレに会いには来ないが、ビ・ディンに来るってことさ」
「なんでここへ来るのよ、彼女にはメリットなんて無いでしょ」
「確かにビ・ディンに来る必要は無いさ、ビ・ディンにな」
「ここに無いって……あっ」
なるほど、そういうことね。
「そういうわけだ、だからオレはここに足場を作っておくさ。オレが睨んだ通りになれば、ビ・ディンもヤバいぐらいに騒がしくなるはずだからな」
「本当になるの?」
「なるさ、ガキの子分のクソガキはビ・ディンに手を伸ばす」
そう言って笑いながらいうコイツの顔は見ているこっちが楽しくなるような笑顔。
それは良い笑顔でありながらも、楽しそうに爪を研ぐ獰猛さを含んだ笑顔だった。
―――◇―――◇―――
■ 旧公都リ・ゼルロア 城内
ギリッ……
無意識のうちに噛み締めた奥歯の音が自分だけでなく、まわりにも聞こえたのか、近くにいた奴らがギョッとしたような表情でこちらを見る。
「姉さん」
「ええ、大丈夫よ。あの人が天然の女ったらしだってことぐらいはわかっているから」
でも私が知る限り、あそこまで自分の想いをぶつけた相手はいなかったハズ。
いま私とモモ、そしてスタッフとして働くアイツも含めた上位のメンバーは、全土に流れていたこの放送を主役たちが並ぶ演壇の脇で見ていた。あの人が話す内容を事前に知らされていたのは演壇の上に立つ二人と、たぶんシリュウだけ。
それは演壇の上で笑うフーラさんやそのお兄さん、そしてコチラと目を合わせようとしないシリュウを見れば明らか。
「まったく…モモは倒されるし、アルブラではシリュウの作戦もあと少しのところで崩されるし。そして今回のコレって……はぁ、まったくやってくれるじゃないの」
本当は今すぐアルブラに行ってアイツをブチのめしたい、この世界から消してやりたいって思う。だけど、今感情にまかせてそれをやったらあの人が悲しむことになりかねない。
『だから、今は……今だけは我慢してやる』
でも、どこかで出会うようなことがあれば話は別。あの人の目の前でアイツよりも私の方が優れていることを見せつけて……殺してやる。
「無茶はしないでね」
「大丈夫よ。無茶はしないから」
無理はするかもしれないけど。
『とりあえずはアイツに関して調べ直さないと』
軍のつてを使えばシリュウにバレて面倒なことになるから、私が持つ個別組織を使わないといけないか。
『報酬の支払いがかなり割高になるけど、アイツをより効率よく、そして苦痛に感じるような手段を欲するなら仕方ないわね』
間接的とはいえ、受けた痛みは倍以上で返さないと気が済まない。
「モモ、なるべくあなたに迷惑かけないようにするから」
「姉さん……」
ギュ
「そんなこと言わないでよ。この世界であっても、たった二人の肉親なのよ? 私だって姉さんに頼るし、頼られたい」
寂しそうな顔をしたモモはまわりの目も気にせず抱きついてくる。
「私にとって大事なのは姉さんと姉さんの大事な人、そしてシリュウだけ。あとはどうなったって構わない」
「モモ……ありがとう」
ギュ
「あっ……」
私もモモの腰に手を回し、強く抱きしめてから軽くキスをする。
「遠慮なく補給させてもらったわ」
「ね、姉さん!」
うん、相変わらず可愛い反応をする妹よね。
『こんな可愛い妹が受けた痛みと、私自身が感じた苦しみ。きちんと償わせてあげるから楽しみにしていなさいな……コーデリア・フォレストニア!』




