175話 アルブラ動乱36 vsラル 3
『今までだけなら』
それが現時点におけるラルさんに勝つ為の数少ないピースの一つ。
「どうした、まさか『もう終わり』とか言わねえよなぁ?」
「ええ、残念ですがまだお付き合いしてもらいますよ」
とは言うものの、かなりキツイこの状況の打開策を一生懸命考える。
『まずはこのズレをなんとかしないことには……』
【修羅の息吹】によって以前よりも飛躍的に能力が上がるのはわかった。
だけど、上がり過ぎてしまった能力によって今まで【息吹】を使ってきた時の感覚と、新しく身につけて慣れていない【修羅の息吹】を使った時の感覚に僅かとはいえ微妙なズレが。
それが些細な違和感となり、微妙なレベルではあるものの動いた際に影響が出てしまっている。となれば、
『とにかく体を動かし、【息吹】を使ったの時の感覚と【修羅の息吹】を使い能力が上がった今の感覚とをすり合わせる! そうして違和感の元となっているズレを消す!』
それさえ出来れば、今までと比べ攻防どちらの能力も格段にその能力を上げることが出来るはず。そしてズレを克服するこが出来さえすれば、より上位の闘技となっているであろう【羅刹の息吹】も使いこなすことが出来ると思う!
あとはとにかくコチラの攻撃を速く・多くすることでラルさんに余裕を与えないようにし、さっきの【合掌】と言いながら使っていたものも含め、他にも使えるであろう闘技を使えないように封じ込める。
『闘技を使うのであればどうしても間が必要になるはず。だったらコチラの隙を見せないようにしながら素早く移動・攻撃することで、相手が闘技を使えないよう戦いをコントロールして隙を潰す!』
だから、
「もっともっと……こんなものじゃ終わらせませんから!」
そう言ってわたしは再び構える。
「いいぜ、ドンドン来いや。死ぬまでやろうぜ!」
不敵に笑うラルさんに対し、わたしも自然と笑みが零れる。
『ああ、わたしも立派な戦闘狂だ』
ハルやニーナのことをそんな風に言っていたけど、自分も同類だったということを認識する。
もっとも、それは悲しいとか情けないとかいうマイナスの感情ではなく、自分も同じカテゴリーに含まれていたんだという、どちらかと言えば安心感に近い感じにちょっとだけ残念のようなほっとするような思いに少しだけ耽るのだった。
―――◇―――◇―――
【ロキシーの視点】
パァン!
ガガッ!
リアと亜人の戦い。最初はリアが奇策から戦いを一気に終わらせたかと思ったけど、亜人も噂に聞くレベルの強者であり、リアが放った闘技を受けても大したダメージを受けたような感じが無かった。
その後、リアは攻め方を威力のあるものから亜人の攻撃を封じることをメインとしたものへとチェンジ。速さではまだまだリアが有利な状態であり、自分の攻撃を素早く叩き込んだ後に来る亜人の反撃に対して的確にガード。そこから隙を潰すかのように二、三発ほど確実に反撃を入れている。
もっとも亜人の方はリアの攻撃を受けても涼しい顔のままであり、何事も無かったかのように素早く反撃に転じる。しかし、リアもまたこれをキッチリとガードで凌ぐことでその次の反撃へと繋げ、一進一退という状態で戦いは続いていた。
「リア……」
亜人との戦いが始まって既に五分が過ぎようとしている。まわりにいる観客の話では、今までで最も続いている戦闘らしく(話によると今まで最長で三分)、見ている観客達の熱気もそれに比例するかのように高まっていくのがわかる。
それはもはや病的とも思えるほどのものであり、私ですら体の奥が熱くなると感じるほど。
だけど、
『見ている人達も、そして戦っているあの二人も、どうしてあんなに楽しそうな顔が出来るの……』
亜人もリアも死んでしまったらお終い。
二人とも死亡状態から復活するようなスキルやレアなアイテムなんて持っていないはず。にも拘わらずどうして?
バン!
私の中にあるリアが戦った記憶。それは最初に出会ったトロールとの戦いやゲーニスで見たトカゲ男との戦い。今、目の前で行われているこの戦いはどちらかと言えばトロールと戦ったあの時と似ている。
ただ、あの時はトロールに触れられたら即死って感じだったことから考えると、互いに攻撃が出来るような状態な分だけ、まだ幾分勝機はあるような気がする。
……もっとも、それは願望に近いのかもしれないけど。
『だからよね、最近リアに関する未来が視えないのも』
トロールとの戦いの際、私の眼に視えていたのはトロールの攻撃によって潰されたり、引き裂かれたリアの姿。でも、実際にそうなることなんて無かった……
結果、最後はトロールと刺し違えるような感じで死亡したものの、それは私が視ていた未来の中には無かった先のものであり、満足な笑みを残して量子化していくリアを見て、息が止まるような思いをしたのを覚えている。
『あの時はまだリアという女性に対する特別な思いはなく、ただ漠然と視ていた未来の中だった。でも今は……』
この世界にいる間はずっと見ていたいと思っていた。それは今も変わらないし、下手をすれば最初に会った時よりもどんどん強くなっている。だからこそ、命を賭けるような戦いをするリアを見ていると、その思いが募った分だけ心が不安定に揺らされる。
そしてそれこそが望みが強すぎて視ることを許してくれない、私が持つ【未来視】の結果。
「勝ってほしい……だけど」
「難しいでしょうね、頑張ってはいるけど」
そう言いながら私の横に来たのは、あの亜人の片割れ。
「!」
いつの間に!?
「驚かせちゃったようでゴメンナサイ、隣よろしいかしら?」
「ええ……」
女性としては高い身長ながらも見下ろすようなこともなく、いたってフレンドリーな感じで接してきたものの、その裏から感じる特別な何かが私に警戒感を持たせる。
「どうして隣へ?」
「気になるじゃない、アイツとここまでイーブンに近い戦いをする異邦人だなんて。であれば、一緒に来たアナタに彼女のことを聞くのが一番でしょ?」
「……私が彼女の事を何も言わないという可能性は」
「ええ、それも考えたわ。でもきっとアナタは教えてくれると思ったから」
……嫌な女。
「さて、アナタも彼女が勝つのは厳しいと見たようだけど理由を聞いても?」
言いたくないことに対し躊躇なく聞いてくるなんて……やっぱり好きにはなれなさそう。
『でも黙っていたってこの場から逃げられそうにないし』
覚悟を決め、亜人の女性が聞いてきた問い答える。
「……力は亜人、スピードはリア。この二つだけであれば戦闘は均衡を保つことが出来ているわ。だけど、ここにもう一つだけ【体格】という要素が入ると話が変わる……違うかしら?」
「ふふ、そうね間違いじゃないわね。
彼女が一回の攻撃時にアイツに当てているのは二、三発。ヒットはしているものの、アイツが持つ鎧なみの筋肉によってダメージ量かなり減らされているわ。
それに対してアイツの攻撃はほぼ一発。彼女はこれをキッチリとガードしているものの、アイツの攻撃はガードの上からでも相手のHPを削ることが出来る厄介なもの。
結局、お互いがお互いの攻撃によって多少なりともダメージを受けてしまう状態となってしまっていることで、最終的には彼女とアイツの体格差におけるHPの総量により、どこまでダメージを受けられるかが勝負の起点に。
結果、【体格】の分だけHPが多くなるアイツの方が」
「有利な状況でいられるってことでしょ?」
リアとあの亜人とでは体格の差が大きすぎる。実際、体が大きければ大きいほど持っているHPも多くなるのは必然であり、あの体格差から考えればどう計算しても亜人とリアとのHPには、少なくともは二倍近くの差が出来ていても不思議ではない。
『回復さえ出来れば……』
そうすればリアは自分が受けたダメージを消し去ることが出来る。イーブン以上に優位に戦いを進められるとは思うけど、そんな間を亜人が与えてくれるとは到底思えないし。
「そうそう、ちなみにもう一つ彼女がアイツに勝てないであろうものがあるわよ」
「もう一つ?」
「ええ、もうすぐわかるわ……」
『!』
亜人にそう言われた瞬間、私の眼に未来が視えた。それはリアが
バゴッ! ガシャン!
「かはっ……」
「リア!」
リアがまるで何かに吸い込まれるように動いた先、そこには亜人の脚が存在した。
そして逃げる間を与えること無くその脚がリアを完璧な状態で捉えると、ボールでも蹴るかのような軽い感じで振り抜かれ、直撃を喰らったリアはそのままフェンスに激突していた。
『行かなきゃ!』
フェンスに勢いよくぶつかったリアはそのまま地面へ崩れるように座り込む。かなりのダメージを受けているとは思うけど、今から回復させれば死ぬことは無いはず!
だけど、
「ダメよ、この戦いは一対一。ワタシもアナタも誰も何も手を出すことは許されない」
亜人の女はそう呟くと、立ち位置を私とリアの間へと変える。
「くっ……」
この亜人、最初から私の足止めが目的で近づいていた!?
「これは戦士同士の神聖な戦い、決闘の場。それを乱すことはどのようなものであっても許されないわ」
「だけど、このままじゃリアが」
「そうね……でも、まだ彼女はやるみたいよ?」
「リア……」
私の目に映るもの、それは口元から零れた血を袖で拭いながら立ち上がるリアの姿。
「どうやら咄嗟に防御方法を変えたようね。良い危機察知を持っているわ」
亜人の言っていることがどのような事かはよくわからない。ただ、リアが亜人の攻撃に対してギリギリながらも防御が出来たということだけはわかる。
しかし、それでもリアが大きなダメージを受けたことに変わりはない。
『とにかくこの押されている状況を逆転する手段が無ければ勝機は薄く、生き残れる確率も低くなる……』
私にはどうする事も出来ないし、そもそもあんな化物のような亜人に勝てるシナリオを書くことなんて……
「負けるな! 亜人なんかブッ殺せ!」
「チンタラやらずに早くその女を剥いちまえ!」
「うるせえ! 四の五の言わず黙って見てろ!」
「テメェこそ黙れ!」
「なんだ! やるか!」
それにさっきよりもヒートアップした観客が一段と騒がしくなってきたのも妙に気になる。
「アナタは魔法職よね、だったら抵抗値は高いかしら?」
「ええ、それなりに高いと思いますが……それが?」
不意に亜人の女性がそんな事を聞いてきたけど……何かあるの!?
『リア……負けないで』
この絶望とも思えるような状況、そして動きを封じられた状態に私はただ黙って見ていることしか出来なかった。




