202話 アルブラ動乱64
「とりあえず色々と言いたいことがあるけど、まずは改めてお礼を言わせて。
ロイズと私の危なかったところを助けてくれて本当にありがとう」
そう言ってマチュアさんは深々と頭を下げる。
ご飯を食べ終え、急ごしらえで作ったデザートを皆でつついたあと、マチュアさんは「話がしたい」ということでわたしの部屋を訪れていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
助けたって言われても、本来ならロイズさんが負う必要の無かった傷を与えてしまったという事実がある以上、お礼を言われる筋合いなんてわたしには無い。
「わたしがリュウ……シリュウに油断せず、きっちりと止めを刺しておけば、あそこで爆発なんて起きなかったんです! そうしたらロイズさんが大怪我をすることもなく……」
「そんなこと無いわ」
「でも!」
「確かにロイズは大きな怪我を負ったわ。治癒の魔法でも治しきれない、一生の傷を。たぶん、以前と同じようにPAに乗って操縦することは出来ないでしょうね。
でもね、リアがあの場に来てくれたからこそロイズは死なずに済んだし、私も助けてもらうことが出来たのよ? 私だってあのカプセルの中から出ることが出来たかどうかはわからないわ」
「それは……そうですが」
「死んだらおしまい。
でも、生きていたからこそこうやってリアとおしゃべりすることも出来るし、美味しい料理も食べることが出来るの。そういう機会をあなたは与えてくれたのよ?
だから自分のやったことで自分を攻めないで。じゃないとあなた自身が潰れてしまうわ。ロイズも私もそんなことは望んでいないの、贖罪なんて必要ないの。だから、ね?」
「……はい」
そう言ってくれるチュアさんの眼差しに一切の嘘がないことはわかる。ただ、そう言われてもすぐに“はい、そうですね”と言えるだけの柔軟な心は持っていないわけで……
「ま、そういう気持ちってそう簡単には無くならないとは思うけど、本当に私とロイズは大丈夫だから。
正直、ちょっとだけホッとしているところもあるのよ?
あの傷もあることだし、これからは危ない場所へ行けなくなると思うわ。そうなれば相対的にゆっくりと過ごすしかないわけだし、私とロイズにとっても、これからの事を考える良い分岐点を得たと思っているの」
そう話すマチュアさんの顔は確かに明るく感じるけど……
「そういうものなんでしょうか」
「ええ、そういうものよ」
「難しい話ですね……」
マチュアさんに言われたことを「そうですね」と簡単に返すことが出来ないのは、自分が自分に納得できていないからなのか、それともただ自分を攻めることで免罪符にしたいからなのか……
「で、そろそろ話の本題、私がここへ来てリアに話したいことについてだけど」
「はい」
うん、すっかりさっきの話で忘れていたけど、元々マチュアさんがここへ来た理由は別にわたしの料理を食べに来たわけではなく、わたしと話をしたかったから。
より正確に言えば、きっと“もう一人のわたし”が送った手紙の内容についてだと思う。
「自動生活モードのあなたから貰った手紙について読んだわ」
『やっぱり』
正解したけど嬉しくないのは悲しい。
「あら、なにか言った?」
「い、いえ、なにも」
あはは、反応早すぎなんですけど!?
「じゃ、話を続けるわよ。手紙に書いてあったことを読んだ感想としてリアに伝えたいことは三つ」
「三つ?」
意外に少ないかも。
「まず一つ目は戦闘についてだけど、どの戦いも生きていたのが不思議に感じるほどよ。とくに死撒剛腕との戦闘なんて、いくら相手が素手とはいえ、“無謀”の一言でしか言い表せない。
もちろん、あなたが私達の為に戦ってくれたのはわかっているし、その事実については感謝でしかないわ。
……でもね、そういった場面においては必ずそこで“自分の命”も天秤に乗せてから、戦うかどうかを決めて欲しいの。
前にも言ったけど、私達はリアのことを家族だと思っているのよ。そんな私達の自由を得る為に、家族だと思っていたリアの命が失われたと知ったら、その自由を謳歌できると思う?
もしそれが逆の立場だった場合、リアはそれを喜んで受け入れられる?」
「それは……」
確かに逆の立場に立って見てた際、自分がその結果を得られた代償がマチュアさんの命だった場合、喜んでいられるかと言われれば、間違いなく首を横に振る。
「すみません」
「ううん、謝って欲しくて話しているのでは無いわ。きちんと自分で自分の命の大事さを考えて欲しいってことだから。もちろん、死撒剛腕との戦いでも勝てる自信があったというなら止めはしないけどね。
逆に、いつ再戦となっても死撒剛腕に勝てるぐらいに私が鍛えないといけないってことかな」
「は、はは……」
まさかのスパルタ宣言!? って、いつもスパルタじゃないですか。
「あ、今まで以上にもっと鍛えるってことよ?」
「が、頑張ります」
今まで以上ですか……どんな鍛え方になるのか不安と不安と不安しか無いのですが。というかそれよりも、
「マチュアさんも死撒剛腕、ラルさんのことを知っていたのですね」
「当たり前じゃないの、この世界でも超有名&注意人物よ。
幸いにも私は彼と戦場で会うことは無かったけど、もしどこかで相まみえていたら、間違いなくどちらかが死ぬような戦いになっていたでしょうね。
……もっとも、私に負ける気は無いけど」
さらっとそんな事を言えるマチュアさん、さすがです!
「というか名前で呼ぶなんて結構仲良くなった?」
「いえ、ただ死撒剛腕って呼ぶのも仰々しいと言いますか、そう呼ぶことでラルさんの本質が見えなくなると言いますか……
上手く言えないのですが、わたしとしては死撒剛腕ではなく、ラルさんと呼ぶ方がしっくりくるみたいで」
フィーリングに近いような感じだから簡潔に言えないのが辛い。
「そうそう、ラルさんと言えば“もう一人のわたし”の手紙で知っているとは思いますが、本来なら棍というか棒を使って戦うんですよね?
あの場では素手でしか戦っていたのでわかりませんが」
素手だけでも十二分に強かったですけどね!
「ええ、死撒剛腕が使う六尺棒は有名な武器よ。それこそ世に聞く魔剣と同じレベルで危険な武器であり、力ある者が渾身の一撃を放てばPAにですら簡単に穴があくって言われているもの。
……そういえば、リアもお腹に穴をあけられたって手紙に書いてあったけど?」
「ええ、アレは痛かったですね」
思わずあの場面のことを思い出し、お腹のあたりに手を添える。
「というか、お腹を貫通したことで受けたダメージの高さで気絶していましたし」
全集中力が完全にラルさんに向かっていたこともあり、いとも簡単に背後からの攻撃を防備状態で受けてしまった。いわゆる“クリティカル的な”攻撃になったんだと思う。
「そっか、そういえば六尺棒で穴を開けられた時、リアはアレを使って戦っていたんだっけ」
「アレ?」
はて、アレとは?
「ちょうど良いわね。アレ……即ち、“羅刹の息吹”の使用に関してが二つ目の話よ」
「“羅刹の息吹”ですか。
……確かにアレが無ければラルさんには勝てなかったですね。正確には“羅刹の息吹”を発動したことで、あの“もの凄い速い移動”をすることが出来たからってことですけど」
あの戦いにおいて切り札となった、“もの凄い速い移動”と、それをするために必要な行為となった“羅刹の息吹”。
マチュアさんは羅刹の息吹について何を話したいのかな?




