209話 幕間 国の形 4
「……リアはアイツに視られていたのね。知らなかったとはいえ迂闊だったわ」
「視られた?」
マチュアさんはそう言うとギリギリ聞こえるレベルで舌打ちをする。
「詳しくはあとで話すわ。とりあえず簡単に話すと、アイツだけが持つ固有の能力でリアの全てが知られていると思いなさい。
あなたが異邦人だなんて些細なものでなく、あなたのステータスや持つ力、それら全てをね」
「……あ」
マチュアさんにそう言われ、さっき思い出したことが再び頭をよぎる。
『ヴェルフさんは名乗っていないのにわたしの名前を知っていたし、一部の人以外は知らないはずのクロススキルについても知っていた。
……あの時のはそういうことだったってこと!?』
その時のこと、そして今のこの状況を考えただけで嫌な汗が溜り落ちる。
《今すぐ答えて欲しいなんて言わないし、急ぐ必要もない。
この先オレとお前とは様々な場面で出会うことになるだろう、戦場だけでなく色々な場所でな。故にその場所や時々でオレの考えをお前に知ってもらい、理解してもらった上でお前自身がそういう気持ちになるまで待つ……と思うが、もしかしたら強引に口説き落とすかもしれない》
「いやいや、そこは待とうよ!」
「待ったら嫁ぐの?」
「ちょっ! 今のはツッコミだから、ツッコミ!」
ジト目をしたロキシーの問いかけに速攻で答える。
《ま、とにかく言いたいことは全て言ったから今日のところはこれで終わりにさせてもらう。
だが、今オレが話したことはどれも本気だ。人としての考え、国としての方向、そしてリアに対する想いもだ。これを聞いている人々よ、国よ、オレは本気でオレの話した全てを実現させてみせる。楽しみにしていてくれ!》
ヒュン……
いい笑顔と共に神代の映証が徐々に薄っすらとなっていき、最終的には空は何も無かったかのようになっていた。そして、
ガヤガヤガヤ……
神代の映証が消えると共に、わたし達と同様に外へ出て見ていたアルブラの住民達によって街中が一気に喧騒へと包まれていく。
「……ハッ、とりあえず店の中へ戻るぞ! 煩くてかなわん」
「そうですね……わたしも疲れました、いろいろと」
「テメェもこの街を煩わしくした一端だろうが?」
「ん……まぁ、それはそうですけど、今のアレって貰い事故じゃないですか」
どうやってアレを避けろって言うんですか!?
「とにかく対策を練りましょう、今後についてね」
見るだけで全身が凍りつきそうな形相をしたマチュアさんがこちらを見る。
「リアの貞操を守らないと……」
「そ、そうかもしれないけど、もうちょっと言い方ないものかなぁ!?」
ロキシーもわたしに聞こえるようなレベルでブツブツと呟いているものの、それに応えたわたしのツッコミに対しては珍しく無反応な状態。というか、貞操を守るとかって言われてますが……
『はぁ……』
【悩むより考えましょう、あの男の対策や今後の方針をね】
『……うん、そうね』
トム店長とマチュアさん、そして“もう一人の自分”に促されわたし達は店の中へ戻ると、今後のことを話し合うのだった。
……っていうか、これって話し合って答え出るものなの!?
―――◇―――◇―――
■城塞都市ベルツ
「ぶはっ!」
夜空に映し出されていた神代の映証。
噂話というか、運営が公式に出している資料の中で【神級アイテム】として記されていたことから興味はあった。それがこうやって初めて出てきたものだから一体何が始まるのかと思って見ていたら、とんでもない奴のとんでもない発言と、親友に迫る貞操の危機とかいう意味不明な展開に一瞬思考能力が停止したじゃないの。
というか、私が苦労して静かに咳き込むレベルで抑えていたのを尻目に、横にいたニーナは口に含んでいたジュースを噴水かと思うレベルで盛大に吹き出していた。正面にいた不幸なギルドのメンバーに思いっきりかかっているけど、若干喜んでいるように見えるとか見えないとか……
ま、とりあえずそれは放置させてもらうとして
「いきなり吹き出さないでよニーナ、汚いでしょ」
「いや、今のアレを見て吹き出すなっていうのが無理無理無理ぃ!」
うん、まぁ気持ちはわかるけどさ。
「何よ今のあれ!?」
「いや、まぁ、そのままの意味なんでしょうね、たぶん」
「ルナっちにしては歯切れが悪いじゃないの!」
「アレを見て冷静沈着に返答ができるほど私も大人じゃないし、この世界のことをわかりきっていないから」
とはいえ、どういう立場にいたとしても今起こったことに対して冷静な考えと返答をする自信は無いわけで。
……無理でしょ、どう考えても?
「今のアレって全土放送なんだよね?」
「え、ええ」
「だったから、リアに直で聞いても違反にはならないわよね?」
「“距離を無視した話”を現実でするのは違反になるけど、いま神代の映証で放送された内容は、一応全土どこでも見られるもののはずだから、そういう意味では問題ないとは思うけど」
ゲーム内で統合作業をした際、プレイヤーが自動生活で生活していた記憶を持つのと同じように、ゲーム内のキャラクターもまた、今まで持っていた記憶にプレイヤーが有した、新しい“ゲームに関連した記憶”が統合される。
そしてその記憶に対し管理用に使われているAIが、キャラクターが知り得る内容かを照合するらしく、その照合時にキャラクターが知り得ない情報を知っていると判明した際には、即ゲームのアカウントを停止される。
実際にそういったことでアカウントの凍結されたという話は公式からアナウンスされており、ホームページを見てみると、どういった理由でアカウントが停止されたのかを知ることが出来る。
「よし、じゃあそうと決まれば早速ログアウトして」
「ちょ、ちょっと待った! 確かにさっきのだけなら現実で話しても大丈夫だとは思うけど、滅茶苦茶厄介な状態になってきていると思うから、今は我慢して!」
「大丈夫だって、私もリアも気をつけて話すし」
「確かに気をつけて話せば大丈夫だろうけど、いまリアは渦中の一人になって大変な状況よ。そんな危ない状態で話をしていたら、本当は話してはいけないような事まで勢いとかで話してしまうかもしれない。
そうなった場合、例えそれがワザとじゃなくても運営に規程違反と判断されて、リアもあなたもアカウントを停止されかねないわ」
「んんん」
かなり慎重に話をすれば大丈夫かもしれないけど、ニーナだけでなくさっきの話の当事者となってしまっているリアにしても、こんなことになった状態で“今の話に関連すること”だけを冷静に話せるとは思えない。例え、それが意図したものじゃなかったとしても、運営が“チェックする機能とその能力、そして公正さには自信がある”と豪語している自慢のAIならば、情状酌量とかに迷うことなく二人のアカウントを停止するはず。
『とにかく冷静に、慎重に動くべきよね、とするとやっぱり……』
「私だって色々話したいけど、さすがにこれを現実でするのは厳しいわ。だから」
「お、まさか!?」
「ええ、色々と考えるところもあったけど……行くわよリアのところへ」
「おっけー! ちなみに全員?」
「いえ、さすがに事がことだからニーナと私とだけにするわ。不在の間に何かあった場合には、副団長さえいれば対応できるだろうし」
……まーた色々と文句というかボヤくんだろうなぁ。ま、仕方ないか。
「じゃ、そうと決まったら」
「行くわ、アルブラへ!」
ゲームの世界の中とはいえ、親友の貞操は守ってあげないと!




