207話 幕間 国の形 2
《まず先だって自己紹介をしようか。
オレの名前はヴェルフ・ベラ・グラウルフ、元はガルディン帝国の皇子だったが、現在は廃嫡されて絶賛無職中だ》
「いや、元皇子で無職って……」
すごく良い笑顔で言っているけど、無職ってどうよ? っていうか、そんな場所に居て無職ってことは無いでしょうに! それよりも、
『ちょっと待って、ガルディン帝国の元皇子がこの街に来ていて、しかもわたしはお店で会っていたってこと!?』
……あー、もうなんだかそれだけで頭が痛くなってきた。
『粗相はしていないと思うけど……、って逆にわたしの方がいろいろされてない!?』
あの時のことをいろいろと思い出してみると、ヴェルフさんは話していないわたしの名前だけでなく、マチュアさんを始めとした一部の人以外には誰も知らないはずのわたしクロススキルを知っていた。
『あの場で聞けなかったからそのままにしていたけど……』
【それを考えるのは後の方が良いわよ、今は目の前でこれから起こることに注意を払わないと】
『そ、そうね』
正直、気になることは気になる。でも、今はそれよりももっと大きくて面倒なことが起ころうとしているわけだから、“もう一人のわたし”が言う通り、わたしのちっぽけなことを気にしすぎて視野が狭くなるのは得策じゃない。
《ま、そんな無職なオレから皆に話がある。その前に》
《フーラ・ゼ・デアモノードです、臨時国家カラドボルドの元首をしております》
『綺麗な人だと思ったけど、あの人が臨国の元首さんだったのね……』
わたしが悶々としたことを思っていることなど関係なしに話は進んでいくと、神代の映証に映る唯一の女性が紹介され話し始める。
ヴェルフさんに紹介されて前に出てきた女性は、自ら名を名乗ると軽くお辞儀をする。ちなみにそのタイミングでヴェルフさんは少し後ろ、もう一人の男性の横へと移動していた。
「綺麗な人ね」
「うん」
ロキシーの呟きのような声にわたしも同意する。
亜人といえばベニさんしかよく知らないし、ベニさん自体もかなり美人な人だった。
ただ、フーラさんはベニさんとはちょっと違って、亜人としての強さに気品を兼ね備えたような感じで、美人というより“キレイな人”という印象を強く受けた。
「そして、強い」
目の前にいないにもかかわらず、神代の映証を通して受ける強さという曖昧な感覚にはなるものの、マチュアさんから“緋蒼流格闘術” を習ったと聞かされた、ヴェルフさんよりも強い感じを受ける。ただ、
『まぁ、それよりも更に強い人があそこにらいるけどね……』
フーラさんの後ろで直立しながら彼女を見ている亜人。身につけた高位な衣装では隠しきれない、それこそ“力の塊”とも言うべき剛の気を身につけているその人。
身長はラルさんと同じぐらいで体格としても“筋肉の塊”とも呼べるラルさんの方が上だけど、画面越しに受ける圧迫感とも威圧感とも感じるソレは、まともに見ているだけでも息が詰まるような錯覚を覚えるほど。
「奴が前独立国家ロイゼンの王、ザヴォル・ギ・デアモノードだ」
「えーっと、もしかしてトム店長会ったことが?」
「あぁ、今から二十年ぐらい前、アイツがまだハナタレの皇子だった時にだがな。ま、あの時点でガキのクセして他人を引っ張る力があったのは事実だ。
今はそれに加えて本物の力も身につけやがったみたいだな」
おー、トム店長が他人を認めるなんて珍しい。というか、皇子とあったことがあるっていうことにツッコミ入れたいんですが!?
【ま、今はやめておきましょ】
『うん、また話がおかしな方に行くのもイヤだしね』
何かを切欠にトム店長がヘソを曲げるのはマイナスにしかならないし。正直、色々と知っている事が多いトム店長から、情報を聞き出していきたいというのが一番のホンネだったり。
『とりあえず、トム店長の印象として残っているぐらいの人ってことは』
【化け物なんでしょ。もっと言えば彼だけじゃなく、あそこにいる全員が】
うん、きっとそう思う。
ヴェルフさんがあそこでフーラさんやザヴォルさんと並び立つことが出来るということは、外面からはわからなくても、見せない部分に色々な強さを隠していると考えた方が良いと思う。
『というか、わたしと同じでマチュアさんに“緋蒼流格闘術”を習ったという事実だけで十分に強いと推測できるし、マチュアさんと同じように二階からほぼ無音で飛び降りてくるなんていう高レベルなことを簡単にやってのけたという事実から考えてみても、ヴェルフさんもかなりの実力者だと考えるべき』
とりあえず、わたしとしては戦うような場面が起こらないことを祈るだけかな……
《この度、創造神ヌル様を始め神々の皆様にご尽力いただき、神器である神代の映証をお借りして皆様にお伝えしたいことがございます》
フーラさんはそう言うと、一度だけヴェルフさんを視線を合わせてから再び話し始める。
《先日、この臨時国家カラドボルドを立ち上げ、後ろにいる前独立国家の王であったザヴォル・ギ・デアモノードの了承のもと、カラドボルドとロイゼンを一つにし、私がそのまま元首として統治しておりました。ただし、これはカラドボルドが落ち着くまでの一時的なものです。
合併したロイゼンも含め、カラドボルドとしての運営に目処がついたことにより、本日この時を持って元首としての地位を本来有すべき方……ヴェルフ・ベラ・グラウルフ様へ移譲致します。
これはカラドボルドの統治に関わる者及び、旧ロイゼンの統治者であったザヴォル・ギ・デアモノードの承認を得た決定事項となります》
そう言うと後ろに立っていたザヴォルさんが大きく頷く。
「はぁぁぁ?」
ごめんなさい、よくわからないですけど??
【本気で言ってるの?】
『いや、わかるのはわかるよ? でも、独立国家の人達が公国を落として、フーラさんを元首として新しい国を立ち上げ、独立国家を合併したのだってつい先日のことでしょ? それなのに、こうやってまた元首の地位をヴェルフさんに渡すとかっていう意味がわからないの。
だったらヴェルフさんが最初から元首の地位についておけば良いのじゃないの??』
偉い人の考えなんてわたしにはわからないのは承知の上だけど、なんだかこうやってまどろっこしいというか、分かりづらいような形にしていることに理解が追いつかない。
【複雑に考える必要なんて無いのよ。単純に言えば独立国家が公国へ侵攻する際には、御旗としては味方に良い影響が得られやすいあのお姫様が良かったってこと。そして廃嫡されたとはいえ、帝国の血を持つものが直接公国を滅ぼすということが不味かったってことよ】
『不味かった?』
【ええ、考えてもごらんなさい。
もし、最初から帝国の血を引くあの優男が先頭に立って公国を攻めていたら、どういった理由にもかかわらず、公国が最初に侵攻されたタイミングで隣国である王国や首長国へ援軍の使者を出していただろうし、援軍だってアルブラや首長国が持っているであろう最大戦力で出していたでしょうね。
そうなっていた場合、今回の戦争で独立国家が公国に勝つことが出来たのかっていう話になるわ】
『その話し方だと、そうしなければ独立国家が負けていたって聞こえるけど』
【そうね、正直なところ電光石火のような速度で攻めることが出来たこと、そして周りの国の動きが遅かったことこそが、独立国家が公国に勝利した最大の要因だと見ているわ。
逆に言えば、たぶん公国だって“独立国家が攻めて来た”ということでしか最初に考えていなかったと思うわ。だからこそ隣国への援軍依頼が遅れた訳であり、後手後手に回ってしまった。
本来すべきことが出来ていたら、もし最初から帝国の影が見えていたのなら、公国が滅ぶことがなかったと私は見ている。
ま、実際にどうかは別として、もしも帝国の影が見えていたのなら戦局も戦果も大いに変わっていたってことよ】
『難しい話……』
“もう一人のわたし”が言うこともなんとなくわかるけど、言葉に理解が追いつかない。
《さて、そんな訳で今日からオレが臨時国家カラドボルドの元首となったんだが……》
ヴェルフさんが語り始めた話は、世界が大きく揺らぐ切っ掛けとなる途方もない話だった。




