198話 アルブラ動乱60
「……はぁ、頭が痛いな」
【私もですよ。今回の事もですが、これからの事も考えると、“もう一人の私”が何をやるのか……いえ、“やらされるのか”が気になりますから】
面倒事を背負いやすい、そんなタイプですからね。
「しばらくはゆっくり出来ると良いのだが」
【側にいる人達が皆、そう考えてくれる方でしたら良いのでしょうが】
あなたの一番身近にいる“あの人”は、間違いなくそう思ってはいませんから。
【では、報告も済ませたので戻らせていただきます。
……あ、そうそう。あの二人のこと、よろしくお願いしますね】
「二人……ああ、マチュアとロイズのことだな。とりあえず私の方からも色々と手は回してあるから心配は無用だ。
正直なところ、今のアルブラの状況はかなりマズいからな。ここから立て直すのには、逆に二人の力を借りるべきだと私は思う」
この人は大丈夫でしょう。ただし本人達も含め、どう考えているかは違う話ですが。
「なんなら二人に会っていくか?」
さすが領主の娘ですね、本来ならイヤになるほどの手続きを己の意思一つでやってしまえるというのは。ですが、
【それは丁重にお断りしておきます。“もう一人の私”であればマチュアも喜ぶでしょうが、自動生活の私ではあまり意味がありません】
「……そうか」
そんなあからさまにガッカリされると私も困りますね。
【では、会う代わりに手紙を一つ残しておきますので、それをマチュアに渡して下さい。
“もう一人の私”の英雄のような活躍を知れば、きっとマチュアも喜ぶでしょう】
ええ、グッドアイデアです。
「……真意は?」
【マチュアに“もう一人の私”がやったことをしっかりと伝えることで、きっと師弟間の会話を気の済むまで行うことになるかと】
「うん、悪くないな」
そんな会話をしてから用意された紙に思い付くアレコレを書き記すと、それをファナに手渡し、私はその場を後にした。
―――◇―――◇―――
『ちょっ!?』
【なんですか】
『何が【なんですか】よ! マチュアさんに手紙って、一体どんな事を書いたわけ!?
しかも自動生活が書いた内容がわからない……共有できないとか意味がわからないし!』
自動生活が行動したことを自分の中に落とし込む統合をしている筈なのに、“もう一人のわたし”がマチュアさんに書いた手紙の内容を確認しようとしても、その部分にだけモザイクが掛かって読むことができない。
【言論の自由?】
『いつも自由に話しているわよね??』
【じゃあ、プライバシーの保護で】
『傍から見たら同じ人物がやっていることなのに、プライバシーも何もあるはず無いじゃないの!』
ダメだ、どう考えても手紙の内容について、頑なに共有しようとしていない。
【まぁ、私からわたしへの“プレゼント”みたいなものだから諦めて】
『それってまさか“プレゼント機能”のこと?
確かアレって、“自動生活の自分から本人へ、誕生日とか記念日にサプライズとしてアイテムを渡す”ってものでしょ』
【そうそう。そのプレゼントのアイテムを渡すまでに含まれる過程は一切秘密なの】
「はぁ……」
確かに“もう一人のわたし”が言っていることは正しい。運営の公式見解として“自動生活が成長するとサプライズがあるかも”っていうのはあった気がする……あった気がするけど!?
『わかったわよ、マチュアさんと会うのを震えながら待つことにするわよ……』
【あら、何も後ろめたい気持ちが無ければ、震えて待つ必要も無いと思うのだけど?】
『そうね、無ければね……』
“後ろめたい”とまでは言わないものの、色々と複雑な気持ちというか、罰が悪いと感じてしまう事があると言いますか。
『とりあえず、これ以上先に進まない話に時間をかけても仕方ないから、統合の続きに戻るわよ』
【そうね。でも……あ、まぁ良いか】
『な、なによ!』
凄く気になるじゃないの。
【大したことは無い、かな。あとアルブラに戻ってから残っている案件と言えば限られてるし】
『残っている案件って……あ』
あとアルブラの中で統合の負荷を高くする案件と言えば一つしかないわけで。
「良くわかってるじゃねーか」
「ト、トム店長!」
扉にもたれた格好でこちらを見るトム店長は何かニヤニヤとした意味深な笑みを浮かべている。
……っていうかいつの間に?
「一応言っとくが、ここの扉を開ける前に何度かノックはしているからな? それよりも先に言うことがあるんじゃねーか?」
「あ、はいっ! おはようございます!」
「挨拶は良いが……もう“おはようございます”の時間じゃねーぞ?」
そう言われて時計を見ると、すでにお昼の十二時を過ぎていて思わず時計を二度見する。
「えっ、もうお昼!?」
『ヤバっ、まだ統合でお店に戻ってきてからを見返し出来てないのに』
さっき“もう一人のわたし”と話していた“残っている案件”、それはお店に戻ってからのこと。ファナさんの所をあとにしてから来る場所で、記録が溜まって負荷が高くなりそうな場所と言えばここしか無い。
ただでさえ気難しいトム店長との会話を統合の内容を理解せずにするのは、正直かなりマズい気が……
「ハッ、別に心配なんかする必要なんか無いんじゃねぇか」
「えっ?」
それってどういう意味で。
【……コッソリ、強制見返し】
ギュッ
『はいっ!?』
実体が無いはずの“もう一人のわたし”がわたしを後ろから抱きしめる。勿論、今の擬音だって幻聴なはずだけど……
っていうかコレは、
ガタッ
「おいっ、無茶なことやってんじゃねぇぞ!」
「だ、大丈夫です……」
「肩で息をするヤツを見て大丈夫だと思うのは無理があるだろうが!」
トム店長が珍しく心配そうな顔をしてこちらを見る。
「ほ、本当に大丈夫です。ちょっと統合でこの二日間を読みきったその負荷に、一瞬目眩がしただけですから」
“もう一人のわたし”はわたしを抱きしめると、わたしの中に残っていて見返しが出来ていない情報を強制的に呼び出し、一瞬で理解をさせてくれた。とはいえ、
『うっぷ……』
【ギリギリ飲み込めた、といったところね】
強制的な見返しだったとはいえ、おかげでなんとか統合された内容を理解することは出来た。正直、一日目の大半を既に見返す事が出来ていたからじゃないと使えない荒技だと思う。
それに足元がふらついたのは残っていた情報の量が多かっただけじゃなく、それらに劣らない強烈で重要な出来事があったから。
情報量としては多くないものの、それが与えるインパクトの強さは、他と比較することすらおこがましいレベルのもの……
「公国が……滅んだのですか?」
「ん? ああ、確かに昨日の夜に全世界に向けて発せられたぞ。
【独立国家ロイゼンによりエルングラ公国が滅亡した】ってな」
トム店長が発したその一言は、わたしにとって驚くべき一言だった。




