201話 アルブラ動乱63
「つーか、とりあえずオレにとってはそんな話よりもメシだ。腹が減って仕方がねぇ」
「えっ? あっ、はい! すぐに準備しま……」
って、あれっ? 自動生活を見返しした際に“もう一人のわたし”がある程度作っていたような?
「すみません、たしか自動生活で作っていたものが」
「あぁ、アレか……」
そう応えるトム店長の表情が暗くなる。
「まぁ、オレもよく知らなかったんだがな、プレイヤーが中にいる時に作ったものと自動生活が作ったものとは基本的に差なんて無いはずなんだが、例外的なものもあるらしいぞ。
一昨日のは問題なかったんだが、昨日の晩に食わされたのはちょっと言葉で言い表せることが出来ない代物だったな」
「えっ、そんなことが!?」
初期村に居た時にも“もう一人のわたし”が自動生活で料理を作っていたはずだけど、そんな事を言われた記憶が全然無い。とすると、
『まさか何か仕込んだり、わざと失敗とかしてないわよね?』
【……】
『あからさまに目線を合わせないようにしながら、沈黙しているのって肯定してるのと同意だと思うのだけど!?』
バレていないようだけど、さすがにそれはよろしく無いわけで。
「と、とりあえず作ってあるものから加工できないか見てみます!」
わたしはそう言って部屋を出ると、階段に設置してある転落防止の高めの手すりを飛び越え、二階から一階へ移動する。
ドン
色々と鍛えているからか、この高さから飛び降りても痛みを感じることは無い。
ただ、辺りに響いた今の音を聞くと自分の体重がすごく重いように聞こえてしまったり……太ってないよね!?
『そう言えば、以前にダラスさんと一緒にここへ来たあのフードの人、かなり静かに着地していたっけ』
重さを感じないような着地音。それはきっと彼がかなり鍛えていたからこそ出来たものだったとは思う。それもわたしなんかよりももっと凄い鍛え方というか、達人レベルなんじゃないかと思わせるぐらいだったし。
スタッ
「そうそう、こんな感じで静かに着地して」
わたしの後を追うように二階から飛び降り、静かに着地した人を見て……って、
「!?」
目の前に立つその人の姿を見て息が止まる。
「リア!」
「マ……チュア、さん……」
そこには以前会った時と何も変わらない、優しい笑みでこちらを見るマチュアさんの姿が。
「マチュアさん!」
わたしは何も考えず、マチュアさんの胸に飛び込んでいた。
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ズキズキズキ……
「ゴメンゴメン、あまりに良い踏み込みだったから、つい体が反応しちゃって」
「だ、大丈夫です。これも鍛錬の一つと考えますから」
マチュアさんはわたしの飛び込みに反応すると素早く半歩分だけ体をずらし、すれ違いざまにわたしの右腕を取り、こちらが飛び込んで行ったスピードを利用しながら床に投げつけていた。
「そもそも、マチュアさんを二階にまで連れて来たのを忘れているトム店長が悪いので」
「それは確かに悪かったが、オメェの事だから例えあの部屋で会っていたとしても、同じように飛び込んで投げられていたんじゃねぇのか?」
……くっ、否定できない。
「ま、やっと会いに来れたのに元気が無いリアわ見るよりかは良かったし」
「あはは……」
わたしに用があったマチュアさんは、トム店長のもとを訪れしばらく待っていた。ただ、いつまで経っても降りて来ない事にしびれを切らした店長が呼びに行くというので一緒に二階へ。
ただ、結果的に出るタイミングがズレてしまった事で、入れ違いのようにわたしが一階へ降りてしまい、それを追う形で降りて来たとのことだった。
ちなみにわたしは投げられた事でダメージを受けて気を失い、そのまま食堂のソファーに運ばれていた。
わたしもさすがに投げられるとは思っていなかった事もあり、カウンター気味に入ったことで、通常のダメージだけには収まらず気絶効果まで入ってしまっていた。
……さすがはマチュアさん、恐るべし。
目を覚ましたわたしは食堂に運ばれたということもあり、そのまま噂の料理をチェック。恐る恐る味見をすると、その料理から受けた衝撃に再び気を失いかけていた。
その味は何とも言葉にし難いもので、何をしたらこんな味付けになるのか全く不明な状態。でも、
『何とかなるはず……』
“もう一人のわたし”が調理した過程はすでに共有できている。
この“戦略的失敗作”となってしまった料理に対し、どうにか食べられるレベルまで戻せないかと、色々と試行錯誤をしながら作業をしていた。
ちなみにその横ではマチュアさんが心配そうな表情でコチラを見ている。
「大丈夫ですよ。きちんとこの料理は食べられるようにしますから」
「料理の方は心配していないわよ? 今までリアの凄さは身を持って体験しているから」
「えへへ」
マチュアさんにそう言われるのは、素直に嬉しいと感じてしまう。
「でもさっきのは本当に良い動きだったわよ」
「そうですか?」
「ええ、さすがに“色々とやった”だけはあるみたいね」
「色々……そ、そうですね」
そう話すマチュアさんの表情は笑っているけど、目に静かな怒気が見え隠れするのがちょっと怖いのですが……
「ま、その話はまた後にしましょう。今やるべきことは、私を含めた空腹状態のお腹を満たすこと!」
「はいっ!」
とりあえず問題は先送りしておきます!
『っていうか、見た目は問題無いのに味が根本的におかしいって、それはそれで凄い才能だと思うのだけど』
目の前の鍋に作られた具だくさんのスープの味を調整しながら愚痴をこぼす。
自動生活を見返しし、情報を見た限りではメチャクチャなことは無かった。ただ、調味料の配分が絶妙というか微妙というか、とにかく自分では行わないような状態に頭を悩ませた。
【んー、ちょっと疲れていたから味を濃くしようとして入れすぎたってところかな】
『うん、たったそれだけで料理の中における味のバランスが“恐ろしいレベル”で崩れているわよ』
これってある意味料理における“クリティカル的な状態”じゃないの??
……美味しいかどうかは別だけどね。
どうやら“もう一人のわたし”が確信犯でやったとはいえ、ほぼ無意識に近い状態で行ったことから起こったペナルティが料理に付いたことで、こんな味になったということらしい。
興味が無いと言えば嘘になるけど、さすがに自分で同じことをやってみようとは思わないかな?
「ま、それはさておきっと……とりあえずこんな感じかな?」
鍋に入った具材を全て取り出したわたしは、残ったスープの味を調整。
そして取り出した具材の中から奇跡的に味が染み込んでいなかったものを取り出し、表面を削ぎ落とすと再度鍋へ。あとは全体的な味の調整も兼ね、荒く潰した&ざっくりカットしたトマトを追加で投入!
これに新たな具材として、“もう一人のわたし”が山道をショートカットした際に倒して持ち帰ったブラッドバイソンのすね肉を用意。適当な大きさにカットしたあと、表面を軽く焼いた状態にすると、トム店長に作ってもらった圧力鍋もどきの中へさっきの具材ごとまとめて投入し、約十分間ほど煮込んで完成!
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「どうでしょうか?」
「うん、久々にリアの手料理食べたけど相変わらず最高ね!」
「ハッ! 確かにな。さすが本物が作るものは違う」
【……別に偽物では無いのだけれど】
『ボヤくぐらいなら普通に作ればよかったのに……』
まぁ、でもそういう風に思いたくなる時もあるのかも?
「っていうか、マチュアさんいつからこの店に来ていたのですか」
わたし自身、自動生活を見返しをしたことで時間の感覚がちょっとズレておかしくなっているから、もしかしてかなり待たせてしまったとか。
「大丈夫よ。リアに会う三十分ぐらい前にここへ来たところだから。トムさんにもリアのことを色々聞けたからかえって良かったわ」
「あ、はい」
うん、そういえばマチュアさんもトム店長と同じように、わたしが心の中に思ったことをわかっちゃう人でしたね……




